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嵐のようなパーティーが終わり、王宮の静かなバルコニー。
遠くで夜鳥の声が響く中、私は手すりに寄りかかり、夜風に熱くなった顔を冷やしていた。
隣には、私の腰を片手でしっかりと抱いたまま、満足げに月を眺めるレオンハルト殿下。
「……殿下。もう、逃げも隠れもしませんわ。すべてを白状いたします」
「おや、まだ告白し足りない罪があるのかい? 僕は一晩中でも聞く準備ができているよ」
レオンハルト様は、慈しむような瞳で私を見つめる。
私は意を決して、彼の腕をそっと解き、真っ正面から向き直った。
「殿下。今まで私がしてきた『悪役』の数々……。あれはすべて、あなたに嫌われるための『計画』だったのです」
「…………」
「私は自分を無能だと思い、あなたの隣に立つことが怖かった。だから、わざとあなたを困らせ、怒らせ、愛想を尽かさせて、婚約破棄をしてもらおうと企んでいましたの」
私は一気にまくしたてた。
第一話で提出したあの計画書のこと。ソフィアを巻き込んだこと。激辛料理のこと。
すべて、すべて私の「不誠実な企み」であったことを。
「……私は、あなたの誠実さを利用したのです。あなたが優しいから、何をしても許してくれると甘えて、自分勝手に別れを演出しようとした。最低な女ですわ」
私は頭を垂れた。
今度こそ、軽蔑されるだろう。
これまでの行動が「愛」ではなく「保身のための演技」だったと知れば、誠実な彼は傷つき、私を拒絶するはずだ。
沈黙が流れる。
やがて、レオンハルト様の口から、クスリと小さな笑い声が漏れた。
「……知っていたよ、マリア」
「…………え?」
私は弾かれたように顔を上げた。
レオンハルト様は、驚くほど穏やかな、そしてどこか悪戯っぽい笑顔を浮かべていた。
「知っていた……? 何を、ですの?」
「全部だよ。君が最初にあの『効率的な悪役令嬢化による婚約破棄の実行計画書』を持ってきたその瞬間から、僕は君の企みに気づいていたんだ」
「な、ななな……なんですって……!?」
「考えてもごらん。本物の悪女が、わざわざ『悪役になります』というプレゼン資料をターゲットに提出するかい? しかも、目次や注釈まで丁寧に付けて」
レオンハルト様は、私の頬に優しく手を添えた。
「君は本当に無能だね、マリア。隠し事がこれっぽっちもできていなかった。君が僕を罵倒しようとするたびに、瞳が申し訳なさそうに揺れているのも。嫌がらせを仕掛けるたびに、僕の顔色を伺って泣きそうになっているのも、全部見えていたよ」
「じゃあ、あの……今までの、あなたのリアクションは……」
「ああ。君が僕のために、慣れない『悪女』を一生懸命に演じている姿が、あまりにも愛おしかったからね。僕は君の書いたシナリオに乗って、最高の観客を演じていただけさ」
衝撃の事実だった。
私が必死に「悪」を振りまいていた横で、この王子はすべてを理解した上で、私を「愛でて」いただけだったのだ。
「……性格が、悪すぎますわ……! 私はあんなに、あんなに必死だったのに!」
「失礼な。僕は誠実だよ。君の『僕を捨てたい』という願いは叶えてあげられなかったけれど、その過程で君が頑張っていた『悪役ごっこ』には、全力で付き合っただろう?」
レオンハルト様は、私の手を引き、自分の胸元へと押し当てた。
「マリア。君は、僕の名誉のために身を引こうとしてくれた。自分の評判を落としてまで、僕の未来を案じてくれた。……そんな女性を、僕が手放すと思うかい?」
「……殿下……」
「君がどれだけ無能でも構わない。いや、無能な君が必死に僕のために知恵を絞ってくれる、その時間が僕にとっては最高の宝物なんだ。……僕を騙そうとした罰として、君には一生、僕のそばで『幸せな王妃』を演じ続けてもらうよ」
レオンハルト様の瞳の奥に、抗いようのない独占欲と、深い愛が渦巻いているのが見えた。
「(……この人、天然の聖者だと思っていたけれど……本当は、私よりずっとタチの悪い『策略家』ではありませんこと!?)」
私は、自分が掌の上で踊らされていたことを悟り、怒りと、それ以上の幸福感に包まれて、彼の胸に顔を埋めた。
「……わかりましたわ。もう、降参です。……でも、一つだけ言わせてくださいまし」
「なんだい?」
「……殿下、あなたは誠実すぎますけれど、少しだけ変態ですわ!」
「ははは。マリアにそう言われるのは、最高の褒め言葉だね」
私たちは、夜の静寂の中で、今日までで一番深く、そして本当の意味で「誠実」な口づけを交わした。
悪役令嬢への道。
すべての真実が明らかになり、マリアの計画は完膚なきまでに「愛」によって上書きされたのであった。
遠くで夜鳥の声が響く中、私は手すりに寄りかかり、夜風に熱くなった顔を冷やしていた。
隣には、私の腰を片手でしっかりと抱いたまま、満足げに月を眺めるレオンハルト殿下。
「……殿下。もう、逃げも隠れもしませんわ。すべてを白状いたします」
「おや、まだ告白し足りない罪があるのかい? 僕は一晩中でも聞く準備ができているよ」
レオンハルト様は、慈しむような瞳で私を見つめる。
私は意を決して、彼の腕をそっと解き、真っ正面から向き直った。
「殿下。今まで私がしてきた『悪役』の数々……。あれはすべて、あなたに嫌われるための『計画』だったのです」
「…………」
「私は自分を無能だと思い、あなたの隣に立つことが怖かった。だから、わざとあなたを困らせ、怒らせ、愛想を尽かさせて、婚約破棄をしてもらおうと企んでいましたの」
私は一気にまくしたてた。
第一話で提出したあの計画書のこと。ソフィアを巻き込んだこと。激辛料理のこと。
すべて、すべて私の「不誠実な企み」であったことを。
「……私は、あなたの誠実さを利用したのです。あなたが優しいから、何をしても許してくれると甘えて、自分勝手に別れを演出しようとした。最低な女ですわ」
私は頭を垂れた。
今度こそ、軽蔑されるだろう。
これまでの行動が「愛」ではなく「保身のための演技」だったと知れば、誠実な彼は傷つき、私を拒絶するはずだ。
沈黙が流れる。
やがて、レオンハルト様の口から、クスリと小さな笑い声が漏れた。
「……知っていたよ、マリア」
「…………え?」
私は弾かれたように顔を上げた。
レオンハルト様は、驚くほど穏やかな、そしてどこか悪戯っぽい笑顔を浮かべていた。
「知っていた……? 何を、ですの?」
「全部だよ。君が最初にあの『効率的な悪役令嬢化による婚約破棄の実行計画書』を持ってきたその瞬間から、僕は君の企みに気づいていたんだ」
「な、ななな……なんですって……!?」
「考えてもごらん。本物の悪女が、わざわざ『悪役になります』というプレゼン資料をターゲットに提出するかい? しかも、目次や注釈まで丁寧に付けて」
レオンハルト様は、私の頬に優しく手を添えた。
「君は本当に無能だね、マリア。隠し事がこれっぽっちもできていなかった。君が僕を罵倒しようとするたびに、瞳が申し訳なさそうに揺れているのも。嫌がらせを仕掛けるたびに、僕の顔色を伺って泣きそうになっているのも、全部見えていたよ」
「じゃあ、あの……今までの、あなたのリアクションは……」
「ああ。君が僕のために、慣れない『悪女』を一生懸命に演じている姿が、あまりにも愛おしかったからね。僕は君の書いたシナリオに乗って、最高の観客を演じていただけさ」
衝撃の事実だった。
私が必死に「悪」を振りまいていた横で、この王子はすべてを理解した上で、私を「愛でて」いただけだったのだ。
「……性格が、悪すぎますわ……! 私はあんなに、あんなに必死だったのに!」
「失礼な。僕は誠実だよ。君の『僕を捨てたい』という願いは叶えてあげられなかったけれど、その過程で君が頑張っていた『悪役ごっこ』には、全力で付き合っただろう?」
レオンハルト様は、私の手を引き、自分の胸元へと押し当てた。
「マリア。君は、僕の名誉のために身を引こうとしてくれた。自分の評判を落としてまで、僕の未来を案じてくれた。……そんな女性を、僕が手放すと思うかい?」
「……殿下……」
「君がどれだけ無能でも構わない。いや、無能な君が必死に僕のために知恵を絞ってくれる、その時間が僕にとっては最高の宝物なんだ。……僕を騙そうとした罰として、君には一生、僕のそばで『幸せな王妃』を演じ続けてもらうよ」
レオンハルト様の瞳の奥に、抗いようのない独占欲と、深い愛が渦巻いているのが見えた。
「(……この人、天然の聖者だと思っていたけれど……本当は、私よりずっとタチの悪い『策略家』ではありませんこと!?)」
私は、自分が掌の上で踊らされていたことを悟り、怒りと、それ以上の幸福感に包まれて、彼の胸に顔を埋めた。
「……わかりましたわ。もう、降参です。……でも、一つだけ言わせてくださいまし」
「なんだい?」
「……殿下、あなたは誠実すぎますけれど、少しだけ変態ですわ!」
「ははは。マリアにそう言われるのは、最高の褒め言葉だね」
私たちは、夜の静寂の中で、今日までで一番深く、そして本当の意味で「誠実」な口づけを交わした。
悪役令嬢への道。
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