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ガタガタと激しく揺れる馬車の中で、アニエスは楽しげに体を弾ませていた。
公爵家の紋章が塗り潰され、サスペンションなど無きに等しいその馬車は、普通なら令嬢が乗れば数分で酔い、数十分で腰を痛める代物だ。
しかし、アニエスは窓の外を流れる荒れ果てた街道を眺め、うっとりと頬を染めている。
「まあ……! なんて素晴らしい振動ですの! これぞまさに、最新式の『全身振動マッサージ機能付き・高級リムジン』ですわね!」
御者台に座り、必死に手綱を引いていた御者のジャンは、後方の小窓から聞こえてくる声に耳を疑った。
「……おい、お嬢様。これのどこがマッサージだって? ただのボロ馬車だぜ。尻が割れるような衝撃だろうが」
アニエスは小窓から顔を出し、ジャンに向かって満面の笑みを向けた。
「あら、ジャンさん。そんなに謙遜なさらないで。この絶妙な揺れが、私の凝り固まった公爵令嬢としてのプライドをほぐしてくださるんですわ。あ、今の大きな段差! ツボに入りましたわ、最高ですわね!」
ジャンの隣で、護衛兼監視として座っていた騎士見習いのハンスも、呆れたように肩をすくめた。
ハンスは今日、罪人であるアニエスを厳しく監視し、国境まで「護送」する任務を負っている。
「お嬢様、勘違いしないでください。俺たちはあんたを接待してるんじゃない。追放される罪人を、二度と戻ってこれないように国境まで突き出すのが仕事なんです」
ハンスが精一杯の威圧感を込めて睨むが、アニエスはそれを「熱烈なファンサービス」と解釈した。
「まあ、ハンスさん。そんなに鋭い視線で私を見つめてくださるなんて。きっと私の『ソロキャンプ・ツアー』の安全を、心から心配してくださっているのね。なんてプロ意識の高いボディーガードかしら!」
「話を聞けよ! ボディーガードじゃねえ、監視役だ!」
「ふふっ、照れなくてよろしいのよ。ところでハンスさん、このツアーの旅程表を拝見させていただけるかしら? 次の『イベント』は何ですの? クマとの格闘? それとも野草の天ぷらパーティー?」
ハンスは絶句した。
これから彼女を待っているのは、住む家もなく、身分も守られない過酷な異国での放浪生活である。
「……イベントなんかねえよ。国境に着いたら、俺たちはあんたを放り出して帰るだけだ。そこから先は、野垂れ死のうがどうしようが自由。それが『国外追放』なんだ」
「まあ! 『究極の自由時間(フリータイム)』ですのね! 分かりますわ、最近の流行りは断然フリープランですもの。手厚いサポートをあえて断ち切り、自らの力で運命を切り拓く……。殿下もお父様も、なんて私を成長させようとしてくださっているのかしら!」
アニエスは感激のあまり、ハンカチを噛んで震えた。
「私、決めましたわ。この旅を『アニエス・自分探し・100日間チャレンジ』と名付けますわね!」
「勝手にやってろ……」
ハンスはもう、会話を続ける気力を失った。
隣でジャンが「なあ、ハンス。このお嬢様、本当は毒でも盛られて頭がやられてるんじゃねえか?」と小声で囁いている。
馬車は数時間走り続け、やがて陽が傾き始めた。
街道沿いにある、古びた宿場町に差し掛かったところで、ジャンが馬を止める。
「おい、今日はここで一晩泊まる。罪人扱いだから、一番安い相部屋だ。文句は言うなよ」
馬車の扉が開けられると、アニエスは軽やかに飛び降りた。
ドレスはすでに砂埃で少し汚れているが、彼女の気品(という名の天然オーラ)は全く衰えていない。
「あら、ここが本日の『ヴィンテージ・コテージ』ですのね! 素敵ですわ、この歴史を感じさせる壁のひび割れ、そしてどこか懐かしい家畜の香り……。都会の喧騒を忘れるには最高のロケーションですわ!」
宿の主人が、ボロボロの格好をしたアニエスを見て不審そうに近づいてきた。
「おい、客かい? うちは素泊まりの荒くれ者専門だ。お綺麗な姉ちゃんが来るところじゃねえぞ」
アニエスは主人の手を両手で握り、キラキラした瞳で見つめた。
「まあ! あなたが伝説の『隠れ家オーナー』様ですのね? 私、アニエスと申します。今日からこちらでお世話になりますわ。この泥だらけの床も、きっと健康に良い『クレイ・ピーリング』の一種なんですわね?」
「……はあ? くれい……ぴーりんぐ?」
「ええ。自然との共生をテーマにした、最先端の宿泊施設……。お父様、こんな贅沢なプランを用意してくださるなんて。やっぱり親バカ様ですわ!」
主人は、アニエスのあまりの勢いに圧倒され、「……ああ、まあ、ゆっくりしてきな」と力なく答えるしかなかった。
ハンスとジャンは、宿の食堂の隅で、アニエスが「まあ、このお水、とってもワイルドなお味がしますわ!」と、ただの井戸水を高級ワインのように味わっている姿を眺めていた。
「ハンス……俺、なんだか不安になってきた」
「何がだよ、ジャン」
「俺たちはあのお嬢様を不幸にするために国境へ運んでるはずなのに、あのお嬢様、さっきからどんどん幸せそうになってねえか?」
ハンスは、自分の任務の目的が根底から揺らいでいくのを感じながら、ヤケクソ気味にエールを飲み干した。
「知るかよ。俺たちの仕事は、あのお嬢様を無事に(?)放り出すことだ。……たとえ、あのお嬢様がその場所を『極上のリゾート地』だと勘違いしていてもな!」
二人の騎士の苦労をよそに、アニエスは硬いパンを「歯ごたえ抜群のプロテイン・ブレッド」と称して、ニコニコと完食するのだった。
公爵家の紋章が塗り潰され、サスペンションなど無きに等しいその馬車は、普通なら令嬢が乗れば数分で酔い、数十分で腰を痛める代物だ。
しかし、アニエスは窓の外を流れる荒れ果てた街道を眺め、うっとりと頬を染めている。
「まあ……! なんて素晴らしい振動ですの! これぞまさに、最新式の『全身振動マッサージ機能付き・高級リムジン』ですわね!」
御者台に座り、必死に手綱を引いていた御者のジャンは、後方の小窓から聞こえてくる声に耳を疑った。
「……おい、お嬢様。これのどこがマッサージだって? ただのボロ馬車だぜ。尻が割れるような衝撃だろうが」
アニエスは小窓から顔を出し、ジャンに向かって満面の笑みを向けた。
「あら、ジャンさん。そんなに謙遜なさらないで。この絶妙な揺れが、私の凝り固まった公爵令嬢としてのプライドをほぐしてくださるんですわ。あ、今の大きな段差! ツボに入りましたわ、最高ですわね!」
ジャンの隣で、護衛兼監視として座っていた騎士見習いのハンスも、呆れたように肩をすくめた。
ハンスは今日、罪人であるアニエスを厳しく監視し、国境まで「護送」する任務を負っている。
「お嬢様、勘違いしないでください。俺たちはあんたを接待してるんじゃない。追放される罪人を、二度と戻ってこれないように国境まで突き出すのが仕事なんです」
ハンスが精一杯の威圧感を込めて睨むが、アニエスはそれを「熱烈なファンサービス」と解釈した。
「まあ、ハンスさん。そんなに鋭い視線で私を見つめてくださるなんて。きっと私の『ソロキャンプ・ツアー』の安全を、心から心配してくださっているのね。なんてプロ意識の高いボディーガードかしら!」
「話を聞けよ! ボディーガードじゃねえ、監視役だ!」
「ふふっ、照れなくてよろしいのよ。ところでハンスさん、このツアーの旅程表を拝見させていただけるかしら? 次の『イベント』は何ですの? クマとの格闘? それとも野草の天ぷらパーティー?」
ハンスは絶句した。
これから彼女を待っているのは、住む家もなく、身分も守られない過酷な異国での放浪生活である。
「……イベントなんかねえよ。国境に着いたら、俺たちはあんたを放り出して帰るだけだ。そこから先は、野垂れ死のうがどうしようが自由。それが『国外追放』なんだ」
「まあ! 『究極の自由時間(フリータイム)』ですのね! 分かりますわ、最近の流行りは断然フリープランですもの。手厚いサポートをあえて断ち切り、自らの力で運命を切り拓く……。殿下もお父様も、なんて私を成長させようとしてくださっているのかしら!」
アニエスは感激のあまり、ハンカチを噛んで震えた。
「私、決めましたわ。この旅を『アニエス・自分探し・100日間チャレンジ』と名付けますわね!」
「勝手にやってろ……」
ハンスはもう、会話を続ける気力を失った。
隣でジャンが「なあ、ハンス。このお嬢様、本当は毒でも盛られて頭がやられてるんじゃねえか?」と小声で囁いている。
馬車は数時間走り続け、やがて陽が傾き始めた。
街道沿いにある、古びた宿場町に差し掛かったところで、ジャンが馬を止める。
「おい、今日はここで一晩泊まる。罪人扱いだから、一番安い相部屋だ。文句は言うなよ」
馬車の扉が開けられると、アニエスは軽やかに飛び降りた。
ドレスはすでに砂埃で少し汚れているが、彼女の気品(という名の天然オーラ)は全く衰えていない。
「あら、ここが本日の『ヴィンテージ・コテージ』ですのね! 素敵ですわ、この歴史を感じさせる壁のひび割れ、そしてどこか懐かしい家畜の香り……。都会の喧騒を忘れるには最高のロケーションですわ!」
宿の主人が、ボロボロの格好をしたアニエスを見て不審そうに近づいてきた。
「おい、客かい? うちは素泊まりの荒くれ者専門だ。お綺麗な姉ちゃんが来るところじゃねえぞ」
アニエスは主人の手を両手で握り、キラキラした瞳で見つめた。
「まあ! あなたが伝説の『隠れ家オーナー』様ですのね? 私、アニエスと申します。今日からこちらでお世話になりますわ。この泥だらけの床も、きっと健康に良い『クレイ・ピーリング』の一種なんですわね?」
「……はあ? くれい……ぴーりんぐ?」
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主人は、アニエスのあまりの勢いに圧倒され、「……ああ、まあ、ゆっくりしてきな」と力なく答えるしかなかった。
ハンスとジャンは、宿の食堂の隅で、アニエスが「まあ、このお水、とってもワイルドなお味がしますわ!」と、ただの井戸水を高級ワインのように味わっている姿を眺めていた。
「ハンス……俺、なんだか不安になってきた」
「何がだよ、ジャン」
「俺たちはあのお嬢様を不幸にするために国境へ運んでるはずなのに、あのお嬢様、さっきからどんどん幸せそうになってねえか?」
ハンスは、自分の任務の目的が根底から揺らいでいくのを感じながら、ヤケクソ気味にエールを飲み干した。
「知るかよ。俺たちの仕事は、あのお嬢様を無事に(?)放り出すことだ。……たとえ、あのお嬢様がその場所を『極上のリゾート地』だと勘違いしていてもな!」
二人の騎士の苦労をよそに、アニエスは硬いパンを「歯ごたえ抜群のプロテイン・ブレッド」と称して、ニコニコと完食するのだった。
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