30歳、魔法使いになりました。

本見りん

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鞍馬家の秘密 1

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「昨日、近くの山から大きな『力』を感じた。───お前だろう? 花凛」


 八千代様は私のどんな表情も見逃さないような鋭い目でこちらを見ていた。
 私はゴクリと息を呑む。


「……『力』とは……、なんなのですか。八千代様はそれを詳しくご存知なのですか?」


 あえて私は否定も肯定もせず……。けれどここまで仰ったのだから、何かしら答えて下さるはず。


「ふ、否定はしない、という事だね。───勿論、私は『力』の事を知っている。ほら───」


 八千代様はそう言って手をかざすと、そこには野球ボール位の火の玉が現れた。


「───ッ!」


 私が驚いていると八千代様はまたニヤリと笑った。


「驚く事はないだろう? 昨日散々あれ程の力を出しておいて。あの山の近くにうちの山荘がある。たまたまそこに居た私は振動や響いて来た音から大きな力を感じた。
───花凛が実家に帰っているという報告は受けていたからきっとお前だと思ったのだよ」


 私は昨日の山での出来事を知られていた事に驚く。───絶対に見つからない場所だと思っていたのに!
 それに、私が実家に帰った報告? 一族の動向を本家は全て知っているのだろうか?


「……近くに……いらっしゃったのですか。……いえでも、どうしてそれが私だと? それに私が実家に帰ってると報告を受けているとはどういう事ですか? 一族全員の監視をされている、という事ですか?」


 私はかなり動揺しながら八千代様に質問した。

 八千代様は手の上の火をスッと消して私を見た。


「……まさか。一族全員の監視などしていられるものか。余程おかしな動きをしているなどではない限り私は関与するものではない。それは一族の者が各々している」


 一族の者、とはこの鞍馬家の分家である東西南北(東は東家という風に呼んでいる)、四つの家の事だろう。ちなみに我が家は北家の分家。


「……では、私はおかしな動きをしていた、という事でしょうか?」


 私はいたく真面目に生きてきたつもりなのだけれど……。地味にショックだ。


「花凛は特別なのだよ。───何と言ってもお前は私の孫なのだからね」


「───へ」


 私はこの時、鳩が豆鉄砲を食ったような間抜けな顔をしていたに違いない。


「え? あの、我が家は鞍馬家末席ですよ? それに婿養子だった父が末席とはいえ分家の一人娘だった妻を早くに亡くし、その後に鞍馬家と全く無縁の母と結婚してもはや鞍馬家との血の繋がりは……。は! もしや母が八千代様の実の娘だった……?」

「お前の母が私の娘なら、あの家の子供達全員が孫ではないか。……そうではなく、花凛は私の次男の娘なのだ」

「八千代様の……次男の……?」


 私は相当混乱した。
 だって八千代様の言っている意味は、私が両親の子供ではないという事。


「……花凛。お前ももういい大人だし良い機会だから真実を告げさせてもらう。お前は私の次男と突然連れて来た身寄りのない女性との間に産まれた子供。産まれてすぐにその女性も次男も亡くなったのでやむなく養子に出したのだ。
……今のお前の両親は花凛を引き取る事を条件に結婚と鞍馬家を名乗る事を許された」


 まさか、ここに来て自分の出生の秘密を知る事になるとは……!
 八千代様がそのような嘘をついても意味はない。……おそらくそれはきっと本当の事なんだろう。
 私は震えそうになる手をギュッと握り込む。


「お前の義理の両親はなかなかに出来た者達でね。自分達の本当の子が出来てもお前を同じように可愛がってくれた。……感謝しても仕切れない。だからお前の家は血族ではないが一族の中でも相当な立ち位置に置いている」


 あー、そうか。確かに末席の分家にしては上の方にかなり目をかけてもらっているとは感じていた。
 そして……。確かに両親はずっと私を愛してくれた。弟や妹と比べて差別されていると感じた事はない。今回だって突然帰った私を温かく迎えてくれた。

 大学や社会に出て色んな人と関わったから分かる。それが当たり前ではない事を。実子でも愛情をもらえない子供はたくさんいる。何度も『自分は家族に恵まれているなぁ』と感じていたのだから。


「───突然で、俄には信じ難いお話ですが……。両親にはとても大切に愛されて育ちました。その実の両親の事も何も分からないですし実感は全くありません」


 確かに八千代様には3人のお子様がいたと聞いた事がある。

 ご長男篤之様はこの家で同居されていて2人のお子様がいる。2人とも私と歳が近かった。
 そしてご次男はさっき八千代様も仰った通りすでに故人だ。……若くして亡くなったとは聞いていたがそのような事情があったとは。
 そしてもう1人は長女百合様。近くの分家南家に嫁がれ、こにらも同年代のお子様が3人、だったはず。


「次男たちはお前が産まれてすぐに故人となっているから知らなくて当然だ。それに表沙汰にはしていない。次男のやらかしでその婚約者との婚約が白紙となったりして当時はとにかく火消しに必死でね」


 ───やらかし。

 確かに婚約者がいるのに違う女性を連れてくるなんてとんでもない鬼畜だ。私もそういうのは軽蔑しているが、その子供が私というのはなんとも……。本当にその婚約者の方には申し訳ない事をしてしまった。


 私がショボンとしていると、八千代様は言った。


「コレはあのバカ息子が大馬鹿だったのであって、花凛には何の責任もない。誰に対してもお前が気に病むことはない」


 そう力強く言った八千代様に、私は納得まではいかないまでもとりあえずは頷いた。


「それで初めの話に戻るが……。我ら鞍馬一族には我らのような『力』を持つ者が現れる。そしてその力を持つ条件は……」


「30歳独身。……『純潔』、という事ですか?」


 私はこれまでに考えていた『魔法使い』の条件を挙げた。八千代様は頷く。


「……そう。そしてその『力』は条件さえ満たせば鞍馬家の系統から遠く離れていても現れる。その昔は我ら一族から離れる者は殆ど居なかったのだが……。近頃は自分の力を試す為だったりして他所へ行き、いくつかの系統がある可能性はある。だから、そのハグレ鞍馬の血統にも条件が揃えば『力』は現れる。……ただし、血が薄まれば随分と『力』は弱まるだろうがね」


 ───都市伝説『30歳まで童貞なら魔法使いになる』は、ハグレ鞍馬一族の人間がその条件に当てはまる時の話だった、って事か!
 


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