愛が重すぎると言われまして。婚約破棄された悪役令嬢。

恋の箱庭

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「……お嬢様。本日の装い、これまでで最も気合が入っていますね。……裏地に鉄板とか仕込んでいませんか?」

 アンが鏡の前で最終調整をする私を見て、溜息混じりに尋ねてきました。

「失礼ねアン。今日はカイン卿にお招きいただいた武術大会の観戦ですもの。可憐で、華やかで、かつ『急な市街戦』にも対応できる機能性を追求しただけよ」

 今日のドレスは、深い紺碧のシルク。
 一見すると重厚な淑女の装いですが、実はスカートのプリーツ一つ一つに、私の指先の力で瞬時に切り離せる「加重重り」が仕込まれています。

「……お嬢様。普通の令嬢は、ドレスを『戦闘服』として設計しません」

「あら、何が起きるか分からないのが社交界ですわ。……さて、行きましょうか」

 王立競技場に到着すると、そこは熱狂の渦に包まれていました。
 貴賓席で私を待っていたカイン卿は、正装の騎士服に身を包み、相変わらずの彫刻のような美貌で人々を圧倒しています。

「……来たか、ノワール嬢。今日の貴女は、いつにも増して……目を引くな」

「おほほ。カイン卿にそう仰っていただけるなんて、光栄ですわ。……ところで、あちらの第三入り口から入ってきた怪しい三人組、懐に毒針を隠していますけれど、あれは演出かしら?」

「……。……いや、ただの不審者だろう。後で部下に処理させる」

 カイン卿が呆れたように、しかし愛おしそうに目を細めた、その時。

「……ノ、ノワール!? また貴様か! なぜカインと隣同士で座っているんだ!」

 またしても、聞き覚えのある頭の悪い……失礼、賑やかな声が響きました。
 斜め後ろの席に、セドリック殿下とルルネさんが座っていたのです。

「あら殿下。ごきげんよう。……あら、お顔に吹き出物が。昨夜、深夜二時まで古い地図を広げて『ノワールがいないと何も分からない!』と地団駄を踏んでいらしたのが原因かしら?」

「な、なぜそれを知っている!? まさか、まだ私の寝室に潜んでいるのか!?」

「いいえ。殿下の寝室の窓硝子の曇り具合から推測しただけですわ。普通の令嬢の、たしなみですもの」

「たしなむな! 気味が悪い!」

 セドリック殿下が叫んだ瞬間、競技場の熱気が一変しました。
 大会開始の合図と共に、空から数人の黒装束の男たちが飛び降りてきたのです。

「……殿下の命、貰い受ける!」

「ひっ!? 刺客!? 警備は何をしているんだ!」

 セドリック殿下がルルネさんを置いて椅子から転げ落ちました。
 カイン卿が剣に手をかけようとした瞬間、私の脳内コンピュータが弾き出した結論は一つ。

『カイン卿が動けば、周囲の観客がパニックになる。……そして何より、殿下の返り血で私の新作ドレスが汚れるのは許せない』

「……お行儀の悪いお客様ですわね」

 私は座ったまま、扇子を広げるふりをして、スカートの加重重りを一つ、指先で弾き飛ばしました。

 シュッ、という微かな風切り音。

「……ぐはっ!?」

 空中で殿下に向かって剣を振り下ろそうとしていた刺客の、ちょうど「正中神経」に重りが直撃しました。
 男は糸の切れた人形のように、血を一滴も流さずに気絶して私の足元に転がりました。

「……あら。少しだけ、空気が乱れましたかしら?」

 私は何食わぬ顔で扇子をパタパタと仰ぎました。
 残り三人の刺客も、私が「何気なく投げた飴玉」や「髪飾りのパール」によって、次々と急所を打たれて悶絶しています。

「……。……。ノワール嬢、今のは……」

 カイン卿が、鞘から抜きかけた剣を握ったまま固まっています。

「あらカイン卿。何か仰いました? ……あ、見てください。あちらの噴水、虹が出ていて綺麗ですわね」

「……いや。……そうだな。……虹、だな」

 カイン卿はそっと剣を収めると、私の隣で、誰にも聞こえないような小さな声で笑いました。
「……ますます、誰にも渡したくなくなった。貴女のその、美しき狂気を」

 一方、足元に刺客が転がっているのを見て、セドリック殿下は腰を抜かしたまま震えていました。

「な、なんだ!? 今、何が起きたんだ!? 刺客たちが勝手に倒れて……。ノワール! 今のはお前の呪いか!?」

「呪いだなんて心外ですわ。きっと、殿下のあまりの情けなさに、刺客の方々も戦意を喪失したのでしょう」

「ひ、ひどい!? ……でも、ああ……この毒舌、この冷たい視線……。なんだか、久しぶりに落ち着く……」

「……殿下、それ完全にダメな方向の性癖に目覚めていませんか?」

 ルルネさんの冷静なツッコミが、会場に空虚に響きました。

 刺客を瞬時に無力化し、大会の進行を(ドレスのために)守り抜いた私。
 カイン卿の手が、私の手にそっと重ねられました。

「……次は、私の番だ。大会の最後、優勝者に贈られる花束……貴女に捧げてもいいだろうか?」

「お、おほほ。……それは、普通の令嬢として受け取ってもよろしいのかしら?」

「ああ。……世界で一番『強い』令嬢への、愛の誓いとしてな」

 カイン卿の熱い告白(?)に、私は思わず扇子で顔を隠しました。
 ……普通の令嬢への道は、どうやらまた一歩、遠のいたようですわ。
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