65 / 97
篤之一家
しおりを挟む鞍馬家に次々と訪れる客人達に不信感を抱いた長男篤之は、八千代達が話す部屋へと怒鳴り込む様にやって来た。
八千代はまた話がややこしくなると、分かりやすく大きなため息を吐いた。
「篤之、落ち着きなさい。───もうここまで来たらバラバラに話をするのは面倒だ。正樹と大地も今日は家にいるだろう? ここに連れておいで」
興奮状態の長男篤之を見て、八千代はため息混じりに言った。
「───お待ちください。ここでの話も大切な事かとは思いますが、今は花凛さんの安全を優先させたいと思います」
しかし、西園寺佑磨は少し焦るようにそう進言した。
普段の佑磨を知る者ならば彼がこんな風に焦っているのは珍しい事だと驚くのだろうが、普段の佑磨を知らない八千代にはそれが分かるはずもない。
「この手紙の内容が誠ならば、今のあの子をそれ程心配する事もないのでないか?」
「───いえ、しかし何やら胸騒ぎがするのです。確かに今彼女に敵う者は居ないでしょう。……けれども物事に絶対はないのですから」
佑磨の真剣な言葉に八千代も考え込んだ。
───確かに大丈夫だと思っていた事が突然崩れ去る事はある。……まさに治仁の事がそうだったではないか。完璧な開かれた未来が待っていると信じていたのに、突然全てが崩れ去ってしまった。
……いや、全てではない。治仁の忘形見である花凛がいる。その大切な花凛を守る為に不安に感じることはきちんと万全の対策をしておく必要がある、ということなのだ。
「───相分かった。ではことの真実を知りたい者はこれから共に『祠』に来るが良い。そこで全てを話そうではないか」
「母さん!? 何を言ってるんだ! ここで話せば良いではないか! ……それに……花凛? なんだ、まだあの分家末席の血縁もない娘の事でごちゃごちゃと言っているのか!?」
そしていつの間にか次男大地、篤之の妻律子と長男正樹もこの異様な雰囲気に気付いてやって来ていた。
「───お婆様! その女は昨日も我が家に来ていたでしょう? しかも奏多兄さんを誑かせた面の皮の厚いとんでもない女狐だ! あんな女と血縁じゃなくて本当に良かったよ。まったく、親の顔が見てみたいよね!」
「そうですわ、お義母様! 私も昨日の帰り際にその娘を見ましたが、品のない女でしたわ! やはり鞍馬の血を引かない者はダメですわ。きっとその親も碌でもない者たちなのでしょう。それなのにお義母様がそんな娘を気にかけるなんて……」
篤之と次男大地、そして本家筋の分家出身である篤之の妻はそう次々と捲し立てた。
八千代と百合そして佑磨も、花凛の真実を知らずに好き勝手言い続ける彼らに一瞬押し黙った。───いや、花凛は本当はお前達の身内だぞと心の中でツッコミながら。
「───そうかなぁ? 俺は花凛は可愛いと思うけど」
最後に入って来た正樹がポソリと言った。
すると一斉に皆の視線を浴びて正樹は少し驚いて怯む。ちなみに篤之一家からはギロリと睨まれ、八千代達からは『意外と正樹は人を見る目はあったのか』という見直すような驚きの視線だった。
「正樹ッ! ……まったくお前という奴は……」
「篤之。お黙りなさい」
またぶちぶちと文句を言いかけた長男篤之に今度こそ八千代は待ったをかけた。
「ッなんだよ、母さん! だいたい……」
「黙りなと言ったのが分からないのかい? ……今回は正樹が正しかったようだ。意外とお前は人を見る目がある。……正樹、見直したよ」
「ッえ!? あ、ああ……なんだよ、珍しいじゃんかよ。俺を褒めるなんて」
少し照れたように赤くなり俯く正樹を見て、自分はこの孫の事も守ってやれていなかったのだと気付き八千代は反省した。
「はん。正樹、お前はいつまで経っても半人前だな。何も物事というものを分かっておらん。……母さん、正樹を甘やかさないでくれよ」
それでも正樹の父である篤之は正樹の事を蔑ろにしていた。彼にしてみれば、早々に力を持つ権利を失ってしまった正樹は辛抱の効かない愚か者という事らしい。
「何言ってるんだい。物事を分かっていないのはお前たちだよ。……正樹。私もお前の事を今までよく見てやれなくて済まなかったね」
八千代は最後正樹を慈しむ視線を投げかけてから篤之一家の顔を見渡した。
「……お前達。ようくお聞き。
───鞍馬花凛は私の息子治仁の一人娘。つまりはお前達の姪でありいとこであり……、私の大切な孫である」
「「「……治仁(さん)の……娘!?」」」
篤之一家は暫くその驚愕で動けなかった。
そして西家の当主も。何せその治仁の子は自分の妹から婚約者を奪った憎い相手の子供という事なのだから。
「まさか……、あの娘が私の姪……?」
「え? 嘘。あの女……いや彼女、僕のいとこなの?」
「ああ……、あの娘はなんとなく品があったかもしれないわ。ええ鞍馬一族の持つ独特の気品というものが何処はかともなく、あった気はするわ」
「やっぱり俺の目に狂いはなかったんだ。花凛が鞍馬なら俺と一緒になっても……」
篤之一家4人はそれぞれに驚きを隠せずに呟いた。
「末端分家で血縁のない家の養子にしていたのか……。ご当主様も考えられましたな。まさか楓の恋敵の子供が生きていたとは……」
西家の当主がそう苦々しい顔で呟くのを、佑磨は静かに見ていた。
1
あなたにおすすめの小説
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎
水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。
もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。
振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!!
え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!?
でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!?
と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう!
前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい!
だからこっちに熱い眼差しを送らないで!
答えられないんです!
これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。
または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。
小説家になろうでも投稿してます。
こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。
妹がいなくなった
アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。
メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。
お父様とお母様の泣き声が聞こえる。
「うるさくて寝ていられないわ」
妹は我が家の宝。
お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。
妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
オネエ伯爵、幼女を拾う。~実はこの子、逃げてきた聖女らしい~
雪丸
ファンタジー
アタシ、アドルディ・レッドフォード伯爵。
突然だけど今の状況を説明するわ。幼女を拾ったの。
多分年齢は6~8歳くらいの子。屋敷の前にボロ雑巾が落ちてると思ったらびっくり!人だったの。
死んでる?と思ってその辺りに落ちている木で突いたら、息をしていたから屋敷に運んで手当てをしたのよ。
「道端で倒れていた私を助け、手当を施したその所業。賞賛に値します。(盛大なキャラ作り中)」
んま~~~尊大だし図々しいし可愛くないわ~~~!!
でも聖女様だから変な扱いもできないわ~~~!!
これからアタシ、どうなっちゃうのかしら…。
な、ラブコメ&ファンタジーです。恋の進展はスローペースです。
小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。(敬称略)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる