20 / 28
20
しおりを挟む
「ソフィア……。もう、あなたしかいないのですわ。本気で、本気で殿下を奪い取ってちょうだい!」
私は自室で、親友ソフィアの両手を握りしめ、必死の形相で懇願していた。
これまでの作戦はすべて失敗。
壺を割れば聖女扱い、高笑いすれば奇病扱い、毒を盛れば(激辛料理を振る舞えば)代謝アップ扱い。
レオンハルト殿下のポジティブフィルターは、もはや帝国の防衛魔法よりも強固です。
こうなれば、身内から「本物の略奪者」を出すしかありません。
「……マリア。あなた、さっきから何を言っているの? 私に、本気で殿下を誘惑しろって?」
ソフィアは、引きつった笑いを浮かべて私を見つめている。
「そうです! 演技ではなく、本気ですわ! あなたのような清らかで有能な女性こそ、殿下の隣にふさわしい。私のような無能は、身を引いてあなたたちの幸せを陰から呪……いえ、祝うのが正解なのですわ!」
「……マリア。あなた、本当に自分の言っていることが分かっているの? 殿下よ? あの、愛が重すぎて周囲の気温を三度くらい上げているレオンハルト殿下よ?」
「ええ! あなたなら、あの熱量も受け止められるはずですわ!」
私は必死だった。
しかし、ソフィアは深く、深いため息をつくと、急にスッと表情を消した。
「……わかったわ。そこまで言うなら、私、本気になるわね」
「……えっ?」
ソフィアのあまりにも急な冷徹な声に、私は思わず手を離した。
「よく考えたら、殿下は若くて美形で、次期皇帝。その妻になれば、一生お金にも名誉にも困らないものね。マリア、あなたが『無能だから要らない』って捨てるなら、私が喜んで拾ってあげるわ」
ソフィアは立ち上がり、冷ややかな笑みを浮かべて私を見下ろした。
「あ……ソフィア? あの、そんなに急に『強欲な悪女』みたいな顔をされても……」
「あら、あなたが望んだことでしょう? さあ、ちょうど殿下がいらしたみたいだわ。早速、私の『本気』を見せてあげる」
扉が開くと、そこには今日も今日とて光り輝くレオンハルト殿下と、胃薬の空き箱を持ったケイン様が立っていた。
「やあ、マリア。今日もソフィア嬢と仲良……おや? なんだか、空気がいつもと違うね?」
「レオンハルト殿下……!」
ソフィアが、これまでに見たこともないような艶然(えんぜん)とした笑みを浮かべ、殿下の胸元に飛び込んだ。
正確には、飛び込もうとして、殿下がとっさに私を盾にしたので、私の背中にぶつかった。
「殿下! 私、気づきましたの。マリアのような無能に、あなたを独占させるなんて国家の損失ですわ! 私こそが、あなたの真の伴侶にふさわしい。マリアを捨てて、私を選んでくださいまし!」
ソフィアが私の肩越しに、殿下へ向かって情熱的な視線を送る。
……これです。これこそが、私が求めていた『修羅場』ですわ!
「な……な……!」
私は、声が出なかった。
望んでいたはずなのに。ソフィアが殿下を奪ってくれれば、私は自由になれるはずなのに。
どうして、こんなに心臓がギュッとして、奥歯がガチガチと鳴るほど腹立たしいのか。
レオンハルト様は、困ったように眉を下げて私を見た。
「マリア。これは、どういう演目の練習だい? 『親友に婚約者を寝取られる悲劇のヒロイン』の役かな? 斬新だね、でも君には悲しい顔は似合わないよ」
「練習じゃありませんわ! ソフィアは本気です! 殿下、さあ、彼女の熱意に応えて……!」
私は叫んだ。しかし、ソフィアが私の耳元で、冷たく囁いた。
「マリア。そんなに簡単に殿下を譲るなんて、あなた、本当に殿下のことを『どうでもいい存在』だと思っているのね。……だったら、私が今夜中に殿下の寝室へ忍び込んでも文句はないわよね?」
「……っ!?」
脳内で何かがプツリと切れる音がした。
「……お、お、お断りですわーーーー!!!」
私はソフィアを突き飛ばし、レオンハルト殿下の腕にがっしりと抱きついた。
「殿下の寝室は、私が悪巧みのために忍び込む聖域ですわ! そこをあなたのような『本物』に譲るわけにはいきません! 殿下を奪うのは私! 殿下を困らせるのも私! あなたにその座は渡しませんわ!!」
私は、自分でも驚くほどの咆哮を上げた。
静まり返る室内。
ソフィアが、ニヤリと笑った。
「……ふふ。やっと本音が出たわね、マリア。殿下の寝室を『聖域』だなんて、よっぽど愛着がある証拠じゃない」
「……あ。」
私は、自分が何を言ったか気づき、顔から火が出るほど赤くなった。
「マリア……! 君は、そんなに僕の寝室に来たかったのかい!? ああ、なんて積極的なんだ! 僕を困らせたいだなんて、最高の愛の告白だよ!」
レオンハルト様は、感極まったように私を抱き上げ、くるくると回った。
「殿下、降ろしてください! 今のは、その、勢いですわ!」
「勢いでもいい! 魂の叫びだ! ケイン、聞いたか! マリアが僕の寝室の所有権を主張したぞ!」
「殿下、マリア様の言葉を100%都合よく解釈するのもいい加減にしてください。……まあ、お嬢様の嫉妬心に火をつけたという意味では、ソフィア嬢の作戦勝ちらしいですが」
ケイン様が、初めてソフィアに向かって労いの視線を送った。
「マリア。私、本気で殿下を奪う気なんてないわよ。あんな『マリア専用自動肯定機械』みたいな王子様、私には荷が重すぎるもの。……でも、あなたがどれだけ殿下を大切に思っているか、分かってよかったわ」
ソフィアは元の優しい顔に戻り、私にウインクをした。
「……うぅ。ソフィア、あなた、私を嵌めましたわね……!」
「あら、感謝してほしいくらいだわ。さあ、殿下。マリア様が『独占宣言』をされましたから、今夜は覚悟しておいてくださいね?」
「ああ、一晩中マリアの『悪巧み』を、この身で受け止める準備はできているよ!」
「違いますわーーー!! 独占してませんわーーー!!!」
私の「ヒロイン略奪作戦」は、親友の鮮やかな裏切り(という名の荒治療)によって、私の隠れた独占欲を白日の下にさらすという、最悪の自爆に終わった。
悪役令嬢への道。
第二十の作戦は、私が「殿下を誰にも渡したくない」と思っていることを自覚させられるという、精神的な大敗北を喫したのであった。
私は自室で、親友ソフィアの両手を握りしめ、必死の形相で懇願していた。
これまでの作戦はすべて失敗。
壺を割れば聖女扱い、高笑いすれば奇病扱い、毒を盛れば(激辛料理を振る舞えば)代謝アップ扱い。
レオンハルト殿下のポジティブフィルターは、もはや帝国の防衛魔法よりも強固です。
こうなれば、身内から「本物の略奪者」を出すしかありません。
「……マリア。あなた、さっきから何を言っているの? 私に、本気で殿下を誘惑しろって?」
ソフィアは、引きつった笑いを浮かべて私を見つめている。
「そうです! 演技ではなく、本気ですわ! あなたのような清らかで有能な女性こそ、殿下の隣にふさわしい。私のような無能は、身を引いてあなたたちの幸せを陰から呪……いえ、祝うのが正解なのですわ!」
「……マリア。あなた、本当に自分の言っていることが分かっているの? 殿下よ? あの、愛が重すぎて周囲の気温を三度くらい上げているレオンハルト殿下よ?」
「ええ! あなたなら、あの熱量も受け止められるはずですわ!」
私は必死だった。
しかし、ソフィアは深く、深いため息をつくと、急にスッと表情を消した。
「……わかったわ。そこまで言うなら、私、本気になるわね」
「……えっ?」
ソフィアのあまりにも急な冷徹な声に、私は思わず手を離した。
「よく考えたら、殿下は若くて美形で、次期皇帝。その妻になれば、一生お金にも名誉にも困らないものね。マリア、あなたが『無能だから要らない』って捨てるなら、私が喜んで拾ってあげるわ」
ソフィアは立ち上がり、冷ややかな笑みを浮かべて私を見下ろした。
「あ……ソフィア? あの、そんなに急に『強欲な悪女』みたいな顔をされても……」
「あら、あなたが望んだことでしょう? さあ、ちょうど殿下がいらしたみたいだわ。早速、私の『本気』を見せてあげる」
扉が開くと、そこには今日も今日とて光り輝くレオンハルト殿下と、胃薬の空き箱を持ったケイン様が立っていた。
「やあ、マリア。今日もソフィア嬢と仲良……おや? なんだか、空気がいつもと違うね?」
「レオンハルト殿下……!」
ソフィアが、これまでに見たこともないような艶然(えんぜん)とした笑みを浮かべ、殿下の胸元に飛び込んだ。
正確には、飛び込もうとして、殿下がとっさに私を盾にしたので、私の背中にぶつかった。
「殿下! 私、気づきましたの。マリアのような無能に、あなたを独占させるなんて国家の損失ですわ! 私こそが、あなたの真の伴侶にふさわしい。マリアを捨てて、私を選んでくださいまし!」
ソフィアが私の肩越しに、殿下へ向かって情熱的な視線を送る。
……これです。これこそが、私が求めていた『修羅場』ですわ!
「な……な……!」
私は、声が出なかった。
望んでいたはずなのに。ソフィアが殿下を奪ってくれれば、私は自由になれるはずなのに。
どうして、こんなに心臓がギュッとして、奥歯がガチガチと鳴るほど腹立たしいのか。
レオンハルト様は、困ったように眉を下げて私を見た。
「マリア。これは、どういう演目の練習だい? 『親友に婚約者を寝取られる悲劇のヒロイン』の役かな? 斬新だね、でも君には悲しい顔は似合わないよ」
「練習じゃありませんわ! ソフィアは本気です! 殿下、さあ、彼女の熱意に応えて……!」
私は叫んだ。しかし、ソフィアが私の耳元で、冷たく囁いた。
「マリア。そんなに簡単に殿下を譲るなんて、あなた、本当に殿下のことを『どうでもいい存在』だと思っているのね。……だったら、私が今夜中に殿下の寝室へ忍び込んでも文句はないわよね?」
「……っ!?」
脳内で何かがプツリと切れる音がした。
「……お、お、お断りですわーーーー!!!」
私はソフィアを突き飛ばし、レオンハルト殿下の腕にがっしりと抱きついた。
「殿下の寝室は、私が悪巧みのために忍び込む聖域ですわ! そこをあなたのような『本物』に譲るわけにはいきません! 殿下を奪うのは私! 殿下を困らせるのも私! あなたにその座は渡しませんわ!!」
私は、自分でも驚くほどの咆哮を上げた。
静まり返る室内。
ソフィアが、ニヤリと笑った。
「……ふふ。やっと本音が出たわね、マリア。殿下の寝室を『聖域』だなんて、よっぽど愛着がある証拠じゃない」
「……あ。」
私は、自分が何を言ったか気づき、顔から火が出るほど赤くなった。
「マリア……! 君は、そんなに僕の寝室に来たかったのかい!? ああ、なんて積極的なんだ! 僕を困らせたいだなんて、最高の愛の告白だよ!」
レオンハルト様は、感極まったように私を抱き上げ、くるくると回った。
「殿下、降ろしてください! 今のは、その、勢いですわ!」
「勢いでもいい! 魂の叫びだ! ケイン、聞いたか! マリアが僕の寝室の所有権を主張したぞ!」
「殿下、マリア様の言葉を100%都合よく解釈するのもいい加減にしてください。……まあ、お嬢様の嫉妬心に火をつけたという意味では、ソフィア嬢の作戦勝ちらしいですが」
ケイン様が、初めてソフィアに向かって労いの視線を送った。
「マリア。私、本気で殿下を奪う気なんてないわよ。あんな『マリア専用自動肯定機械』みたいな王子様、私には荷が重すぎるもの。……でも、あなたがどれだけ殿下を大切に思っているか、分かってよかったわ」
ソフィアは元の優しい顔に戻り、私にウインクをした。
「……うぅ。ソフィア、あなた、私を嵌めましたわね……!」
「あら、感謝してほしいくらいだわ。さあ、殿下。マリア様が『独占宣言』をされましたから、今夜は覚悟しておいてくださいね?」
「ああ、一晩中マリアの『悪巧み』を、この身で受け止める準備はできているよ!」
「違いますわーーー!! 独占してませんわーーー!!!」
私の「ヒロイン略奪作戦」は、親友の鮮やかな裏切り(という名の荒治療)によって、私の隠れた独占欲を白日の下にさらすという、最悪の自爆に終わった。
悪役令嬢への道。
第二十の作戦は、私が「殿下を誰にも渡したくない」と思っていることを自覚させられるという、精神的な大敗北を喫したのであった。
0
あなたにおすすめの小説
真実の愛のおつりたち
毒島醜女
ファンタジー
ある公国。
不幸な身の上の平民女に恋をした公子は彼女を虐げた公爵令嬢を婚約破棄する。
その騒動は大きな波を起こし、大勢の人間を巻き込んでいった。
真実の愛に踊らされるのは当人だけではない。
そんな群像劇。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
今さら救いの手とかいらないのですが……
カレイ
恋愛
侯爵令嬢オデットは学園の嫌われ者である。
それもこれも、子爵令嬢シェリーシアに罪をなすりつけられ、公衆の面前で婚約破棄を突きつけられたせい。
オデットは信じてくれる友人のお陰で、揶揄されながらもそれなりに楽しい生活を送っていたが……
「そろそろ許してあげても良いですっ」
「あ、結構です」
伸ばされた手をオデットは払い除ける。
許さなくて良いので金輪際関わってこないで下さいと付け加えて。
※全19話の短編です。
前世の旦那様、貴方とだけは結婚しません。
真咲
恋愛
全21話。他サイトでも掲載しています。
一度目の人生、愛した夫には他に想い人がいた。
侯爵令嬢リリア・エンダロインは幼い頃両親同士の取り決めで、幼馴染の公爵家の嫡男であるエスター・カンザスと婚約した。彼は学園時代のクラスメイトに恋をしていたけれど、リリアを優先し、リリアだけを大切にしてくれた。
二度目の人生。
リリアは、再びリリア・エンダロインとして生まれ変わっていた。
「次は、私がエスターを幸せにする」
自分が彼に幸せにしてもらったように。そのために、何がなんでも、エスターとだけは結婚しないと決めた。
ある王国の王室の物語
朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。
顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。
それから
「承知しました」とだけ言った。
ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。
それからバウンドケーキに手を伸ばした。
カクヨムで公開したものに手を入れたものです。
政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。
手放してみたら、けっこう平気でした。
朝山みどり
恋愛
エリザ・シスレーは伯爵家の後継として、勉強、父の手伝いと努力していた。父の親戚の婚約者との仲も良好で、結婚する日を楽しみしていた。
そんなある日、父が急死してしまう。エリザは学院をやめて、領主の仕事に専念した。
だが、領主として努力するエリザを家族は理解してくれない。彼女は家族のなかで孤立していく。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる