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王立アカデミー、卒業記念パーティー。
煌びやかなシャンデリアの下、着飾った貴族たちが談笑する社交界の縮図。
こここそが、すべての悪役令嬢が華々しく散り、真実のヒロインが勝利を収める運命の地です。
私は、鏡に映る自分の姿を最終確認した。
今日のドレスは、夜の闇を凝縮したような漆黒のシルク。首元には、かつて「安物」と投げ捨て、後に鉱山ごと贈られたあのサファイアをこれ見よがしに飾っている。
「完璧ですわ。誰が見ても、傲慢で強欲、救いようのない悪女に見えますわね」
「お嬢様、それは世間では『クールでミステリアスな美少女』と呼ぶのですよ。……まあ、もう何も言いませんが」
アンナが呆れたように扇を手渡してくれた。
「いい、アンナ。今日こそが最後の大勝負。殿下の前で、私がこれまで積み上げてきたすべての『悪行』を暴露し、自ら婚約破棄を勝ち取ってみせますわ!」
私は決意を胸に、パーティー会場の扉を蹴り開けるような勢いで(実際にはマナー講師の顔を思い出して優雅に)入場した。
会場の視線が一斉に私に集まる。
ざわめきが広がる。「マリア様だ」「あの黒いドレス、なんて大胆な……」「さすがは流行の最先端を行くお方だ」
……違う、不吉な予兆として畏怖されなさいな。
会場の中央には、今日も太陽のように輝くレオンハルト殿下が立っていた。
彼は私を見つけるなり、周囲の貴族たちをかき分けて歩み寄ってきた。
「マリア! 今日の君は、まるで僕の魂を飲み込む美しいブラックホールだね。そのサファイアも、君の胸元で幸せそうに輝いている」
「レオンハルト殿下、ご機嫌よう。……ですが、甘い言葉はそこまでですわ」
私は扇で殿下の唇を制した。
周囲が息を呑む。王子を扇で黙らせる不敬! これよ、これこそが悪女の所業!
「皆様、お聞きなさい! 私は今日、この場で皆様に真実を告白しに来ましたの。このレオンハルト殿下の婚約者として、私がどれほど相応しくない『悪女』であるかを!」
私は用意していた巻物……いえ、告発リストをバサリと広げた。
「まず第一の罪! 私は王宮の国宝級の壺を、自らの体当たりによって粉砕いたしましたわ!」
「……ああ、あの呪いの壺から僕を守ってくれた武勇伝だね。皆も聞くといい、彼女の勇気ある行動を!」
レオンハルト様が、誇らしげに周囲に言いふらす。貴族たちから「おお、なんと素晴らしい……」と感嘆の声が上がる。
「第二の罪! 私は殿下の前で、耳を劈くような奇怪な高笑いを繰り返し、精神的苦痛を与えましたわ!」
「君が喉を痛めてまで僕を笑わせようとしてくれた、あの愛の調べだね。今でも僕の耳に心地よく残っているよ」
「第三の罪! 私は殿下を殺害しようと、禁断の激辛スパイスを盛った毒料理を振る舞いましたわ!」
「おかげで僕の新陳代謝は劇的に改善し、帝国軍の演習でも無双できたよ。健康管理まで完璧な、最高の妃だ」
「…………っ!」
私は言葉に詰まった。
おかしい。リストを読み上げるたびに、私の好感度が右肩上がりに上昇していく。
「第四の罪……! 私は深夜の庭園で、別の男性と抱き合い、不貞を働きましたわ!」
「ソフィア嬢との演劇の練習だね。友情を大切にしつつ、僕を驚かせようとする遊び心。……ああ、嫉妬というスパイスまで僕に与えてくれるなんて」
「違います! あれは本気の……!」
「そして第五の罪!」
私は最後の切り札を叫んだ。
「私は、このレオンハルト殿下を……誰にも渡したくないと、あろうことか独占しようと企んでいますの! 私のような無能が、この完璧な王子を独占するなど、帝国への反逆も同然ですわ!」
会場が、水を打ったように静まり返った。
私は確信した。
これこそが致命的な「傲慢」。自分を棚に上げて、帝国の至宝を独占しようという宣言。
さあ、殿下。私を断罪しなさい! 「身の程を知れ」と冷たく突き放して……!
レオンハルト様は、一歩、私に近づいた。
その瞳は、これまで見たこともないほど深く、強く、そして……狂気すら感じるほどの誠実さに満ちていた。
「……マリア。ついに、言ってくれたんだね」
「……え?」
「君が僕を独占したい。それは、僕が生まれてから今日まで、一番欲しかった言葉だ」
レオンハルト様は、大勢の貴族の前で、私の前に跪いた。
そして、私の手を取り、全霊を込めた声で宣言した。
「皆様、聞いた通りだ! 僕の婚約者マリアは、僕を独占したいと言ってくれた! これ以上の幸福が、この世にあるだろうか!」
「「「おめでとうございます!! 素晴らしい愛の告白だ!!」」」
会場から、地鳴りのような拍手と歓声が沸き起こった。
「違う……違うのです、私は自分を悪人として……!」
「マリア、もう逃がさないよ。君が自分をどれだけ悪く言おうと、僕がそれをすべて『最高の愛』として証明し続ける。……さあ、断罪を始めようか」
「えっ!? してくれるのですか!?」
「ああ。僕をこれほどまでに愛し、独占しようとした君を……生涯、僕の隣という名の監獄に閉じ込める刑に処すことにするよ」
レオンハルト様の笑顔は、最高に美しく、そして最高に逃げ場のない「誠実な断罪」だった。
「(……結局、こうなりますのーーーー!?)」
私の「断罪パーティー」は、帝国の歴史に残る「公開プロポーズ大会」へと書き換えられてしまった。
悪役令嬢への道。
自ら用意した断罪の場は、王子の重すぎる愛によって、退路を完全に断たれる祝祭の場となった。
煌びやかなシャンデリアの下、着飾った貴族たちが談笑する社交界の縮図。
こここそが、すべての悪役令嬢が華々しく散り、真実のヒロインが勝利を収める運命の地です。
私は、鏡に映る自分の姿を最終確認した。
今日のドレスは、夜の闇を凝縮したような漆黒のシルク。首元には、かつて「安物」と投げ捨て、後に鉱山ごと贈られたあのサファイアをこれ見よがしに飾っている。
「完璧ですわ。誰が見ても、傲慢で強欲、救いようのない悪女に見えますわね」
「お嬢様、それは世間では『クールでミステリアスな美少女』と呼ぶのですよ。……まあ、もう何も言いませんが」
アンナが呆れたように扇を手渡してくれた。
「いい、アンナ。今日こそが最後の大勝負。殿下の前で、私がこれまで積み上げてきたすべての『悪行』を暴露し、自ら婚約破棄を勝ち取ってみせますわ!」
私は決意を胸に、パーティー会場の扉を蹴り開けるような勢いで(実際にはマナー講師の顔を思い出して優雅に)入場した。
会場の視線が一斉に私に集まる。
ざわめきが広がる。「マリア様だ」「あの黒いドレス、なんて大胆な……」「さすがは流行の最先端を行くお方だ」
……違う、不吉な予兆として畏怖されなさいな。
会場の中央には、今日も太陽のように輝くレオンハルト殿下が立っていた。
彼は私を見つけるなり、周囲の貴族たちをかき分けて歩み寄ってきた。
「マリア! 今日の君は、まるで僕の魂を飲み込む美しいブラックホールだね。そのサファイアも、君の胸元で幸せそうに輝いている」
「レオンハルト殿下、ご機嫌よう。……ですが、甘い言葉はそこまでですわ」
私は扇で殿下の唇を制した。
周囲が息を呑む。王子を扇で黙らせる不敬! これよ、これこそが悪女の所業!
「皆様、お聞きなさい! 私は今日、この場で皆様に真実を告白しに来ましたの。このレオンハルト殿下の婚約者として、私がどれほど相応しくない『悪女』であるかを!」
私は用意していた巻物……いえ、告発リストをバサリと広げた。
「まず第一の罪! 私は王宮の国宝級の壺を、自らの体当たりによって粉砕いたしましたわ!」
「……ああ、あの呪いの壺から僕を守ってくれた武勇伝だね。皆も聞くといい、彼女の勇気ある行動を!」
レオンハルト様が、誇らしげに周囲に言いふらす。貴族たちから「おお、なんと素晴らしい……」と感嘆の声が上がる。
「第二の罪! 私は殿下の前で、耳を劈くような奇怪な高笑いを繰り返し、精神的苦痛を与えましたわ!」
「君が喉を痛めてまで僕を笑わせようとしてくれた、あの愛の調べだね。今でも僕の耳に心地よく残っているよ」
「第三の罪! 私は殿下を殺害しようと、禁断の激辛スパイスを盛った毒料理を振る舞いましたわ!」
「おかげで僕の新陳代謝は劇的に改善し、帝国軍の演習でも無双できたよ。健康管理まで完璧な、最高の妃だ」
「…………っ!」
私は言葉に詰まった。
おかしい。リストを読み上げるたびに、私の好感度が右肩上がりに上昇していく。
「第四の罪……! 私は深夜の庭園で、別の男性と抱き合い、不貞を働きましたわ!」
「ソフィア嬢との演劇の練習だね。友情を大切にしつつ、僕を驚かせようとする遊び心。……ああ、嫉妬というスパイスまで僕に与えてくれるなんて」
「違います! あれは本気の……!」
「そして第五の罪!」
私は最後の切り札を叫んだ。
「私は、このレオンハルト殿下を……誰にも渡したくないと、あろうことか独占しようと企んでいますの! 私のような無能が、この完璧な王子を独占するなど、帝国への反逆も同然ですわ!」
会場が、水を打ったように静まり返った。
私は確信した。
これこそが致命的な「傲慢」。自分を棚に上げて、帝国の至宝を独占しようという宣言。
さあ、殿下。私を断罪しなさい! 「身の程を知れ」と冷たく突き放して……!
レオンハルト様は、一歩、私に近づいた。
その瞳は、これまで見たこともないほど深く、強く、そして……狂気すら感じるほどの誠実さに満ちていた。
「……マリア。ついに、言ってくれたんだね」
「……え?」
「君が僕を独占したい。それは、僕が生まれてから今日まで、一番欲しかった言葉だ」
レオンハルト様は、大勢の貴族の前で、私の前に跪いた。
そして、私の手を取り、全霊を込めた声で宣言した。
「皆様、聞いた通りだ! 僕の婚約者マリアは、僕を独占したいと言ってくれた! これ以上の幸福が、この世にあるだろうか!」
「「「おめでとうございます!! 素晴らしい愛の告白だ!!」」」
会場から、地鳴りのような拍手と歓声が沸き起こった。
「違う……違うのです、私は自分を悪人として……!」
「マリア、もう逃がさないよ。君が自分をどれだけ悪く言おうと、僕がそれをすべて『最高の愛』として証明し続ける。……さあ、断罪を始めようか」
「えっ!? してくれるのですか!?」
「ああ。僕をこれほどまでに愛し、独占しようとした君を……生涯、僕の隣という名の監獄に閉じ込める刑に処すことにするよ」
レオンハルト様の笑顔は、最高に美しく、そして最高に逃げ場のない「誠実な断罪」だった。
「(……結局、こうなりますのーーーー!?)」
私の「断罪パーティー」は、帝国の歴史に残る「公開プロポーズ大会」へと書き換えられてしまった。
悪役令嬢への道。
自ら用意した断罪の場は、王子の重すぎる愛によって、退路を完全に断たれる祝祭の場となった。
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