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千客万来
しおりを挟む「勝治が治仁との最後の出来事を思い出した? ……そうか、治仁は楓を追う前に勝治に事情を話していたのか。
しかしどうして今花凛を『祠』に向かわせたりしたんだい?」
八千代がハグレ鞍馬である西園寺佑磨と話している最中に現れた娘百合。勝治と百合が花凛に『祠』の話をした事に、八千代は少し苛立ちながら問いかけた。
「『祠』に向かえと言った訳ではなかったのだけれど……。花凛さんが治仁兄様がどんな人だったのかを聞いてきたの。実の親である治仁兄様の事をよく知らなかったようだから……。その話をしている内に、勝治さんが最後に治仁兄様と話した内容になってしまったのよ。
そうしたら、花凛さんは一度『祠』に行ってみたいって……。一応奏多もついて行ったのだけど、いけなかったかしら?」
母の苛立ちに気付いた百合は、丁寧に昨日の事を話した。
「……そうか、あの子には父親の事を殆ど話してやっていなかったから……。周りにも聞くに聞けずにいたのか。可哀想な事をした。
しかし百合、もしかすると花凛は『祠』と因縁が深いかもしれない。いや、あの『祠』は……」
「ご当主様。……私は今は一刻も早く花凛さんの所に向かうべきかと存じます。……実を言いますと我らの一族も一枚岩とは言い難く、花凛さんの存在に気付き不穏な動きを見せる者もいるのです」
佑磨は叔父信彦の動きが気になっていた。あれから探らせると彼は昨夜遅くに家を出ていた。あの話の流れ的に鞍馬の里に向かったのではないかと思われたのだ。
……叔父の『力』は弱い。何も出来ないとは思うのだが……気にはなる。
「なんだって!? 何故それを早く言わないのだ!」
「申し訳ございません。……その不審な者の力は弱く花凛さんには何も出来はしないとは思うのですが、何やら心配で」
佑磨が謝罪すると、また廊下からバタバタと足音が聞こえできた。
「八千代様! 今、西家の当主善彦様がいらっしゃいました」
使用人が言い終わるや否や、その人物は使用人の後ろから顔を出した。
「いったいなんだい、今日は……。千客万来だね」
八千代は呆れたように呟いた。
「八千代様。……西の善彦でございます。本日は我が家に所縁の者がこちらに来ていると聞き、いてもたってもいられず……」
西家当主善彦は60代半ばの長身の男性。楓とどこか似ていて若い頃は美男子だったであろうと思われた。
佑磨は初めて会う母方の伯父に一瞬見入ったあと、一礼した。
伯父善彦も、そんな佑磨に妹の面影を見て懐かしげに目を細めた。
「……まあよい。……善彦。お前達西家の者達は32年前、楓は治仁の裏切りでショックで寝込み出奔した。……そう言っていたはずだが」
そこに本家当主であり楓の元婚約者治仁の母である八千代が厳しい声をかけた。
あの時西家の者達は治仁が別な女性を連れて来た事を詰り、楓がそのせいで辛い目に遭いこの鞍馬の里を出て行ったと八千代達を責めたのだ。
だからこそ、八千代達本家の者は治仁達を庇うことが出来なかったという側面もあった。
しかしこの楓の手紙の内容が本当なら、それはとんでもない間違いだったという事になる。むしろそれは楓の暴走が原因だったという事なのだから。
「……それは……。大変、申し訳ございません。しかしながら、最初はそうだと思い込んでいたのです」
「思い込んでいた?」
「そうです。……急に姿を消した妹を探す中、婚約者である治仁様の駆け落ち騒ぎ。我らはてっきりそれが原因で妹がどうにかなったのかと……。最初楓が寝込んでいると言ったのは、むしろ本家の方々に余計な心配をおかけしない為だったのです。
我らが真実を知ったのはあの騒ぎの数日後に楓からの知らせを受けた時です。『鞍馬の里に入れない、帰れないからなんとかして欲しい』と……」
「……数日後には分かっていたのか!?」
八千代は目を吊り上げた。
善彦は慌てて弁明する。
「いえしかしそれは! あの騒ぎがある程度収まって治仁様達の処遇が決まってからだったのです。我らはその時今更振り上げた拳を収めることも出来ず、うやむやにするしかなく……」
「なんて事……! けれどもそれからもあなた方はずっと自分達は被害者だって顔でいたわよね!? よくもまあそんな事をぬけぬけと……!」
百合も思わず叫んでいた。
あの事件で運命を変えられたのは彼らだけではない。百合や勝治も相当な影響を受けたのだ。治仁の駆け落ちに心を病んだ勝治によって百合も辛い目にあったし『力』を得る事も出来なかったのだから。
「仕方ないではないですか! 当初は我が妹楓こそが被害者だと思っていたのですから! ……それに治仁様も治仁様だ! 確かに楓は暴走したのかもしれんがその数日後に別な女性を連れて帰るなど余りにも軽率で不謹慎でしょう!」
善彦はそう反論した。……今日ここに楓の息子が来ていると聞いて、自分達に不利になる事が暴かれる前にと思って来たのだが……。しかし時遅く既に本家の人間は真実を知っているようだった。
「……私はその楓の息子、佑磨です。治仁氏が別な女性と出会ったのは母の行いのせいなのです。……むしろ母が、その女性と治仁氏を引き合わせたのです」
「なんと!? ……いやしかし、引き合わせたのが楓だったとしてその後の彼らの行動は決して褒められたものではない! ……佑磨、お前も被害者なのだぞ?」
妹の息子である佑磨が本家側の発言をする事に驚きと苛立ちを感じつつ、善彦は彼を宥めるようにそう言った。
「……私は自分達が被害者などとは考えておりません。母も治仁氏に関しては申し訳ない事をしたと、そう申しておりました。当の本人がそう言っているのです。周りがどちらが被害者などと騒ぐのはおかしな事でしょう」
甥佑磨のその言葉に善彦はグッと言葉に詰まる。
「……まったく、この西園寺殿の言う通りだね。私達は当人不在のまま何が正しいのかも分かりもせず勝手に相手の為と思い込み治仁を責めた。……愚かな事だった。そして私は……治仁を見捨てそしてあの子も他人の手に渡して……」
「あの子……?」
八千代の嘆きに善彦が違和感を覚えたその時。
「……これはッ! いったい何の騒ぎだ! ッ! 西のハグレに西家の当主……。お前達、まさか何事か企んでいるのか!?」
怒鳴り込んできたのは、八千代の長男篤之だった。
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