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「……昨日の私は、どうかしていましたわ。一生の不覚です」
私は自室の机を拳で叩き、自分自身に激しい怒りを覚えていた。
ただの『休日』のつもりが、あんなに殿下の腕の中で安らいでしまうなんて。
あまつさえ「役に立ちたい」だなんて本音を漏らすなんて、悪役令嬢失格ですわ!
このままでは、私はなし崩し的に『幸せな王妃』になってしまう。
それは殿下の輝かしい未来を、私の無能さで汚すことに他ならないのです。
「……毒。毒ですわ。これこそが、愛し合う者たちの終着点……!」
私は目を血走らせ、キッチンへと向かった。
もちろん、本物の毒を使うほど私は冷酷ではありません。
無能な私に用意できるのは、食べて死ぬ毒ではなく『死ぬほど辛い毒(物理)』ですわ!
私は隣国から密輸した(という体の)、伝説の激辛スパイス「魔王の涙」を大量に仕入れた。
それを、殿下の好物であるシチューに、原型が分からなくなるほど大量投入した。
見た目は真っ赤。香りは……もはや目と鼻に刺さる兵器。
これこそが、愛を終わらせるための最後の晩餐にふさわしい。
晩餐の時間。
私は顔色一つ変えず、その「地獄のシチュー」をレオンハルト殿下の前に置いた。
「あら、殿下。今日は私が腕によりをかけて、特製のスープを作りましたの。冷めないうちに召し上がってくださいな」
私は扇を広げ、不敵な笑みを浮かべた。
さあ、一口食べて、そのあまりの衝撃に椅子から転げ落ちるがいいわ!
レオンハルト殿下は、皿から立ち上る「明らかに食べ物の色ではない蒸気」をじっと見つめている。
「……マリア。これは、ずいぶんと……情熱的な色だね?」
「ええ。私のあなたへの『深い情念』を形にしたら、こうなりましたの。オーッホッホッホ! 飲めば体が火を吹くほど熱くなりますわよ!」
「……マリア様。一応お聞きしますが、そのスープの周辺の空気が歪んで見えるのは私の気のせいでしょうか?」
背後でケイン様が、鼻を押さえながら震えている。
そうでしょう、そうでしょう! 嗅ぐだけで涙が出るこの刺激! これが私の悪意ですわ!
レオンハルト様は、意を決したようにスプーンを手に取った。
「君が作ってくれた料理だ。たとえそこに、僕の命を奪う愛が詰まっていたとしても……僕は喜んで飲み干そう」
「……え?」
殿下は、一口。たっぷりとその激辛シチューを口に運んだ。
刹那。
レオンハルト殿下の顔色が、白、青、そして一気に沸騰したような真っ赤へと変化した。
額からは滝のような汗が流れ、金色の瞳が潤んでいく。
「……っ! ……ぐ、はっ……!!」
「殿下!? 大丈夫ですか!? 水、水を持ってきますわ!」
あまりの苦しみように、私は思わず椅子を蹴って立ち上がった。
しまった、やりすぎたかしら!? 彼は王国の宝なのに、私のせいで呼吸困難に……!
しかし、レオンハルト殿下はガタガタと震える手で私を制止した。
「……待っ、て……マリア……。いら、ない……水なんて……」
「何を言っているのですか! 顔が紫になっていますわよ!」
「……刺激的だ。なんて、刺激的な……愛なんだ。一口食べた瞬間……僕の心臓が、まるで火をつけられたように、激しく……燃え上がった……」
レオンハルト様は、苦悶の表情を浮かべながらも、無理やり口角を吊り上げた。
「君は……僕に教えたかったんだね? 穏やかな幸せだけが、愛ではないと。……時には、こうして互いの魂を焼き尽くすような、暴力的なまでの……情熱が必要なのだと……!」
「違います! 単なる嫌がらせですわ! 早く吐き出してください!」
「……吐き出すわけがないだろう。君の情念が……僕の……食道を、通り過ぎていく……。ああ、熱い。マリア、君の愛が……内側から僕を破壊していくようだ。これこそが……僕たちが求めていた、究極の……一致……!」
レオンハルト殿下は、震える手で二口目を運ぼうとした。
「殿下!! それ以上は本当に命に関わります! やめてください!」
「離せ、ケイン! 僕は……マリアのすべてを、飲み込むと決めたんだ……。たとえ胃壁が……全滅したとしても……!」
「何を誠実に地獄へ突き進んでいるんですか! 撤収だ、医療班を呼べ!」
ケイン様が強引に殿下を羽交い締めにし、皿を遠ざけた。
レオンハルト様は「マリアァァ! 君の愛を、もっと寄越せ……!」と叫びながら、運び出されていった。
静まり返る食堂。
私は、残された真っ赤なスープを見つめながら、呆然と立ち尽くしていた。
「……どうして。どうして毒(激辛)を盛ったのに、さらに絆を深めてしまうの……?」
翌日。
レオンハルト殿下は「マリアの刺激的なスープのおかげで、代謝が上がって肌がツヤツヤになったよ」と、爽やかな笑顔で現れた。
どうやら、彼の胃腸は私の想像を絶する「誠実な耐久力」を持っていたらしい。
「(……この人を倒すには、物理的な攻撃では足りない。もっと、もっと決定的な『何か』が必要だわ……)」
私は、自分の無能な作戦を呪いながら、次なる一手――「ヒロインとの仲を強制的に取り持つ作戦」への準備を始めるのであった。
悪役令嬢への道。
第十八の作戦は、王子の超人的な解釈と強靭な内臓によって、ただの「王子の新陳代謝アップ」という結果に終わってしまった。
私は自室の机を拳で叩き、自分自身に激しい怒りを覚えていた。
ただの『休日』のつもりが、あんなに殿下の腕の中で安らいでしまうなんて。
あまつさえ「役に立ちたい」だなんて本音を漏らすなんて、悪役令嬢失格ですわ!
このままでは、私はなし崩し的に『幸せな王妃』になってしまう。
それは殿下の輝かしい未来を、私の無能さで汚すことに他ならないのです。
「……毒。毒ですわ。これこそが、愛し合う者たちの終着点……!」
私は目を血走らせ、キッチンへと向かった。
もちろん、本物の毒を使うほど私は冷酷ではありません。
無能な私に用意できるのは、食べて死ぬ毒ではなく『死ぬほど辛い毒(物理)』ですわ!
私は隣国から密輸した(という体の)、伝説の激辛スパイス「魔王の涙」を大量に仕入れた。
それを、殿下の好物であるシチューに、原型が分からなくなるほど大量投入した。
見た目は真っ赤。香りは……もはや目と鼻に刺さる兵器。
これこそが、愛を終わらせるための最後の晩餐にふさわしい。
晩餐の時間。
私は顔色一つ変えず、その「地獄のシチュー」をレオンハルト殿下の前に置いた。
「あら、殿下。今日は私が腕によりをかけて、特製のスープを作りましたの。冷めないうちに召し上がってくださいな」
私は扇を広げ、不敵な笑みを浮かべた。
さあ、一口食べて、そのあまりの衝撃に椅子から転げ落ちるがいいわ!
レオンハルト殿下は、皿から立ち上る「明らかに食べ物の色ではない蒸気」をじっと見つめている。
「……マリア。これは、ずいぶんと……情熱的な色だね?」
「ええ。私のあなたへの『深い情念』を形にしたら、こうなりましたの。オーッホッホッホ! 飲めば体が火を吹くほど熱くなりますわよ!」
「……マリア様。一応お聞きしますが、そのスープの周辺の空気が歪んで見えるのは私の気のせいでしょうか?」
背後でケイン様が、鼻を押さえながら震えている。
そうでしょう、そうでしょう! 嗅ぐだけで涙が出るこの刺激! これが私の悪意ですわ!
レオンハルト様は、意を決したようにスプーンを手に取った。
「君が作ってくれた料理だ。たとえそこに、僕の命を奪う愛が詰まっていたとしても……僕は喜んで飲み干そう」
「……え?」
殿下は、一口。たっぷりとその激辛シチューを口に運んだ。
刹那。
レオンハルト殿下の顔色が、白、青、そして一気に沸騰したような真っ赤へと変化した。
額からは滝のような汗が流れ、金色の瞳が潤んでいく。
「……っ! ……ぐ、はっ……!!」
「殿下!? 大丈夫ですか!? 水、水を持ってきますわ!」
あまりの苦しみように、私は思わず椅子を蹴って立ち上がった。
しまった、やりすぎたかしら!? 彼は王国の宝なのに、私のせいで呼吸困難に……!
しかし、レオンハルト殿下はガタガタと震える手で私を制止した。
「……待っ、て……マリア……。いら、ない……水なんて……」
「何を言っているのですか! 顔が紫になっていますわよ!」
「……刺激的だ。なんて、刺激的な……愛なんだ。一口食べた瞬間……僕の心臓が、まるで火をつけられたように、激しく……燃え上がった……」
レオンハルト様は、苦悶の表情を浮かべながらも、無理やり口角を吊り上げた。
「君は……僕に教えたかったんだね? 穏やかな幸せだけが、愛ではないと。……時には、こうして互いの魂を焼き尽くすような、暴力的なまでの……情熱が必要なのだと……!」
「違います! 単なる嫌がらせですわ! 早く吐き出してください!」
「……吐き出すわけがないだろう。君の情念が……僕の……食道を、通り過ぎていく……。ああ、熱い。マリア、君の愛が……内側から僕を破壊していくようだ。これこそが……僕たちが求めていた、究極の……一致……!」
レオンハルト殿下は、震える手で二口目を運ぼうとした。
「殿下!! それ以上は本当に命に関わります! やめてください!」
「離せ、ケイン! 僕は……マリアのすべてを、飲み込むと決めたんだ……。たとえ胃壁が……全滅したとしても……!」
「何を誠実に地獄へ突き進んでいるんですか! 撤収だ、医療班を呼べ!」
ケイン様が強引に殿下を羽交い締めにし、皿を遠ざけた。
レオンハルト様は「マリアァァ! 君の愛を、もっと寄越せ……!」と叫びながら、運び出されていった。
静まり返る食堂。
私は、残された真っ赤なスープを見つめながら、呆然と立ち尽くしていた。
「……どうして。どうして毒(激辛)を盛ったのに、さらに絆を深めてしまうの……?」
翌日。
レオンハルト殿下は「マリアの刺激的なスープのおかげで、代謝が上がって肌がツヤツヤになったよ」と、爽やかな笑顔で現れた。
どうやら、彼の胃腸は私の想像を絶する「誠実な耐久力」を持っていたらしい。
「(……この人を倒すには、物理的な攻撃では足りない。もっと、もっと決定的な『何か』が必要だわ……)」
私は、自分の無能な作戦を呪いながら、次なる一手――「ヒロインとの仲を強制的に取り持つ作戦」への準備を始めるのであった。
悪役令嬢への道。
第十八の作戦は、王子の超人的な解釈と強靭な内臓によって、ただの「王子の新陳代謝アップ」という結果に終わってしまった。
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