婚約破棄?悪役令嬢のノルマも達成ということですね?

恋の箱庭

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「……ああ、快適ですわ。これこそが悪役の休日というものですわね」


私は、塔のバルコニーに設えられた特等席で、優雅にハーブティーを啜っていました。


目の前には絶景。耳には小鳥のさえずり。
そして足元には、昨日私が「罰」として磨かせたおかげで、太陽の光を反射して眩しいほどに輝く床。


看守たちは、私が「眩しくて目が痛いですわ! もっと曇らせなさい!」と怒鳴ったのを、「メアリア様は我々の安全を案じて、照り返しによる眼精疲労を警告してくださっている!」と解釈し、今は特製の「低反射ワックス」の開発に勤しんでいます。


……もう、勝手になさい。私は私の道を突き進むだけですわ。


「お嬢様、お寛ぎのところ恐縮ですが、王都の……リリアン様から緊急の魔導通信が入っております」


アンナが、銀色の盆に乗せた小型の魔導鏡を持って現れました。


「リリアンから? あの方、三日前に『王妃教育の真似事なんて耐えられませんわ! 王都へ戻って殿下に直談判してきます!』と鼻息荒く帰っていったばかりではなくて?」


私は嫌な予感を抱えながら、鏡の表面を指でなぞりました。
すると、鏡の向こうに、ボロ雑巾のように疲れ果てたリリアンの顔が映し出されました。


『メ、メアリア様ぁ……! 助けてくださいまし……っ!』


開口一番、彼女は私の名前を呼びながら、滝のような涙を流し始めました。


「……あら。随分と派手な泣き方ですわね。合格点ですわよ、リリアン。その『救いを求める絶望の表情』、ヒロインとしての基礎点はクリアしていますわ」


『そんなこと言ってる場合じゃないんです! ウィル様が……ウィル様が怖すぎますわ!!』


「殿下が? あの方があなたに何か酷いことでも? それなら好都合ですわ。ついに彼が本性を現して、あなたを虐げ始めたのかしら!」


私は期待に胸を躍らせ、身を乗り出しました。
ヒーローがヒロインを虐げる……。そこから始まる波乱の愛憎劇。悪役としては、その火に油を注ぐ絶好の機会ですわ!


『違いますわよ! 逆です、真逆です! あの方、私が何か失敗するたびに「気にするなリリアン、メアリアならこう言うはずだ。『失敗は成功の母、それよりもその失敗をどう華麗にリカバーするかを見せなさい』とな!」とか言って、全肯定してくるんです!』


「…………は?」


『昨日は、私がマナーの授業で居眠りしたんです。そうしたら、「ああ、なんて健気なんだ。メアリアの遺志を継いで、寝る間も惜しんで勉強していたんだね。今日はもう休みたまえ」って、特大のダイヤモンドが埋め込まれた枕をプレゼントされましたわ!』


リリアンは鏡の向こうで、顔を覆って絶叫しました。


『もう無理です! 私、ただのズボラな男爵令嬢なんです! メアリア様みたいな「高潔な犠牲精神」なんて一ミリも持ってないんです! なのに、殿下の目には私が「メアリアの愛に報いようとする健気な少女」にしか見えてないんですわ!』


「……ウィルフレッド様……。あの方は、私の名前を免罪符か何かに使っているのですか?」


私はこめかみを押さえました。
どうやら、私が王都を去ったことで、王子の勘違いは「不在の美徳」として神格化されてしまったようです。


「それで? 私にどうしろと言うのです、ハツカネズミさん。私は現在、絶賛『国外追放に準ずる監獄生活』の真っ最中ですのよ?」


『監獄生活(バカンス)の間違いでしょう! メアリア様、お願いです、何かアドバイスを……。このままじゃ、私、メアリア様の「聖女伝説」に押し潰されて死んでしまいますわ!』


「……ふん。情けない。いいですか、リリアン。あなたがそんなに弱気でどうしますの」


私は扇子を閉じ、鏡の中のリリアンを指差しました。


「殿下が全肯定してくるなら、それを利用しなさい。あの方が私の名前を出してきたら、『メアリア様なら、もっと私を厳しく指導してくださったはずです!』と言い返して、あえて自分から過酷な課題を要求するのです!」


『ええっ!? そんなの嫌ですわ! 私、楽がしたいから殿下を選んだのに!』


「黙りなさい! 『楽をしたいヒロイン』なんて、物語の深みがありませんわ! あなたがストイックに自分を追い込んでこそ、私の『悪の教え』が輝くというものです。……いいこと、今すぐペンと紙を用意しなさい。私がこれから、あなたが行うべき『ヒロインとしての地獄の特訓メニュー』を口頭で伝えますわ!」


『……メアリア様、それ、助けてるんじゃなくて、トドメを刺してませんか!?』


「悪役令嬢のアドバイスが、甘いわけがないでしょう? ほら、書きなさい! まずは『三日間の断食と沈黙の行』からですわ!」


私は、リリアンの悲鳴をBGMに、彼女をさらなる「高み(地獄)」へと導くための計画を練り始めました。


リリアン。あなたが立派なヒロインになればなるほど、私の「悪役教育」の成果が証明される……。
これぞ、遠隔操作による悪の支配ですわ!


通信を切った後、私は満足げにハーブティーを飲み干しました。


「お嬢様……。リリアン様、鏡の向こうで泡を吹いて倒れておりましたが、よろしいのですか?」


「構いませんわ、アンナ。泡を吹くのも、ヒロインにとっては『儚さ』の演出の一つですもの」


「……お嬢様。それは、どちらかというと『毒を盛られた悪役』の演出かと思われます」


アンナの冷静なツッコミを背に受けながら、私は新たな「嫌がらせ(教育)」の構想に、胸を躍らせるのでした。
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