30歳、魔法使いになりました。

本見りん

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帰還命令

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「奏多さん、いきなり本家に行くなんて言うからびっくりしたんだからね? そりゃハグレ鞍馬の事とか報告は必要なんだろうけど、それも八千代様とはSNSでやり取りしてる訳だし……」


 八千代はああ見えてスマホなどの基本の機能は普通に使いこなしている。年配の人で使えない人が多い中、齢90を過ぎて基本的な事だけとはいえ使いこなせるのは本当に尊敬する。


「花凛、報告しなきゃならないのはそれだけじゃないからな? さっきの『癒しの魔法』とかそれをハグレ鞍馬の前で使った事とかも重要報告案件だから! ……それになんだよ、『街の暮らしの報告』って。そんなもの八千代様に必要ある訳ないだろうが」

「っ! なによー。奏多さんがいきなり聞いてない事を振って来るからじゃないのよー」


 ……などと言い合いながら、南家から呼んだ送迎車で2人は本家に到着した。


 急遽訪れたにも関わらず、2人は奥の八千代の当主のための応接間に通された。


「……で、花凛は祖父の見舞いの為に帰ったんだろう? それがわざわざここに来るなんてどういう風の吹き回しだい?」


 そんな風に言いながらも八千代は花凛の為なら時間を空ける。彼女にとっての花凛は亡くなった次男治仁のたった1人の子であり他人として暮らさざるを得なかった可愛い孫だ。

 
 そんな八千代に奏多は今回花凛の『癒しの魔法』についてを説明した。


「……『癒しの魔法』? それはまた……」


 八千代はそう言って絶句した。


「八千代様。一族の人には治療に特化したような『力』を持った人も中にはいますよね? 私の力はほぼ『おまじない』のようなもので、それにちょっとだけ効果があるみたいなんです。それがちょうどその本人にも自覚出来るくらいなので大袈裟になっちゃってるというか……」


 花凛は奏多が余りにも『癒しの魔法』を凄い事のように報告するので、困ったように八千代に説明した。


「その『ちょっとだけ効果のあるおまじないみたいな力』を、ハグレ鞍馬やお前の祖父にかけてやったんだろう? そしてそれは明らかに効果があった。……少なくとも相手はそう認識した」

「おそらくそうです」


 八千代の言葉にすかさず返事をした奏多を花凛は恨めしそうに見た。
 

 ……その時の様子をその場で見ていた訳でもないのに、余計な事言わないでよ奏多さん!

 ……という目で睨んでみたが、奏多はどこ吹く風だ。


「花凛。これからその力は一族以外の前では使用を禁ずる。……いや一族の前であっても軽々しく使ってはならない。
言っておくが花凛。その力は他の誰にも使えない」


「……え!」


 八千代の言葉に花凛はかなり驚く。
 自分は本当は本家の直系だと聞いたから、それなりに力は強いのだろうとは思っていた。しかも以前義祖父から聞いた話によると実の母アオイも力を使えていたらしいから、血筋的にも薄まってはいないと分かったし。

 しかし誰にも使えない特殊な能力まであるというのはどういう事なのか?


「……あ。もしかして、アオイさん……」


 義祖父はアオイが不審者を力で追い払っていた話をしていた。側から見て分かるような力を使っていたという事は、アオイも相当力が強かったのではないのだろうか? そう思ってつい花凛は口にした。


「……『アオイ』? 花凛の母親の事かい?」


 八千代は眉間に皺を寄せて聞いて来た。
 八千代にとって『アオイ』は自分の息子を奪った憎い相手のはず。不用意な事を言ったと花凛は反省したが今更何でもないとも言えず思った事を説明した。


「……はい。実は以前祖父から偶然見知っていた『アオイ』さんが力を使うところを見たと聞いていたので、それなりに強い力の持ち主だったのかな、と……」

「……彼女……『アオイ』が力を?」


 八千代は身を乗り出すようにして聞いて来た。


「……え? はい、そうらしいです。だから祖父もアオイさんは若く見えたけれど30を超えた鞍馬の血を引く人だと思ったと……」


「……!?」


 八千代は黙り込んだ。……いや、言葉も出なかったのだ。

 ……若く見える? いや彼女はどう見ても20歳くらいだった。30歳と20歳を見間違えるなんて事があるのだろうか。

 それにもしもアオイが鞍馬の血筋であり『力』も得ていたのならば、何故あの時それを言わなかったのか。
 当時治仁には婚約者がいたので褒められた事ではなかったが、アオイが鞍馬の血筋だったならば最終的には2人の結婚は許されただろう。

 治仁もその辺りはよく分かっていたはずなのに、どうしてそれを言わなかったのか。既にアオイが力を持っていたのならその証明も容易かったのに。何故愛する女性が鞍馬の血筋である事を隠し家族を捨て隠れ住み苦労する道を選ぶ必要があったのか。

 八千代の中で、当時の辛い思い出がぐるぐると渦巻く。
 しかしなんとかこの気持ちを落ち着ける為、大きく息を吐いた。


「……花凛。その話は初耳だ。お前の力がそれなりに強い事からお前の母が一族の血を引く者であったのだろう事は薄々感じてはいたが、まさか彼女が既に『力』も得ていたとは……。
当時お前の父はそれを私達に話してはくれなかった。もし知っていたのなら結婚に反対などしなかったものを」

 
 非常に苦しい思いで八千代はそう告げた。


「……なにか、深い事情があったのでしょうか。それにしても花凛も若くは見えますが、30歳が20歳に見えるほどとは……」


 奏多はそう言って花凛をまじまじと見た。

 流石に30歳である花凛は20歳には見えない。当たり前なのだが改めてそう言われて見られるのはなんだか少し不快で、花凛は思わず奏多を軽く睨んでから言った。


「八千代様も、アオイさんが20歳位に見えたんですか?」


 花凛がそう問うと、八千代はため息がてらに答えた。


「……そう見えたね。確かに若いのに妙に落ち着いた娘ではあったが……。でもまあ、もし本当に力を得ていたのなら30歳以上だったという事なのだろう。……そして花凛」


 八千代は名を呼び、花凛をジッと見つめて言った。


「……可哀想だが、この後花凛をはぐれ鞍馬の所に戻す訳にはいかない。お前の力を知った以上彼らはお前を手に入れ利用しようとするだろう。花凛をそんな危険に晒す訳にはいかない。……この鞍馬の里に戻って来るが良い。落ち着いたらお前の身分も公表しよう」


「ッ! 八千代様それは突然過ぎます……! それに身分の公表は困ります! 私は今の家が……私の家族なんです!」


 花凛は自分の出生の秘密を知っても今の家族が自分の本当の家族だと思っているしその秘密を周りに言うつもりもなかった。自分の力は本家の当主を陰ながら守ったり妖を祓ったり、と考えていたのだ。


「花凛。俺もお前が職場に戻ってハグレ鞍馬の手の内に入るのは反対だ。とりあえず、この鞍馬の里で家族と暮らせばいいんじゃないか? 
八千代様、この街で暮らせば花凛の秘密の公表までしなくても良いのではないでしょうか?」


 意外にも奏多が花凛の味方をしてくれた。……しかしこの鞍馬の里に戻るのは2人の中では決定事項のようだった。
 しかし、花凛はあちらで暮らして12年、それなりに築いて来たものがある。いずれ戻らなければならないにしても、こんな突然は納得出来ない。

「私……いずれこちらに戻るにしても、きちんとあちらでお別れや仕事の引き継ぎもしなきゃいけないもの。こんな突然はイヤだわ。それに……」


 ───『来週、また会おう』


 ……私、佑磨さんとの約束を守れていない。


「……とにかく、あちらの動きも見なきゃならないし、暫くはこちらで大人しくしておきな。
今後のことはまた考えよう。……いいね?」


 八千代はそう言って今回の話は終わった。


 
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