29 / 97
咲良と青年
しおりを挟む「佑磨様!」
川西からの報告を受けた佑磨が屋敷内を歩いていると、いとこにあたる西園寺咲良が駆け寄って来た。
そのままの勢いで抱きつこうとするので素早く避ける。
「えー? なに? 佑磨様冷たくなぁい?」
不満そうにしながらも尚も近付こうとしているので避けつつ軽く睨んだ。
「いちいち側に寄ろうとして来るな。───何か用か?」
佑磨に明らかに避けられて不服そうにぷうと頬を膨らます。可愛い人形のような咲良がそれをすると大概の男性は鼻の下を伸ばすのだが、勿論それが通用しない者もいる。
そしてその後者が佑磨だった。
自分に夢中にさせたい男性には魅力が通じない事に少し苛立ちながらも咲良は諦めない。
「───私、ちゃーんと一族としての務めも果たして来たのよ。褒めてくれてもいーんじゃないかなー」
日本有数の企業の創業者一族として基本的には悠々自適な生活を送っている彼らだが、一族トップからの依頼が来ればそれを成し遂げる事が責務となる。
それを断ったり失敗したりすればその裕福な立場を失う事になるのだから。
「それは一族の責務だろう。俺にまとわり付く理由にならない」
尚も冷たくあしらわれても咲良は更に言った。
「その人の純潔を守る為に、私はその相手の男性と結婚までしたんだから!」
……まあ実際には籍は入れていなかったが。恋人のフリをして彼女が無事30歳になったら別れれば良かっただけなのだが、咲良は彼女の事が何故か気に入らなかった。徹底的に別れさせると決めたのだ。
咲良はとにかく自分が一族の為にここまで尽くしていると主張した。
「───そしてその後、その女性が『力』を手に入れたか確認しようと余計な手出しをしに彼女の元へ押し掛けた。……結果その女性には否定され、あの会社で今それが原因で揉めているという事だな」
佑磨の冷たい視線と言葉に、少しドキリとしながらも咲良は言った。
「……だって私はあの人の為にここまでしてあげたのよ!? その結果を聞く権利があると思うわ!」
「その女性が『力』を得たかどうかはいずれは分かる事だ。『力』を得た者がそれを全く使わずにいる事はまずないだろうからな。
……反対にお前が出てきた事で、隠そうとするかもしれない。───何故そんな事を?」
咲良はそれを聞き、焦りながらも怒りを爆発させた。
「だって!! ───あの女は、自分の純潔が守られている事にちっとも感謝なんかしていなかった。『男運が無かった』『縁がない』、だから自分は不幸だって顔をしていたわ! ……純潔は、守りたくても守れない人だっているのよ!? ……自分の幸運を何とも思わずに不幸がるなんて許せない!」
咲良も本来なら『力』を得る為に純潔を守り続けるはずだった。
……しかし不幸な事に大学生の頃に同じサークルの男性に襲われたのだ。評判の良くないサークルで周りは止めたのに興味本位で突っ走ってしまった。
咲良は尚も怒りに震えながら言った。
「……不幸にも純潔を守れない人はこの世の中にはたくさんいるのに……! それなのに幸運にもそれを守れたあの人は自分を不幸だと思ってる。私もそれに協力してあげたっていうのに、感謝の言葉の一つもないのよ!?」
「───確かに彼女は自分の恵まれた環境に気付いていないのかもしれない。けれども望みは人それぞれ。彼女が愛する者と共に生きていく未来を望んでいたのならそれを奪っておいてこちらが非難する事は違うだろう。
それに幸運というのなら咲良、君も周りから随分と羨まれる立ち位置にいるのだから。だけど咲良は自分が幸せだとは思っていないのだろう?
……人の思いは外からは測れない」
佑磨に冷静にそう返され、咲良はグッと言葉に詰まる。
……確かに咲良は自分が環境的には恵まれている事は分かっている。日本有数の会社の創業者一族の美しい娘。……しかし幸せだとは感じていない。幼い頃から目標として来た『力』を持つ権利は奪われてしまったし、恋しい人は全く自分を見ていないと分かるから。
……だからって、諦めるつもりはない。
「……私の幸せは、好きな人と居ることよ。だから佑磨様。咲良と一緒に居て?」
咲良は自分でも自信のある上目遣いの可愛い顔でねだる。
「……俺は咲良をそういう目では見ていない。今までも、これからもな」
佑磨も、これまでの30年は自分をひたすら律して生きて来た。今も一族としての役割もある。
しかし誰とどう付き合いどう生きていくか位は自分の意思で決める権利があると思っている。
冷たくあしらわれ去って行った佑磨を、咲良は唇を噛み締め悔しげに見つめた。
1
あなたにおすすめの小説
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
オネエ伯爵、幼女を拾う。~実はこの子、逃げてきた聖女らしい~
雪丸
ファンタジー
アタシ、アドルディ・レッドフォード伯爵。
突然だけど今の状況を説明するわ。幼女を拾ったの。
多分年齢は6~8歳くらいの子。屋敷の前にボロ雑巾が落ちてると思ったらびっくり!人だったの。
死んでる?と思ってその辺りに落ちている木で突いたら、息をしていたから屋敷に運んで手当てをしたのよ。
「道端で倒れていた私を助け、手当を施したその所業。賞賛に値します。(盛大なキャラ作り中)」
んま~~~尊大だし図々しいし可愛くないわ~~~!!
でも聖女様だから変な扱いもできないわ~~~!!
これからアタシ、どうなっちゃうのかしら…。
な、ラブコメ&ファンタジーです。恋の進展はスローペースです。
小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。(敬称略)
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました
オオノギ
ファンタジー
【虐殺者《スレイヤー》】の汚名を着せられた王国戦士エリクと、
【才姫《プリンセス》】と帝国内で謳われる公爵令嬢アリア。
互いに理由は違いながらも国から追われた先で出会い、
戦士エリクはアリアの護衛として雇われる事となった。
そして安寧の地を求めて二人で旅を繰り広げる。
暴走気味の前向き美少女アリアに振り回される戦士エリクと、
不器用で愚直なエリクに呆れながらも付き合う元公爵令嬢アリア。
凸凹コンビが織り成し紡ぐ異世界を巡るファンタジー作品です。
王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります
cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。
聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。
そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。
村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。
かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。
そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。
やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき——
リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。
理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、
「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、
自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる