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「……お嬢様。街の瓦版(かわらばん)をご覧になりましたか?」
翌朝、アンがいつもの無表情に、ほんの少しだけ「呆れ」を混ぜて新聞を差し出してきました。
そこにはデカデカと、『黒髪の戦女神、競技場に降臨!』『カイン卿、愛の勝利宣言!』という見出しが躍っています。
「……あら、アン。これ、どこの国の英雄譚かしら? 私、昨日はただ大人しく観戦して、飛んできたゴミを少しだけ手で払っただけですのに」
「あの不審者たちのことを『ゴミ』と呼ぶのはお嬢様くらいです。……おかげで公爵邸の門の前には、騎士団の入団希望者と、お嬢様に弟子入りしたい令嬢たちが列をなしていますよ」
弟子入り、ですって?
私、普通の令嬢になるために絶賛自分磨き中ですのに。これでは方向性が真逆ではありませんか。
そう思っていた矢先、執事のセバスが困り果てた顔で部屋に飛び込んできました。
「お、お嬢様! ルルネ・ミスト男爵令嬢がお見えです。……殿下からの使者かと思いましたが、どうも様子がおかしくて……」
「ルルネさんが? ……通してちょうだい。きっと、昨日の刺客の件で怯えていらっしゃるんだわ。お姉様として、優しくなだめて差し上げなくては」
私は「慈愛に満ちた聖女(のつもり)」の笑顔を作って、応接間で彼女を待ちました。
現れたルルネさんは、相変わらずふわふわとした可愛らしい姿……。
ですが、その瞳はかつてないほどギラギラと輝いていました。
「ノワールお姉様! あ、あのっ、私に……私に『重すぎる愛』の極意を教えてくださいっ!」
ルルネさんは私の前に来るなり、床に額をこすりつける勢いで頭を下げました。
「……はい? ルルネさん、今、なんと?」
「私、気づいたんです! 殿下がノワールお姉様のことばかり話すのは、お姉様の愛が重すぎて、殿下の心に深く刻み込まれているからだって! 私も、あんな風に殿下の生活のすべてを支配したいんです!」
「……ルルネさん。それは、世間一般では『ストーカー』と呼ばれる行為ですわよ?」
「お姉様が仰れば、それは『究極の献身』です! 昨日の刺客を倒した時のあの動き……! 私、見ていましたわ! 扇子を一振りしただけで、男の意識を刈り取るあの神業……! あれを習得して、私も殿下の寝室の天井裏に潜みたいんです!」
……いけません。
この子、素質(ダメな方の)がありすぎますわ。
「ルルネさん、落ち着いて。私は今、その『愛の形』を卒業しようとしているのです。……カイン卿からも、普通の女の子として生きてほしいと言われていますし」
「カイン卿は分かっていません! お姉様の魅力は、あの『獲物を狙う鷹のような眼光』にあるのです! さあ、お姉様! まずは何から始めればよろしいですか? 殿下の抜け毛の分別方法ですか!? それとも、毒味のための耐毒訓練ですか!?」
「……アン。この子、とりあえず地下の鍛錬場に連れて行って、三日三晩走り込ませてちょうだい。邪念を追い出すために」
「お嬢様、このタイプは走り込ませると余計に筋肉と執着心が強化されますよ」
アンの冷静なツッコミ。
ルルネさんはその後も、「お姉様、尊い……!」と叫びながら、私の座っていた椅子の温度を測ろうとしてセバスにつまみ出されていきました。
一方その頃。王宮の会議室。
「……セドリック。お前、本当にあのノワールを手放したのか?」
第一王子のアルベルト兄様が、頭を抱えてセドリック殿下を問い詰めていました。
「……兄上まで何を仰るんですか! あんな恐ろしい女、いない方がせいせいしますよ! ……ほら、見てください。今日の私の朝食、アリが二匹しか入っていませんでしたよ!」
「二匹も入っている時点で異常なんだよ! ノワールがいた頃は、王宮内の害虫は死滅していたんだぞ! 彼女がいなくなった途端、王宮の維持費が三割増しだ!」
「そ、それは……! でも、カインがノワールを狙っているんですよ!? あいつ、昨日の大会でノワールに花束を投げたんですよ!」
「当たり前だろう。あんな有能な人材、どの国だって喉から手が出るほど欲しい。……それを、お前は『重い』だの何だのと言って……」
アルベルト兄様は、哀れなものを見る目でセドリック殿下を見つめました。
「セドリック。今からでも遅くない。……カインに奪われる前に、ノワールを連れ戻せ。これは王命に近い勧告だ」
「ええっ!? い、いまさらそんな……。あいつ、カインの前で、見たこともないような女らしい顔をして笑っていたんですよ!? 私には、いつも『殿下、今朝の脈拍が三回多いですわ』としか言わなかったのに!」
「それはお前の体調を心配していたんだろうが!」
セドリック殿下は、ついに机に突っ伏しました。
「……でも、そうだ。ノワールは私のことが好きだったんだ。……きっと、カインと仲良くしているのも、私を嫉妬させるための高度な心理作戦に違いない!」
「……。……お前、本当に幸せな脳みそをしているな」
アルベルト兄様が絶句する中、セドリック殿下は立ち上がりました。
「よし、決めたぞ! ノワールを再教育してやる! あいつに、本当の『普通の婚約者』としての振る舞いを私が教えてやるんだ! そうすれば、あいつも私の元に戻ってくるに決まっている!」
セドリック殿下の謎の自信。
しかしその頃、ノワールは公爵邸の庭で、カイン卿から「共に暗闇を歩くための、最新式の暗視ゴーグル」を贈られ、「まあ、なんて素敵なアクセサリーかしら!」と目を輝かせていたのでした。
ノワールの「普通」の基準が、カイン卿の手によってさらに歪められようとしていることなど、殿下は知る由もありませんでした。
翌朝、アンがいつもの無表情に、ほんの少しだけ「呆れ」を混ぜて新聞を差し出してきました。
そこにはデカデカと、『黒髪の戦女神、競技場に降臨!』『カイン卿、愛の勝利宣言!』という見出しが躍っています。
「……あら、アン。これ、どこの国の英雄譚かしら? 私、昨日はただ大人しく観戦して、飛んできたゴミを少しだけ手で払っただけですのに」
「あの不審者たちのことを『ゴミ』と呼ぶのはお嬢様くらいです。……おかげで公爵邸の門の前には、騎士団の入団希望者と、お嬢様に弟子入りしたい令嬢たちが列をなしていますよ」
弟子入り、ですって?
私、普通の令嬢になるために絶賛自分磨き中ですのに。これでは方向性が真逆ではありませんか。
そう思っていた矢先、執事のセバスが困り果てた顔で部屋に飛び込んできました。
「お、お嬢様! ルルネ・ミスト男爵令嬢がお見えです。……殿下からの使者かと思いましたが、どうも様子がおかしくて……」
「ルルネさんが? ……通してちょうだい。きっと、昨日の刺客の件で怯えていらっしゃるんだわ。お姉様として、優しくなだめて差し上げなくては」
私は「慈愛に満ちた聖女(のつもり)」の笑顔を作って、応接間で彼女を待ちました。
現れたルルネさんは、相変わらずふわふわとした可愛らしい姿……。
ですが、その瞳はかつてないほどギラギラと輝いていました。
「ノワールお姉様! あ、あのっ、私に……私に『重すぎる愛』の極意を教えてくださいっ!」
ルルネさんは私の前に来るなり、床に額をこすりつける勢いで頭を下げました。
「……はい? ルルネさん、今、なんと?」
「私、気づいたんです! 殿下がノワールお姉様のことばかり話すのは、お姉様の愛が重すぎて、殿下の心に深く刻み込まれているからだって! 私も、あんな風に殿下の生活のすべてを支配したいんです!」
「……ルルネさん。それは、世間一般では『ストーカー』と呼ばれる行為ですわよ?」
「お姉様が仰れば、それは『究極の献身』です! 昨日の刺客を倒した時のあの動き……! 私、見ていましたわ! 扇子を一振りしただけで、男の意識を刈り取るあの神業……! あれを習得して、私も殿下の寝室の天井裏に潜みたいんです!」
……いけません。
この子、素質(ダメな方の)がありすぎますわ。
「ルルネさん、落ち着いて。私は今、その『愛の形』を卒業しようとしているのです。……カイン卿からも、普通の女の子として生きてほしいと言われていますし」
「カイン卿は分かっていません! お姉様の魅力は、あの『獲物を狙う鷹のような眼光』にあるのです! さあ、お姉様! まずは何から始めればよろしいですか? 殿下の抜け毛の分別方法ですか!? それとも、毒味のための耐毒訓練ですか!?」
「……アン。この子、とりあえず地下の鍛錬場に連れて行って、三日三晩走り込ませてちょうだい。邪念を追い出すために」
「お嬢様、このタイプは走り込ませると余計に筋肉と執着心が強化されますよ」
アンの冷静なツッコミ。
ルルネさんはその後も、「お姉様、尊い……!」と叫びながら、私の座っていた椅子の温度を測ろうとしてセバスにつまみ出されていきました。
一方その頃。王宮の会議室。
「……セドリック。お前、本当にあのノワールを手放したのか?」
第一王子のアルベルト兄様が、頭を抱えてセドリック殿下を問い詰めていました。
「……兄上まで何を仰るんですか! あんな恐ろしい女、いない方がせいせいしますよ! ……ほら、見てください。今日の私の朝食、アリが二匹しか入っていませんでしたよ!」
「二匹も入っている時点で異常なんだよ! ノワールがいた頃は、王宮内の害虫は死滅していたんだぞ! 彼女がいなくなった途端、王宮の維持費が三割増しだ!」
「そ、それは……! でも、カインがノワールを狙っているんですよ!? あいつ、昨日の大会でノワールに花束を投げたんですよ!」
「当たり前だろう。あんな有能な人材、どの国だって喉から手が出るほど欲しい。……それを、お前は『重い』だの何だのと言って……」
アルベルト兄様は、哀れなものを見る目でセドリック殿下を見つめました。
「セドリック。今からでも遅くない。……カインに奪われる前に、ノワールを連れ戻せ。これは王命に近い勧告だ」
「ええっ!? い、いまさらそんな……。あいつ、カインの前で、見たこともないような女らしい顔をして笑っていたんですよ!? 私には、いつも『殿下、今朝の脈拍が三回多いですわ』としか言わなかったのに!」
「それはお前の体調を心配していたんだろうが!」
セドリック殿下は、ついに机に突っ伏しました。
「……でも、そうだ。ノワールは私のことが好きだったんだ。……きっと、カインと仲良くしているのも、私を嫉妬させるための高度な心理作戦に違いない!」
「……。……お前、本当に幸せな脳みそをしているな」
アルベルト兄様が絶句する中、セドリック殿下は立ち上がりました。
「よし、決めたぞ! ノワールを再教育してやる! あいつに、本当の『普通の婚約者』としての振る舞いを私が教えてやるんだ! そうすれば、あいつも私の元に戻ってくるに決まっている!」
セドリック殿下の謎の自信。
しかしその頃、ノワールは公爵邸の庭で、カイン卿から「共に暗闇を歩くための、最新式の暗視ゴーグル」を贈られ、「まあ、なんて素敵なアクセサリーかしら!」と目を輝かせていたのでした。
ノワールの「普通」の基準が、カイン卿の手によってさらに歪められようとしていることなど、殿下は知る由もありませんでした。
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