万歳!国外追放?まあ、なんて素敵なのでしょう!

恋の箱庭

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ついに目の前に現れたのは、隣国ヴァンドーム王国の巨大な城門だった。
重武装した兵士たちが鋭い槍を交差させ、入国者に厳しい視線を送っている。
まさに「鉄壁」と呼ぶにふさわしい、威圧感たっぷりの光景だ。

しかし、馬車から降りたアニエスは、その光景を見てパッと顔を輝かせた。

「まあ……! なんて豪華なウェルカム・ゲートでしょう! ハンスさん、ご覧になって。あの槍の交差、まさに私を歓迎するための『アーチ』ですわね!」

ハンスは、槍の穂先が自分たちの喉元を向いているのを冷や汗をかきながら見つめ、首を横に振った。

「お嬢様、あれは歓迎じゃなくて『来るな』っていう合図です。ほら、審査官がものすごい形相でこっちに来ますよ」

ドカドカと重い足音を立てて近づいてきたのは、熊のような大男の審査官だった。
彼はアニエスのボロボロの馬車と、場違いに華やかなドレス姿をジロジロと眺め、地面に唾を吐いた。

「おい、どこの誰だか知らねえが、ここは観光客が通る場所じゃねえ。……身分証を出せ。なければ『不審者』として即座に拘束するぞ」

「フシンシャ……。まあ! なんてミステリアスで響きの良いキャッチコピーでしょう!」

アニエスは頬を赤らめ、うっとりと審査官を見上げた。

「マスター、ありがとうございます! 『不審者』……それはつまり、既存の枠に囚われない、未知の可能性を秘めた旅人、という意味ですわね? 私のような新参者にそんな格好良い称号をくださるなんて、この国の広報担当の方は天才ですわ!」

「……はあ? 称号だあ? おい、俺は『怪しい奴はぶち込む』って言ってんだよ!」

「ぶち込む……。なるほど、特別に用意された『プライベート・スイートルーム』へご案内いただけるというわけですわね! 入国早々、そこまでのおもてなしをしていただけるなんて。ヴァンドーム王国、おそるべきホスピタリティですわ!」

審査官は絶句した。
今まで数多くの密入国者や犯罪者を相手にしてきたが、これほどまでに「言葉が通じない」相手は初めてだった。
彼は助けを求めるように、後ろのハンスに視線を送った。

「おい、こいつは一体何なんだ……。頭の病気か、それとも高度な外交官か?」

「……俺に聞かないでください。俺たちも被害者なんです」

ハンスが遠い目をしていると、アニエスがガサゴソと鞄から何かを取り出した。
それは、前の街で手に入れた「あのリンゴ」だった。

「マスター、お近づきの印に、こちらの『幸運を呼ぶエナジー・ドロップ』を差し上げますわ! これを食べれば、あなたのその険しい眉間も、たちまち春の野原のように和らぎますわよ」

「……リンゴじゃねえか。賄賂のつもりか? 俺を舐めるなよ」

「いいえ、これは『心を通わせるための鍵』ですわ。さあ、大きな口を開けて……ハイ、あーん!」

「お、おい、よせ……んぐっ!?」

アニエスが迷いなく審査官の口にリンゴを押し込むと、そのあまりの勢いと純粋な瞳に、大男は思わず咀嚼してしまった。
シャリリ、と瑞々しい音が響く。

「……あ。……うまい」

「でしょう? その美味しさこそが、私とあなたの友情の証ですわ! さあ、ゲートを開けてくださいませ。私の新しい人生という名の『ランウェイ』が、私を待っておりますの!」

アニエスが優雅に腕を差し出すと、審査官は毒気を抜かれたように、フラフラとゲートの門番に合図を送った。

「……通せ。この女……いや、この御方は、多分、俺たちの理解を超えた『何か』だ。関わると、こちらの脳が溶けるぞ……」

ギギギ、と重い音を立てて城門が開いていく。
アニエスは満足そうに頷き、馬車に乗り込もうとして立ち止まった。

「あ、ハンスさん、ジャンさん。皆様とはここでお別れですわね」

そう、護送任務はここまでだ。
ハンスとジャンは、ようやく解放されるという安堵感と、それ以上の「得体の知れない寂しさ」を感じていた。

「……お嬢様。一応言っておきますけど、この先は本当に誰も助けてくれませんよ。騙されないように気をつけてくださいね」

「あら、ハンスさん。世界はこんなに愛に満ちているのに、騙されるなんてことがあるかしら? 私、皆様に教えていただいた『優しさ』を胸に、この国をハッピーで埋め尽くして見せますわ!」

アニエスは馬車の窓から身を乗り出し、大きく手を振った。

「さようなら、私の大切なボディーガードさん! いつか私がこの国の王妃様にでもなったら、真っ先に招待して差し上げますわね!」

「……冗談でも怖いこと言わないでくださいよ」

ハンスが苦笑いして見送る中、ボロボロの馬車はゆっくりと隣国の街道へと進んでいった。

「……なあ、ハンス。あのお嬢様、本当に王妃になりそうじゃねえか?」

ジャンの呟きに、ハンスは空を見上げて答えた。

「……ああ。ヴァンドーム王国の平穏も、今日までかもしれないな」

こうしてアニエスは、一文無し、身寄りなし、あるのは「鋼鉄のポジティブ」のみという状態で、未知の国へと第一歩を踏み出したのである。
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