万歳!国外追放?まあ、なんて素敵なのでしょう!

恋の箱庭

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ついに、アニエスたちを乗せた馬車は、王国と隣国の境界に位置する街『ラスト・ホープ』へと辿り着いた。
そこは、追放者や冒険者、そして怪しげな商人たちが入り乱れる、活気と混沌が同居する場所だった。

馬車を降りたアニエスは、埃っぽい街並みを見渡し、感激に震えながら両手を広げた。

「まあ……! なんてエキゾチックな街並みでしょう! ハンスさん、ご覧になって! この『歴史の重み(という名の汚れ)』が染み付いた建物、まさに体験型テーマパーク『中世フロンティア・ワールド』の入り口ですわね!」

ハンスは、自分に絡んでこようとする不審な男を睨みつけて追い払いながら、重いため息をついた。

「お嬢様、ここはテーマパークじゃありません。無法者が集まる、この国で一番治安の悪い吹き溜まりですよ。……さて、ジャン。俺たちはここで補給をしなきゃならないんだが……」

ジャンが顔を顰め、空っぽの財布を逆さにして見せた。

「ハンス、問題が発生した。親父さん(公爵)から預かった路銀が、さっきの『ピコピコハンマー代(盗賊へのチップ)』のせいで底を突いちまった」

「なんだと!? おい、どうするんだよ。これから国境を越えるには、賄賂だの通行料だので金がかかるんだぞ」

二人の騎士が頭を抱える中、アニエスがひょいと二人の間に顔を出した。
その表情は、まるでお金などという概念が存在しない世界の住人のように、清々しい。

「あら、お困りですの? お金……ああ、あの重たくて不衛生な金属の円盤のことですわね? ご安心くださいませ。私、今回の旅では『キャッシュレス・ミニマリズム』を実践することにいたしましたの!」

「……はあ? きゃっしゅれす?」

「ええ。貴族の義務として、富を分配し尽くした結果の『無一文』……これこそが究極の贅沢であり、高潔な魂の証明ですわ! 今の私は、空気と光だけで満たされている、いわば『歩くパワースポット』のようなものですの!」

「……ただの文無しをそんな神々しく言い換えるなよ! 飯はどうするんだ、飯は!」

ハンスが絶叫する中、アニエスはふわりと露店が並ぶ大通りへと歩き出した。

「ふふっ、大丈夫ですわ。この街には、情熱的な『シェフ』たちがたくさんいらっしゃいますもの。ほら、あちらの方なんて、私を呼んでいらっしゃいますわ!」

アニエスが指差したのは、売れ残った萎びたリンゴを前に、不機嫌そうに舌打ちをしている強面の露店商だった。
アニエスは迷わずその男の前に進み出ると、優雅に一礼した。

「ご機嫌よう、マスター! あなたのその『獲物を狙う鷹のような眼差し』、素晴らしいわ。きっと、このリンゴひとつひとつに魂を込めて育てられた、孤高の果実職人でいらっしゃるのね?」

「……あ? なんだあ、この小綺麗な姉ちゃんは。冷やかしなら帰んな」

男がドスの利いた声で威嚇するが、アニエスは全く動じない。
どころか、リンゴを一つ手に取り、宝石でも見るかのような目で見つめた。

「まあ! この表面の絶妙な凹凸……これぞまさに、大地の荒々しさを表現した『ワイルド・オーガニック・アート』! マスター、この芸術作品を、ただ売るだけなんて勿体ないわ。これはもっと、人々の魂を揺さぶる演出(プレゼン)が必要ですわよ!」

「……え、えんしゅつ?」

「ええ。皆様! ご覧になって! このリンゴを齧れば、あなたの中に眠る野性が目覚めますわ! 一口食べれば勇者が目覚め、二口食べれば隣国の王子もイチコロ! この『運命を変える禁断の果実』、今ならなんと……笑顔一回で……あ、お金がないので私の全力の賛辞付きでお譲りいただけますかしら?」

アニエスが周囲の客に向かって、鈴を転がすような声で演説を始めると、物珍しさから人だかりができ始めた。
彼女の異常なまでの美貌と、それ以上に異常なまでの熱量に圧倒され、人々は次々とリンゴを買い求め始めた。

「おい、姉ちゃんが言うなら買ってみるか。勇者が目覚めるんだろ?」

「私にもちょうだい! 王子にモテるリンゴなんて、最高じゃない!」

あっという間に、男の店のリンゴは完売してしまった。
呆然とする店主に、アニエスは満足そうに微笑んだ。

「ふふっ、見事な完売(ソールドアウト)ですわね、マスター。あなたの職人魂が、ようやく街の皆様に伝わって私もうれしいですわ!」

「……あ、ああ。おい、姉ちゃん。あんた、面白いな。これ、売れ残りの一番デカい奴だ。持っていきな。礼だ」

男が照れ臭そうに差し出したのは、蜂蜜のように甘い香りのする特大のリンゴだった。

「まあ! 『ロイヤリティ・リワード(常連特典)』ですのね! ありがとうございます、マスター。あなたの情熱、しかと受け取りましたわ!」

アニエスは戦利品のリンゴを掲げ、呆然と立ち尽くすハンスとジャンの元へ戻ってきた。

「ハンスさん、ジャンさん! ご覧になって。この街の皆様は、とっても『投げ銭(ギフティング)』の文化が発達していらっしゃいますの。私、なんだかこの街に永住したくなってしまいましたわ!」

「……お嬢様、あんた、新手の宗教団体でも立ち上げるつもりか?」

「あら、宗教だなんて。私はただ、皆様と『ハッピー』を共有(シェア)しているだけですわ。さあ、次はあちらの串焼き屋さんで『肉のシンポジウム』を開催しましょうかしら!」

アニエスは鼻歌混じりに、次の獲物……もとい、次の「クライアント」を探して歩き出した。
ハンスはリンゴを齧りながら、ジャンに囁いた。

「なあ、ジャン。俺たち、もう護衛いらなくないか? あのお嬢様、一人で世界征服できそうだぞ」

「……全くだ。だがまあ、腹が膨れたのは助かったな。……次は俺も、あの『ハッピー・シェア』に参加してくるよ」

こうして、一文無しのアニエス一行は、なぜか国境の街で最高級の食事と歓待を受けることになったのである。
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