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舞踏会の喧騒から少し離れた、月明かりが降り注ぐ王宮のバルコニー。
銀色のアーマーを脱ぎ捨て(重すぎてバルコニーの床が抜けそうだったため)、軽やかな薄衣のドレスに着替えたアニエスが、夜風に吹かれていた。
そこに、悲壮な決意を固めたセドリックが近づいてくる。
彼は今、かつてないほどに真剣だった。
「アニエス……。少し、時間をもらえるだろうか」
アニエスは振り返り、セドリックの深刻そうな顔を見て、パッと表情を明るくした。
「まあ、セドリック殿下! こんな夜更けに、もしや……『月夜の怪談大会』の始まりかしら? 私、お化けさんのモノマネには自信がありますのよ。うらめしや~、おーっほっほっほ!」
「……違う。怪談ではない。私の、魂の叫びを聞いてほしいんだ」
セドリックは、その場にガサリと膝をついた。
王族が、一介の(元)令嬢に対して跪く。それは最大限の敬意と、愛の屈服を意味していた。
「アニエス。私は愚かだった。君の価値に気づかず、君を追い出し、傷つけた。……だが、君がいなくなってから、私の世界は真っ暗になったんだ。君のあの、太陽のような……いや、嵐のような眩しさがなければ、私はもう生きていけない!」
セドリックはアニエスの手を両手で包み込み、情熱的に見上げた。
「頼む、アニエス。私ともう一度、婚約してほしい。今度こそ、君を世界で一番幸せな女性にすると誓おう。愛しているんだ。心の底から、君だけを……!」
静寂がバルコニーを包む。
セドリックの目には涙が浮かんでいた。これ以上の誠実な告白は、この世に存在しないはずだった。
しかし、アニエスは数秒の沈黙の後、大きく息を吸い込んで……。
「ブラボー!! 殿下、素晴らしいですわ! なんて迫真の演技でしょう!」
アニエスは全力で拍手を送り始めた。
「まあ、驚きましたわ! 殿下、いつの間にそんな『悲恋のヒーロー』という難しい役作りをマスターされたの? その涙のタイミング、まさに王立劇場の看板役者さんも顔負けですわよ!」
「……え? あ、アニエス? 演技じゃない。これは私の、本心で……」
「ふふっ、照れなくてもよろしいのよ。分かりますわ、新作演劇のオーディションを控えていらっしゃるのね? 私を相手に練習台にするなんて、殿下も相当な凝り性ですこと!」
アニエスは跪いたままのセドリックの肩をポンポンと叩き、批評家のような顔で頷いた。
「ただ、一点だけアドバイスを差し上げますわね。今の告白、『愛している』のところで少し声が震えすぎていましたわ。もっとこう、腹筋に力を込めて、城の裏門まで届くような勢いで叫ばないと! 愛とは、物理的な衝撃波ですのよ!」
「……衝撃波?」
「そうですわ! さあ、もう一度やってみてくださいませ。次はもっと、喉から血が出るくらいの情熱を込めて! ハイ、スタート!」
セドリックは、差し出された愛を「発声練習」として差し戻され、呆然と口をパクパクさせた。
「あ……あ……あ、アニエス……。愛……愛して……」
「ダメですわ! もっとお腹から! 『愛してるぞーー!!』と、隣国の山を一つ崩すくらいの気合が足りませんわよ! はい、もう一回!」
そこに、柱の影で様子を伺っていたギルベルトが、こらえきれずに吹き出しながら現れた。
「くっ……ははは! セドリック殿下、残念だったね。君の渾身のプロポーズは、アニエス監督の厳しい演技指導に引っかかってしまったようだ」
「ギルベルト……! 貴様、見ていたのか!」
「ああ。最高に笑える……いや、最高に感動的な舞台稽古だったよ。……ねえ、アニエス。僕の告白も聞いてくれるかな? 僕は指導(レッスン)なんていらないよ。君をこのまま、僕のコレクションルーム……じゃなくて、僕の人生の特等席に閉じ込めておきたいんだ」
ギルベルトがアニエスの腰に手を回し、甘い声で囁く。
しかし、アニエスは彼の顔を覗き込み、さらに満足そうに頷いた。
「まあ! ギルベルト様まで! あなたは『執着心の強いライバル役』ですわね! その『閉じ込めておきたい』という屈折した愛情表現、今の流行りにぴったりですわ。お二人とも、なんてレベルの高いダブル・キャストなのかしら!」
アニエスは二人の王子の手をそれぞれ取り、高く掲げた。
「決まりましたわ! お二人でコンビを組んで、『アニエスを巡る大騒動・コメディ版』として、今度の建国記念祭で上演しましょう! 私、脚本を書いて差し上げますわね。タイトルは『天然令嬢と二人の迷える王子様』……なんて素敵でしょう!」
「「…………」」
セドリックは膝をついたまま、ギルベルトはアニエスの肩を抱いたまま、同時に石像のように固まった。
二人がどれほど真剣に、どれほど情熱的に想いを伝えても、アニエスという名の「巨大な舞台」の上では、すべてが「脚本通りの余興」へと書き換えられてしまう。
「さあ! 夜はまだ長いですわ。お二人とも、朝までセリフの掛け合いの練習ですわよ。はい、セドリック殿下から! もっと膝の角度を深くして、愛の重みを表現してくださいまし!」
「……アニエス。君は、本当に……本当に、手強いな……」
セドリックの絞り出すような声は、アニエスの「はい、もっと大きな声で!」という激励によって、虚しくかき消されていくのだった。
銀色のアーマーを脱ぎ捨て(重すぎてバルコニーの床が抜けそうだったため)、軽やかな薄衣のドレスに着替えたアニエスが、夜風に吹かれていた。
そこに、悲壮な決意を固めたセドリックが近づいてくる。
彼は今、かつてないほどに真剣だった。
「アニエス……。少し、時間をもらえるだろうか」
アニエスは振り返り、セドリックの深刻そうな顔を見て、パッと表情を明るくした。
「まあ、セドリック殿下! こんな夜更けに、もしや……『月夜の怪談大会』の始まりかしら? 私、お化けさんのモノマネには自信がありますのよ。うらめしや~、おーっほっほっほ!」
「……違う。怪談ではない。私の、魂の叫びを聞いてほしいんだ」
セドリックは、その場にガサリと膝をついた。
王族が、一介の(元)令嬢に対して跪く。それは最大限の敬意と、愛の屈服を意味していた。
「アニエス。私は愚かだった。君の価値に気づかず、君を追い出し、傷つけた。……だが、君がいなくなってから、私の世界は真っ暗になったんだ。君のあの、太陽のような……いや、嵐のような眩しさがなければ、私はもう生きていけない!」
セドリックはアニエスの手を両手で包み込み、情熱的に見上げた。
「頼む、アニエス。私ともう一度、婚約してほしい。今度こそ、君を世界で一番幸せな女性にすると誓おう。愛しているんだ。心の底から、君だけを……!」
静寂がバルコニーを包む。
セドリックの目には涙が浮かんでいた。これ以上の誠実な告白は、この世に存在しないはずだった。
しかし、アニエスは数秒の沈黙の後、大きく息を吸い込んで……。
「ブラボー!! 殿下、素晴らしいですわ! なんて迫真の演技でしょう!」
アニエスは全力で拍手を送り始めた。
「まあ、驚きましたわ! 殿下、いつの間にそんな『悲恋のヒーロー』という難しい役作りをマスターされたの? その涙のタイミング、まさに王立劇場の看板役者さんも顔負けですわよ!」
「……え? あ、アニエス? 演技じゃない。これは私の、本心で……」
「ふふっ、照れなくてもよろしいのよ。分かりますわ、新作演劇のオーディションを控えていらっしゃるのね? 私を相手に練習台にするなんて、殿下も相当な凝り性ですこと!」
アニエスは跪いたままのセドリックの肩をポンポンと叩き、批評家のような顔で頷いた。
「ただ、一点だけアドバイスを差し上げますわね。今の告白、『愛している』のところで少し声が震えすぎていましたわ。もっとこう、腹筋に力を込めて、城の裏門まで届くような勢いで叫ばないと! 愛とは、物理的な衝撃波ですのよ!」
「……衝撃波?」
「そうですわ! さあ、もう一度やってみてくださいませ。次はもっと、喉から血が出るくらいの情熱を込めて! ハイ、スタート!」
セドリックは、差し出された愛を「発声練習」として差し戻され、呆然と口をパクパクさせた。
「あ……あ……あ、アニエス……。愛……愛して……」
「ダメですわ! もっとお腹から! 『愛してるぞーー!!』と、隣国の山を一つ崩すくらいの気合が足りませんわよ! はい、もう一回!」
そこに、柱の影で様子を伺っていたギルベルトが、こらえきれずに吹き出しながら現れた。
「くっ……ははは! セドリック殿下、残念だったね。君の渾身のプロポーズは、アニエス監督の厳しい演技指導に引っかかってしまったようだ」
「ギルベルト……! 貴様、見ていたのか!」
「ああ。最高に笑える……いや、最高に感動的な舞台稽古だったよ。……ねえ、アニエス。僕の告白も聞いてくれるかな? 僕は指導(レッスン)なんていらないよ。君をこのまま、僕のコレクションルーム……じゃなくて、僕の人生の特等席に閉じ込めておきたいんだ」
ギルベルトがアニエスの腰に手を回し、甘い声で囁く。
しかし、アニエスは彼の顔を覗き込み、さらに満足そうに頷いた。
「まあ! ギルベルト様まで! あなたは『執着心の強いライバル役』ですわね! その『閉じ込めておきたい』という屈折した愛情表現、今の流行りにぴったりですわ。お二人とも、なんてレベルの高いダブル・キャストなのかしら!」
アニエスは二人の王子の手をそれぞれ取り、高く掲げた。
「決まりましたわ! お二人でコンビを組んで、『アニエスを巡る大騒動・コメディ版』として、今度の建国記念祭で上演しましょう! 私、脚本を書いて差し上げますわね。タイトルは『天然令嬢と二人の迷える王子様』……なんて素敵でしょう!」
「「…………」」
セドリックは膝をついたまま、ギルベルトはアニエスの肩を抱いたまま、同時に石像のように固まった。
二人がどれほど真剣に、どれほど情熱的に想いを伝えても、アニエスという名の「巨大な舞台」の上では、すべてが「脚本通りの余興」へと書き換えられてしまう。
「さあ! 夜はまだ長いですわ。お二人とも、朝までセリフの掛け合いの練習ですわよ。はい、セドリック殿下から! もっと膝の角度を深くして、愛の重みを表現してくださいまし!」
「……アニエス。君は、本当に……本当に、手強いな……」
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