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「……これこそ、淑女として再起不能になる禁じ手ですわ」
私は深夜の王宮庭園、月明かりの下で独りごちた。
本日の作戦は『不貞の偽装』。
婚約者がいながら、深夜に別の男性と密会する。
これほど誠実なレオンハルト殿下を深く傷つけ、愛想を尽かさせるのに最適な方法はありませんわ。
「……ねえ、マリア。やっぱり無理よ。この格好、落ち着かないわ」
生い茂る木々の影から、おどおどとした声がした。
現れたのは、詰め襟の軍服に身を包み、カツラで短髪に変装した親友のソフィアだ。
「弱音を吐かないで、ソフィア! いえ、今は『謎の美青年ルシアン』だったわね。あなたが私を情熱的に抱き寄せているところに、殿下が通りかかれば作戦成功ですわ!」
「抱き寄せるなんて……私、女性よ? それに殿下が来たら、不敬罪で首が飛ぶのは私の方じゃないかしら……」
「大丈夫ですわ。私が全力であなたを庇いながら『彼こそが私の真実の愛ですの!』と言い放ちますから!」
私はソフィアの震える肩を掴み、無理やり自分の方へ引き寄せた。
ソフィアの男装は意外にも様になっており、遠目から見れば確かに不審な男女の密会に見えるはずだ。
「あ、来たわ! 殿下の足音ですわ! 準備して!」
「ひ、ひいぃっ!」
回廊の向こうから、規則正しい靴音が近づいてくる。
私はわざとらしくソフィアの胸板(パッド入り)に顔を埋め、芝居がかった声を上げた。
「ああ、ルシアン! あなたなしでは、私はもう生きていけませんわ!」
「そ、そうだね、マリア! 僕も君を……ええと、愛している……ような気がするよ!」
ソフィアの棒読みが夜の静寂に響く。
そこへ、松明を持ったレオンハルト殿下と、胃薬を握りしめたケイン様が登場した。
「……おや、こんな時間に。庭園で夜風に当たっているのはマリアかな?」
「殿下! 見つかってしまいましたわね……。ですが、もう隠しませんわ! この方こそ、私が心から愛する男性、ルシアンですの!」
私はソフィアの腕にすがりつき、レオンハルト殿下を鋭く睨みつけた。
さあ、レオンハルト様! 激昂してください! 剣を抜いて彼を追い払い、私に「不潔な女め!」と罵声を浴びせてください!
レオンハルト様は、松明を掲げて「ルシアン」ことソフィアをじっと見つめた。
数秒の沈黙。
殿下の肩が、かすかに震えている。
(……ついに、怒りが頂点に達したのね!?)
「……素晴らしい。なんて素晴らしいんだ、マリア!」
「……はい?」
レオンハルト様は怒るどころか、その瞳をキラキラと輝かせ、拍手を送り始めた。
「君は僕を喜ばせるために、演劇の練習をしていたんだね? しかも、ソフィア嬢を男装させてまで。その舞台への情熱、そして僕へのエンターテインメント精神に、僕は今、猛烈に感動しているよ!」
「……殿下。今、私は『真実の愛』だと言いましたわよね? 浮気現場ですわよ?」
「ははは、マリアは冗談が過ぎるな。君が僕以外の男を愛せるわけがないだろう? それにその『ルシアン』君、あまりにも腰が引けていて、まるで借りてきた猫のようだ。君が指導している演技の一環だろう?」
「……殿下。一応言っておきますが、ソフィア嬢の膝が生まれたての小鹿のように笑っています。密会にしては、あまりにも緊張感に欠けますね」
ケイン様が、これ以上ないほど冷めた視線でソフィアを指差した。
「そ、そうなの! 私、もう限界よ、マリア! 殿下のオーラが怖すぎて、真実の愛なんて演じられないわ!」
ソフィアがカツラを脱ぎ捨て、私の背後に隠れた。作戦、完全崩壊である。
「マリア。君は、僕が最近公務で忙しくて、二人で観劇に行けないことを寂しがっていたんだね。だから、こうして自ら『浮気騒動』という喜劇を演じて、僕を笑わせようとしてくれた……。ああ、なんて誠実で献身的な愛なんだ!」
レオンハルト様は私に歩み寄り、その大きな手で私の頬を包み込んだ。
「殿下……。私は、あなたを傷つけたかったのです。悲しませたかったのですわ」
「わかっているよ。君は『偽りの悪』を演じることで、僕たちの絆を試したんだね。そして、僕が君を信じ抜く姿を見たかった……。安心しておくれ、マリア。たとえ君が百人の男と密会していても、僕はそれがすべて『僕へのサプライズの練習』だと信じているからね」
「……それ、信じているのではなく、現実逃避ではありませんこと?」
「愛だよ、マリア。揺るぎない、真実の愛だ」
レオンハルト様は私の額に深く、優しいキスを落とした。
その誠実すぎる微笑みの前に、私の姑息な計画はすべて霧散していく。
「さあ、夜風は冷える。ソフィア嬢も、マリアの遊びに付き合ってくれてありがとう。お礼に、明日は最高級の演劇のチケットを二人分用意させよう」
「……ありがとうございます、殿下。お嬢様、もう寝ましょう。これ以上は、私の心臓が持ちません」
アンナに連れられ、ソフィアは去っていった。
私は一人、レオンハルト殿下の腕の中で、月の光を浴びながら絶望していた。
不貞の疑いすら、この男の脳内では「自分を楽しませるための余興」に変換されてしまう。
「(……この人の愛のフィルターを破壊できるハンマーは、この世に存在しないのかしら……)」
悪役令嬢への道。
第十四の作戦は、王子の度を越した信頼と、親友の圧倒的な演技力不足によって、ただの「微笑ましいお遊び」として幕を閉じたのであった。
私は深夜の王宮庭園、月明かりの下で独りごちた。
本日の作戦は『不貞の偽装』。
婚約者がいながら、深夜に別の男性と密会する。
これほど誠実なレオンハルト殿下を深く傷つけ、愛想を尽かさせるのに最適な方法はありませんわ。
「……ねえ、マリア。やっぱり無理よ。この格好、落ち着かないわ」
生い茂る木々の影から、おどおどとした声がした。
現れたのは、詰め襟の軍服に身を包み、カツラで短髪に変装した親友のソフィアだ。
「弱音を吐かないで、ソフィア! いえ、今は『謎の美青年ルシアン』だったわね。あなたが私を情熱的に抱き寄せているところに、殿下が通りかかれば作戦成功ですわ!」
「抱き寄せるなんて……私、女性よ? それに殿下が来たら、不敬罪で首が飛ぶのは私の方じゃないかしら……」
「大丈夫ですわ。私が全力であなたを庇いながら『彼こそが私の真実の愛ですの!』と言い放ちますから!」
私はソフィアの震える肩を掴み、無理やり自分の方へ引き寄せた。
ソフィアの男装は意外にも様になっており、遠目から見れば確かに不審な男女の密会に見えるはずだ。
「あ、来たわ! 殿下の足音ですわ! 準備して!」
「ひ、ひいぃっ!」
回廊の向こうから、規則正しい靴音が近づいてくる。
私はわざとらしくソフィアの胸板(パッド入り)に顔を埋め、芝居がかった声を上げた。
「ああ、ルシアン! あなたなしでは、私はもう生きていけませんわ!」
「そ、そうだね、マリア! 僕も君を……ええと、愛している……ような気がするよ!」
ソフィアの棒読みが夜の静寂に響く。
そこへ、松明を持ったレオンハルト殿下と、胃薬を握りしめたケイン様が登場した。
「……おや、こんな時間に。庭園で夜風に当たっているのはマリアかな?」
「殿下! 見つかってしまいましたわね……。ですが、もう隠しませんわ! この方こそ、私が心から愛する男性、ルシアンですの!」
私はソフィアの腕にすがりつき、レオンハルト殿下を鋭く睨みつけた。
さあ、レオンハルト様! 激昂してください! 剣を抜いて彼を追い払い、私に「不潔な女め!」と罵声を浴びせてください!
レオンハルト様は、松明を掲げて「ルシアン」ことソフィアをじっと見つめた。
数秒の沈黙。
殿下の肩が、かすかに震えている。
(……ついに、怒りが頂点に達したのね!?)
「……素晴らしい。なんて素晴らしいんだ、マリア!」
「……はい?」
レオンハルト様は怒るどころか、その瞳をキラキラと輝かせ、拍手を送り始めた。
「君は僕を喜ばせるために、演劇の練習をしていたんだね? しかも、ソフィア嬢を男装させてまで。その舞台への情熱、そして僕へのエンターテインメント精神に、僕は今、猛烈に感動しているよ!」
「……殿下。今、私は『真実の愛』だと言いましたわよね? 浮気現場ですわよ?」
「ははは、マリアは冗談が過ぎるな。君が僕以外の男を愛せるわけがないだろう? それにその『ルシアン』君、あまりにも腰が引けていて、まるで借りてきた猫のようだ。君が指導している演技の一環だろう?」
「……殿下。一応言っておきますが、ソフィア嬢の膝が生まれたての小鹿のように笑っています。密会にしては、あまりにも緊張感に欠けますね」
ケイン様が、これ以上ないほど冷めた視線でソフィアを指差した。
「そ、そうなの! 私、もう限界よ、マリア! 殿下のオーラが怖すぎて、真実の愛なんて演じられないわ!」
ソフィアがカツラを脱ぎ捨て、私の背後に隠れた。作戦、完全崩壊である。
「マリア。君は、僕が最近公務で忙しくて、二人で観劇に行けないことを寂しがっていたんだね。だから、こうして自ら『浮気騒動』という喜劇を演じて、僕を笑わせようとしてくれた……。ああ、なんて誠実で献身的な愛なんだ!」
レオンハルト様は私に歩み寄り、その大きな手で私の頬を包み込んだ。
「殿下……。私は、あなたを傷つけたかったのです。悲しませたかったのですわ」
「わかっているよ。君は『偽りの悪』を演じることで、僕たちの絆を試したんだね。そして、僕が君を信じ抜く姿を見たかった……。安心しておくれ、マリア。たとえ君が百人の男と密会していても、僕はそれがすべて『僕へのサプライズの練習』だと信じているからね」
「……それ、信じているのではなく、現実逃避ではありませんこと?」
「愛だよ、マリア。揺るぎない、真実の愛だ」
レオンハルト様は私の額に深く、優しいキスを落とした。
その誠実すぎる微笑みの前に、私の姑息な計画はすべて霧散していく。
「さあ、夜風は冷える。ソフィア嬢も、マリアの遊びに付き合ってくれてありがとう。お礼に、明日は最高級の演劇のチケットを二人分用意させよう」
「……ありがとうございます、殿下。お嬢様、もう寝ましょう。これ以上は、私の心臓が持ちません」
アンナに連れられ、ソフィアは去っていった。
私は一人、レオンハルト殿下の腕の中で、月の光を浴びながら絶望していた。
不貞の疑いすら、この男の脳内では「自分を楽しませるための余興」に変換されてしまう。
「(……この人の愛のフィルターを破壊できるハンマーは、この世に存在しないのかしら……)」
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