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「……うぅ、頭が、割れそうですわ……」
私は天蓋付きのベッドの中で、熱い吐息を漏らしていた。
連日の悪役令嬢としての猛特訓。
高笑いの練習、慣れない不作法の研究、そして男装したソフィアとのピクニック……。
私の貧弱なキャパシティは、ついに限界を迎えたらしい。
「お嬢様、だから無理は禁物だと言ったのです。知恵熱を通り越して、本格的な風邪ではありませんか」
アンナが冷たいタオルを私の額に置く。その冷たさが今は、砂漠のオアシスのように心地いい。
「……違うわ、アンナ。これは、悪役令嬢として毒を盛りすぎた……自業自得の、呪い……」
「はいはい、寝言は寝てから言ってくださいね。今、お粥を持ってきますから」
アンナが部屋を出ていくのと入れ替わりに、凄まじい勢いで扉が開かれた。
「マリア!! 無事かマリア!!」
現れたのは、息を切らしたレオンハルト殿下だった。
その後ろには、白衣を着た集団――王宮の侍医たちが十人ほど、怯えた表情で控えている。
「……で、殿下? なぜ、そんな大勢を引き連れて……」
「なぜだと!? 君が倒れたと聞いて、公務をすべて放り出してきたんだ! ケインには『僕が戻るまで帝国を停滞させておけ』と言ってある!」
「国を止めないでくださいまし!!」
私は熱で回らない頭を必死に働かせて叫んだ。
レオンハルト様はベッドの脇に跪き、私の手を両手で包み込んだ。
その手は、いつになく震えている。
「マリア、すまない。僕が君の『悪役演習』に付き合いすぎたばかりに……。君は僕を喜ばせようと、身を削ってまで演じてくれていたんだね」
「……違います。私は本気で、あなたを困らせたくて……」
「ああ、わかっている。僕を困らせるために、わざと不摂生をして見せたんだね? 自分を犠牲にしてまで僕の誠実さを試すなんて……。なんて深く、重い愛なんだ!」
レオンハルト様の瞳には、すでに涙が浮かんでいる。
……おかしい。病人にまで、その超絶ポジティブ変換を適用するのですか。
「いいかい、医師たち。マリアを今すぐ治せ。もし明日までに熱が下がらなければ、この国の医学界を解体し、全員で一から薬草を育てる生活に更生させるからね」
「「「ひ、ひぃぃっ!!」」」
「殿下、八つ当たりはやめてください! 先生方が可哀想ですわ!」
私は必死に彼らを庇った。
医師たちは涙目になりながら、私の診察を開始した。
結果は、ただの過労と軽い風邪。
「聞いたか、過労だそうだ。マリア、君はそれほどまでに僕を愛することに全力を注いでいたのか……」
「……もう、否定する元気もありませんわ……」
医師たちが去った後、レオンハルト様はアンナからお粥の器を奪い取った。
「さあ、マリア。僕が食べさせてあげよう。ふー、ふー……」
「自分で、食べられますわ……」
「ダメだ。君は今、指一本動かしてはいけない。君の代わりに、僕が呼吸を代わってあげたいくらいなんだから」
「それは死んでしまいますわ!」
殿下は、まるでお宝を扱うような手つきで、スプーンを私の口元に運んできた。
「あーん、して。これを食べれば、僕の愛の力で熱なんて一瞬で消し飛ぶよ」
「……あ、あーん……」
悔しいことに、お粥はとても美味しかった。
そして、彼に見つめられながら食べさせられるという羞恥心で、逆に体温が上がっている気がしてならない。
「……マリア。君が眠るまで、僕はここで君の手を握り続けているよ」
「殿下、お忙しいのでは……」
「君の健康以上に大切な公務など、この世に存在しない。もし死神が君を連れに来たら、僕がそいつを誠実に説得して、代わりに僕の命を半分差し出してくるから安心しておくれ」
「説得……? 死神を……?」
この人なら、本当にやりかねない。
誠実すぎて、概念的な存在すら論破してしまいそうだ。
「おやすみ、僕の愛しい悪役令嬢。君が元気になったら、また一緒に『婚約破棄ごっこ』をしよう。今度は僕が、君にわざと冷たくされる役を1秒だけ練習しておくから」
レオンハルト様は、私の手の甲にそっとキスをした。
その眼差しは、熱に浮かされた私の意識を、さらに深い愛の沼へと引きずり込んでいく。
「(……逃げられない。病気になっても、弱っても……この人の愛からは、一生逃げられない気がしますわ……)」
私は王子の手の温もりを感じながら、絶望的なほどの安心感に包まれて、深い眠りに落ちていった。
悪役令嬢への道。
第十六の作戦(?)は、本物の病気すらも王子の「献身的な看病」という名の重愛イベントに変えられ、マリアの心に深い「敗北感」を刻むこととなった。
私は天蓋付きのベッドの中で、熱い吐息を漏らしていた。
連日の悪役令嬢としての猛特訓。
高笑いの練習、慣れない不作法の研究、そして男装したソフィアとのピクニック……。
私の貧弱なキャパシティは、ついに限界を迎えたらしい。
「お嬢様、だから無理は禁物だと言ったのです。知恵熱を通り越して、本格的な風邪ではありませんか」
アンナが冷たいタオルを私の額に置く。その冷たさが今は、砂漠のオアシスのように心地いい。
「……違うわ、アンナ。これは、悪役令嬢として毒を盛りすぎた……自業自得の、呪い……」
「はいはい、寝言は寝てから言ってくださいね。今、お粥を持ってきますから」
アンナが部屋を出ていくのと入れ替わりに、凄まじい勢いで扉が開かれた。
「マリア!! 無事かマリア!!」
現れたのは、息を切らしたレオンハルト殿下だった。
その後ろには、白衣を着た集団――王宮の侍医たちが十人ほど、怯えた表情で控えている。
「……で、殿下? なぜ、そんな大勢を引き連れて……」
「なぜだと!? 君が倒れたと聞いて、公務をすべて放り出してきたんだ! ケインには『僕が戻るまで帝国を停滞させておけ』と言ってある!」
「国を止めないでくださいまし!!」
私は熱で回らない頭を必死に働かせて叫んだ。
レオンハルト様はベッドの脇に跪き、私の手を両手で包み込んだ。
その手は、いつになく震えている。
「マリア、すまない。僕が君の『悪役演習』に付き合いすぎたばかりに……。君は僕を喜ばせようと、身を削ってまで演じてくれていたんだね」
「……違います。私は本気で、あなたを困らせたくて……」
「ああ、わかっている。僕を困らせるために、わざと不摂生をして見せたんだね? 自分を犠牲にしてまで僕の誠実さを試すなんて……。なんて深く、重い愛なんだ!」
レオンハルト様の瞳には、すでに涙が浮かんでいる。
……おかしい。病人にまで、その超絶ポジティブ変換を適用するのですか。
「いいかい、医師たち。マリアを今すぐ治せ。もし明日までに熱が下がらなければ、この国の医学界を解体し、全員で一から薬草を育てる生活に更生させるからね」
「「「ひ、ひぃぃっ!!」」」
「殿下、八つ当たりはやめてください! 先生方が可哀想ですわ!」
私は必死に彼らを庇った。
医師たちは涙目になりながら、私の診察を開始した。
結果は、ただの過労と軽い風邪。
「聞いたか、過労だそうだ。マリア、君はそれほどまでに僕を愛することに全力を注いでいたのか……」
「……もう、否定する元気もありませんわ……」
医師たちが去った後、レオンハルト様はアンナからお粥の器を奪い取った。
「さあ、マリア。僕が食べさせてあげよう。ふー、ふー……」
「自分で、食べられますわ……」
「ダメだ。君は今、指一本動かしてはいけない。君の代わりに、僕が呼吸を代わってあげたいくらいなんだから」
「それは死んでしまいますわ!」
殿下は、まるでお宝を扱うような手つきで、スプーンを私の口元に運んできた。
「あーん、して。これを食べれば、僕の愛の力で熱なんて一瞬で消し飛ぶよ」
「……あ、あーん……」
悔しいことに、お粥はとても美味しかった。
そして、彼に見つめられながら食べさせられるという羞恥心で、逆に体温が上がっている気がしてならない。
「……マリア。君が眠るまで、僕はここで君の手を握り続けているよ」
「殿下、お忙しいのでは……」
「君の健康以上に大切な公務など、この世に存在しない。もし死神が君を連れに来たら、僕がそいつを誠実に説得して、代わりに僕の命を半分差し出してくるから安心しておくれ」
「説得……? 死神を……?」
この人なら、本当にやりかねない。
誠実すぎて、概念的な存在すら論破してしまいそうだ。
「おやすみ、僕の愛しい悪役令嬢。君が元気になったら、また一緒に『婚約破棄ごっこ』をしよう。今度は僕が、君にわざと冷たくされる役を1秒だけ練習しておくから」
レオンハルト様は、私の手の甲にそっとキスをした。
その眼差しは、熱に浮かされた私の意識を、さらに深い愛の沼へと引きずり込んでいく。
「(……逃げられない。病気になっても、弱っても……この人の愛からは、一生逃げられない気がしますわ……)」
私は王子の手の温もりを感じながら、絶望的なほどの安心感に包まれて、深い眠りに落ちていった。
悪役令嬢への道。
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