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理事長先生、だった
しおりを挟む「キッチリ30分です。……流石出来る方は準備も早いですね。もっとかかるかと思ってましたよ」
なんとか準備をし終わり玄関に滑り込んだレイラにアルフォンスは笑顔で言った。
「……アナタがッ! 30分なんて無茶を言ったんじゃないですか!」
「はは。女性は準備に時間がかかりますからね。早めの時間設定にしたのですよ。さぁ、時間が惜しい。こちらへどうぞ」
アルフォンスはレイラの2つ持っている荷物の大きい方を持った。
流石は貴族。動きがスマートでレイラはすんなりとエスコートされて馬車に乗り込んだ。
「……はあ。こんな目に遭うの初めてです。学園での教授だってこんな無茶な急ぎの課題は出さなかったですよ」
馬車が走り出し一息ついたところでレイラは目の前のアルフォンスを恨めしそうに見ながら言った。
「世の中は厳しいものですよ。学生時代と同じようになどいきません。……貴女はこの領都の学園に?」
「こんな無茶は世間でもそうはないですよ。
……そうです、私は隣町の学園に通ってました。この街の人間は大体そこなんじゃないですかね? 乗合馬車でも30分程ですし王都の学園なんて余程の人しか行かないでしょう?」
ここはとても小さな街なので、人々は何あれば直ぐ近くの隣町である領都へ行く。馬に乗れば15分程で着く。そして学園も隣町だ。そこにはこの地域の領主の館もある。
「そうですか。あの学園は王都の学園に決して引けを取らない教授陣を揃えています。しかし世間に出ればやはり学園時代と同じようにはいきません。
まだ貴女は若い。人生の辛酸を舐めるのはこれからですよ」
「ちょっ……! イヤな事仰いますね。それにブレドナー様はあの学園の関係者の方なんですか? 教授陣を揃えた、だなんて……」
偉そうな言い方をして! と思い鼻を明かしてやるつもりでレイラは言ったのだが。
「あの学園は3年前から私が任されています。ほぼ肩書きだけの理事長ですが、より良い学園となるよう力を入れているつもりですよ」
「……え」
……3年前。私はその時学園に在籍していた。そうだ、途中で理事長先生が代わったって周りの子達が騒いでて……。あの当時はイケメンの貴族が理事長になったと特に女子生徒達が大変な騒ぎだった。しかし暫くしてその理事長が全くといっていい程学園には来ないと分かってからは、生徒たちはだんだん沈静化していったのだが。
そう、あの時騒がれた新たな理事長先生は確かこの領地の……。
「理事長先生? ブレドナー公爵のご嫡男!? ……アルフォンス ブレドナー様!」
レイラの住むこの地のご領主様、ブレドナー公爵家のご嫡男じゃあないの!
なんと! ご領主様(の、息子だが)自らお迎えに来るだなんて! ブレドナー家は公爵、つまりこの国で王家の次に身分の高い地位の貴族。
身分に頭を下げるわけではないけれども、流石にただの平民であるレイラは『畏れ多い』と恐縮した。
それと共に、それ程に王都ではかなり緊迫した状況にあるのだと実感した。
「……最初に名乗ったのだけれどね。ここまで私は領民に知られていないのかと少し落ち込んでいたのだけれど、思い出してもらえて良かったよ。それに君は王家に対して余り敬意を払うように見えなかったから失礼な事をしでかさないか心配だったけど、それも大丈夫かな?」
苦笑しながらアルフォンスは言った。
「私は普通の善良な一領民ですよ? ご領主様にも国にも勿論敬意を払ってます。……ただ権力をカサに来て横暴な態度を取られるのはヤですね。あまりに酷いようならコッソリ国を出ようかと思うくらいには」
少しムクレながら言うレイラはとてもではないがこちらに敬意を払っているようには見えなかったが、アルフォンスも特にそれを気にする事もなかった。
「……それは良かった。私も我が領民を大切にしたいと思っているよ。昨日も王家からの使者殿がすごい剣幕で我が屋敷にやって来たのでね。『対抗措置を取る!』と息巻く使者殿を宥めて私が可愛い領民の為に説得に来た、という訳だ」
「うわぁ。面倒くさい」
「はは。それも言ってたよ。王家の依頼に対して『面倒』だと言われたと。
我が領地では私は領民を守るが王都では余りな事は言わない方が賢明だよ。あの使者殿のような人間がいっぱいいるからね」
アルフォンスは表情は笑顔ながらも、最後は目は笑っていなかった。
……ナルホド……。
とりあえず今行っておくのが1番面倒でない方法って事ね。
「……努力します」
そう言ったレイラだが、それを微笑んで見ているアルフォンスを見て警戒を強めるのだった。
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