愛が重すぎると言われまして。婚約破棄された悪役令嬢。

恋の箱庭

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「……お嬢様。一応、確認させていただきますが。今から向かうのは騎士団長のお屋敷であって、敵国の要塞ではありませんよね?」


 カイン卿の屋敷へ向かう馬車の中、アンが私の背負った「特製リュック」を見つめて尋ねてきました。


「あら、失礼ねアン。これは、お泊まりに必要な着替えと、それから『万が一』に備えた護身用の煙幕弾と、予備の鋼線と、それから……」


「……それだけで、普通の令嬢の引越し荷物より物騒です。お嬢様、今日は『警備のチェック』が名目だということをお忘れなく」


 分かっておりますわ。私はあくまで、カイン卿に招かれた淑女。

 屋根裏を這いずり回ったり、床下の隙間に撒菱(まきびし)を設置したりするのは、最低限の礼儀の範囲内ですわ。


 カイン卿の屋敷に到着すると、彼は玄関で私を静かに出迎えてくれました。


「よく来てくれた、ノワール嬢。……今夜、我が屋敷には騎士団の中でも『潜入』と『奇襲』に長けた十名の精鋭を配置してある。彼らには、貴女の目を盗んで私を『暗殺(模擬)』するよう命じているが……構わないか?」


「まあ。カイン卿ったら、粋な余興を用意してくださるのね。……ちょうど、普通の令嬢としての『夜の散歩』に飽きていたところですわ」


 私は、ドレスの袖口に仕込んだ「重り付きのリボン」に指をかけ、優雅に微笑みました。


「……では、チェック開始だ。私は執務室にいる。……期待しているぞ、私の守護女神(ヴァルキリー)」


 カイン卿が去り、アンが客間に下がると、私は即座に「散歩」を開始しました。


 ……ふむ。廊下の影に一人。天井の装飾に紛れて一人。
 庭の植え込みの配置、一昨日お伺いした時より、わずかに三センチほどズレていますわね。……そこに潜んでいるのが三人目ですわ。


「……お行儀の悪いお客様が、たくさんいらっしゃいますこと」


 私は気配を消し、無音で廊下を滑りました。
 まずは天井に張り付いていた精鋭。私が真下を通る瞬間に飛び降りようとした彼に対し、私は「落としたハンカチを拾う」ふりをして、背後に回りました。


「あら、そんなところに埃(ほこり)が。……お掃除して差し上げますわね?」


「な……っ!? いつの間に後ろに――ぐはっ!?」


 首筋の急所に、指先でトン、と軽い衝撃。
 精鋭の一人は、声も上げずに崩れ落ちました。私は彼が床に倒れる音が響かないよう、そっとその巨体を片手で支え、近くの戸棚へ収納しました。


「……一人。次は、植え込みの皆様ですわね」


 私は窓から庭へ飛び降りました。……いえ、優雅に舞い降りましたわ。
 茂みから飛び出してきた三人の黒装束に対し、私はドレスの裾を翻しました。


「『漆黒の旋風(ワルツ)』――なんて。冗談ですわよ?」


 ドレスの裏に仕込んだ特殊なワイヤーが、三人の足を瞬時に絡め取ります。
 彼らが転倒する暇も与えず、私はそれぞれの手首に「睡眠薬付きのピアス」を突き立てました。


「……あらあら。せっかくの綺麗な庭園が、不審者で汚れてしまっては大変ですわ」


 その後も、私は屋敷中を巡りながら、精鋭たちを次々と「片付けて」いきました。
 ……ある者はシャンデリアの上で。ある者は床下の隙間で。
 最後の一人は、カイン卿の執務室の扉の前で、ガタガタと震えながら立っていました。


「……あ、あ、悪魔だ……。さっきから、仲間たちの気配が、悲鳴もなしに一つずつ消えていく……!」


「あら、失礼ね。私はただの、か弱い令嬢ですわ」


 私は彼の背後に音もなく立ち、そっと肩に手を置きました。


「……お疲れ様ですわ。カイン卿にお茶を運ぶ時間ですので、そこを退(ど)いていただけますかしら?」


「ひぃぃぃぃぃぃ!」


 最後の一人が腰を抜かして失神したところで、私は執務室の扉をノックしました。


「カイン卿、お茶が入りましたわ。……ついでに、落ちていた『ゴミ』もすべて処分しておきました」


 扉が開くと、カイン卿は時計を見て、驚愕の表情を浮かべました。


「……十五分。……ノワール嬢、十人の精鋭を、一人も傷つけずに、たった十五分で無力化したのか?」


「ええ。皆様、とてもお疲れのようでしたから。……今は、それぞれクローゼットや地下室で、ぐっすりとお休みになられていますわ」


「……。……。やはり、貴女を私のそばに置くことは、この国にとって最大の軍事力になるな」


 カイン卿はデスクから立ち上がり、私の手を取って、指先にそっとキスをしました。


「……ノワール嬢。貴女のその、美しき狂気と、完璧なまでの献身。……すべて、私に捧げてくれないか? 私は殿下のように、それを『重い』とは言わない。……むしろ、もっと重く、深く、私を縛ってほしい」


「まあ……。カイン卿。私をそんなに……『実用的な女』として愛してくださるの?」


「ああ。……世界で一番、実用的で、愛らしい守護者としてな」


 カイン卿の情熱的な(?)言葉に、私は胸が高鳴るのを感じました。
 ……あ。殿下の時には感じなかった、この「ゾクゾク」する感覚。
 私の重すぎる愛を受け止め、さらに「もっと重くしろ」と煽(あお)ってくるこの男性。……運命、かもしれませんわ。


 一方その頃。王宮の自室。


「……あああ! 今、何かが、何か恐ろしいものが王都の空を飛んだ気がする!」


 セドリック殿下は、窓の隙間から差し込む月光にすら怯えていました。


「殿下、もう夜中ですよ。……早く寝てください」


「ルルネ、無茶を言うな! 昨夜、私のベッドの下に、本物の毒蜘蛛がいたんだぞ!? ノワールがいた頃は、蜘蛛どころか、空気中の雑菌すら私の肌に触れるのを許さなかったというのに……!」


「……殿下。ノワール様は今頃、カイン卿のお屋敷で、美味しいお菓子でも食べていらっしゃいますわよ。……もう、諦めなさい」


「嫌だ! 諦めないぞ! あいつを連れ戻して、またあの『息苦しいほどの鉄壁の愛』の中で、安らかに眠りたいんだぁぁぁ!」


 セドリックの魂の叫びは、夜の王宮に虚しく響くだけでした。
 ……彼の本当の受難は、まだ始まったばかりだったのです。
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