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第一部:本編

105:二人きりの馬車の中

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「またな。近いうちお前達の拠点の町にも顔出しに行く」
「シャマも喜びますよ。それじゃあ、うちの町のヤツらもお願いします」

 ロークさんに見送られながら、馬車に乗り込んだ僕達は故郷を後にする。

 御者台に乗るのは、ソルとルナ。僕とヘルトさんは馬車の中でも揺られていた。

 遠くなっていく故郷を眺めていると、隣にいたヘルトさんが僕の肩を叩いた。

「なんですかヘルトさん?」
「ん」

 振り返った僕に、ヘルトさんが両腕を広げる。

「どうしたんですか? 寂しくなっちゃいました?」

 ヘルトさんの行動に、そんな事を言いながらも僕の目から涙が溢れる。

 寂しいのは、僕の方だ。

「あれ、おかしいな……なんでかな……」

 あまりいい思いでのなくなった故郷。

 それでも、優しかった記憶もある故郷。

 嫌いになりたくなかった。

 でも、もう無理だった。

「っ……ひっ……」

 泣きながら涙を拭う。

「エルツ。おいで」
「ヘルトさん……ヘルトさん……っ!」

 優しい声にその腕の中に飛び込む。

「うわぁあああああっ」

 人を嫌いになったのは初めてだった。

 自分にそんな感情がある事を認めたくなかった。

 でも、僕も普通の人間でしかなくて……僕を虐げていた人達を好きでいられるわけもなかった。

「頑張ったな。本当に……本当に頑張った」

 ヘルトさんの手が僕の頭を撫で、魔導義手がそっと体を抱き締めてくれる。

 泣いて。泣いて。泣いて。泣いて……。

 二人しかいない馬車の中で、ひたすらに声をあげて泣いた。

「ヘルト様、マスターはどうされたのですか?」

 僕の泣き声が外のソル達にも聞こえたのか、小窓を開けてルナが声をかけてくる。

「なに、ちょっと感情が追いつかないだけだ。大丈夫だから、お前達は操縦に集中してろ」
「わかりました。ご用があれば声をおかけください」

 ヘルトさんの言葉に頷き、ルナが小窓を閉めて、また僕とヘルトさんの二人きりになる。

 泣き続ける僕に、ヘルトさんは必要以上に言葉をかける事はなく、ただ抱き締め、頭を撫でてくれた。

「っ……うう……ううう……」

 なんであんな事になったのだろう。僕が自分自身で家を出ていたら、こんな感情も知らずに済んだのだろうか。

 でも、売られてなければヘルトさんに会うこともなく、村を助ける事もできなかったと思うのは本当だ。

 嫌いになった。

 恨みたい。

 でも、売られたおかげで、皆が助かった。

 恨めない。

 複雑な感情が僕の中をグルグルと回る。

 この感情の答えは、しばらく見つかりそうになかった。
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