8 / 28
8
しおりを挟む
「……お嬢様。本日の装い、これまでで最も気合が入っていますね。……裏地に鉄板とか仕込んでいませんか?」
アンが鏡の前で最終調整をする私を見て、溜息混じりに尋ねてきました。
「失礼ねアン。今日はカイン卿にお招きいただいた武術大会の観戦ですもの。可憐で、華やかで、かつ『急な市街戦』にも対応できる機能性を追求しただけよ」
今日のドレスは、深い紺碧のシルク。
一見すると重厚な淑女の装いですが、実はスカートのプリーツ一つ一つに、私の指先の力で瞬時に切り離せる「加重重り」が仕込まれています。
「……お嬢様。普通の令嬢は、ドレスを『戦闘服』として設計しません」
「あら、何が起きるか分からないのが社交界ですわ。……さて、行きましょうか」
王立競技場に到着すると、そこは熱狂の渦に包まれていました。
貴賓席で私を待っていたカイン卿は、正装の騎士服に身を包み、相変わらずの彫刻のような美貌で人々を圧倒しています。
「……来たか、ノワール嬢。今日の貴女は、いつにも増して……目を引くな」
「おほほ。カイン卿にそう仰っていただけるなんて、光栄ですわ。……ところで、あちらの第三入り口から入ってきた怪しい三人組、懐に毒針を隠していますけれど、あれは演出かしら?」
「……。……いや、ただの不審者だろう。後で部下に処理させる」
カイン卿が呆れたように、しかし愛おしそうに目を細めた、その時。
「……ノ、ノワール!? また貴様か! なぜカインと隣同士で座っているんだ!」
またしても、聞き覚えのある頭の悪い……失礼、賑やかな声が響きました。
斜め後ろの席に、セドリック殿下とルルネさんが座っていたのです。
「あら殿下。ごきげんよう。……あら、お顔に吹き出物が。昨夜、深夜二時まで古い地図を広げて『ノワールがいないと何も分からない!』と地団駄を踏んでいらしたのが原因かしら?」
「な、なぜそれを知っている!? まさか、まだ私の寝室に潜んでいるのか!?」
「いいえ。殿下の寝室の窓硝子の曇り具合から推測しただけですわ。普通の令嬢の、たしなみですもの」
「たしなむな! 気味が悪い!」
セドリック殿下が叫んだ瞬間、競技場の熱気が一変しました。
大会開始の合図と共に、空から数人の黒装束の男たちが飛び降りてきたのです。
「……殿下の命、貰い受ける!」
「ひっ!? 刺客!? 警備は何をしているんだ!」
セドリック殿下がルルネさんを置いて椅子から転げ落ちました。
カイン卿が剣に手をかけようとした瞬間、私の脳内コンピュータが弾き出した結論は一つ。
『カイン卿が動けば、周囲の観客がパニックになる。……そして何より、殿下の返り血で私の新作ドレスが汚れるのは許せない』
「……お行儀の悪いお客様ですわね」
私は座ったまま、扇子を広げるふりをして、スカートの加重重りを一つ、指先で弾き飛ばしました。
シュッ、という微かな風切り音。
「……ぐはっ!?」
空中で殿下に向かって剣を振り下ろそうとしていた刺客の、ちょうど「正中神経」に重りが直撃しました。
男は糸の切れた人形のように、血を一滴も流さずに気絶して私の足元に転がりました。
「……あら。少しだけ、空気が乱れましたかしら?」
私は何食わぬ顔で扇子をパタパタと仰ぎました。
残り三人の刺客も、私が「何気なく投げた飴玉」や「髪飾りのパール」によって、次々と急所を打たれて悶絶しています。
「……。……。ノワール嬢、今のは……」
カイン卿が、鞘から抜きかけた剣を握ったまま固まっています。
「あらカイン卿。何か仰いました? ……あ、見てください。あちらの噴水、虹が出ていて綺麗ですわね」
「……いや。……そうだな。……虹、だな」
カイン卿はそっと剣を収めると、私の隣で、誰にも聞こえないような小さな声で笑いました。
「……ますます、誰にも渡したくなくなった。貴女のその、美しき狂気を」
一方、足元に刺客が転がっているのを見て、セドリック殿下は腰を抜かしたまま震えていました。
「な、なんだ!? 今、何が起きたんだ!? 刺客たちが勝手に倒れて……。ノワール! 今のはお前の呪いか!?」
「呪いだなんて心外ですわ。きっと、殿下のあまりの情けなさに、刺客の方々も戦意を喪失したのでしょう」
「ひ、ひどい!? ……でも、ああ……この毒舌、この冷たい視線……。なんだか、久しぶりに落ち着く……」
「……殿下、それ完全にダメな方向の性癖に目覚めていませんか?」
ルルネさんの冷静なツッコミが、会場に空虚に響きました。
刺客を瞬時に無力化し、大会の進行を(ドレスのために)守り抜いた私。
カイン卿の手が、私の手にそっと重ねられました。
「……次は、私の番だ。大会の最後、優勝者に贈られる花束……貴女に捧げてもいいだろうか?」
「お、おほほ。……それは、普通の令嬢として受け取ってもよろしいのかしら?」
「ああ。……世界で一番『強い』令嬢への、愛の誓いとしてな」
カイン卿の熱い告白(?)に、私は思わず扇子で顔を隠しました。
……普通の令嬢への道は、どうやらまた一歩、遠のいたようですわ。
アンが鏡の前で最終調整をする私を見て、溜息混じりに尋ねてきました。
「失礼ねアン。今日はカイン卿にお招きいただいた武術大会の観戦ですもの。可憐で、華やかで、かつ『急な市街戦』にも対応できる機能性を追求しただけよ」
今日のドレスは、深い紺碧のシルク。
一見すると重厚な淑女の装いですが、実はスカートのプリーツ一つ一つに、私の指先の力で瞬時に切り離せる「加重重り」が仕込まれています。
「……お嬢様。普通の令嬢は、ドレスを『戦闘服』として設計しません」
「あら、何が起きるか分からないのが社交界ですわ。……さて、行きましょうか」
王立競技場に到着すると、そこは熱狂の渦に包まれていました。
貴賓席で私を待っていたカイン卿は、正装の騎士服に身を包み、相変わらずの彫刻のような美貌で人々を圧倒しています。
「……来たか、ノワール嬢。今日の貴女は、いつにも増して……目を引くな」
「おほほ。カイン卿にそう仰っていただけるなんて、光栄ですわ。……ところで、あちらの第三入り口から入ってきた怪しい三人組、懐に毒針を隠していますけれど、あれは演出かしら?」
「……。……いや、ただの不審者だろう。後で部下に処理させる」
カイン卿が呆れたように、しかし愛おしそうに目を細めた、その時。
「……ノ、ノワール!? また貴様か! なぜカインと隣同士で座っているんだ!」
またしても、聞き覚えのある頭の悪い……失礼、賑やかな声が響きました。
斜め後ろの席に、セドリック殿下とルルネさんが座っていたのです。
「あら殿下。ごきげんよう。……あら、お顔に吹き出物が。昨夜、深夜二時まで古い地図を広げて『ノワールがいないと何も分からない!』と地団駄を踏んでいらしたのが原因かしら?」
「な、なぜそれを知っている!? まさか、まだ私の寝室に潜んでいるのか!?」
「いいえ。殿下の寝室の窓硝子の曇り具合から推測しただけですわ。普通の令嬢の、たしなみですもの」
「たしなむな! 気味が悪い!」
セドリック殿下が叫んだ瞬間、競技場の熱気が一変しました。
大会開始の合図と共に、空から数人の黒装束の男たちが飛び降りてきたのです。
「……殿下の命、貰い受ける!」
「ひっ!? 刺客!? 警備は何をしているんだ!」
セドリック殿下がルルネさんを置いて椅子から転げ落ちました。
カイン卿が剣に手をかけようとした瞬間、私の脳内コンピュータが弾き出した結論は一つ。
『カイン卿が動けば、周囲の観客がパニックになる。……そして何より、殿下の返り血で私の新作ドレスが汚れるのは許せない』
「……お行儀の悪いお客様ですわね」
私は座ったまま、扇子を広げるふりをして、スカートの加重重りを一つ、指先で弾き飛ばしました。
シュッ、という微かな風切り音。
「……ぐはっ!?」
空中で殿下に向かって剣を振り下ろそうとしていた刺客の、ちょうど「正中神経」に重りが直撃しました。
男は糸の切れた人形のように、血を一滴も流さずに気絶して私の足元に転がりました。
「……あら。少しだけ、空気が乱れましたかしら?」
私は何食わぬ顔で扇子をパタパタと仰ぎました。
残り三人の刺客も、私が「何気なく投げた飴玉」や「髪飾りのパール」によって、次々と急所を打たれて悶絶しています。
「……。……。ノワール嬢、今のは……」
カイン卿が、鞘から抜きかけた剣を握ったまま固まっています。
「あらカイン卿。何か仰いました? ……あ、見てください。あちらの噴水、虹が出ていて綺麗ですわね」
「……いや。……そうだな。……虹、だな」
カイン卿はそっと剣を収めると、私の隣で、誰にも聞こえないような小さな声で笑いました。
「……ますます、誰にも渡したくなくなった。貴女のその、美しき狂気を」
一方、足元に刺客が転がっているのを見て、セドリック殿下は腰を抜かしたまま震えていました。
「な、なんだ!? 今、何が起きたんだ!? 刺客たちが勝手に倒れて……。ノワール! 今のはお前の呪いか!?」
「呪いだなんて心外ですわ。きっと、殿下のあまりの情けなさに、刺客の方々も戦意を喪失したのでしょう」
「ひ、ひどい!? ……でも、ああ……この毒舌、この冷たい視線……。なんだか、久しぶりに落ち着く……」
「……殿下、それ完全にダメな方向の性癖に目覚めていませんか?」
ルルネさんの冷静なツッコミが、会場に空虚に響きました。
刺客を瞬時に無力化し、大会の進行を(ドレスのために)守り抜いた私。
カイン卿の手が、私の手にそっと重ねられました。
「……次は、私の番だ。大会の最後、優勝者に贈られる花束……貴女に捧げてもいいだろうか?」
「お、おほほ。……それは、普通の令嬢として受け取ってもよろしいのかしら?」
「ああ。……世界で一番『強い』令嬢への、愛の誓いとしてな」
カイン卿の熱い告白(?)に、私は思わず扇子で顔を隠しました。
……普通の令嬢への道は、どうやらまた一歩、遠のいたようですわ。
4
あなたにおすすめの小説
婚約者が私のことをゴリラと言っていたので、距離を置くことにしました
相馬香子
恋愛
ある日、クローネは婚約者であるレアルと彼の友人たちの会話を盗み聞きしてしまう。
――男らしい? ゴリラ?
クローネに対するレアルの言葉にショックを受けた彼女は、レアルに絶交を突きつけるのだった。
デリカシーゼロ男と男装女子の織り成す、勘違い系ラブコメディです。
【完結】堅物な婚約者には子どもがいました……人は見かけによらないらしいです。
大森 樹
恋愛
【短編】
公爵家の一人娘、アメリアはある日誘拐された。
「アメリア様、ご無事ですか!」
真面目で堅物な騎士フィンに助けられ、アメリアは彼に恋をした。
助けたお礼として『結婚』することになった二人。フィンにとっては公爵家の爵位目当ての愛のない結婚だったはずだが……真面目で誠実な彼は、アメリアと不器用ながらも徐々に距離を縮めていく。
穏やかで幸せな結婚ができると思っていたのに、フィンの前の彼女が現れて『あの人の子どもがいます』と言ってきた。嘘だと思いきや、その子は本当に彼そっくりで……
あの堅物婚約者に、まさか子どもがいるなんて。人は見かけによらないらしい。
★アメリアとフィンは結婚するのか、しないのか……二人の恋の行方をお楽しみください。
皇子の婚約者になりたくないので天の声に従いました
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
幼い頃から天の声が聞こえるシラク公爵の娘であるミレーヌ。
この天の声にはいろいろと助けられていた。父親の命を救ってくれたのもこの天の声。
そして、進学に向けて騎士科か魔導科を選択しなければならなくなったとき、助言をしてくれたのも天の声。
ミレーヌはこの天の声に従い、騎士科を選ぶことにした。
なぜなら、魔導科を選ぶと、皇子の婚約者という立派な役割がもれなくついてきてしまうからだ。
※完結しました。新年早々、クスっとしていただけたら幸いです。軽くお読みください。
この恋に終止符(ピリオド)を
キムラましゅろう
恋愛
好きだから終わりにする。
好きだからサヨナラだ。
彼の心に彼女がいるのを知っていても、どうしても側にいたくて見て見ぬふりをしてきた。
だけど……そろそろ潮時かな。
彼の大切なあの人がフリーになったのを知り、
わたしはこの恋に終止符(ピリオド)をうつ事を決めた。
重度の誤字脱字病患者の書くお話です。
誤字脱字にぶつかる度にご自身で「こうかな?」と脳内変換して頂く恐れがあります。予めご了承くださいませ。
完全ご都合主義、ノーリアリティノークオリティのお話です。
菩薩の如く広いお心でお読みくださいませ。
そして作者はモトサヤハピエン主義です。
そこのところもご理解頂き、合わないなと思われましたら回れ右をお勧めいたします。
小説家になろうさんでも投稿します。
捨てられた者同士でくっ付いたら最高のパートナーになりました。捨てた奴らは今更よりを戻そうなんて言ってきますが絶対にごめんです。
亜綺羅もも
恋愛
アニエル・コールドマン様にはニコライド・ドルトムルという婚約者がいた。
だがある日のこと、ニコライドはレイチェル・ヴァーマイズという女性を連れて、アニエルに婚約破棄を言いわたす。
婚約破棄をされたアニエル。
だが婚約破棄をされたのはアニエルだけではなかった。
ニコライドが連れて来たレイチェルもまた、婚約破棄をしていたのだ。
その相手とはレオニードヴァイオルード。
好青年で素敵な男性だ。
婚約破棄された同士のアニエルとレオニードは仲を深めていき、そしてお互いが最高のパートナーだということに気づいていく。
一方、ニコライドとレイチェルはお互いに気が強く、衝突ばかりする毎日。
元の婚約者の方が自分たちに合っていると思い、よりを戻そうと考えるが……
【完結】旦那様、わたくし家出します。
さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。
溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。
名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。
名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。
登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*)
第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中
婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話
ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。
リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。
婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。
どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。
死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて……
※正常な人があまりいない話です。
前世の旦那様、貴方とだけは結婚しません。
真咲
恋愛
全21話。他サイトでも掲載しています。
一度目の人生、愛した夫には他に想い人がいた。
侯爵令嬢リリア・エンダロインは幼い頃両親同士の取り決めで、幼馴染の公爵家の嫡男であるエスター・カンザスと婚約した。彼は学園時代のクラスメイトに恋をしていたけれど、リリアを優先し、リリアだけを大切にしてくれた。
二度目の人生。
リリアは、再びリリア・エンダロインとして生まれ変わっていた。
「次は、私がエスターを幸せにする」
自分が彼に幸せにしてもらったように。そのために、何がなんでも、エスターとだけは結婚しないと決めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる