51 / 97
帰還命令
しおりを挟む「奏多さん、いきなり本家に行くなんて言うからびっくりしたんだからね? そりゃハグレ鞍馬の事とか報告は必要なんだろうけど、それも八千代様とはSNSでやり取りしてる訳だし……」
八千代はああ見えてスマホなどの基本の機能は普通に使いこなしている。年配の人で使えない人が多い中、齢90を過ぎて基本的な事だけとはいえ使いこなせるのは本当に尊敬する。
「花凛、報告しなきゃならないのはそれだけじゃないからな? さっきの『癒しの魔法』とかそれをハグレ鞍馬の前で使った事とかも重要報告案件だから! ……それになんだよ、『街の暮らしの報告』って。そんなもの八千代様に必要ある訳ないだろうが」
「っ! なによー。奏多さんがいきなり聞いてない事を振って来るからじゃないのよー」
……などと言い合いながら、南家から呼んだ送迎車で2人は本家に到着した。
急遽訪れたにも関わらず、2人は奥の八千代の当主のための応接間に通された。
「……で、花凛は祖父の見舞いの為に帰ったんだろう? それがわざわざここに来るなんてどういう風の吹き回しだい?」
そんな風に言いながらも八千代は花凛の為なら時間を空ける。彼女にとっての花凛は亡くなった次男治仁のたった1人の子であり他人として暮らさざるを得なかった可愛い孫だ。
そんな八千代に奏多は今回花凛の『癒しの魔法』についてを説明した。
「……『癒しの魔法』? それはまた……」
八千代はそう言って絶句した。
「八千代様。一族の人には治療に特化したような『力』を持った人も中にはいますよね? 私の力はほぼ『おまじない』のようなもので、それにちょっとだけ効果があるみたいなんです。それがちょうどその本人にも自覚出来るくらいなので大袈裟になっちゃってるというか……」
花凛は奏多が余りにも『癒しの魔法』を凄い事のように報告するので、困ったように八千代に説明した。
「その『ちょっとだけ効果のあるおまじないみたいな力』を、ハグレ鞍馬やお前の祖父にかけてやったんだろう? そしてそれは明らかに効果があった。……少なくとも相手はそう認識した」
「おそらくそうです」
八千代の言葉にすかさず返事をした奏多を花凛は恨めしそうに見た。
……その時の様子をその場で見ていた訳でもないのに、余計な事言わないでよ奏多さん!
……という目で睨んでみたが、奏多はどこ吹く風だ。
「花凛。これからその力は一族以外の前では使用を禁ずる。……いや一族の前であっても軽々しく使ってはならない。
言っておくが花凛。その力は他の誰にも使えない」
「……え!」
八千代の言葉に花凛はかなり驚く。
自分は本当は本家の直系だと聞いたから、それなりに力は強いのだろうとは思っていた。しかも以前義祖父から聞いた話によると実の母アオイも力を使えていたらしいから、血筋的にも薄まってはいないと分かったし。
しかし誰にも使えない特殊な能力まであるというのはどういう事なのか?
「……あ。もしかして、アオイさん……」
義祖父はアオイが不審者を力で追い払っていた話をしていた。側から見て分かるような力を使っていたという事は、アオイも相当力が強かったのではないのだろうか? そう思ってつい花凛は口にした。
「……『アオイ』? 花凛の母親の事かい?」
八千代は眉間に皺を寄せて聞いて来た。
八千代にとって『アオイ』は自分の息子を奪った憎い相手のはず。不用意な事を言ったと花凛は反省したが今更何でもないとも言えず思った事を説明した。
「……はい。実は以前祖父から偶然見知っていた『アオイ』さんが力を使うところを見たと聞いていたので、それなりに強い力の持ち主だったのかな、と……」
「……彼女……『アオイ』が力を?」
八千代は身を乗り出すようにして聞いて来た。
「……え? はい、そうらしいです。だから祖父もアオイさんは若く見えたけれど30を超えた鞍馬の血を引く人だと思ったと……」
「……!?」
八千代は黙り込んだ。……いや、言葉も出なかったのだ。
……若く見える? いや彼女はどう見ても20歳くらいだった。30歳と20歳を見間違えるなんて事があるのだろうか。
それにもしもアオイが鞍馬の血筋であり『力』も得ていたのならば、何故あの時それを言わなかったのか。
当時治仁には婚約者がいたので褒められた事ではなかったが、アオイが鞍馬の血筋だったならば最終的には2人の結婚は許されただろう。
治仁もその辺りはよく分かっていたはずなのに、どうしてそれを言わなかったのか。既にアオイが力を持っていたのならその証明も容易かったのに。何故愛する女性が鞍馬の血筋である事を隠し家族を捨て隠れ住み苦労する道を選ぶ必要があったのか。
八千代の中で、当時の辛い思い出がぐるぐると渦巻く。
しかしなんとかこの気持ちを落ち着ける為、大きく息を吐いた。
「……花凛。その話は初耳だ。お前の力がそれなりに強い事からお前の母が一族の血を引く者であったのだろう事は薄々感じてはいたが、まさか彼女が既に『力』も得ていたとは……。
当時お前の父はそれを私達に話してはくれなかった。もし知っていたのなら結婚に反対などしなかったものを」
非常に苦しい思いで八千代はそう告げた。
「……なにか、深い事情があったのでしょうか。それにしても花凛も若くは見えますが、30歳が20歳に見えるほどとは……」
奏多はそう言って花凛をまじまじと見た。
流石に30歳である花凛は20歳には見えない。当たり前なのだが改めてそう言われて見られるのはなんだか少し不快で、花凛は思わず奏多を軽く睨んでから言った。
「八千代様も、アオイさんが20歳位に見えたんですか?」
花凛がそう問うと、八千代はため息がてらに答えた。
「……そう見えたね。確かに若いのに妙に落ち着いた娘ではあったが……。でもまあ、もし本当に力を得ていたのなら30歳以上だったという事なのだろう。……そして花凛」
八千代は名を呼び、花凛をジッと見つめて言った。
「……可哀想だが、この後花凛をはぐれ鞍馬の所に戻す訳にはいかない。お前の力を知った以上彼らはお前を手に入れ利用しようとするだろう。花凛をそんな危険に晒す訳にはいかない。……この鞍馬の里に戻って来るが良い。落ち着いたらお前の身分も公表しよう」
「ッ! 八千代様それは突然過ぎます……! それに身分の公表は困ります! 私は今の家が……私の家族なんです!」
花凛は自分の出生の秘密を知っても今の家族が自分の本当の家族だと思っているしその秘密を周りに言うつもりもなかった。自分の力は本家の当主を陰ながら守ったり妖を祓ったり、と考えていたのだ。
「花凛。俺もお前が職場に戻ってハグレ鞍馬の手の内に入るのは反対だ。とりあえず、この鞍馬の里で家族と暮らせばいいんじゃないか?
八千代様、この街で暮らせば花凛の秘密の公表までしなくても良いのではないでしょうか?」
意外にも奏多が花凛の味方をしてくれた。……しかしこの鞍馬の里に戻るのは2人の中では決定事項のようだった。
しかし、花凛はあちらで暮らして12年、それなりに築いて来たものがある。いずれ戻らなければならないにしても、こんな突然は納得出来ない。
「私……いずれこちらに戻るにしても、きちんとあちらでお別れや仕事の引き継ぎもしなきゃいけないもの。こんな突然はイヤだわ。それに……」
───『来週、また会おう』
……私、佑磨さんとの約束を守れていない。
「……とにかく、あちらの動きも見なきゃならないし、暫くはこちらで大人しくしておきな。
今後のことはまた考えよう。……いいね?」
八千代はそう言って今回の話は終わった。
1
あなたにおすすめの小説
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
12/23 HOT男性向け1位
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
オネエ伯爵、幼女を拾う。~実はこの子、逃げてきた聖女らしい~
雪丸
ファンタジー
アタシ、アドルディ・レッドフォード伯爵。
突然だけど今の状況を説明するわ。幼女を拾ったの。
多分年齢は6~8歳くらいの子。屋敷の前にボロ雑巾が落ちてると思ったらびっくり!人だったの。
死んでる?と思ってその辺りに落ちている木で突いたら、息をしていたから屋敷に運んで手当てをしたのよ。
「道端で倒れていた私を助け、手当を施したその所業。賞賛に値します。(盛大なキャラ作り中)」
んま~~~尊大だし図々しいし可愛くないわ~~~!!
でも聖女様だから変な扱いもできないわ~~~!!
これからアタシ、どうなっちゃうのかしら…。
な、ラブコメ&ファンタジーです。恋の進展はスローペースです。
小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。(敬称略)
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる