愛が重すぎると言われまして。婚約破棄された悪役令嬢。

恋の箱庭

文字の大きさ
22 / 28

22

しおりを挟む
「……お嬢様。これ、本当に結婚式場の設計図ですか? ……どう見ても、北方国境を守る要塞の強化案にしか見えませんが」


 アンが、机の上に広げられた巨大な羊皮紙を、指先でつつきながら尋ねてきました。


「あら、アン。失礼ね。……これは、私とカイン卿が永遠の愛を誓うための、神聖な聖堂ですわよ? ……ただ少しばかり、参列者の安全と、カイン卿の毛髪一本すら傷つけさせないための『配慮』を加えただけですわ」


「……配慮(自動迎撃バリスタ)。……配慮(侵入者の体重を検知して底が抜ける落とし穴)。……配慮(聖歌隊の歌声に紛れさせた超音波による精神攻撃デバイス)。……お嬢様、これでは神父様が命懸けで入場することになりますよ」


 いけませんわ。……私としたことが、神父様の回避能力を過大評価しておりました。


 そこへ、建築家たちが顔を真っ青にして飛び込んできました。


「ノワール様! ……無理です! ……バージンロードに地雷を埋めるなんて、そんな工事、どこのギルドも受けてくれません!」


「あら。……地雷ではありませんわ、あれは。……新郎新婦以外の足音を検知して、自動的に粘着ネットを射出する『愛の拘束具』ですわ。……安全第一ではありませんこと?」


「その安全のために、招待客が全員捕獲されることになります!」


 建築家が泣き崩れたその時、背後から力強い足音が響きました。


「……いいではないか。……素晴らしい設計だ」


 カイン卿です。彼は設計図をじっくりと眺めると、満足げに頷きました。


「カイン卿! ……貴方なら、分かってくださると思いましたわ!」


「……ああ。……特に、この祭壇の裏に配置された『緊急脱出用カタパルト』。……万が一、私が式中に拉致されそうになっても、これなら君の腕の中に一直線に射出されるわけだな? ……合理的だ」


「……合理的、ですかねぇ……」


 建築家たちが絶望する中、王宮の庭園では、密かに不穏な動きがありました。


「……ククク。……ノワール・ド・ブラッディ。……貴様の幸せなど、長くは続かんぞ。……これこそが、アイゼン王国の残党が開発した最終兵器、『愛冷却魔導具(コールド・ハート)』だ!」


 植え込みの影から、怪しい魔導師たちが奇妙なクリスタルを掲げました。


「これを起動すれば、どんなに熱烈な恋人たちも、一瞬にして冷めきった仮面夫婦へと変貌する。……愛が重すぎるあの女も、これを受ければカイン卿への執着を失い、ただの抜け殻になるはずだ!」


 魔導師たちが呪文を唱えると、クリスタルから凍てつくような冷気の波動が、ノワールの元へと放たれました。


 ……しかし。


「……? ……あら、アン。……なんだか今、少しだけ涼しい風が吹きませんでしたこと? ……冷房の魔道具の調子が良いのかしら」


 私は、扇子でパタパタと顔を仰ぎながら、何食わぬ顔でカイン卿に微笑みかけました。


「な、なぜだ!? ……最大出力の『愛冷却』だぞ!? ……なぜ、あの二人は見つめ合ったまま、鼻の下を伸ばしているんだ!」


「……お、親分! ……魔計器の針が振り切れています! ……対象の愛の熱量が、絶対零度の冷気を上回って……逆流してきます! ……ひ、ひぎぃぃぃ!」


 ボボォォン! という音と共に、クリスタルが自爆しました。


 魔導師たちは、自分たちが放った冷気を倍返しで浴び、氷漬けになってその場に転がりました。


「あらあら。……あちらの植え込み、お掃除が必要なようですわね。……アン、氷像を速やかに撤去してちょうだい。……結婚式の庭園に、センスの悪いオブジェは不要よ」


「了解いたしました。……粉砕して、カキ氷の材料にでもしておきます」


 一方、一部始終を遠くから眺めていたセドリック殿下は。


「……あああ! ……愛の熱量で物理法則をねじ伏せたぞ、あの女! ……魔道具すら、あいつの重すぎる想いには勝てないのか!」


 セドリック殿下は、震える手で『元婚約者への未練(全四十巻)』のノートを抱きしめていました。


「……ルルネ。……私があの冷気を浴びていれば、ノワールへのこの苦しみも消えたのだろうか?」


「殿下……。……殿下の場合は、愛というより『依存』ですから、冷気を浴びたら凍死するだけですわよ」


 ルルネさんは冷たく言い放つと、手元のスケッチブックに「ノワール様、愛の沸点:計測不能」と書き込みました。


「……ノワール。……式場には、さらに『私の視線から逃れられない監視カメラ』を百台増設しておいた。……君がどこにいても、私は君を見守り続ける」


「まあ、カイン卿! ……なんて素敵なサプライズ! ……私も、カイン卿の全ての毛穴の状態を把握できる『超高解像度レンズ』を設置しますわね!」


「……ああ。……愛している、ノワール」


「私もですわ、カイン卿」


 愛の熱量が限界突破した二人の前では、世界中のどんな妨害も、ただのそよ風に過ぎないのでした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約者が私のことをゴリラと言っていたので、距離を置くことにしました

相馬香子
恋愛
ある日、クローネは婚約者であるレアルと彼の友人たちの会話を盗み聞きしてしまう。 ――男らしい? ゴリラ? クローネに対するレアルの言葉にショックを受けた彼女は、レアルに絶交を突きつけるのだった。 デリカシーゼロ男と男装女子の織り成す、勘違い系ラブコメディです。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

【完結】堅物な婚約者には子どもがいました……人は見かけによらないらしいです。

大森 樹
恋愛
【短編】 公爵家の一人娘、アメリアはある日誘拐された。 「アメリア様、ご無事ですか!」 真面目で堅物な騎士フィンに助けられ、アメリアは彼に恋をした。 助けたお礼として『結婚』することになった二人。フィンにとっては公爵家の爵位目当ての愛のない結婚だったはずだが……真面目で誠実な彼は、アメリアと不器用ながらも徐々に距離を縮めていく。 穏やかで幸せな結婚ができると思っていたのに、フィンの前の彼女が現れて『あの人の子どもがいます』と言ってきた。嘘だと思いきや、その子は本当に彼そっくりで…… あの堅物婚約者に、まさか子どもがいるなんて。人は見かけによらないらしい。 ★アメリアとフィンは結婚するのか、しないのか……二人の恋の行方をお楽しみください。

皇子の婚約者になりたくないので天の声に従いました

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
幼い頃から天の声が聞こえるシラク公爵の娘であるミレーヌ。 この天の声にはいろいろと助けられていた。父親の命を救ってくれたのもこの天の声。 そして、進学に向けて騎士科か魔導科を選択しなければならなくなったとき、助言をしてくれたのも天の声。 ミレーヌはこの天の声に従い、騎士科を選ぶことにした。 なぜなら、魔導科を選ぶと、皇子の婚約者という立派な役割がもれなくついてきてしまうからだ。 ※完結しました。新年早々、クスっとしていただけたら幸いです。軽くお読みください。

この恋に終止符(ピリオド)を

キムラましゅろう
恋愛
好きだから終わりにする。 好きだからサヨナラだ。 彼の心に彼女がいるのを知っていても、どうしても側にいたくて見て見ぬふりをしてきた。 だけど……そろそろ潮時かな。 彼の大切なあの人がフリーになったのを知り、 わたしはこの恋に終止符(ピリオド)をうつ事を決めた。 重度の誤字脱字病患者の書くお話です。 誤字脱字にぶつかる度にご自身で「こうかな?」と脳内変換して頂く恐れがあります。予めご了承くださいませ。 完全ご都合主義、ノーリアリティノークオリティのお話です。 菩薩の如く広いお心でお読みくださいませ。 そして作者はモトサヤハピエン主義です。 そこのところもご理解頂き、合わないなと思われましたら回れ右をお勧めいたします。 小説家になろうさんでも投稿します。

捨てられた者同士でくっ付いたら最高のパートナーになりました。捨てた奴らは今更よりを戻そうなんて言ってきますが絶対にごめんです。

亜綺羅もも
恋愛
アニエル・コールドマン様にはニコライド・ドルトムルという婚約者がいた。 だがある日のこと、ニコライドはレイチェル・ヴァーマイズという女性を連れて、アニエルに婚約破棄を言いわたす。 婚約破棄をされたアニエル。 だが婚約破棄をされたのはアニエルだけではなかった。 ニコライドが連れて来たレイチェルもまた、婚約破棄をしていたのだ。 その相手とはレオニードヴァイオルード。 好青年で素敵な男性だ。 婚約破棄された同士のアニエルとレオニードは仲を深めていき、そしてお互いが最高のパートナーだということに気づいていく。 一方、ニコライドとレイチェルはお互いに気が強く、衝突ばかりする毎日。 元の婚約者の方が自分たちに合っていると思い、よりを戻そうと考えるが……

【完結】旦那様、わたくし家出します。

さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。 溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。 名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。 名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。 登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*) 第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話

ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。 リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。 婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。 どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。 死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて…… ※正常な人があまりいない話です。

処理中です...