万歳!国外追放?まあ、なんて素敵なのでしょう!

恋の箱庭

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煌びやかなシャンデリアが輝く、王宮の大広間。
音楽が止まり、着飾った貴族たちが一斉に息を呑んだ。
その中心で、第一王子セドリックが、一人の令嬢を指差して声を張り上げる。

「アニエス・ド・ラ・メール公爵令嬢! 貴様との婚約を、本日この時をもって破棄する!」

静寂が支配する会場で、指を差された当の本人、アニエスは首を傾げた。
その瞳は、まるで春の陽だまりのように穏やかで、一点の曇りもない。

「まあ! 殿下、今なんとおっしゃいましたの? 『コンヤクハキ』……。もしや、それが今、王都で流行している最新の挨拶ですのね!」

アニエスはパッと顔を輝かせ、ドレスの裾を摘んで完璧なカーテシーを披露した。

「コンヤクハキ! 殿下、ご機嫌よう! とってもリズムのいいお言葉ですわね。思わず踊り出したくなってしまいますわ!」

あまりの反応に、セドリック王子の顔が引き攣った。
彼の隣で、儚げに寄り添っていた男爵令嬢リリアーヌも、想定外の返答に目を見開いている。

「ふ、ふざけるな! 挨拶なわけがあるか! 私は、お前との結婚を取りやめると言っているのだ!」

セドリックが怒鳴るように補足すると、アニエスは「なるほど」と手を打った。

「ああ、なるほど! つまり、サプライズパーティーの導入部というわけですわね? 『結婚を取りやめる』なんて、そんなジョークを仰って私を驚かせ、その後で特大のケーキが登場する……。殿下、策士でいらっしゃいますわ!」

「ケーキなど出ぬわ! これは断罪だ! 貴様がリリアーヌに行った数々の悪行、その罪を数え上げ、処罰するための場なのだぞ!」

セドリックは懐から一枚の羊皮紙を取り出し、そこに記された「罪状」を読み上げ始めた。
会場の貴族たちは、アニエスがいかに冷酷な悪役令嬢であるかを聞かされるのを、固唾を呑んで見守っている。

「まず、貴様はリリアーヌに冷水を浴びせかけただろう! これについて弁明はあるか!」

アニエスはふむ、と少しだけ考え込み、申し訳なさそうに微笑んだ。

「まあ、あの時のことですわね。リリアーヌ様があまりにも熱心に殿下を見つめていらしたので、お顔が真っ赤でしたの。私はてっきり、のぼせて倒れてしまうのではないかと心配になりまして……。少しでも涼んでいただこうと、良かれと思って打ち水を差し上げたのですわ」

「……打ち水だと? バケツ一杯の水を頭からかけたのを、打ち水と言う奴があるか!」

「ええ。打ち水も愛も、勢いが大事ですもの。リリアーヌ様、あの後はスッキリされましたでしょう?」

アニエスに話を振られたリリアーヌは、プルプルと震えながら小刻みに頷くしかなかった。
悪意として受け取ろうにも、アニエスの目がこれ以上ないほど純粋で、慈愛に満ちていたからだ。

「……くっ、では次だ! 貴様はリリアーヌの教科書を隠し、ズタズタに切り裂いただろう!」

「あら、それは誤解ですわ殿下。私はただ、リリアーヌ様がもっと『驚きのある読書体験』を求めているのだと思いましたの。ページをバラバラにしておけば、次にどのページが出てくるかワクワクする『シャッフル読書法』が楽しめますでしょう? 勉強の合間の良い刺激になればと、心を込めて細かくいたしましたわ」

会場がざわつき始めた。
貴族たちは、アニエスが「本当に性格が悪いのか」それとも「本物の馬鹿なのか」判断に迷い始めている。
セドリック王子も、額の汗を拭いながら声を荒らげる。

「誰がそんな読書法を喜ぶか! さらに、貴様はリリアーヌを人気のない裏庭に呼び出し、罵声を浴びせただろう!」

「罵声? お言葉ですが殿下、あれは発声練習のご提案ですわ。リリアーヌ様は少しお声が小さくていらっしゃるから、広いお庭で『殿下、大好きー!』と叫ぶ練習をすれば、きっと自信がつくとアドバイス差し上げましたの。私もお手本として、腹の底から声を張り上げましたけれど……それが罵声に聞こえてしまったのかしら。おーっほっほっほ! という発声、リリアーヌ様も一緒に練習なさいましたわよね?」

「わ、私は……ただ、怖くて……」

リリアーヌが小声で答えると、アニエスは「まあ!」と頬を抑えた。

「まあ、リリアーヌ様。そんなに感動してくださっていたなんて! 私の腹式呼吸がそれほどまでに迫力があったということですわね。光栄ですわ!」

セドリック王子は、羊皮紙を持つ手が震え始めた。
何を言っても、アニエスの鉄壁のポジティブ思考によって、すべての悪行が「親切心」へと変換されてしまう。
だが、彼は諦めなかった。これが最後の一撃だと言わんばかりに、最終宣告を突きつける。

「もういい! 貴様の屁理屈には耳を貸さん! アニエス・ド・ラ・メール! 貴様をこの国から国外追放に処す! 今すぐ荷物をまとめて、隣国の国境まで消え失せるがいい!」

国外追放。
貴族令嬢にとっては、死に等しい宣告である。
会場の誰もが、今度こそアニエスが泣き崩れるだろうと確信した。

しかし。

「こ、国外追放……?」

アニエスは目を見開き、一歩前へ出た。
その瞳には、今までで一番の輝きが宿っている。

「殿下……それはもしや、今流行りの『ソロキャンプ女子の一人旅プラン』というやつではございませんこと!? まあ! なんて素敵なプレゼントですの! 公爵令嬢という立場を忘れて、見知らぬ土地で新しい自分を見つける旅……。私、ずっと憧れておりましたの!」

「た、旅だと? これは処罰だと言っているだろうが!」

「まあまあ殿下、照れ隠しをなさって。わざわざ婚約破棄という大掛かりなイベントを用意して、私の自由を祝ってくださるなんて……。殿下は、世界一の優しさを隠し持ったエンターテイナーですわね!」

アニエスは感動のあまり、ハンカチで目元を拭った。

「分かりましたわ! 殿下のご厚意、無下にはいたしません。私、今すぐ着替えて冒険の準備を整えますわ! あ、旅費は『追放』ですので、セルフサービス、つまり自腹ということでよろしいかしら? なんてスリリングな設定でしょう!」

「勝手にしろ! もう貴様の顔など見たくない! 衛兵、この女を今すぐ連れて行け!」

「あ、衛兵さんも! 私の荷物運びを手伝ってくださるのね? ありがとうございます、サービス満点な国営ツアーですわね!」

アニエスは、青ざめた顔で彼女を囲む衛兵たちに、満面の笑みで手を振った。
そのまま軽やかな足取りで、彼女は夜会の会場を後にした。

「……あ、あの、殿下。これで良かったのでしょうか?」

リリアーヌがおずおずと尋ねるが、セドリック王子は言葉を失ったまま、立ち尽くしていた。
彼は確かに、憎き婚約者を追い出したはずだった。
計画通り、邪魔者を排除したはずだった。

それなのに、なぜだろうか。
敗北感に似た奇妙な脱力感が、会場全体を包み込んでいるのは。

一方、アニエスは公爵邸に戻るなり、目をキラキラさせて侍女たちに言い放った。

「大変ですわ、お姉様方! 殿下が私に、最高にエキサイティングな『自分探しの旅』をプレゼントしてくださったの! 今すぐ一番丈夫なドレスと、お徳用の保存食を詰めてちょうだい。あ、あと、護身用のピコピコハンマーも忘れないでね!」

こうして、伝説的な「天然」令嬢アニエスの、前代未聞の国外追放劇が幕を開けたのである。
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