お飾り婿の嫁入り 血の繋がらない息子のために婿入り先の悪事を暴露したら、王様に溺愛されました

海野璃音

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1巻

1-3

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   ◆◇◆


 客人として扱われるようになって、少しだけ生活が変わった。
 部屋を出ることはできないが、エリーが気を利かせて王宮にある図書室から本を取り寄せてくれることになったのだ。
 前世を思い出す前も、本好きは同じだったらしく、実家や侯爵家でも歴史書や戦記を読みあさっていた。それゆえに王宮の図書室という単語に年甲斐もなくワクワクしてしまう。今まで読んだことのない本があるかもしれないから。

「こちらが王宮図書室の目録になります」

 王宮図書室から戻ってきたエリーから渡されたのは、蔵書のタイトルを書き記した目録が三冊。内二冊はなかなかの厚みがある。この二つには僕が希望した歴史書や戦記小説だけが記載されているというのだから、王宮の蔵書はやはり豊富なのだろう。
 そして、残りの一つは、神話や物語が子供向けに書かれた本の目録である。

「とうさま。これなーにー?」
「お城の図書室にどんな本があるか書かれた本だよ」
「ほんのこと、かいてるほんー?」

 どういうこと? と、首を傾げるアグノスが微笑ましい。

「ここの本棚には本がたくさんあるから、わかりやすいように書いてあるんだ。アグノスにもなにか選んであげるから楽しみにしててね」
「うん!」

 アグノスが目録を見て目を輝かせている。その姿に目を細めながら、アグノスのための本を見繕みつくろう。

「とりあえず、この五つを」
「全て子供向けのようですが……ディロス様のものはよろしいのですか?」

 借りてきてほしい本のタイトルを書いたメモを渡すと、エリーは首を傾げる。

「うん。蔵書数はさすがだと思ったけど……どれも読んだことのあるものだから、とりあえずはいいかなって」

 軽く目録に目を通したが、どれも一度は読んだことのあるものだったのだ。実家であるモデスティア伯爵家も、婿入り先のグラオザーム侯爵家も歴史は長い家だから、蔵書はそれなりの数があった。
 それに加え、僕も新しいものが出たら許される範囲で購入していたからか、目録にある本は一通り読んでいたのだ。期待していただけにちょっと落ち込んでしまった。

「左様ですか……では、一つ私にお任せいただけませんか? ディロス様がお読みになったことのない本をお持ちしましょう」

 胸を張って笑みを浮かべるエリーに、目を見開く。

「そんなものがあるの?」
「ええ……きっと、ディロス様のお眼鏡にもかなうことでしょう」
「そうなんだ……楽しみにしてるね」

 自信満々に笑うエリーに首を傾げるが、読んだことのない歴史書や戦記には興味があったので任せた。いったいなにが来るんだろうと考えると、しぼんだ期待が膨らむような気がした。


 翌日。ソファーに座り、アグノスに子供向けの本を読んであげていると、エリーが本を抱えて戻ってきた。

「ディロス様。こちらをどうぞ」

 そう言って差し出したのは、見慣れぬ装丁の本だった。おそらく、これが昨日言っていたものだろう。

「アグノス、ちょっと待っててね」
「はーい」

 一旦読むのをやめて、エリーから本を受け取る。やはり、見覚えのないものだ。表紙はシンプルにタイトルだけで、それも手書き。
 おそらくは、装丁がしっかりしている白紙の本……立派なノートに手書きで書かれたものだろう。
 表紙には他国の名前だけが書かれており、中を開くと、タイトルの国の歴史書であることがわかった。それもタイトルの国は、こちらの国と文字が違うはずなのにこちらの国の文字で書かれている。おそらく向こうの国の歴史書を翻訳したのだろう。相当手間のかかる作業だっただろうに、書き損じや誤字などが見当たらないその完成度にただただ感心した。

「……すごい」

 零れた言葉は、この本の製作者に向けてのものと、この本がここにあることに対してのもの。貴族階級であれば、自国の歴史書や戦記はいくらでも手に入れることができるが、他国のものはそうもいかない。
 歴史が明らかになるというのは、その国の内情を伝えることにもなるし、戦記などであれば、戦争になった時に不利になりかねない。それゆえに、どこの国でも売買は自国の貴族相手に限られるし、密輸の罰則も重いのだ。
 それなのに、今僕の手元にそれがある。その事実に驚いた。

「どこでこれを?」
「申し訳ありませんが、持ち主については口止めされております」

 ……それもそうか。他国の歴史書を持っているとなると、その手口は後ろ暗いもののはずだから。

「でも……これ、私が見てもいいの?」

 持ち主の許可は得ているようなので大丈夫だとは思うが、こんな貴重なものが僕の手元にあるなんて。読みたいのは、間違いないのだけど。

「はい、問題ありません。むしろ、感想をお伝えしたらお喜びになると思います」

 笑顔でそう告げたエリーに、首を傾げる。どうやらこの本の持ち主とは、親しい仲のようだ。こんな貴重な本の持ち主と親しいなんて、いったい彼女は、どういう人なのだろうか? 
 エリーに対してちょっとした疑問を持つものの、尋ねるのははばかられる。

「そう。ありがとう。読んだら感想を伝えるから、持ち主に伝えてくれる?」
「ええ、お任せください」

 笑みを浮かべたエリーに笑い返し、その本をテーブルに置く。

「お待たせアグノス。続きを読もうか」
「うん!」

 借りたばかりの本を読みたいのはやまやまだけれど、僕の隣で大人しく待っているいい子を待たせ続けるのも良くないと、膝に開きっぱなしにしていた本を改めて読み始める。
 それにしても、あの本の持ち主はどういう人なのだろうか……。ほんの少し、見知らぬ本の持ち主に同好の士のような感情を抱きながら、僕はアグノスに本を読み聞かせるのだった。


 それからというもの、僕と本の持ち主との不思議な交友関係が始まった。エリーの借りてきた本を僕が読み、その感想を書いた手紙をエリーから持ち主に渡してもらうというものだ。
 そして、その感想を聞いた本の持ち主が新しい本を貸してくれる。そのどれもが僕の読んだことのないものばかりで……その全てがおそらく彼? が、翻訳した本だったり、彼自身がまとめた私的な歴史書だったりした。
 多少のばらつきはあるものの、どれも同一人物の筆跡と思われる。丁寧に記されたその文字や内容から、人となりが見えてくる。真面目で物事を公平に見ることのできる人。そして、本の後書きにその歴史の問題点や戦術への評価が書かれているので、物事の結果を見て、より良い結果を導き出そうとする勤勉なところもあるようだ。
 彼からの手紙はないものの、感想をもとに律儀に本を選んでくれているのがわかるので、勝手ながら親しみを持っていた。


   ◆◇◆


 エリーの借りてきた本を読み、感想を手紙で送るという生活を続けていたある日、驚いたことにシュロム陛下の二度目の訪問があった。すでにアグノスは寝ており、個人的な読書を楽しんでいる時間であったため、驚きはしたものの焦りはしなかった。

「久しいな」

 前回からさほど時間は経っていなかったものの、そんなことを言いながら部屋に入ってきたシュロム陛下に僕は臣下の礼を取る。

「お久しぶりです」
「そのように堅苦しくせずともよい。これは、公式なものではないのだからな。……少し、話そう」

 そう言って、シュロム陛下は僕に座るようにうながし、自身もソファーに腰かける。僕がその正面に座ると、シュロム陛下はゆっくりと口を開いた。

「ここで過ごすようになって数日が経ったが、不都合はないか?」
「いえ、特には。とても良くしてもらっていると思っていますし、心穏やかに親子そろって過ごさせていただいています」 

 一つの部屋に閉じ込められているので軟禁状態とも言えるだろうが、それは僕ら親子の安全のため。不満などなかった。

「そうか。……最近は、本をよく読んでいるらしいな」
「はい。エリーが持ってきてくれる本は、どれも読んだことのないものなので……とても楽しいです」

 なにを読んでいるかはエリーから報告がいっていると思うが、内容が内容なので詳しくは言わなかった。

「楽しむ余裕があるようでなによりだ。こちらの都合で閉じ込めているゆえ、不自由していないか心配だったのだが……安心していいようだな」

 シュロム陛下が柔らかく微笑む。僕はそのような表情もできるのか……と、呆気にとられた。いや、そりゃあできるよね。シュロム陛下だって人間なんだから。
 予想外の笑みになぜだかドギマギしながら、それを取りつくろうように口を開く。

「たまにはアグノスを外に出してあげたいと思いますが、わがままは言えません。今のところはアグノスも落ち着いていますし、しばらくは大丈夫だと思います」

 お出かけに憧れていたアグノスも、実家、王宮と慣れない場所が続いているからか、この部屋で過ごすようになってからは僕にべったりとくっついている。落ち着く環境で過ごさせてあげたいとは思うのだけど、今しばらくは難しいだろう。

「そうか。……起きているのなら顔を見ておこうと思ったんだが……」

 シュロム陛下がアグノスの眠るベッドへ視線を向けた後、改めて僕に視線を戻した。

「今一度聞くが、アグノスは確かに王族の血を引いているんだな?」
「成長するにつれて瞳の色が濃くなっているので間違いないかと」

 この国の王族は、いにしえの時代に神より加護を受けたため、その見た目に特徴がある。それが金の髪と赤い瞳だ。
 特に赤い瞳は王族特有のもので、幼い時は薄い色をしているが成長するにつれてどんどん深い赤に変わる。
 まれに降嫁する王女がいて、貴族に王族の血が混じるが、瞳の色は次の代から明らかに薄くなり、代を重ねるごとにバリシアのように桃色の瞳になっていく。
 また、桃色の瞳の者同士で子供を作ろうとも、赤い瞳の子供が生まれることはない。そのため、赤い瞳を持つ王族は神の加護を持つと信じられているのだ。

「……確かにあれの子供の可能性が高いな」

 今おられる王族は、国王であるシュロム陛下と、彼の息子である二人の王子だけ。王子のお二人が生まれる前も、イリスィオ王弟殿下と先王シュトルツがいらしただけだ。
 アグノスの父親と考えられる年齢の王族は、シュロム陛下とイリスィオ王弟殿下、先王シュトルツ。
 その中でもバリシアの愛人であったイリスィオ殿下しか考えられない。イリスィオ殿下がバリシアと愛人関係にあったからというのもあるが、シュロム陛下は王太子妃殿下亡き後、他の女性を近づけることはなかったし、常に執務に追われていた。先王シュトルツはアグノスが生まれる十年以上前から体調を崩され、ご自身の居宅から出ることすら叶わなかったからだ。

「お前はアグノスの瞳が深紅に染まると思っているのか?」
「……はい」

 シュロム陛下の言葉に僕は頷く。なぜなら僕はあの子の瞳がルビーのように深い赤になるのを知っているから。

「そうか」

 シュロム陛下がため息を吐く。王弟の血を引く落胤らくいん。それはシュロム陛下の苦悩の種でしかないだろう。
 本来であれば、幼子のうちに存在を隠してしまった方が都合がいいはずだ。
 それでも今回、僕がグラオザーム侯爵家を告発し、アグノスの助命を求めているからシュロム陛下は頭を悩ませてくれている。
 そんなシュロム陛下の決断なら、アグノスにとって悪いことにはならないだろう。そう今の僕は信じていた。

「……わかった。すでにお前達の処遇は決めているが、今しばらく待て。グラオザーム侯爵家のことが片付いてから改めて話そう」
「……わかりました」

 シュロム陛下の中ですでに決まっているという僕達の処遇。それが、アグノスにとって最善であることを祈りながら、部屋を後にするシュロム陛下の後ろ姿を見送るのだった。


   ◆◇◆


「ディロス君。グラオザーム侯爵の埋葬が決まったのだが……どうするかね?」

 ある日、僕とアグノスが部屋で過ごしていると、ノウリッジ様が部屋を訪れてそう言った。
 グラオザーム侯爵家が検挙されて、彼女の遺体は軍の預かりになった。そのため僕はアグノスに最後の別れをさせられなかったことを後悔していた。

「……会えるのですか?」
「君の伴侶で、その子の母親だ。どのような人物であれ……最後の別れぐらいは許されるだろう、という陛下の計らいだ」

 思った以上にシュロム陛下は気にかけてくださっているようだ。

「……アグノス。お母様に会いに行こうか」
「うん!」

 僕達のやり取りを不思議そうな表情で聞いていたアグノスにそう声をかけると、アグノスは嬉しそうに笑みを浮かべ頷いたのだった。


 僕達がバリシアに会えたのは、その翌日の早朝。使用人のいない王宮の中をひっそりと歩き、バリシアが安置されている部屋に入る。

「アグノス。お母様だよ」

 そう言って、抱えたアグノスにひつぎに寝かされたバリシアを見せる。

「……かあさま?」

 ひつぎの中のバリシアを見たアグノスが首を傾げた。

「とうさま。かあさま、ねむってるの?」

 その言葉に、なんと答えるべきか悩む。幼いとはいえ、事実を伝えるべきか。それとも、柔らかく誤魔化すべきか……。悩んだ結果、正直に伝えることにした。

「バリシアはね。死んじゃったんだ。だからもう、目覚めない……」
「――? ねてるんじゃないの?」

 死を理解できないアグノスが、僕とバリシアを交互に見る。確かに、眠ったように亡くなっているバリシアの死を理解するのは難しいだろう。それほど彼女は生前の姿を保っていた。
 バリシアの遺体は、亡くなってから一週間以上経っているのに綺麗なままだ。おそらく、グラオザーム侯爵家でも、軍でも、遺体がいたまぬように保存してくれたのであろう。
 身にまとっているドレスは、好んで着ていた華やかな赤い色のドレス。彼女の赤い髪と相まって、その妖艶さを引き立てている。社交界の花であった彼女は、死してなお華やかなままであった。

「アグノス。これからバリシアは静かに過ごせる場所に行く。だから、最後にお別れをして」
「ん? うん! かあさま、バイバイ!」

 僕の言っていることを理解しないまま、アグノスはひつぎで眠るバリシアに笑顔で手を振る。それがなんとも言えなくて……ただただ、僕は二人の別れを眺めていた。


   ◆◇◆


 アグノスとバリシアが最後の対面を果たした二日後。平穏に過ごしていた僕らに耳を疑うような話が入ってきた。

「……リスティヒが逃げた?」

 ありえないと思ったけど、ノウリッジ様の表情から間違いないのだと理解し、青ざめた。
 詳しく聞くと、リスティヒは捕らえられた後、国軍の牢に入れられていたらしい。だが、今朝、見回りの兵士が牢を確認したら姿を消していたとのことだった。

「どうやら、軍の中にも反乱の計画にかかわる者がいたらしくてな……」

 そう言ってノウリッジ様は、嘆かわしいとばかりに首を横に振る。

「いや……元々警戒はしておった。だが、まさか一執事を解放するために動くとは……君はあの執事についてなにか知っているかね?」

 ノウリッジ様の言葉に、僕は頭を悩ませる。リスティヒについては前世で読んだ愛読書でもそれなりに描写され、見せ場もあったが、その詳細は最後まで明かされなかったのだ。
 リスティヒは侯爵家の執事でありながら反乱時にはアグノスの代わりに戦場で指揮をとっていた。そして、主人公であるティグレ殿下と最後の戦いで一戦交え、打ち取られて死亡している。
 ティグレ殿下とリスティヒの戦いは第一部の見せ場で、軍同士の衝突から最後の一騎打ちまで詳細に書かれていた。暗躍する執事として一部では熱狂的な人気があったのを覚えている。
 だが、それだけだ。アグノスに、いや、グラオザーム侯爵家にあつい忠誠を誓っていたこと以外、なにも明かされなかったのだ。

「……私が知っているのは、彼がティモリア男爵家の縁者だということくらいです」

 だから、今の僕にわかることだけを伝える。僕が婿に入った時から彼はいて、初対面の時にそう紹介された。

「……確かに、ティモリア男爵家の縁者にリスティヒという男がいたことはこちらもつかんでいる。だが、おかしなことにその者はすでに亡くなっているのだ」
「えっ……」

 ノウリッジ様の言葉が理解できなくて小さく声を漏らす。なら、あのリスティヒはいったい……? 

「今、王宮は警備体制の見直しなどで騒がしくなっている。ディロス君は告発者だから、今回の関係者から恨みを買っていることだろう。君達をより安全に保護するためにここから移動させることを陛下と話しているが……場所選びに難航していてな」

 軍にも反乱の協力者がいるとなると、確かに僕らを移動させるにも悩むだろう。作中、シュロム陛下が暗殺されたように王宮にだって協力者はひそんでいる。僕にとって安全な場所はないのかもしれないと血の気が引いた。

「だがこちらとしても、相手側に好きにさせるつもりはない。君達には陛下直属である護衛騎士団の者を付けて対策をする。改めて、対応が決まったら報告に来よう」

 そう言ってノウリッジ様は、部屋を後にする。残された僕は不安を拭いきれなかったが、まだ幼いアグノスまで不安にさせるわけにはいかない。だから、アグノスが起きている間はいつもどおりを心がけて振る舞った。
 それでも子供は親の不安を感じ取るのか、アグノスはこれまで以上に僕に甘えるようになっていた。


 そんなある日、陛下が昼間に僕の部屋を訪れた。

「シュロム陛下……」

 久しぶりに見た陛下は疲れたような雰囲気をまとっていて思わず心配になる。陛下が忙しくなったのは僕の告発のせいだろうからなおさらだった。

「昼に訪ねるのは、初めてだな」

 陛下はそう僕に声をかけながら、隠れるように僕に抱きついているアグノスに視線を向けた。
 普段は人見知りをしないアグノスだが、慣れない環境と、どことなく威圧感のある陛下を警戒しているのか珍しく人見知りを発動している。
 子供だから、不敬とまでは言われないだろうけど……失礼なので小さな体を足から離すように抱き上げた。

「アグノス。隠れちゃだめだよ。王様にご挨拶して」
「……おうさま?」
「そう、僕達のためにすごく頑張って働いてくださる方だよ。いつも読んでいるご本でも王様は頑張っていただろう?」

 不思議そうに首を傾げるアグノスに、何度か読んであげた本の内容にからめて説明するとピンときたのか顔を輝かせる。

「アグノスです!」
「元気な子だな」

 元気に自己紹介をしたアグノスを見て、シュロム陛下はこう告げた。

「……悪いが、この子の元の姿を見せてもらえるか?」

 今のアグノスは、正体を隠すために魔道具をつけたままだ。シュロム陛下はアグノスが王族である証拠を確認したいのだと理解した僕は、アグノスの首にかかっている魔道具のネックレスを外した。

「……確かに、王族の瞳をしている」

 本来の姿に戻ったアグノスの瞳を見たシュロム陛下が、ぽつりと呟く。金髪に紅色の瞳。アグノスの瞳はまだ薄めの紅色だが、それでも貴族には見られない色だった。

「まあいい。お前達の今後について話そう」

 そう言って、シュロム陛下はソファーに座り、僕達にも座るようにうながす。僕は、じっとシュロム陛下を見つめるアグノスを抱えながらソファーに座った。

「宰相から聞いているだろうが……今、軍も王宮も騒がしくてな……。お前達をここに置いておくのは不安になってきた」

 淡々と告げるシュロム陛下だったが、その次に告げられた言葉は耳を疑うものだった。

「そこで……ディロス。お前を側妃として迎える」
「えっ、えっ……?」

 側妃。それは、王によって召し上げられる王妃以外の方だが、先王の時代を思い返しても女性であることがほとんどだ。それ以前には、男性が側妃として迎えられることもあったらしいのだが……それは遠い遠い過去のことで、前例などないに等しい。
 残されている記述には、余計な子孫を残さないためだとか、王自身の嗜好しこうだったとあるが、王太子妃殿下を亡くされて以降次の王妃どころか側妃すら迎えることのなかったシュロム陛下の口から発せられた言葉だとは信じられない。

「な、なぜ……」
「私や妃の住む離宮は、私直属の護衛騎士団が警護しているだろう? 護衛騎士団には素性が明らかで信頼できる者だけが所属している。お前自身やアグノスを守るには最適だ」

 シュロム陛下の言葉は理解できる。だけど、僕は反乱を起こそうとした家の人間だ。側妃になんてなったら家臣は反発するだろう。

「わ、私は……!」
「言っておくがこれは決定だ。お前に拒否権はない。それに……仮に王宮から出たとして、お前になにができる。自身も命を狙われ、お前の愛する息子すら守れないとは思わないのか」

 静かな声でさとすように言葉を紡ぐシュロム陛下に、僕はなにも言えなくなった。

「今、お前達の住む離宮を用意させている。明日の朝には迎えが来るだろう」

 そう言い残して部屋を出ていくシュロム陛下を見送りながら、僕はアグノスを抱き締めたのだった。



   SIDE シュロム


 突然側妃になれと言われ、青ざめていたディロスを思い出し、ため息をかみ殺す。
 悪い方向に事態が動いた。まさか、軍にも協力者がいるなんて。
 グラオザーム侯爵家の筆頭執事が姿を消したという報告には頭を抱えたくなった。
 俺の指揮下にあるとはいえ、国軍も一枚岩ではない。そこに付け入ったのだろう。ディロスの護衛を護衛騎士に任せておいてよかったと、僅かに安堵した。もし、軍に任せていたらディロスは闇に葬られた可能性もあったのだから。
 執務室の椅子の背に体を預け、重いため息を吐く。脱獄に誰が関与したのか、俺直属の暗部の者に探らせているが……経歴をいつわっていた筆頭執事の行方ゆくえを知るのは難しいであろう。
 あの筆頭執事はいったいどこの人間なのか……どういった事情でグラオザーム侯爵家につかえていたのか……頭の痛い問題だった。
 それに、アグノスのつけている魔道具の出所も問題だ。姿を変化させる魔道具は数あれど、王族の加護を隠せるものは滅多にない。同じようなものを王宮でもいくつか管理していたのだが……その一部が紛失していることが発覚したのだ。
 いつ頃紛失したかは定かではないが……近年それを使っていたのはイリスィオのみ。すでにイリスィオは死んでいるために真相は闇の中だ。
 もし、イリスィオがそれらをグラオザーム侯爵家へ渡していたのだとしたら……あいつとグラオザーム侯爵バリシアとの関わりは愛人関係だけでない可能性も浮上する。
 ……あいつは、一体なにを考えていたのか。交流らしい交流のなかった弟を思い出して、またため息を吐いた。
 なにもかも頭が痛くなるが、とりあえずはディロスとアグノスの警護に力を入れるのが先か。逃げ出した筆頭執事が今後なにをたくらむのか、想像がつかん。だが、告発者であり、自身をおとしいれたディロスを消そうとするのは容易に想像できた。
 軍にすら裏切り者がいる今、王宮にいる使用人や文官が安全だとも限らない。だからといって……王族でもない者にこれ以上護衛騎士をつけるわけにもいかず、側妃として迎えることにしたわけだが……側妃になることを強要したのを心苦しく思う。だが、アグノスに寄り添うディロスを見て、これ以外の方法は考えられないとも思った。
 元々、王族の証を持つアグノスを王家に養子として迎え、ディロスはその付き人として迎えようと考えていた。しかし、それでは二人の親子という関係が変わってしまう。
 その点、ディロスをアグノスと共に側妃に迎え入れれば、関係が変わることはない。二人の安全と親子という関係を守るためには、これが最良の判断なのだと自分に言い聞かせた。
 自身の判断に迷いはあれど、時間は待ってくれない。明日には二人の身柄を離宮に移すべく、急いで準備を整える。

「シュロム様、ディロス殿の離宮の警護ですが……こちらの者達でいかがでしょうか?」

 護衛騎士団長のイロアスが一枚の書類を持ってきた。書類を受け取り目を通す。ディロスとアグノスに各護衛騎士長一名ずつ、護衛騎士五名ずつの計十二名の名前がつづられている。
 護衛騎士長の二人は、現在ディロスとアグノスに付けている者だ。その下に付く者達も、若いが王家への忠誠心の強い家柄で素行も悪くない。
 ディロスやアグノスの重要性と出自に疑問を持ったとしても、職務をおこたることはないだろう。

「ああ、これで問題ない。お前にも迷惑をかけるな。この状況で王族の護衛騎士を側妃とその息子にくのは気が進まなかっただろう?」

 学友として育ち、今は護衛騎士団長であるイロアスに申し訳なく思いながら苦笑いを浮かべる。

「軍が信用ならないのであれば仕方ありません。あいつはなにをしているのか……」

 イロアスは、代々軍や護衛騎士を輩出している家門出身である。今もイロアスの弟が軍の上層部にいるので、今回のことで思うところがあるだろう。

「仕方あるまい。セーリオはまだ若いのだから。お前だって軍のいざこざを治める自信はないだろう?」


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聖なる力を持たず、「穢れを祓う」ことしかできない神官ルカ。治癒の奇跡も起こせない彼は、聖域から「役立たず」の烙印を押され、無一文で追放されてしまう。 絶望の淵で倒れていた彼を拾ったのは、「氷の鬼神」と恐れられる最強の竜騎士団長、エヴァン・ライオネルだった。 長年の不眠と悪夢に苦しむエヴァンは、ルカの側にいるだけで不思議な安らぎを得られることに気づく。 「お前は今日から俺専用の癒やし手だ。異論は認めん」 有無を言わさず騎士団に連れ去られたルカの、無能と蔑まれた力。それは、戦場で瘴気に蝕まれる騎士たちにとって、そして孤独な鬼神の心を救う唯一の光となる奇跡だった。 追放された役立たず神官が、最強騎士団長の独占欲と溺愛に包まれ、かけがえのない居場所を見つける異世界BLファンタジー!

妹を救うためにヒロインを口説いたら、王子に求愛されました。

藤原遊
BL
乙女ゲームの悪役令息に転生したアラン。 妹リリィが「悪役令嬢として断罪される」未来を変えるため、 彼は決意する――ヒロインを先に口説けば、妹は破滅しない、と。 だがその“奇行”を見ていた王太子シリウスが、 なぜかアラン本人に興味を持ち始める。 「君は、なぜそこまで必死なんだ?」 「妹のためです!」 ……噛み合わないはずの会話が、少しずつ心を動かしていく。 妹は完璧令嬢、でも内心は隠れ腐女子。 ヒロインは巻き込まれて腐女子覚醒。 そして王子と悪役令息は、誰も知らない“仮面の恋”へ――。 断罪回避から始まる勘違い転生BL×宮廷ラブストーリー。 誰も不幸にならない、偽りと真実のハッピーエンド。

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