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ヴォール帝国へ

皇帝との邂逅 4

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 クライスラー公爵は話を続けた。

「……皆様もご存知の通り、私はさるお方をただ1人のお方として想い独身を通しております。そのお方にあまりにも似たレティシア嬢。そしてその彼女の恋は身分違いとしてこれから辛い道のりを歩まねばならない。私は、思い合う若い2人を誰に邪魔される事なく一緒にさせたい思いと、さるお方とよく似たレティシア嬢の事を調べるべく養女といたしました」


 ザワリ……

「……静まれ。公爵、話の続きを」


 皇帝は公爵に続きを急かした。


「……はい。私はまずレティシア嬢の父とされる子爵に会い、事の次第を聞いたのです。レティシア嬢の母は『ヴィオレ』と名乗る元帝国貴族。政争に巻き込まれ亡命してきたものの帝国の貴族に執拗に追われていると告げ、その後も隠れ住む事を希望されたそうです。……皇女の王国までの逃亡をお助けしたのが子爵の弟、そしてその方がレティシア嬢の父との事でありました」


 その時、思わずと言った様子でゼーベック侯爵が叫んだ。


「では……、ではその小国の子爵家の弟とやらが、我が国の皇女殿下を拐かしたのか……! 陛下ッ!! 直ちにランゴーニュ王国に兵を出し、その子爵とやらを捕らえさせましょう!」


 パーティー会場は一気に不穏な空気に包まれた。


「……お待ちください! 子爵は王国に亡命した皇女達を保護してくれた大恩人。子爵がいなければ彼女達はおそらくは生き抜いては来れなかったでありましょう。しかも早くに父を亡くし数年前には母を亡くしたレティシア嬢を、帝国からの追手から欺く為に子爵がご自分の愛人の子として引き取り守ってくださったのです。愛妻家と有名だったという子爵がご自分の評判を下げる事も厭わずに……」


 『数年前に亡くなった』……。
 皇帝は一瞬目の前が真っ暗になった。

 ……やっと掴めた妹ヴァイオレットの消息。そして彼女は数年前までは確かに生きていたのだ。それなのに私達はとうとう会えないまま……。
 おそらくはそうかもしれない、とは思ってはいたが……。実際に聞くと、なんとも言い表せないやりきれない悲しみが襲ってきた。


 貴族達も皇女の死を知り、目を伏せてその死を悼んだ。


 そしてクライスラー公爵の語った王国の子爵のレティシアへの愛情に、皇帝を始めとした貴族達は頭の下がる思いだった。


「……それは……ッ! その子爵殿には感謝しかないが……。しかし、子爵殿の弟が皇女殿下を拐かしたのは事実なのでございましょう? それはどう考えても大罪ですぞ!」


 ゼーベック侯爵には、その事が許せなかった。
 侯爵がまだ少年の頃に憧れ見ていた美しい皇女。マリアンヌ皇帝以来の『ヴォールのアメジスト』の瞳を持ち、陛下からも大変な愛情を受けていた輝かしいその姿。自分がその従兄弟であるという事実がどれほど誇らしかった事か。

 その子爵家の弟とやらがあの混乱期に紛れて皇女殿下を連れ去ったというのか……?


「……子爵の弟は、当時我が国の領事館で働く外交官であったそうです。子爵からは王国に亡命する為の手続きの為に領事館に来た皇女殿下とそこで出会ったようだと聞きました。
つまり、皇女殿下が子爵の弟と出会ったのは、皇女殿下が宮を出て世間からは行方不明になったあとの事なのです。そこからどうして2人で旅に出たのかは……私には分かりません。ただ言えるのは、その時には皇女殿下は帝国を出なければならない状況にあり、子爵の弟はその人生を懸けて皇女をお守りした、という事です」


 クライスラー公爵が一途に皇女だけを愛してきた事はこの場にいる者は誰もが知っている。その公爵が愛した皇女の、公爵にとっては恋敵になる者の弁解をするという、ある意味拷問のようなこの状況に人々はなんとも居た堪れない思いをした。


「……しかし、その子爵殿の言う事が本当かは分からないのでは? 子爵殿がというよりもその弟が兄に嘘を付いていたのかも……」

 尚も納得が出来ずそう反論したゼーベック侯爵にクライスラー公爵は冷たく言い放った。

「……ではたかが王国の外交官が、我が帝国の皇女の宮に忍び込み連れ出す事が可能だとお思いか? 特に当時は政変の為に各宮には相当な警備兵がいたはず。『皇女を連れ出す』などという事は小国の一外交官には不可能です」


 確かにそれはそうだった。皇女の宮に忍び込むなら、警備兵も味方にし余程帝城内に精通した者が多数寄らなければ無理だろう。

 そう思い至った貴族達はその考えに空恐ろしいものを感じ、口を噤んだ。
 ……そう。皇女が当時のほぼ監視された状況で宮から行方不明になった、という事はつまりはそういう事なのだ。……誰かが手引きをし皇女を……おそらくは亡き者にしようとしていたという事。そしてそんな事が出来るのは相当な力を持った者で、それはある程度絞られる。

 ……少なくとも王国の一外交官ではあり得ない。


 人々はとりあえずその恐ろしい考えを振り払い、『王国の子爵家の弟は皇女の拐かしとは関係ない』、という事実だけを確認した。


「……あい、わかった。その子爵には後日私から礼をしよう。クライスラー公爵、後ほど詳しく話を聞かせてくれ」


 皇帝はそう言ってクライスラー公爵の話をいったん終わらせた。
 ……これ以上は、この帝国の闇の部分。暴きたいのは山々だが、ここでそれをすれば帝国内はまた新たな嵐に巻き込まれることになる。

「……御意」

 それが分かっているクライスラー公爵はそう言って頭を下げた。




 そうしてジークベルト皇帝は思いを切り替えて、改めて自分の前にいる愛しい妹の娘を見た。


「……さて、レティシア嬢よ。其方そなたは私の妹であるヴァイオレットの娘なのか」


 それまで一連の話を横で何やらまるで他人事のように感じ呆然と聞いていたレティシアだったが、改めて自分にそう問われ少し悩んで答えた。


「……分かりません。私は子爵家に引き取られるまではずっと母と2人で王都の街で暮らしていました。そしてこの帝国に来る少し前までは母が帝国の元貴族である事も知りませんでした」

「そうか……。其方の母は娘のお前に最期まで何も話さなかったのか?」


 ……ヴァイオレットは『皇女』である事を完全に捨てて生きていたのか。それは兄である自分との繋がりも消されていたようで皇帝は少し寂しい気持ちになった。


「はい。……ですが母は亡くなる前に、私に2つの物を渡してくれました。『私を証明するもの』として……。一つは私の本当の父が母に渡したブローチ。そしてもう一つが……」


 レティシアの胸には彼女の瞳と同じ見事なアメジストの美しいペンダントがかけられていた。
 レティシアはそれを指し示す。


「このペンダントです。そしてこれは……」

「エドモンドがヴァイオレットに渡した物、か?」


 皇帝はそのペンダントの存在に気付き、少し身を乗り出すようにして言った。


「……そうです。クライスラー公爵である父が、昔母に渡した物だと帝国に来てから教えてくださいました」


 ……何故。それを皇帝が知っているのだろう? レティシアは不思議に思いながら答えた。


 皇帝は大きく息を吐き、手を目頭に当て後ろの背もたれにもたれかかった。


「…………知っているとも。……当時エドモンドと親友だった私は彼から相談を受けそれを見せてもらった。
そしてエドモンドから『愛の証』を渡され戸惑う妹ヴァイオレットに、彼の気持ちを汲んで持っていてやれと言ったのは私だからな」


 ザワリッ……! 

 会場がどよめいた。

 人々はレティシアのその姿からヴァイオレット皇女の娘であることを予想はしていたが、皇帝も認める証拠を持っていたという事でやはりそうなのだと確信した。


 ……これで、レティシアがヴァイオレット皇女の娘でジークベルト皇帝の『姪』である事が確定したのだった。



 そしてそれに対する驚きはレティシアも相当なものだった。

 ……皇帝がお母様にこのペンダントを持っているように、と……? エドモンドお父様が皇帝陛下と親友で母に渡すペンダントの事で相談して、受け取った母がそれに悩んでいる時に兄である皇帝陛下が持っているようにと助言を……。


 ……本当に、お母様は皇女様、だったの!?


 まさに青天の霹靂へきれき


 お母様は、私と暮らしている時には完全に皇女である事を捨てていたんだわ……。そして戻る気も全く無かったのね。
 ただ、自分の最期の時には私を心配してこれらを渡してくれたんだわ……。もしかしたら、私がもっと大人になったら話してくれるつもりだったのかもしれないけれど。






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