30歳、魔法使いになりました。

本見りん

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咲良と青年

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「佑磨様!」


 川西からの報告を受けた佑磨が屋敷内を歩いていると、いとこにあたる西園寺咲良が駆け寄って来た。
 
 そのままの勢いで抱きつこうとするので素早く避ける。


「えー? なに? 佑磨様冷たくなぁい?」


 不満そうにしながらも尚も近付こうとしているので避けつつ軽く睨んだ。


「いちいち側に寄ろうとして来るな。───何か用か?」


 佑磨に明らかに避けられて不服そうにぷうと頬を膨らます。可愛い人形のような咲良がそれをすると大概の男性は鼻の下を伸ばすのだが、勿論それが通用しない者もいる。
 そしてその後者が佑磨だった。

 自分に夢中にさせたい男性には魅力が通じない事に少し苛立ちながらも咲良は諦めない。


「───私、ちゃーんと一族としての務めも果たして来たのよ。褒めてくれてもいーんじゃないかなー」


 日本有数の企業の創業者一族として基本的には悠々自適な生活を送っている彼らだが、一族トップからの依頼が来ればそれを成し遂げる事が責務となる。

 それを断ったり失敗したりすればその裕福な立場を失う事になるのだから。

 
「それは一族の責務だろう。俺にまとわり付く理由にならない」


 尚も冷たくあしらわれても咲良は更に言った。


「その人の純潔を守る為に、私はその相手の男性と結婚までしたんだから!」


 ……まあ実際には籍は入れていなかったが。恋人のフリをして彼女が無事30歳になったら別れれば良かっただけなのだが、咲良はの事が何故か気に入らなかった。徹底的に別れさせると決めたのだ。

 咲良はとにかく自分が一族の為にここまで尽くしていると主張した。


「───そしてその後、その女性が『力』を手に入れたか確認しようと余計な手出しをしに彼女の元へ押し掛けた。……結果その女性には否定され、あの会社で今それが原因で揉めているという事だな」


 佑磨の冷たい視線と言葉に、少しドキリとしながらも咲良は言った。


「……だって私はあの人の為にここまでしてあげたのよ!? その結果を聞く権利があると思うわ!」

「その女性が『力』を得たかどうかはいずれは分かる事だ。『力』を得た者がそれを全く使わずにいる事はまずないだろうからな。
……反対にお前が出てきた事で、隠そうとするかもしれない。───何故そんな事を?」


 咲良はそれを聞き、焦りながらも怒りを爆発させた。


「だって!! ───あの女は、自分の純潔が守られている事にちっとも感謝なんかしていなかった。『男運が無かった』『縁がない』、だから自分は不幸だって顔をしていたわ! ……純潔は、守りたくても守れない人だっているのよ!? ……自分の幸運を何とも思わずに不幸がるなんて許せない!」


 咲良も本来なら『力』を得る為に純潔を守り続けるはずだった。
 ……しかし不幸な事に大学生の頃に同じサークルの男性に襲われたのだ。評判の良くないサークルで周りは止めたのに興味本位で突っ走ってしまった。

 咲良は尚も怒りに震えながら言った。


「……不幸にも純潔を守れない人はこの世の中にはたくさんいるのに……! それなのに幸運にもそれを守れたあの人は自分を不幸だと思ってる。私もそれに協力してあげたっていうのに、感謝の言葉の一つもないのよ!?」

「───確かに彼女は自分の恵まれた環境に気付いていないのかもしれない。けれども望みは人それぞれ。彼女が愛する者と共に生きていく未来を望んでいたのならそれを奪っておいてこちらが非難する事は違うだろう。
それに幸運というのなら咲良、君も周りから随分と羨まれる立ち位置にいるのだから。だけど咲良は自分が幸せだとは思っていないのだろう?
……人の思いは外からは測れない」


 佑磨に冷静にそう返され、咲良はグッと言葉に詰まる。

 ……確かに咲良は自分が環境的には恵まれている事は分かっている。日本有数の会社の創業者一族の美しい娘。……しかし幸せだとは感じていない。幼い頃から目標として来た『力』を持つ権利は奪われてしまったし、恋しい人は全く自分を見ていないと分かるから。

 ……だからって、諦めるつもりはない。


「……私の幸せは、好きな人と居ることよ。だから佑磨様。咲良と一緒に居て?」


 咲良は自分でも自信のある上目遣いの可愛い顔でねだる。


「……俺は咲良をそういう目では見ていない。今までも、これからもな」


 佑磨も、これまでの30年は自分をひたすら律して生きて来た。今も一族としての役割もある。

 しかし誰とどう付き合いどう生きていくか位は自分の意思で決める権利があると思っている。


 冷たくあしらわれ去って行った佑磨を、咲良は唇を噛み締め悔しげに見つめた。



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