ヴォールのアメジスト 〜悪役令嬢の『予言』は乙女ゲームの攻略本から〜

本見りん

文字の大きさ
59 / 89
ヴォール帝国へ

皇帝との邂逅 4

しおりを挟む

 クライスラー公爵は話を続けた。

「……皆様もご存知の通り、私はさるお方をただ1人のお方として想い独身を通しております。そのお方にあまりにも似たレティシア嬢。そしてその彼女の恋は身分違いとしてこれから辛い道のりを歩まねばならない。私は、思い合う若い2人を誰に邪魔される事なく一緒にさせたい思いと、さるお方とよく似たレティシア嬢の事を調べるべく養女といたしました」


 ザワリ……

「……静まれ。公爵、話の続きを」


 皇帝は公爵に続きを急かした。


「……はい。私はまずレティシア嬢の父とされる子爵に会い、事の次第を聞いたのです。レティシア嬢の母は『ヴィオレ』と名乗る元帝国貴族。政争に巻き込まれ亡命してきたものの帝国の貴族に執拗に追われていると告げ、その後も隠れ住む事を希望されたそうです。……皇女の王国までの逃亡をお助けしたのが子爵の弟、そしてその方がレティシア嬢の父との事でありました」


 その時、思わずと言った様子でゼーベック侯爵が叫んだ。


「では……、ではその小国の子爵家の弟とやらが、我が国の皇女殿下を拐かしたのか……! 陛下ッ!! 直ちにランゴーニュ王国に兵を出し、その子爵とやらを捕らえさせましょう!」


 パーティー会場は一気に不穏な空気に包まれた。


「……お待ちください! 子爵は王国に亡命した皇女達を保護してくれた大恩人。子爵がいなければ彼女達はおそらくは生き抜いては来れなかったでありましょう。しかも早くに父を亡くし数年前には母を亡くしたレティシア嬢を、帝国からの追手から欺く為に子爵がご自分の愛人の子として引き取り守ってくださったのです。愛妻家と有名だったという子爵がご自分の評判を下げる事も厭わずに……」


 『数年前に亡くなった』……。
 皇帝は一瞬目の前が真っ暗になった。

 ……やっと掴めた妹ヴァイオレットの消息。そして彼女は数年前までは確かに生きていたのだ。それなのに私達はとうとう会えないまま……。
 おそらくはそうかもしれない、とは思ってはいたが……。実際に聞くと、なんとも言い表せないやりきれない悲しみが襲ってきた。


 貴族達も皇女の死を知り、目を伏せてその死を悼んだ。


 そしてクライスラー公爵の語った王国の子爵のレティシアへの愛情に、皇帝を始めとした貴族達は頭の下がる思いだった。


「……それは……ッ! その子爵殿には感謝しかないが……。しかし、子爵殿の弟が皇女殿下を拐かしたのは事実なのでございましょう? それはどう考えても大罪ですぞ!」


 ゼーベック侯爵には、その事が許せなかった。
 侯爵がまだ少年の頃に憧れ見ていた美しい皇女。マリアンヌ皇帝以来の『ヴォールのアメジスト』の瞳を持ち、陛下からも大変な愛情を受けていた輝かしいその姿。自分がその従兄弟であるという事実がどれほど誇らしかった事か。

 その子爵家の弟とやらがあの混乱期に紛れて皇女殿下を連れ去ったというのか……?


「……子爵の弟は、当時我が国の領事館で働く外交官であったそうです。子爵からは王国に亡命する為の手続きの為に領事館に来た皇女殿下とそこで出会ったようだと聞きました。
つまり、皇女殿下が子爵の弟と出会ったのは、皇女殿下が宮を出て世間からは行方不明になったあとの事なのです。そこからどうして2人で旅に出たのかは……私には分かりません。ただ言えるのは、その時には皇女殿下は帝国を出なければならない状況にあり、子爵の弟はその人生を懸けて皇女をお守りした、という事です」


 クライスラー公爵が一途に皇女だけを愛してきた事はこの場にいる者は誰もが知っている。その公爵が愛した皇女の、公爵にとっては恋敵になる者の弁解をするという、ある意味拷問のようなこの状況に人々はなんとも居た堪れない思いをした。


「……しかし、その子爵殿の言う事が本当かは分からないのでは? 子爵殿がというよりもその弟が兄に嘘を付いていたのかも……」

 尚も納得が出来ずそう反論したゼーベック侯爵にクライスラー公爵は冷たく言い放った。

「……ではたかが王国の外交官が、我が帝国の皇女の宮に忍び込み連れ出す事が可能だとお思いか? 特に当時は政変の為に各宮には相当な警備兵がいたはず。『皇女を連れ出す』などという事は小国の一外交官には不可能です」


 確かにそれはそうだった。皇女の宮に忍び込むなら、警備兵も味方にし余程帝城内に精通した者が多数寄らなければ無理だろう。

 そう思い至った貴族達はその考えに空恐ろしいものを感じ、口を噤んだ。
 ……そう。皇女が当時のほぼ監視された状況で宮から行方不明になった、という事はつまりはそういう事なのだ。……誰かが手引きをし皇女を……おそらくは亡き者にしようとしていたという事。そしてそんな事が出来るのは相当な力を持った者で、それはある程度絞られる。

 ……少なくとも王国の一外交官ではあり得ない。


 人々はとりあえずその恐ろしい考えを振り払い、『王国の子爵家の弟は皇女の拐かしとは関係ない』、という事実だけを確認した。


「……あい、わかった。その子爵には後日私から礼をしよう。クライスラー公爵、後ほど詳しく話を聞かせてくれ」


 皇帝はそう言ってクライスラー公爵の話をいったん終わらせた。
 ……これ以上は、この帝国の闇の部分。暴きたいのは山々だが、ここでそれをすれば帝国内はまた新たな嵐に巻き込まれることになる。

「……御意」

 それが分かっているクライスラー公爵はそう言って頭を下げた。




 そうしてジークベルト皇帝は思いを切り替えて、改めて自分の前にいる愛しい妹の娘を見た。


「……さて、レティシア嬢よ。其方そなたは私の妹であるヴァイオレットの娘なのか」


 それまで一連の話を横で何やらまるで他人事のように感じ呆然と聞いていたレティシアだったが、改めて自分にそう問われ少し悩んで答えた。


「……分かりません。私は子爵家に引き取られるまではずっと母と2人で王都の街で暮らしていました。そしてこの帝国に来る少し前までは母が帝国の元貴族である事も知りませんでした」

「そうか……。其方の母は娘のお前に最期まで何も話さなかったのか?」


 ……ヴァイオレットは『皇女』である事を完全に捨てて生きていたのか。それは兄である自分との繋がりも消されていたようで皇帝は少し寂しい気持ちになった。


「はい。……ですが母は亡くなる前に、私に2つの物を渡してくれました。『私を証明するもの』として……。一つは私の本当の父が母に渡したブローチ。そしてもう一つが……」


 レティシアの胸には彼女の瞳と同じ見事なアメジストの美しいペンダントがかけられていた。
 レティシアはそれを指し示す。


「このペンダントです。そしてこれは……」

「エドモンドがヴァイオレットに渡した物、か?」


 皇帝はそのペンダントの存在に気付き、少し身を乗り出すようにして言った。


「……そうです。クライスラー公爵である父が、昔母に渡した物だと帝国に来てから教えてくださいました」


 ……何故。それを皇帝が知っているのだろう? レティシアは不思議に思いながら答えた。


 皇帝は大きく息を吐き、手を目頭に当て後ろの背もたれにもたれかかった。


「…………知っているとも。……当時エドモンドと親友だった私は彼から相談を受けそれを見せてもらった。
そしてエドモンドから『愛の証』を渡され戸惑う妹ヴァイオレットに、彼の気持ちを汲んで持っていてやれと言ったのは私だからな」


 ザワリッ……! 

 会場がどよめいた。

 人々はレティシアのその姿からヴァイオレット皇女の娘であることを予想はしていたが、皇帝も認める証拠を持っていたという事でやはりそうなのだと確信した。


 ……これで、レティシアがヴァイオレット皇女の娘でジークベルト皇帝の『姪』である事が確定したのだった。



 そしてそれに対する驚きはレティシアも相当なものだった。

 ……皇帝がお母様にこのペンダントを持っているように、と……? エドモンドお父様が皇帝陛下と親友で母に渡すペンダントの事で相談して、受け取った母がそれに悩んでいる時に兄である皇帝陛下が持っているようにと助言を……。


 ……本当に、お母様は皇女様、だったの!?


 まさに青天の霹靂へきれき


 お母様は、私と暮らしている時には完全に皇女である事を捨てていたんだわ……。そして戻る気も全く無かったのね。
 ただ、自分の最期の時には私を心配してこれらを渡してくれたんだわ……。もしかしたら、私がもっと大人になったら話してくれるつもりだったのかもしれないけれど。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ハーレム系ギャルゲの捨てられヒロインに転生しましたが、わたしだけを愛してくれる夫と共に元婚約者を見返してやります!

ゴルゴンゾーラ三国
恋愛
 ハーレム系ギャルゲー『シックス・パレット』の捨てられヒロインである侯爵令嬢、ベルメ・ルビロスに転生した主人公、ベルメ。転生したギャルゲーの主人公キャラである第一王子、アインアルドの第一夫人になるはずだったはずが、次々にヒロインが第一王子と結ばれて行き、夫人の順番がどんどん後ろになって、ついには婚約破棄されてしまう。  しかし、それは、一夫多妻制度が嫌なベルメによるための長期に渡る計画によるもの。  無事に望む通りに婚約破棄され、自由に生きようとした矢先、ベルメは元婚約者から、新たな婚約者候補をあてがわれてしまう。それは、社交も公務もしない、引きこもりの第八王子のオクトールだった。  『おさがり』と揶揄されるベルメと出自をアインアルドにけなされたオクトール、アインアルドに見下された二人は、アインアルドにやり返すことを決め、互いに手を取ることとなり――。 【この作品は、別名義で投稿していたものを改題・加筆修正したものになります。ご了承ください】 【この作品は『小説家になろう』『カクヨム』にも掲載しています】

転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした

ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!? 容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。 「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」 ところが。 ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。 無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!? でも、よく考えたら―― 私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに) お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。 これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。 じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――! 本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。 アイデア提供者:ゆう(YuFidi) URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464

【完結】転生したら少女漫画の悪役令嬢でした〜アホ王子との婚約フラグを壊したら義理の兄に溺愛されました〜

まほりろ
恋愛
ムーンライトノベルズで日間総合1位、週間総合2位になった作品です。 【完結】「ディアーナ・フォークト! 貴様との婚約を破棄する!!」見目麗しい第二王子にそう言い渡されたとき、ディアーナは騎士団長の子息に取り押さえられ膝をついていた。王子の側近により読み上げられるディアーナの罪状。第二王子の腕の中で幸せそうに微笑むヒロインのユリア。悪役令嬢のディアーナはユリアに斬りかかり、義理の兄で第二王子の近衛隊のフリードに斬り殺される。 三日月杏奈は漫画好きの普通の女の子、バナナの皮で滑って転んで死んだ。享年二十歳。 目を覚ました杏奈は少女漫画「クリンゲル学園の天使」悪役令嬢ディアーナ・フォークト転生していた。破滅フラグを壊す為に義理の兄と仲良くしようとしたら溺愛されました。 私の事を大切にしてくれるお義兄様と仲良く暮らします。王子殿下私のことは放っておいてください。 ムーンライトノベルズにも投稿しています。 「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

転生した子供部屋悪役令嬢は、悠々快適溺愛ライフを満喫したい!

木風
恋愛
婚約者に裏切られ、成金伯爵令嬢の仕掛けに嵌められた私は、あっけなく「悪役令嬢」として婚約を破棄された。 胸に広がるのは、悔しさと戸惑いと、まるで物語の中に迷い込んだような不思議な感覚。 けれど、この身に宿るのは、かつて過労に倒れた29歳の女医の記憶。 勉強も社交も面倒で、ただ静かに部屋に籠もっていたかったのに…… 『神に愛された強運チート』という名の不思議な加護が、私を思いもよらぬ未来へと連れ出していく。 子供部屋の安らぎを夢見たはずが、待っていたのは次期国王……王太子殿下のまなざし。 逃れられない運命と、抗いようのない溺愛に、私の物語は静かに色を変えていく。 時に笑い、時に泣き、時に振り回されながらも、私は今日を生きている。 これは、婚約破棄から始まる、転生令嬢のちぐはぐで胸の騒がしい物語。 ※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」にて同時掲載しております。 表紙イラストは、Wednesday (Xアカウント:@wednesday1029)さんに描いていただきました。 ※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。 ©︎子供部屋悪役令嬢 / 木風 Wednesday

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~

咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」 卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。 しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。 ​「これで好きな料理が作れる!」 ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。 冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!? ​レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。 「君の料理なしでは生きられない」 「一生そばにいてくれ」 と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……? ​一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです! ​美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

【完結】前提が間違っています

蛇姫
恋愛
【転生悪役令嬢】は乙女ゲームをしたことがなかった 【転生ヒロイン】は乙女ゲームと同じ世界だと思っていた 【転生辺境伯爵令嬢】は乙女ゲームを熟知していた 彼女たちそれぞれの視点で紡ぐ物語 ※不定期更新です。長編になりそうな予感しかしないので念の為に変更いたしました。【完結】と明記されない限り気が付けば増えています。尚、話の内容が気に入らないと何度でも書き直す悪癖がございます。 ご注意ください 読んでくださって誠に有難うございます。

処理中です...