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ヴァンドーム王宮の裏手に広がる、手付かずの原生林――もとい、アニエスが勝手に「国立アドベンチャー・パーク」と命名したエリア。
そこには、泥にまみれた豪華なマントを羽織った二人の王子が、呆然と立ち尽くしていた。
「さあ! 第一回、国境を越えた『友情と筋肉の合同キャンプ』の始まりですわ!」
アニエスは、どこから持ってきたのか、大きな木の枝を指揮棒のように振り回して宣言した。
彼女の足元には、なぜか巨大な丸太が二本、転がっている。
「アニエス、これはいったい何の冗談だ……。私は君を連れ戻しに来たのであって、薪割りをしに来たのではないぞ」
セドリックが、ひび割れた声で訴える。
彼はラ・メール王国の第一王子。これまでペンより重いものを持ったことがない。
「まあ、セドリック殿下。これは薪割りではありませんわ。これは『運命の抱き枕・作成キット』ですの。この丸太を削って自分好みの形にすることで、野宿の質を高める……。お父様が仰っていましたわ、『真の貴族は、睡眠の質に妥協しない』と!」
「……それをただの『重労働』と言うんだよ、アニエス」
ギルベルトが苦笑しながら、慣れない手つきでナイフを丸太に当てた。
彼は彼で、セドリックに対して「隣国の王子としての意地」を見せようと必死だった。
「いいかい、セドリック殿下。この国の流儀では、お客様(ゲスト)も一緒に汗を流すのが最高のおもてなしなんだ。ほら、そんなに弱音を吐いていたら、アニエスのボディーガードは務まらないよ?」
「貴様に言われる筋合いはない! 私は……私はアニエスのために、この丸太を最高級のソファーに変えてみせる!」
セドリックは、対抗心を燃やして丸太に取り縋った。
アニエスはそんな二人を見て、満足そうに手を打った。
「素晴らしいわ! お二人とも、なんてクリエイティブな情熱をお持ちなの! では、丸太加工の間に、私は『友情のスタミナ・ドリンク』を作って参りますわね!」
アニエスが鼻歌混じりに、近くの茂みから「いかにも苦そうな野草」を摘み取り、鍋に放り込み始めた。
煮えたぎる鍋からは、紫色の煙が立ち上っている。
「……おい、ギルベルト。あのスープの色、見たか?」
セドリックが小声で囁く。
「ああ。……不吉だね。まるで魔女の実験だよ」
「……だが、断ればアニエスを悲しませることになる。私は……あいつの笑顔を二度と曇らせたくないんだ」
「ふん、殊勝なことだ。だが、あのアニエスが『悲しむ』なんて概念、持っていると思うかい? 断っても『まあ! あまりの美味しさに、もったいなくて飲めないのですわね!』って解釈されるだけだよ」
二人の王子が戦々恐々とする中、アニエスが黄金色(という名の泥水色)のスープを木のカップに並々と注いできた。
「はい、どうぞ! 特製『元気百倍・おーっほっほ汁』ですわ! 隠し味に、そこらへんにいた元気なトカゲさんの尻尾を一振りしておきましたの。これぞまさに、大自然の恵みのカクテルですわね!」
「……トカゲ」
セドリックの顔が、文字通り青ざめた。
しかし、ギルベルトが先にカップを掴み、気合で一気飲みした。
「……っ!! ごふっ、ごほっ! ……あ、ああ、素晴らしいよアニエス。喉が焼けるような……いや、命が燃え上がるような衝撃だね……」
ギルベルトが白目を剥きながら親指を立てると、セドリックも負けじとスープを煽った。
「ぐ、うあああああ!! ……あ、アニエス……。私も、負けてはいないぞ……。身体中の細胞が、国外追放を叫んでいるようだ……!」
「まあ! お二人とも、そんなに感動してくださるなんて! おかわり、たくさんありますわよ!」
「「……結構だ!!」」
二人の王子の声が、本日二度目のシンクロを見せた。
アニエスは「まあ、遠慮深い方たちね」と微笑み、自分でもスープを一口啜った。
「あら、本当に美味しい! トカゲさんの出汁が、こう、ピリリと舌に刺さって……まさに『電流デトックス』ですわね!」
アニエスはケロリとした顔で、そのまま鍋を空にした。
彼女の胃袋もまた、鋼鉄のポジティブさで出来ているらしい。
やがて夜になり、二人の王子はアニエスが用意した「テント(という名の、布を被せただけの木の枝)」の下で、丸太を枕に横たわった。
「……なあ、ギルベルト。私は……何をしにここへ来たんだったか」
セドリックが、虫の音を聞きながら力なく呟いた。
「……さあね。僕はただ、アニエスが面白くて側に置いていたはずなんだが……。今や、彼女に命を削られている気がするよ」
「……だが。……あいつの、あの楽しそうな顔。……ラ・メール王国にいた時より、ずっと輝いているな」
セドリックは、月明かりの下で、火の番をしながら「星さんとおしゃべりですわ!」と独り言を言っているアニエスの背中を見つめた。
「……ああ。……腹立たしいが、認めざるを得ないね。彼女は、王宮の檻の中にいるべき存在じゃなかったんだ。彼女自身が、太陽だったんだよ」
ギルベルトの言葉に、セドリックは深く、重いため息をついた。
彼はようやく、アニエスを「連れ戻す」ということが、いかに彼女の自由を奪う身勝手な願いであったかを理解し始めていた。
だが、アニエスはそんな二人の感傷など露知らず、焚き火でマシュマロ(の代わりの干し肉)を焼きながら、高らかに笑っていた。
「さあ、明日は朝一番で『崖登り・朝活ツアー』を行いますわよ! お二人とも、筋肉の準備はよろしいかしら!」
「「……寝かせてくれ……」」
二人の王子の切実な願いは、夜の森に虚しく消えていったのである。
そこには、泥にまみれた豪華なマントを羽織った二人の王子が、呆然と立ち尽くしていた。
「さあ! 第一回、国境を越えた『友情と筋肉の合同キャンプ』の始まりですわ!」
アニエスは、どこから持ってきたのか、大きな木の枝を指揮棒のように振り回して宣言した。
彼女の足元には、なぜか巨大な丸太が二本、転がっている。
「アニエス、これはいったい何の冗談だ……。私は君を連れ戻しに来たのであって、薪割りをしに来たのではないぞ」
セドリックが、ひび割れた声で訴える。
彼はラ・メール王国の第一王子。これまでペンより重いものを持ったことがない。
「まあ、セドリック殿下。これは薪割りではありませんわ。これは『運命の抱き枕・作成キット』ですの。この丸太を削って自分好みの形にすることで、野宿の質を高める……。お父様が仰っていましたわ、『真の貴族は、睡眠の質に妥協しない』と!」
「……それをただの『重労働』と言うんだよ、アニエス」
ギルベルトが苦笑しながら、慣れない手つきでナイフを丸太に当てた。
彼は彼で、セドリックに対して「隣国の王子としての意地」を見せようと必死だった。
「いいかい、セドリック殿下。この国の流儀では、お客様(ゲスト)も一緒に汗を流すのが最高のおもてなしなんだ。ほら、そんなに弱音を吐いていたら、アニエスのボディーガードは務まらないよ?」
「貴様に言われる筋合いはない! 私は……私はアニエスのために、この丸太を最高級のソファーに変えてみせる!」
セドリックは、対抗心を燃やして丸太に取り縋った。
アニエスはそんな二人を見て、満足そうに手を打った。
「素晴らしいわ! お二人とも、なんてクリエイティブな情熱をお持ちなの! では、丸太加工の間に、私は『友情のスタミナ・ドリンク』を作って参りますわね!」
アニエスが鼻歌混じりに、近くの茂みから「いかにも苦そうな野草」を摘み取り、鍋に放り込み始めた。
煮えたぎる鍋からは、紫色の煙が立ち上っている。
「……おい、ギルベルト。あのスープの色、見たか?」
セドリックが小声で囁く。
「ああ。……不吉だね。まるで魔女の実験だよ」
「……だが、断ればアニエスを悲しませることになる。私は……あいつの笑顔を二度と曇らせたくないんだ」
「ふん、殊勝なことだ。だが、あのアニエスが『悲しむ』なんて概念、持っていると思うかい? 断っても『まあ! あまりの美味しさに、もったいなくて飲めないのですわね!』って解釈されるだけだよ」
二人の王子が戦々恐々とする中、アニエスが黄金色(という名の泥水色)のスープを木のカップに並々と注いできた。
「はい、どうぞ! 特製『元気百倍・おーっほっほ汁』ですわ! 隠し味に、そこらへんにいた元気なトカゲさんの尻尾を一振りしておきましたの。これぞまさに、大自然の恵みのカクテルですわね!」
「……トカゲ」
セドリックの顔が、文字通り青ざめた。
しかし、ギルベルトが先にカップを掴み、気合で一気飲みした。
「……っ!! ごふっ、ごほっ! ……あ、ああ、素晴らしいよアニエス。喉が焼けるような……いや、命が燃え上がるような衝撃だね……」
ギルベルトが白目を剥きながら親指を立てると、セドリックも負けじとスープを煽った。
「ぐ、うあああああ!! ……あ、アニエス……。私も、負けてはいないぞ……。身体中の細胞が、国外追放を叫んでいるようだ……!」
「まあ! お二人とも、そんなに感動してくださるなんて! おかわり、たくさんありますわよ!」
「「……結構だ!!」」
二人の王子の声が、本日二度目のシンクロを見せた。
アニエスは「まあ、遠慮深い方たちね」と微笑み、自分でもスープを一口啜った。
「あら、本当に美味しい! トカゲさんの出汁が、こう、ピリリと舌に刺さって……まさに『電流デトックス』ですわね!」
アニエスはケロリとした顔で、そのまま鍋を空にした。
彼女の胃袋もまた、鋼鉄のポジティブさで出来ているらしい。
やがて夜になり、二人の王子はアニエスが用意した「テント(という名の、布を被せただけの木の枝)」の下で、丸太を枕に横たわった。
「……なあ、ギルベルト。私は……何をしにここへ来たんだったか」
セドリックが、虫の音を聞きながら力なく呟いた。
「……さあね。僕はただ、アニエスが面白くて側に置いていたはずなんだが……。今や、彼女に命を削られている気がするよ」
「……だが。……あいつの、あの楽しそうな顔。……ラ・メール王国にいた時より、ずっと輝いているな」
セドリックは、月明かりの下で、火の番をしながら「星さんとおしゃべりですわ!」と独り言を言っているアニエスの背中を見つめた。
「……ああ。……腹立たしいが、認めざるを得ないね。彼女は、王宮の檻の中にいるべき存在じゃなかったんだ。彼女自身が、太陽だったんだよ」
ギルベルトの言葉に、セドリックは深く、重いため息をついた。
彼はようやく、アニエスを「連れ戻す」ということが、いかに彼女の自由を奪う身勝手な願いであったかを理解し始めていた。
だが、アニエスはそんな二人の感傷など露知らず、焚き火でマシュマロ(の代わりの干し肉)を焼きながら、高らかに笑っていた。
「さあ、明日は朝一番で『崖登り・朝活ツアー』を行いますわよ! お二人とも、筋肉の準備はよろしいかしら!」
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