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馬車が鬱蒼とした森の中を通りかかったその時、鋭い口笛が響き渡った。
「止まれ! 身ぐるみを剥がされたくなければ、そこにある荷物をすべて置いていきな!」
突然、街道を塞ぐように現れたのは、顔に大きな傷跡のある男を筆頭にした十数人の男たち――盗賊団である。
御者のジャンは青ざめて急ブレーキをかけ、護衛のハンスは即座に剣を抜いた。
「ちっ、こんなところで盗賊か! ジャン、お嬢様をしっかり守れ!」
ハンスが馬車を降りて身構える中、後方の小窓からアニエスがパッと顔を出した。
彼女の瞳は、まるで舞台の開演を待つ子供のように輝いている。
「まあ……! ハンスさん、ご覧になって! なんてダイナミックな演出ですの!」
「お、お嬢様、何を言ってるんですか! 隠れていてください、盗賊ですよ!」
「盗賊? いいえ、違いますわ。これはきっと、隣国へ入る前の『歓迎セレモニー』ですわね? ほら、あの方たちのワイルドな格好、まさに最先端のストリートダンサー・スタイルですわ!」
アニエスは馬車の扉を勢いよく開け、ハンスの制止を振り切って地面に降り立った。
そして、呆然とする盗賊たちの中心にいるリーダー格の男に向かって、優雅に拍手を送った。
「素晴らしいわ! その顔の傷も、きっとプロのメイクアップアーティストによる傑作ですわね。緊迫感がすごいですわ!」
リーダーの男は、獲物を前にして予想外の反応をされ、持っていた斧を少し下げた。
「……あ? メイクだあ? ふざけてんのか、このアマ。俺たちは本物の盗賊だぞ! 命が惜しければ、さっさと宝飾品を出しな!」
「まあ! 即興劇(エチュード)まで始まってしまいましたわ! 『命が惜しければ』なんて、ベテラン俳優さんも顔負けの名セリフですわね。リハーサルなしでこれほど完璧な演技ができるなんて、お父様、最高の劇団を雇ってくださったのね!」
アニエスは感動のあまり、小刻みに震えながら自分の荷物袋を漁り始めた。
「分かりましたわ。素晴らしいパフォーマンスには、相応のチップを差し上げるのが観客の嗜みですわね!」
「お、おい、金か? 金を出すのか?」
盗賊たちが期待に目を光らせる中、アニエスが満面の笑みで差し出したのは――。
「はい、どうぞ! 特製のお徳用干し肉ですわ! それと、こちらが私のとっておき……友情の証のピコピコハンマーですわ!」
「……は?」
「あ、遠慮なさらないで。そのハンマー、叩くと『ピコッ』と可愛らしい音が鳴るんですの。リーダーさんの力強い演舞に、この軽快なリズムが加われば、まさに鬼に金棒……いえ、盗賊にピコピコハンマーですわね!」
アニエスはリーダーの手に無理やり赤いハンマーを握らせ、自分は干し肉を一本、彼の口元に差し出した。
「さあ、エネルギー補給をして、もうひと踊りいかが? 次はもっと激しいジャンプが見たいですわ!」
「ふ、ふざけるな……! 俺を誰だと思っていやがる! 俺は泣く子も黙る『血塗られた大斧のガリク』……」
「まあ! 『ピコピコのガリク』さんへの改名発表ですわね? 素敵ですわ、とっても親しみやすくなりましたわよ!」
アニエスが期待の眼差しでガリクを見つめると、彼は持たされたピコピコハンマーを無意識に地面にコツンと当ててしまった。
――ピコッ。
静まり返った森の中に、気の抜けるような音が響き渡る。
後ろで控えていた盗賊の部下たちが、思わず吹き出した。
「ぶふっ! ガ、ガリクの兄貴……ピコッて……」
「笑うな! これは……これはその、あのアマが勝手に……!」
「まあ、皆さん、そんなにシャイにならなくてもよろしいのよ? さあ、音楽の代わりに私がリズムを刻みますわね! ハイ、ワン、ツー、ワン、ツー!」
アニエスは手拍子を始め、なぜか公爵令嬢に伝わる格調高いダンスステップを踏み出した。
その優雅すぎる動きと、周囲の殺伐とした空気があまりにも噛み合わず、盗賊たちは戦意を完全に喪失していった。
「兄貴……なんか、あのお嬢様を見てると、自分が何をしようとしてたか忘れちまいやす……」
「ああ、そうだな。……おい、お前ら。今日のところは引き上げるぞ。……なんだか、毒気を抜かれちまった」
ガリクは深いため息をつき、ピコピコハンマーを大切そうに(?)抱えたまま、森の奥へと去っていった。
もちろん、アニエスが差し出した干し肉も、ちゃっかり全員分持って。
「あら? 公演終了ですの? アンコールを忘れていましたわ!」
アニエスは遠ざかる盗賊たちの背中に向かって、いつまでも手を振り続けた。
ハンスは剣を鞘に収めることも忘れ、地面に座り込んでいた。
「……ジャン。俺、もう騎士を辞めてもいいかな」
「ハンス……元気出せよ。俺たちは今、世界で一番平和な『襲撃』を目撃したんだからよ……」
アニエスは清々しい顔で馬車に戻ると、満足そうに頷いた。
「ふふっ、隣国の方々はとっても芸達者ですわね。あ、ジャンさん! 今の公演、お父様に請求する『旅の思い出代』に追加しておいてくださいませね!」
「……ああ、分かったよ、お嬢様。……『ピコピコ代』として計上しとくぜ」
馬車は再び、ガタゴトと平和な音を立てて走り出した。
アニエスは窓の外を眺めながら、次の「イベント」への期待に胸を膨らませるのだった。
「止まれ! 身ぐるみを剥がされたくなければ、そこにある荷物をすべて置いていきな!」
突然、街道を塞ぐように現れたのは、顔に大きな傷跡のある男を筆頭にした十数人の男たち――盗賊団である。
御者のジャンは青ざめて急ブレーキをかけ、護衛のハンスは即座に剣を抜いた。
「ちっ、こんなところで盗賊か! ジャン、お嬢様をしっかり守れ!」
ハンスが馬車を降りて身構える中、後方の小窓からアニエスがパッと顔を出した。
彼女の瞳は、まるで舞台の開演を待つ子供のように輝いている。
「まあ……! ハンスさん、ご覧になって! なんてダイナミックな演出ですの!」
「お、お嬢様、何を言ってるんですか! 隠れていてください、盗賊ですよ!」
「盗賊? いいえ、違いますわ。これはきっと、隣国へ入る前の『歓迎セレモニー』ですわね? ほら、あの方たちのワイルドな格好、まさに最先端のストリートダンサー・スタイルですわ!」
アニエスは馬車の扉を勢いよく開け、ハンスの制止を振り切って地面に降り立った。
そして、呆然とする盗賊たちの中心にいるリーダー格の男に向かって、優雅に拍手を送った。
「素晴らしいわ! その顔の傷も、きっとプロのメイクアップアーティストによる傑作ですわね。緊迫感がすごいですわ!」
リーダーの男は、獲物を前にして予想外の反応をされ、持っていた斧を少し下げた。
「……あ? メイクだあ? ふざけてんのか、このアマ。俺たちは本物の盗賊だぞ! 命が惜しければ、さっさと宝飾品を出しな!」
「まあ! 即興劇(エチュード)まで始まってしまいましたわ! 『命が惜しければ』なんて、ベテラン俳優さんも顔負けの名セリフですわね。リハーサルなしでこれほど完璧な演技ができるなんて、お父様、最高の劇団を雇ってくださったのね!」
アニエスは感動のあまり、小刻みに震えながら自分の荷物袋を漁り始めた。
「分かりましたわ。素晴らしいパフォーマンスには、相応のチップを差し上げるのが観客の嗜みですわね!」
「お、おい、金か? 金を出すのか?」
盗賊たちが期待に目を光らせる中、アニエスが満面の笑みで差し出したのは――。
「はい、どうぞ! 特製のお徳用干し肉ですわ! それと、こちらが私のとっておき……友情の証のピコピコハンマーですわ!」
「……は?」
「あ、遠慮なさらないで。そのハンマー、叩くと『ピコッ』と可愛らしい音が鳴るんですの。リーダーさんの力強い演舞に、この軽快なリズムが加われば、まさに鬼に金棒……いえ、盗賊にピコピコハンマーですわね!」
アニエスはリーダーの手に無理やり赤いハンマーを握らせ、自分は干し肉を一本、彼の口元に差し出した。
「さあ、エネルギー補給をして、もうひと踊りいかが? 次はもっと激しいジャンプが見たいですわ!」
「ふ、ふざけるな……! 俺を誰だと思っていやがる! 俺は泣く子も黙る『血塗られた大斧のガリク』……」
「まあ! 『ピコピコのガリク』さんへの改名発表ですわね? 素敵ですわ、とっても親しみやすくなりましたわよ!」
アニエスが期待の眼差しでガリクを見つめると、彼は持たされたピコピコハンマーを無意識に地面にコツンと当ててしまった。
――ピコッ。
静まり返った森の中に、気の抜けるような音が響き渡る。
後ろで控えていた盗賊の部下たちが、思わず吹き出した。
「ぶふっ! ガ、ガリクの兄貴……ピコッて……」
「笑うな! これは……これはその、あのアマが勝手に……!」
「まあ、皆さん、そんなにシャイにならなくてもよろしいのよ? さあ、音楽の代わりに私がリズムを刻みますわね! ハイ、ワン、ツー、ワン、ツー!」
アニエスは手拍子を始め、なぜか公爵令嬢に伝わる格調高いダンスステップを踏み出した。
その優雅すぎる動きと、周囲の殺伐とした空気があまりにも噛み合わず、盗賊たちは戦意を完全に喪失していった。
「兄貴……なんか、あのお嬢様を見てると、自分が何をしようとしてたか忘れちまいやす……」
「ああ、そうだな。……おい、お前ら。今日のところは引き上げるぞ。……なんだか、毒気を抜かれちまった」
ガリクは深いため息をつき、ピコピコハンマーを大切そうに(?)抱えたまま、森の奥へと去っていった。
もちろん、アニエスが差し出した干し肉も、ちゃっかり全員分持って。
「あら? 公演終了ですの? アンコールを忘れていましたわ!」
アニエスは遠ざかる盗賊たちの背中に向かって、いつまでも手を振り続けた。
ハンスは剣を鞘に収めることも忘れ、地面に座り込んでいた。
「……ジャン。俺、もう騎士を辞めてもいいかな」
「ハンス……元気出せよ。俺たちは今、世界で一番平和な『襲撃』を目撃したんだからよ……」
アニエスは清々しい顔で馬車に戻ると、満足そうに頷いた。
「ふふっ、隣国の方々はとっても芸達者ですわね。あ、ジャンさん! 今の公演、お父様に請求する『旅の思い出代』に追加しておいてくださいませね!」
「……ああ、分かったよ、お嬢様。……『ピコピコ代』として計上しとくぜ」
馬車は再び、ガタゴトと平和な音を立てて走り出した。
アニエスは窓の外を眺めながら、次の「イベント」への期待に胸を膨らませるのだった。
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