ヴォールのアメジスト 〜悪役令嬢の『予言』は乙女ゲームの攻略本から〜

本見りん

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ヴォール帝国へ

皇帝との邂逅 3

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「……ヴァイオレット……!」


 その時誰よりもクライスラー公爵の養女レティシアに反応し動いたのは、この帝国の皇帝ジークベルト。


 そしてジークベルトは愛する妹だと思われる娘に駆け寄ろうとした。……が、

「父上……!」


 横から息子アルフォンスに呼びかけられ正気に戻る。

 ……そうだ。妹であるはずがない。彼女がもし生きていたのならもう30代後半になる。今目の前にいるあの娘は17.8歳といったところだろう。

 ――では、この娘はいったい?

 少し顔立ちは違うものの、愛するヴァイオレットによく似た娘。何よりもこの深い紫色の瞳。あの祖母マリアンヌと同じ『ヴォールのアメジスト』を持つのは、今では妹ヴァイオレットだけのはずだった。


 そして、この気持ちはなんだ? この胸から湧き上がる溢れるような愛しい思いは。……心が、感じ取っているのだ。この娘が愛する妹の……娘であると。


「……すまぬ。お前が余りにも……似ていたのでな。名をなんと申す?」


 その娘は少し緊張した様子ながらも、美しいカーテシーをして名乗る。


「レティシア クライスラーと申します。皇帝陛下にご挨拶の機会をいただき恐悦至極にございます」


 ……あぁ、その声も。ヴァイオレットの声になんとよく似ていることか。


 ヴォール帝国皇帝ジークベルトは、愛すべきその存在を優しく薄紫の瞳を細めて見つめた。



 ◇ ◇ ◇


 レティシアは、もう心臓がバクバクだった。

 父と弟に守られ帝城に入ったはいいが、帝国の貴族達には今までの比ではない程驚愕され、目を見開きこちらを凝視したまま道を開けられる。そして、ザーーーっと、潮が引くように道が出来たのだ。


 ……これ、モーセの海割り、みたいよね、はは……。

 半分現実逃避した思いでそんな事を考えた。

 そしてそれに対し何とも感じていないような父と弟。

 そうしているうちに皇帝陛下が入場され会場中の人々が頭を下げた。すると前で誰かが父クライスラー公爵をディスっている声が途切れ途切れだが聞こえて来た。

 ……よく本人がそこにいると分かってそんな事が言えるわね! そもそも私には愛するリオネル様がいるのにこの国の皇太子の妃の座なんて狙う訳がないじゃない! と若干苛立ったが父が冷静だったのでグッと堪えた。

 そしてそんな父と目が合うと微笑み返された。

 そして父は一礼し、弟ステファンと自分もそれに倣い前に進み出た。


 ……すごいわね、また道が開けたわよ。


 またしてもザーーーと広がる人垣に内心苦笑しながら、皇帝陛下に近寄れると思われるギリギリの場所まで進み出た。


 前方にいたおそらくは高位貴族達と思われる方々の驚きようはもっと凄かった。先程までこちらに散々悪態をつき薄ら笑いを浮かべていたような人達もそのまま凍てつくように固まり、目を見開き口も開けたまま呆然とされていた。震え出している人もいた。


 ……私は亡霊だとでも思われているのかしら?


 そう、見てはいけないものや信じていなかった幽霊でも見た時のような反応、というのが一番近いのだろう。


 ……失礼ね、私はそもそも死んでませんけど!


 などと考えていると、不意に前から声がかかった。


「ヴァイオレット……!」


 前から……? 不敬かと思いつつチラリと視線を声のした方向にやると、そこには自分を凝視する(おそらく)皇帝陛下がいた。


 黄金の髪に紫の瞳。皇帝陛下もお父様とほぼ同じ色合いをお持ちなのね。陛下の方が少し瞳の色は濃いのかしら? 


 陛下の顔を見ながらそんな事も考えつつ、陛下は今なんと言った? と考える。
 ……『ヴァイオレット』? それは、以前読んだ本で見た帝国の『皇女』様の名。今の皇帝陛下の妹の名のはず。

 ……私は、『ヴァイオレット皇女』に似ているという事? 行方不明になったという皇女。その方に似ているから皆こんな風に驚いているの? 母は、元帝国貴族だったしもしかすると皇族の血も引いていて皇女様にも似ていたのかしら?


 害虫を一撃で仕留める逞しいあの母が『皇女』であったとはどうしても思えず、レティシアは首を傾げた。


 一瞬こちらに駆け寄りそうな雰囲気だった皇帝だったが、こちらを凝視しつつ名を聞いて来た。


「レティシア クライスラーと申します。皇帝陛下にご挨拶の機会をいただき恐悦至極にございます」


 レティシアは緊張しつつ渾身のカーテシーと共に挨拶をした。

 ……よし! 完璧だわ! ディアナ様、先生方ありがとうございます! 

 心の中でお礼を言いながら今の自分のカーテシーの出来に満足しつつ、チラリと皇帝を見て驚く。皇帝はじっとレティシアを見つめ続けていた。

 暫くずっと見つめられ、レティシアが居た堪れなくなってきた時、隣にいたクライスラー公爵が挨拶をした。


「偉大なる皇帝陛下の誕生のお祝いを心より申し上げます。……我が娘はランゴーニュ王国の子爵家の令嬢でございました。以前お話いたしましたように王国の王太子に妃にと望まれ、クライスラー公爵家の養女とし嫁がせる為に教育中でございました。この度教師陣から合格点をいただきましたのでこうして陛下にご挨拶に伺った次第でございます」


 淀みなくそう告げたクライスラー公爵の言葉を聞き、皇帝は表情を曇らせた。


「……王国の子爵家、とな……。しかしその娘の見た目は帝国人そのものではないか? それに……」


 そう言って口を閉ざす。


「……はい。レティシアを養女にするにあたり父である子爵に挨拶に行き問いただしました所、彼女の母親は帝国の元貴族であったとか。……20年前の政争で帝国を追われた元貴族でその名を『ヴィオレ』、と名乗っていたそうでございます」


「ヴィオレ……」


 皇帝はそう呟き、そして気付いた。帝国の呼び方『ヴァイオレット』は王国で『ヴィオレ』と呼ぶ事に。幼い頃、本人がそう言っていた事を思い出した。

 この会場の中にいる貴族達も大半はその事に気付いた。


 そうして確信した。

 やはりこのレティシア嬢は、20年前に行方不明になった『ヴァイオレット皇女』の娘であると。


 

「クライスラー公爵閣下ッ!! 貴公は、何故今までこのような重大な事を黙っていたのだ! このご令嬢の母はおそらくはヴァイオレット皇女殿下。……皇女の娘と思われるお方を自分の懐に入れて何を企んでおったのだ!」


 思わずそう叫んでいたのはゼーベック侯爵。
 『ヴァイオレット皇女』は自分達の叔母である皇妃の娘であり従兄弟なのだから、本来ならばその娘の保護をする役目は自分達であるべきはず。

 それをどのような方法でかは知らないが見つけ出した娘を勝手に養女とし、クライスラー公爵家の『駒』にしようとは……!


「……私の可愛い娘が思い合う者と幸せな結婚を出来るようにする為と、先程からそう申しておりますが」


 淡々とそう答えるクライスラー公爵に、ゼーベック侯爵は更に怒りを募らせた。


「皇女様の娘のご結婚を、貴公如きが勝手に決めて良いとお考えか! 正妃の娘であるヴァイオレット様のご息女ならば皇位継承権は第3位……、いや第2位だろう! ……いや、それよりもヴァイオレット様はいかがされたのだ! まさか貴公が……!?」


 唾を飛ばさんばかりにそう怒鳴り立てるゼーベック侯爵を、兄であるシュナイダー公爵が止める。


「止めぬか! お前は先程からなんという暴言を……! 冷静になるのだ!」


 シュナイダー公爵はそう弟であるゼーベック侯爵を諌めた後、クライスラー公爵とジークベルト皇帝に向かって謝罪した。


「弟の暴言をお許しください。予想だにしなかった事態に動揺しておるのです。……この私も、混乱しておりますが……」


「……無理からぬ事だ。私も、心を乱されておる。クライスラー公爵よ、此度の説明を求める」


 皇帝は最後クライスラー公爵に向かって言った。


 クライスラー公爵は一礼し、そして話し出す。


「私は3ヶ月前にランゴーニュ王国の王太后である私の叔母に挨拶に行きました折、王国の学園の卒業パーティーに招待され参加いたしました。その時に起こった騒ぎにつきましては先日にお話しした通りでございます。
その時婚約破棄をした王国の王太子殿下が愛を告白した相手が、このレティシア嬢でございます」


 公爵の話に皇帝は頷いた。

 ……同じ話は以前にも聞いた。王太子と身分違いの子爵家の令嬢の恋物語。しかしその相手の令嬢がまさか自分の大切な妹の娘であったなどとは誰が思うだろう?

 それに、どうして妹は小国の子爵家などに嫁いでいたのだ……? 


 行方不明になった後に無事でいてくれた事は嬉しいが、その辺りの謎に皇帝の心は騒めいた。




ーーーーー



目を見開き口も開けたまま呆然としたゼーベック侯爵。クライスラー公爵の養女が皇女の娘であり自分の従兄弟の子であると知り、ある意味義憤に燃えます。
結構熱い人なのです。


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