婚約破棄、できないなんて聞いてないんですけど?

恋の箱庭

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「ソフィア……。もう、あなたしかいないのですわ。本気で、本気で殿下を奪い取ってちょうだい!」


私は自室で、親友ソフィアの両手を握りしめ、必死の形相で懇願していた。


これまでの作戦はすべて失敗。

壺を割れば聖女扱い、高笑いすれば奇病扱い、毒を盛れば(激辛料理を振る舞えば)代謝アップ扱い。

レオンハルト殿下のポジティブフィルターは、もはや帝国の防衛魔法よりも強固です。

こうなれば、身内から「本物の略奪者」を出すしかありません。


「……マリア。あなた、さっきから何を言っているの? 私に、本気で殿下を誘惑しろって?」


ソフィアは、引きつった笑いを浮かべて私を見つめている。


「そうです! 演技ではなく、本気ですわ! あなたのような清らかで有能な女性こそ、殿下の隣にふさわしい。私のような無能は、身を引いてあなたたちの幸せを陰から呪……いえ、祝うのが正解なのですわ!」


「……マリア。あなた、本当に自分の言っていることが分かっているの? 殿下よ? あの、愛が重すぎて周囲の気温を三度くらい上げているレオンハルト殿下よ?」


「ええ! あなたなら、あの熱量も受け止められるはずですわ!」


私は必死だった。

しかし、ソフィアは深く、深いため息をつくと、急にスッと表情を消した。


「……わかったわ。そこまで言うなら、私、本気になるわね」


「……えっ?」


ソフィアのあまりにも急な冷徹な声に、私は思わず手を離した。


「よく考えたら、殿下は若くて美形で、次期皇帝。その妻になれば、一生お金にも名誉にも困らないものね。マリア、あなたが『無能だから要らない』って捨てるなら、私が喜んで拾ってあげるわ」


ソフィアは立ち上がり、冷ややかな笑みを浮かべて私を見下ろした。


「あ……ソフィア? あの、そんなに急に『強欲な悪女』みたいな顔をされても……」


「あら、あなたが望んだことでしょう? さあ、ちょうど殿下がいらしたみたいだわ。早速、私の『本気』を見せてあげる」


扉が開くと、そこには今日も今日とて光り輝くレオンハルト殿下と、胃薬の空き箱を持ったケイン様が立っていた。


「やあ、マリア。今日もソフィア嬢と仲良……おや? なんだか、空気がいつもと違うね?」


「レオンハルト殿下……!」


ソフィアが、これまでに見たこともないような艶然(えんぜん)とした笑みを浮かべ、殿下の胸元に飛び込んだ。

正確には、飛び込もうとして、殿下がとっさに私を盾にしたので、私の背中にぶつかった。


「殿下! 私、気づきましたの。マリアのような無能に、あなたを独占させるなんて国家の損失ですわ! 私こそが、あなたの真の伴侶にふさわしい。マリアを捨てて、私を選んでくださいまし!」


ソフィアが私の肩越しに、殿下へ向かって情熱的な視線を送る。

……これです。これこそが、私が求めていた『修羅場』ですわ!


「な……な……!」


私は、声が出なかった。

望んでいたはずなのに。ソフィアが殿下を奪ってくれれば、私は自由になれるはずなのに。

どうして、こんなに心臓がギュッとして、奥歯がガチガチと鳴るほど腹立たしいのか。


レオンハルト様は、困ったように眉を下げて私を見た。


「マリア。これは、どういう演目の練習だい? 『親友に婚約者を寝取られる悲劇のヒロイン』の役かな? 斬新だね、でも君には悲しい顔は似合わないよ」


「練習じゃありませんわ! ソフィアは本気です! 殿下、さあ、彼女の熱意に応えて……!」


私は叫んだ。しかし、ソフィアが私の耳元で、冷たく囁いた。


「マリア。そんなに簡単に殿下を譲るなんて、あなた、本当に殿下のことを『どうでもいい存在』だと思っているのね。……だったら、私が今夜中に殿下の寝室へ忍び込んでも文句はないわよね?」


「……っ!?」


脳内で何かがプツリと切れる音がした。


「……お、お、お断りですわーーーー!!!」


私はソフィアを突き飛ばし、レオンハルト殿下の腕にがっしりと抱きついた。


「殿下の寝室は、私が悪巧みのために忍び込む聖域ですわ! そこをあなたのような『本物』に譲るわけにはいきません! 殿下を奪うのは私! 殿下を困らせるのも私! あなたにその座は渡しませんわ!!」


私は、自分でも驚くほどの咆哮を上げた。


静まり返る室内。

ソフィアが、ニヤリと笑った。


「……ふふ。やっと本音が出たわね、マリア。殿下の寝室を『聖域』だなんて、よっぽど愛着がある証拠じゃない」


「……あ。」


私は、自分が何を言ったか気づき、顔から火が出るほど赤くなった。


「マリア……! 君は、そんなに僕の寝室に来たかったのかい!? ああ、なんて積極的なんだ! 僕を困らせたいだなんて、最高の愛の告白だよ!」


レオンハルト様は、感極まったように私を抱き上げ、くるくると回った。


「殿下、降ろしてください! 今のは、その、勢いですわ!」


「勢いでもいい! 魂の叫びだ! ケイン、聞いたか! マリアが僕の寝室の所有権を主張したぞ!」


「殿下、マリア様の言葉を100%都合よく解釈するのもいい加減にしてください。……まあ、お嬢様の嫉妬心に火をつけたという意味では、ソフィア嬢の作戦勝ちらしいですが」


ケイン様が、初めてソフィアに向かって労いの視線を送った。


「マリア。私、本気で殿下を奪う気なんてないわよ。あんな『マリア専用自動肯定機械』みたいな王子様、私には荷が重すぎるもの。……でも、あなたがどれだけ殿下を大切に思っているか、分かってよかったわ」


ソフィアは元の優しい顔に戻り、私にウインクをした。


「……うぅ。ソフィア、あなた、私を嵌めましたわね……!」


「あら、感謝してほしいくらいだわ。さあ、殿下。マリア様が『独占宣言』をされましたから、今夜は覚悟しておいてくださいね?」


「ああ、一晩中マリアの『悪巧み』を、この身で受け止める準備はできているよ!」


「違いますわーーー!! 独占してませんわーーー!!!」


私の「ヒロイン略奪作戦」は、親友の鮮やかな裏切り(という名の荒治療)によって、私の隠れた独占欲を白日の下にさらすという、最悪の自爆に終わった。


悪役令嬢への道。

第二十の作戦は、私が「殿下を誰にも渡したくない」と思っていることを自覚させられるという、精神的な大敗北を喫したのであった。
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