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「……前回の失敗は、シチュエーションが暗すぎたせいですわ。今日はこの明るい太陽の下で、逃げ場のない修羅場を演出して差し上げます!」
私は意気揚々と、王宮の広大な庭園に広げられたピクニックシートの上に座っていた。
本日の作戦は『白昼堂々の浮気ピクニック』。
前回の「深夜の密会」を演劇の練習だと言い張ったレオンハルト殿下に対し、今日は衆人環視のなかで「謎の美青年ルシアン(中身はソフィア)」とイチャついて見せるのです。
「……マリア、もう嫌よ。このカツラ、蒸れるし。それに殿下の視線が、さっきから突き刺さるようで痛いわ」
隣で震えているのは、再び男装を強いられたソフィアだ。
軍服姿の彼女は、私の強引な指示で、私の肩を抱くような姿勢をとらされている。
「我慢して、ソフィア! ほら、殿下がいらっしゃいましたわ。笑って! 幸せそうに笑うのよ!」
向こうから、ケイン様を伴ったレオンハルト殿下が歩いてくる。
手には、これまた豪華なピクニックバスケットが握られていた。
「やあ、マリア。ルシアン君も。今日も熱心に演劇の練習かい? 素晴らしいね、昨日の続きを青空の下でやるなんて」
レオンハルト様は、一点の曇りもない笑顔で私たちの前に腰を下ろした。
……この人、本当に昨日のことを「お遊び」だと思っているのかしら。
「殿下。今日は練習ではありませんわ。私はついに、ルシアン様と正式にお付き合いすることに決めましたの。見てください、この親密な様子を!」
私はわざとらしく、ソフィアの口元にサンドイッチを差し出した。
「ほら、ルシアン様。あーん、してくださらない?」
「えっ、あ、あーん……(小声)」
ソフィアが引きつった顔で口を開ける。
さあ、レオンハルト様! 婚約者が別の男に「あーん」をしているのですよ! 激怒して、テーブルクロスをひっくり返して、私を罵倒してください!
レオンハルト様は、その様子をじっと見つめていた。
……そして、深く感銘を受けたように、ポンと手を打った。
「なるほど! 『献身的な介護ごっこ』だね! マリア、君は手が不自由な人を助けるという、慈愛の精神を表現しているんだね」
「違います! ラブラブな恋人同士の光景ですわ!」
「ははは、照れなくていい。マリア、君がそんなに『あーん』をしたいなら、僕が代わってあげよう。さあ、ルシアン君、僕の膝の上に乗りたまえ。僕が君に、この特製ローストビーフをあーんと食べさせてあげよう」
「……は?」
レオンハルト様は爽やかな笑顔のまま、ソフィアの腕を掴んで自分の膝元へ引き寄せようとした。
「えっ、ちょ、殿下!? 離してください! 私、そんな……!」
「遠慮はいらないよ。マリアの大切な友人(の役を演じている青年)なら、僕にとっても大切な友人だ。さあ、口を開けて。あーん」
「ひ、ひいいぃっ! 助けて、マリア!」
ソフィアが涙目で私に助けを求める。
殿下の「誠実すぎるお節介」の前に、ライバル役の青年(偽)が完全に捕食対象のようになっている。
「殿下! 何をしているんですの! 私がルシアン様を愛でているんですのよ! あなたが愛でてどうしますの!」
「君の負担を減らしたいんだ、マリア。君は僕との婚約破棄という、難しい役作りで疲れているだろう? だったら、せめて食事の世話くらいは僕が代わりにやるのが、婚約者としての誠実さというものだ」
「殿下。一言いいですか。絵面的に、王子様が男装した令嬢を膝に乗せて食べさせている姿は、色んな意味でスキャンダルです」
ケイン様が、これ以上ないほど冷ややかなトーンで突っ込む。
……そうよ! それよ、ケイン様! 殿下の不名誉だわ!
「ケイン、これはマリアへの愛のサポートだ。不名誉なはずがないだろう」
「……もういいです。勝手にしてください」
レオンハルト様は、そのまま恐怖で硬直しているソフィアに、次々と高級食材を口に放り込んでいく。
「どうだい? 美味しいだろう。これは僕が君とマリアのために、一流シェフに作らせたんだ。ルシアン君、君がマリアを幸せにしてくれるなら、僕は君を全力で支援するよ。……まあ、君が僕以上に彼女を愛せるなら、の話だけどね」
殿下の瞳の奥に、一瞬だけ「氷のような鋭い光」が宿った。
それに気づいたソフィアは、「ヒッ!」と短い悲鳴を上げて、ついにカツラを放り投げた。
「マリア! もう無理、絶対に無理! 殿下の目が笑ってないわ! 私、食べすぎてお腹も痛いし、もう帰らせてもらうわよ!」
ソフィアはドレス姿(下に着込んでいた)で、脱兎のごとく走り去っていった。
「あ、ソフィア! 待って、作戦がまだ……!」
「ははは。彼女、よっぽどお腹が空いていたんだね。食べ終わった途端に走り出すなんて、なんて元気な令嬢なんだ。……さて、マリア」
レオンハルト様は、ピクニックシートの上に一人残された私に向かって、ゆっくりと向き直った。
「お邪魔虫はいなくなった。さあ、今度は僕が君に『あーん』をする番だね。君がルシアン君にやろうとしていたこと、全部僕にやってくれて構わないんだよ?」
レオンハルト様は、極上の笑顔で私を追い詰めてくる。
誠実で、優しくて、逃げ場をすべて塞ぐ、完璧な包囲網。
「……殿下。私は、あなたに嫉妬してほしかったのです」
「嫉妬? 僕が君を信じていないとでも思っているのかい? 君がどんなに別の男と遊んで見せても、それは僕への愛の裏返し……あるいは、僕に構ってほしいという可愛いワガママだろう?」
「…………」
勝てない。
この人の「愛という名の絶対防御」を突破できる武器を、私は持っていない。
「さあ、マリア。冷めないうちに。あーん」
私は、差し出されたフォークから逃げることができず、観念して口を開けた。
口の中に広がるローストビーフの味は、悔しいほどに甘美で。
「(……このままだと、悪役令嬢になる前に、王子の愛で胃もたれして死んでしまいますわ……)」
悪役令嬢への道。
第十五の作戦は、王子の「ライバルすらも包み込む(物理)包容力」によって、ただの「豪華な餌付けタイム」へと変貌してしまったのであった。
私は意気揚々と、王宮の広大な庭園に広げられたピクニックシートの上に座っていた。
本日の作戦は『白昼堂々の浮気ピクニック』。
前回の「深夜の密会」を演劇の練習だと言い張ったレオンハルト殿下に対し、今日は衆人環視のなかで「謎の美青年ルシアン(中身はソフィア)」とイチャついて見せるのです。
「……マリア、もう嫌よ。このカツラ、蒸れるし。それに殿下の視線が、さっきから突き刺さるようで痛いわ」
隣で震えているのは、再び男装を強いられたソフィアだ。
軍服姿の彼女は、私の強引な指示で、私の肩を抱くような姿勢をとらされている。
「我慢して、ソフィア! ほら、殿下がいらっしゃいましたわ。笑って! 幸せそうに笑うのよ!」
向こうから、ケイン様を伴ったレオンハルト殿下が歩いてくる。
手には、これまた豪華なピクニックバスケットが握られていた。
「やあ、マリア。ルシアン君も。今日も熱心に演劇の練習かい? 素晴らしいね、昨日の続きを青空の下でやるなんて」
レオンハルト様は、一点の曇りもない笑顔で私たちの前に腰を下ろした。
……この人、本当に昨日のことを「お遊び」だと思っているのかしら。
「殿下。今日は練習ではありませんわ。私はついに、ルシアン様と正式にお付き合いすることに決めましたの。見てください、この親密な様子を!」
私はわざとらしく、ソフィアの口元にサンドイッチを差し出した。
「ほら、ルシアン様。あーん、してくださらない?」
「えっ、あ、あーん……(小声)」
ソフィアが引きつった顔で口を開ける。
さあ、レオンハルト様! 婚約者が別の男に「あーん」をしているのですよ! 激怒して、テーブルクロスをひっくり返して、私を罵倒してください!
レオンハルト様は、その様子をじっと見つめていた。
……そして、深く感銘を受けたように、ポンと手を打った。
「なるほど! 『献身的な介護ごっこ』だね! マリア、君は手が不自由な人を助けるという、慈愛の精神を表現しているんだね」
「違います! ラブラブな恋人同士の光景ですわ!」
「ははは、照れなくていい。マリア、君がそんなに『あーん』をしたいなら、僕が代わってあげよう。さあ、ルシアン君、僕の膝の上に乗りたまえ。僕が君に、この特製ローストビーフをあーんと食べさせてあげよう」
「……は?」
レオンハルト様は爽やかな笑顔のまま、ソフィアの腕を掴んで自分の膝元へ引き寄せようとした。
「えっ、ちょ、殿下!? 離してください! 私、そんな……!」
「遠慮はいらないよ。マリアの大切な友人(の役を演じている青年)なら、僕にとっても大切な友人だ。さあ、口を開けて。あーん」
「ひ、ひいいぃっ! 助けて、マリア!」
ソフィアが涙目で私に助けを求める。
殿下の「誠実すぎるお節介」の前に、ライバル役の青年(偽)が完全に捕食対象のようになっている。
「殿下! 何をしているんですの! 私がルシアン様を愛でているんですのよ! あなたが愛でてどうしますの!」
「君の負担を減らしたいんだ、マリア。君は僕との婚約破棄という、難しい役作りで疲れているだろう? だったら、せめて食事の世話くらいは僕が代わりにやるのが、婚約者としての誠実さというものだ」
「殿下。一言いいですか。絵面的に、王子様が男装した令嬢を膝に乗せて食べさせている姿は、色んな意味でスキャンダルです」
ケイン様が、これ以上ないほど冷ややかなトーンで突っ込む。
……そうよ! それよ、ケイン様! 殿下の不名誉だわ!
「ケイン、これはマリアへの愛のサポートだ。不名誉なはずがないだろう」
「……もういいです。勝手にしてください」
レオンハルト様は、そのまま恐怖で硬直しているソフィアに、次々と高級食材を口に放り込んでいく。
「どうだい? 美味しいだろう。これは僕が君とマリアのために、一流シェフに作らせたんだ。ルシアン君、君がマリアを幸せにしてくれるなら、僕は君を全力で支援するよ。……まあ、君が僕以上に彼女を愛せるなら、の話だけどね」
殿下の瞳の奥に、一瞬だけ「氷のような鋭い光」が宿った。
それに気づいたソフィアは、「ヒッ!」と短い悲鳴を上げて、ついにカツラを放り投げた。
「マリア! もう無理、絶対に無理! 殿下の目が笑ってないわ! 私、食べすぎてお腹も痛いし、もう帰らせてもらうわよ!」
ソフィアはドレス姿(下に着込んでいた)で、脱兎のごとく走り去っていった。
「あ、ソフィア! 待って、作戦がまだ……!」
「ははは。彼女、よっぽどお腹が空いていたんだね。食べ終わった途端に走り出すなんて、なんて元気な令嬢なんだ。……さて、マリア」
レオンハルト様は、ピクニックシートの上に一人残された私に向かって、ゆっくりと向き直った。
「お邪魔虫はいなくなった。さあ、今度は僕が君に『あーん』をする番だね。君がルシアン君にやろうとしていたこと、全部僕にやってくれて構わないんだよ?」
レオンハルト様は、極上の笑顔で私を追い詰めてくる。
誠実で、優しくて、逃げ場をすべて塞ぐ、完璧な包囲網。
「……殿下。私は、あなたに嫉妬してほしかったのです」
「嫉妬? 僕が君を信じていないとでも思っているのかい? 君がどんなに別の男と遊んで見せても、それは僕への愛の裏返し……あるいは、僕に構ってほしいという可愛いワガママだろう?」
「…………」
勝てない。
この人の「愛という名の絶対防御」を突破できる武器を、私は持っていない。
「さあ、マリア。冷めないうちに。あーん」
私は、差し出されたフォークから逃げることができず、観念して口を開けた。
口の中に広がるローストビーフの味は、悔しいほどに甘美で。
「(……このままだと、悪役令嬢になる前に、王子の愛で胃もたれして死んでしまいますわ……)」
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