婚約破棄、できないなんて聞いてないんですけど?

恋の箱庭

文字の大きさ
23 / 28

23

しおりを挟む
パーティー会場の熱狂は、もはや誰にも止められない領域に達していた。


私は、レオンハルト殿下の腕の中で、魂が口から半分はみ出したような状態で立ち尽くしていた。


「……もう、いいですわ。好きになさってください。私は、ただの『嘘つきな無能』として、静かに余生を過ごしたいだけですのに……」


「ははは、マリア。君は本当に謙虚だね。だが、君が望んだ『断罪』を、僕はまだ完遂していない。誠実な男として、君の罪をすべて白日の下にさらさなくては」


レオンハルト様は、楽しそうに目を細めると、再び会場の全員に向かって声を張り上げた。


「皆様、静粛に! 今から、僕がマリアの真の『罪』を読み上げる! これを聞いてもなお、彼女を僕の妃として認めるかどうか、皆の心に問いかけてほしい!」


(……えっ? ついに本気で私を責めてくださるの!?)


私は期待で胸を高鳴らせた。

そうよ、殿下。私がこれまでにしでかした、本当に恥ずかしい不手際や、王家の品位を汚すような振る舞いを暴露してください!

そうすれば、いくら盲目な貴族たちだって「流石にそれは……」と引くはずですわ!


レオンハルト様は、懐から一冊の手帳を取り出した。

……嫌な予感がしますわ。その手帳、私が何かするたびに殿下がこっそり書き込んでいた「マリア観察日記」ではありませんこと?


「マリアの第一の罪! 去年の冬、僕に手編みのマフラーを贈ろうとして、結局編み方が分からず、ただの『一本の長い紐』を渡してきたことだ!」


「ぶほっ!? 殿下、それは言わない約束ですわ!!」


会場から「……可愛い」「なんて健気な」「一本の紐でも王子には絆に見えたのね」という温かな声が漏れる。


「第二の罪! 僕の誕生日に、僕の肖像画を描こうとして、あまりの絵心のなさに僕を『謎の深海魚』のように描き上げたことだ! おかげで僕は、自分のアイデンティティを見失いそうになったよ!」


「やめて! あれは、躍動感を表現しようとした結果なんですのよ!」


「だが、その深海魚の絵の裏に『殿下が世界で一番大好き』と小さく書き添えてあった! その不意打ちの殺傷能力、国家転覆罪に値するほどの破壊力だ!」


「書いてません! 書いた記憶はありませんわ!!(……いえ、恥ずかしさのあまり記憶から抹消しただけかもしれませんわ!)」


会場の淑女たちが「尊い……」「愛が溢れすぎているわ……」と、ハンカチで目元を拭い始めた。

おかしい。断罪のはずが、ただの「のろけ話の暴露大会」になっている。


「第三の罪! 昨夜、僕の寝室の所有権を主張した際の、あの熟したリンゴのような真っ赤な顔! あの表情を僕一人で独占できないことが、国民に対する最大の背信行為だ!」


「殿下!! もう、もういい加減にしてくださいまし!!」


私は顔面から火が出るほどの羞恥心に耐えきれず、殿下の胸に顔を埋めた。

これ、断罪じゃありませんわ。公開処刑ですわ。私のプライバシーという名のライフはもうゼロです。


「皆様、見たまえ! このようにマリアは、その圧倒的な愛らしさで僕を翻弄し、僕の理性を常に限界まで追い詰めている! これほど罪深い女性を、僕以外の誰が御せるというのか!」


レオンハルト様は、私の肩を抱き寄せ、勝利を確信したような笑顔を浮かべた。


「マリア・フォン・ベル。君の罪に対する判決を下す。君は一生、僕の腕の中から出ることを禁ずる! そして、毎日僕から百回のキスと、千回の愛の言葉を受け取らなければならない。異議はあるかね?」


「「「異議なし!!」」」


会場の全員が、示し合わせたように拳を突き上げた。


「……異議、ありまくりですわ……。誰か、一人くらい反対してくださいまし……」


私の震えるような抗議は、周囲の祝福の嵐にかき消された。


「殿下。一言いいですか。今のやり取り、記録官がすべて公文書に書き記しました。後世の歴史家は、この日を『帝国一のバカップル誕生の日』と呼ぶことになるでしょう」


ケイン様が、これ以上ないほど冷めた目で私たちを見ていた。

そうよ、ケイン様。これが、これが私の求めていた「冷ややかな視線」ですわ! 

でも、たった一人じゃ、この会場の「ピンク色の狂気」は止められませんわ!


「さあ、マリア。僕の断罪、受け入れてくれるね?」


レオンハルト様が、私の顎を優しく持ち上げる。

その誠実で、逃げ場のない瞳。


「……受刑、いたしますわ。ただし、キスは一回にまけてくださいまし……」


「ははは。執行猶予はなしだよ、マリア」


そう言って、殿下は会場のど真ん中で、私の唇に誓いの口づけを落とした。


悪役令嬢への道。

王子の「逆断罪」によって、私は全貴族の前で「愛の囚人」としての身分を確定させてしまった。


私の「婚約破棄大作戦」は、ここに来て、再起不能の完全敗北を喫したのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢の辿る道

ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。 家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。 それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。 これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。 ※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。 追記  六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

手放してみたら、けっこう平気でした。

朝山みどり
恋愛
エリザ・シスレーは伯爵家の後継として、勉強、父の手伝いと努力していた。父の親戚の婚約者との仲も良好で、結婚する日を楽しみしていた。 そんなある日、父が急死してしまう。エリザは学院をやめて、領主の仕事に専念した。 だが、領主として努力するエリザを家族は理解してくれない。彼女は家族のなかで孤立していく。

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

今さら救いの手とかいらないのですが……

カレイ
恋愛
 侯爵令嬢オデットは学園の嫌われ者である。  それもこれも、子爵令嬢シェリーシアに罪をなすりつけられ、公衆の面前で婚約破棄を突きつけられたせい。  オデットは信じてくれる友人のお陰で、揶揄されながらもそれなりに楽しい生活を送っていたが…… 「そろそろ許してあげても良いですっ」 「あ、結構です」  伸ばされた手をオデットは払い除ける。  許さなくて良いので金輪際関わってこないで下さいと付け加えて。  ※全19話の短編です。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧井 汐桜香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

真実の愛のおつりたち

毒島醜女
ファンタジー
ある公国。 不幸な身の上の平民女に恋をした公子は彼女を虐げた公爵令嬢を婚約破棄する。 その騒動は大きな波を起こし、大勢の人間を巻き込んでいった。 真実の愛に踊らされるのは当人だけではない。 そんな群像劇。

処理中です...