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「……お嬢様。本日の朝食は、非常に豪華なものになりそうです。……というか、なりすぎています」
アンが、震える手で銀のトレイを掲げました。そこには一枚の、まばゆいばかりの黄金の招待状。
「あら、アン。またカイン卿からお茶のお誘いかしら? それとも、今度は『新開発の猛毒ガス』のテイスティング?」
「いいえ。……国王陛下より、『ノワール・ド・ブラッディ公爵令嬢を、国家安全保障会議の特別参与として迎える』という勅命です」
「参与……? 私、普通の、日だまりで刺繍をするような令嬢を目指しているのですけれど」
「普通の令嬢は、国王から国防の要として指名されません」
いけませんわ。私の「隠したつもり」の実力が、ついに王宮のトップまで露呈してしまったようです。
一時間後。私は王宮の最奥、国王陛下だけが入ることを許された秘儀の間におりました。
目の前には、この国の絶対君主である国王陛下。……そして、なぜか隅の方で、青い顔をしてガタガタと震えているセドリック殿下の姿。
「……ノワール・ド・ブラッディ。貴女がカインの屋敷で、精鋭十名を十五分で無力化したという報告を聞いた」
「陛下。それは、ただの夜の軽い運動でして。……皆様、少しばかりお疲れのようでしたので、安眠のツボを軽く押して差し上げただけですわ」
「……十名全員、一週間の休暇申請を出してきたぞ。……さて、本題だ。ノワール嬢、貴女を我が国の隠密組織『深淵の瞳(アビス・アイ)』の総帥に任命したい」
「総帥……? 陛下、私、今は花嫁修行の最中なのです。……刺繍の針を投げてハエを仕留める練習も、まだ一秒間に十本が限界ですのに」
「十分すぎるわ!」
思わず、セドリック殿下が叫びました。
「ノワール! 貴様、自分の異常さがまだ分からないのか!? カインもカインだ! あんな危険物を自分の屋敷に泊まらせるなんて、国家転覆の準備をしているとしか思えん!」
「セドリック、黙っていろ。……ノワール嬢、貴女のその『重すぎる献身』と『超人的な技術』は、もはや公爵家一軒で独占して良いものではない。……貴女の視線があれば、この国から犯罪は根絶されるだろう」
国王陛下は、真剣な顔で続けました。
「例えば、貴女が全国民を『監視(愛)』してくれれば、不審な動きをする者を事前に排除できる。……貴女なら、百万人分のスケジュール把握など、片手間でこなせるのではないか?」
「陛下。それは……私に、全国民のストーカーになれ、と仰っているのですか?」
「……いや、『全知全能の守護聖女』としてだ」
まあ。国王陛下まで、カイン卿と同じようなことを仰るなんて。
この国の王族は、どうしてこうも「実用性」ばかりを求めるのかしら。
その時、扉が勢いよく開かれました。
「陛下! ノワール嬢は、我が騎士団が先に確保しております!」
現れたのは、カイン卿でした。彼は迷いのない足取りで私の隣に立つと、国王を真っ向から見据えました。
「カイン、貴様……。ノワール嬢を自分の副官にするつもりか?」
「いいえ。……私の妻に、と願っております。……しかし、その前に彼女は、我が騎士団の『戦術顧問』として登録済みです。……隠密組織などという日陰の仕事、彼女には似合いません」
「カイン卿……私のことを、そんなに想ってくださっているのね」
「……ああ。……貴女の愛は、私一人で受け止める。……国家に分配するなど、言語道断だ」
カイン卿の独占欲。……あら、なんだかゾクゾクいたしますわ。
殿下からの「重いんだよ!」という言葉とは、正反対の……魂を縛られるような快感。
「……ふん。カインと国王が、一人の女を巡って国防予算の配分で揉めるとはな」
セドリック殿下が、自嘲気味に笑いました。
「……なぁ、ノワール。……私に戻ってきてくれとは言わない。……だが、せめて、私のアリ入りの紅茶だけは、なんとかしてくれないか? さっきから、カップの中でアリが私の悪口を言っているような気がするんだ……」
「殿下。それは、精神科の受診をお勧めいたしますわ。……あと、アリは私の指示で、殿下の部屋の糖分を回収するために働いているだけですわよ」
「貴様の指示だったのかよぉぉぉ!」
殿下の絶叫が、王宮に響き渡りました。
「……ノワール嬢、決めた。……貴女の所属は、保留とする。……だが、今後はこの王宮の防衛網の再構築を、カインと共に担当してもらう」
「防衛網……。つまり、屋根の上を走り回ってもよろしいのですか?」
「……特別許可(ライセンス)を与えよう」
国王陛下から、黄金に輝く「屋根走行許可証」を手渡されました。
……あ。これで私、また一歩、「普通の令嬢」から遠ざかってしまいましたわ。
でも、国王公認のストーカー……いえ、守護者になれるなんて、光栄の至りですわね。
「……行こう、ノワール。……今夜は、王宮の最上階から、一緒に月光を浴びながら『侵入経路の分析(デート)』をしよう」
「まあ、カイン卿。なんてロマンチックな提案かしら!」
「……どこがだよ!」
セドリック殿下のツッコミを無視して、私はカイン卿の腕を取りました。
重すぎる愛は、ついに国家を動かし、王宮の夜を「物理的な静寂」で支配し始めたのでした。
アンが、震える手で銀のトレイを掲げました。そこには一枚の、まばゆいばかりの黄金の招待状。
「あら、アン。またカイン卿からお茶のお誘いかしら? それとも、今度は『新開発の猛毒ガス』のテイスティング?」
「いいえ。……国王陛下より、『ノワール・ド・ブラッディ公爵令嬢を、国家安全保障会議の特別参与として迎える』という勅命です」
「参与……? 私、普通の、日だまりで刺繍をするような令嬢を目指しているのですけれど」
「普通の令嬢は、国王から国防の要として指名されません」
いけませんわ。私の「隠したつもり」の実力が、ついに王宮のトップまで露呈してしまったようです。
一時間後。私は王宮の最奥、国王陛下だけが入ることを許された秘儀の間におりました。
目の前には、この国の絶対君主である国王陛下。……そして、なぜか隅の方で、青い顔をしてガタガタと震えているセドリック殿下の姿。
「……ノワール・ド・ブラッディ。貴女がカインの屋敷で、精鋭十名を十五分で無力化したという報告を聞いた」
「陛下。それは、ただの夜の軽い運動でして。……皆様、少しばかりお疲れのようでしたので、安眠のツボを軽く押して差し上げただけですわ」
「……十名全員、一週間の休暇申請を出してきたぞ。……さて、本題だ。ノワール嬢、貴女を我が国の隠密組織『深淵の瞳(アビス・アイ)』の総帥に任命したい」
「総帥……? 陛下、私、今は花嫁修行の最中なのです。……刺繍の針を投げてハエを仕留める練習も、まだ一秒間に十本が限界ですのに」
「十分すぎるわ!」
思わず、セドリック殿下が叫びました。
「ノワール! 貴様、自分の異常さがまだ分からないのか!? カインもカインだ! あんな危険物を自分の屋敷に泊まらせるなんて、国家転覆の準備をしているとしか思えん!」
「セドリック、黙っていろ。……ノワール嬢、貴女のその『重すぎる献身』と『超人的な技術』は、もはや公爵家一軒で独占して良いものではない。……貴女の視線があれば、この国から犯罪は根絶されるだろう」
国王陛下は、真剣な顔で続けました。
「例えば、貴女が全国民を『監視(愛)』してくれれば、不審な動きをする者を事前に排除できる。……貴女なら、百万人分のスケジュール把握など、片手間でこなせるのではないか?」
「陛下。それは……私に、全国民のストーカーになれ、と仰っているのですか?」
「……いや、『全知全能の守護聖女』としてだ」
まあ。国王陛下まで、カイン卿と同じようなことを仰るなんて。
この国の王族は、どうしてこうも「実用性」ばかりを求めるのかしら。
その時、扉が勢いよく開かれました。
「陛下! ノワール嬢は、我が騎士団が先に確保しております!」
現れたのは、カイン卿でした。彼は迷いのない足取りで私の隣に立つと、国王を真っ向から見据えました。
「カイン、貴様……。ノワール嬢を自分の副官にするつもりか?」
「いいえ。……私の妻に、と願っております。……しかし、その前に彼女は、我が騎士団の『戦術顧問』として登録済みです。……隠密組織などという日陰の仕事、彼女には似合いません」
「カイン卿……私のことを、そんなに想ってくださっているのね」
「……ああ。……貴女の愛は、私一人で受け止める。……国家に分配するなど、言語道断だ」
カイン卿の独占欲。……あら、なんだかゾクゾクいたしますわ。
殿下からの「重いんだよ!」という言葉とは、正反対の……魂を縛られるような快感。
「……ふん。カインと国王が、一人の女を巡って国防予算の配分で揉めるとはな」
セドリック殿下が、自嘲気味に笑いました。
「……なぁ、ノワール。……私に戻ってきてくれとは言わない。……だが、せめて、私のアリ入りの紅茶だけは、なんとかしてくれないか? さっきから、カップの中でアリが私の悪口を言っているような気がするんだ……」
「殿下。それは、精神科の受診をお勧めいたしますわ。……あと、アリは私の指示で、殿下の部屋の糖分を回収するために働いているだけですわよ」
「貴様の指示だったのかよぉぉぉ!」
殿下の絶叫が、王宮に響き渡りました。
「……ノワール嬢、決めた。……貴女の所属は、保留とする。……だが、今後はこの王宮の防衛網の再構築を、カインと共に担当してもらう」
「防衛網……。つまり、屋根の上を走り回ってもよろしいのですか?」
「……特別許可(ライセンス)を与えよう」
国王陛下から、黄金に輝く「屋根走行許可証」を手渡されました。
……あ。これで私、また一歩、「普通の令嬢」から遠ざかってしまいましたわ。
でも、国王公認のストーカー……いえ、守護者になれるなんて、光栄の至りですわね。
「……行こう、ノワール。……今夜は、王宮の最上階から、一緒に月光を浴びながら『侵入経路の分析(デート)』をしよう」
「まあ、カイン卿。なんてロマンチックな提案かしら!」
「……どこがだよ!」
セドリック殿下のツッコミを無視して、私はカイン卿の腕を取りました。
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