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五章:恋心と葛藤と

61:隣に感じる温もり

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 渉が目覚めると穂の美貌が視界に映る。

(そうだ、昨日泊めたんだった……)

 想いを交わし、恋仲……というよりはより深い関係になったと言える一人と一神。

 極めて安静を言いつけられていた渉に口づけ以上の事を求めることはなかった。

 夕食を買いに行くついでに自分の着替えも取りに行くと当然のように渉の部屋へと泊まったのだ。

 渉の看病という、武器を手に入れた穂は、それはそれは渉の世話を焼いた。それこそ真綿に包むように。

 触れあいとしては健全でこそあったが、今まで以上に過保護になった穂に苦笑こそすれど、順応の早い渉はあっさりとそれを受け入れた。

 さすがに、食事を手ずから食べさせられる事や入浴を手伝おうとするのは断ったが、こうやって抱き締められて寝ているのを享受しているあたり、渉は渉で甘やかされる事に抵抗がないのだろう。

(……寝る前も思ったけど落ち着く)

 渉を包む穂の温もりも匂いも渉の心を落ち着かせる。それが恋心故か、助けられる度に刷り込まれたものかは渉にはわからなかった。だが、想いを遂げた今。それは、些細な事だった。

「っ……なんだ、起きたのか?」

 スマートフォンのアラームが鳴るより前。カーテンの閉じられた窓から一切の光が差すことのない時間に目覚めた事を尋ねた穂に渉が頷く。

「ん。昨日早く寝たし……」
「そう考えれば、そうか。体調はどうだ?」
「大丈夫」

 昨日倒れた事もあって心配する穂に渉は言葉を返し、微笑んだ。

「そうか。おはよう渉」
「おはよう」

 渉の笑みに穂も笑みを返し、二人の唇が自然と重なる。

 それは、触れるだけのものだったが目覚めた瞬間、隣に愛おしい人がいるという事を渉に実感させるには十分なものだった。

 日が昇るまで、狭いシングルベッドの上でじゃれあった二人は、朝の一時を堪能しながら、大学へ向かう準備を整え、手を繋いだまま穂の作り出した神域を歩く。

「……ここだと、人を気にせず手を繋げるから嬉しい」
「人前では抵抗があるか?」
「まあ……男同士だし。周りの目は気になるよ」

 ある程度同性間の恋愛に理解が広まり始めた世の中とはいえ、冷たい視線やからかいの対象とする者が居ないわけではない。その事を渉が気にするのは必然であった。

「大学とか、町では、今までの関係にしたいけどいい?」
「構わん。別に見せつけたいわけでもないし……お主自身が我の愛し子と自覚していればそれだけで満足だ」

 不安を浮かべて穂を見上げた渉に、穂は渉を安心させるように笑う。 

「……ありがと穂」

 その事に安心した渉も穂に笑みを返すと、繋いだ穂の手に指を絡めた。

 通学路を神域を経由して歩き、大学の側で神域を抜ける。

 現世に戻り、渉はほどいた手がどこか寂しくもあったが隣を歩く穂が渉へと合わせる歩幅が嬉しかった。

「じゃあ、また昼」
「ああ、励んでこい。だが、あまり無理はするなよ」
「ん」

 大学のキャンパス内で別れ、二人は自身の教室へと向かう。

「あ、稲鍵大丈夫!?」
「出てきて大丈夫なの?」
「ん、心配さんきゅ。たぶん、平気」

 渉が教室へと到着すると、昨日渉が倒れた事を知っていた友人達に声をかけられ、返事を返していく。

「侑士」
「おう、元気そうだな」

 教室の後ろの方に座っていた侑士の隣に渉が座れば、侑士は渉の顔を見て笑った。

「仲直りはできたか?」
「ん、ありがとな」
「どういたしまして」

 昨日の一連の流れを仕組んだだろう侑士は、渉の様子に安心したように胸を張る。

「一仕事した俺になんかお礼は?」
「自分からねだるなよ……今日の学食でどう?」

 自ら謝礼をねだる侑士に呆れながらも、世話になった事が確かだ。なので渉は、今日の昼食を奢る事を提案する。

「やりっ!」
(学食くらいで喜んでくれるのは、助かるけどな)

 純粋に喜ぶ侑士に内心苦笑しながら、渉は授業の準備を始めるのだった。
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