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王妃の間
しおりを挟む「レイラと言ったか。私はこの国の第二王子ヴェルナー。今から王妃である母の部屋に行くが、決して母には直接触れないように。近頃は母に触れるだけで『祓い師』はその力に反応するのか火傷のような傷の症状を負う事があるのだ」
「火傷の症状……? それは『祓い師』にだけですか?」
珍しい現象だ。その『呪い』をかけた者が酷く『祓い師』を憎んでいたという事だろうか?
「そうだ。……君はまだ若いしアルフォンスのお気に入りのようだから先に忠告しておくよ」
「そうですね。可愛いレイラに痛ましい傷が付くのは歓迎できませんからね。……レイラ、くれぐれも気をつける様に」
アルフォンスが真面目な顔でレイラに告げた。……この恋人ごっこはいつまで続けるんだ?
「ヤ、気は付けますけれどね? だけど貴方の為ではありませんからね!?」
いったいなんなんだとレイラはムキになってしまう。そしてそんなレイラを見て微笑ましげに笑う2人。
「随分と仲が良いのだね。これ程可愛がっているのなら愛人ではなく正式な妻とした方がいいのでは? 良ければ彼女の良い養女先を探しておくよ」
……『正式な』妻ってなんだ。しかも愛人にされるところだったのか? そもそも正式にも不正式にも彼の妻になるつもりはないが。
「ありがとうございます。本当にレイラは可愛くて手放し難くなって来たので是非にお願いしても宜しいでしょうか」
勝手に話を進める男達にレイラは真っ赤になって言う。
「な……ッ! 何を仰っているんですかーーッ!?
私は貴族の妻になるつもりなんてありませんッ!」
「はは。可愛いでしょう。まるで野生の子リスみたいだ」
アルフォンスはレイラを見詰め余裕の笑顔で言った。
「本当だな。それではこの話はこの後に改めて詰める事としよう。
……レイラ。ここから国王夫妻の部屋へ続く廊下となる。慎重に、そして……母を頼む」
急に真剣な顔になったヴェルナー王子に、レイラもまた背筋をシャンと伸ばす。
「はい。心して見させていただきます。……そして先程のお話は全く必要ありませんから」
真剣な表情でそう答えたレイラに、ヴェルナーは表情を少し緩めアルフォンスは苦笑した。
「ヴェルナー殿下。……どうぞお入り下さい」
部屋の扉前の衛兵に通してもらい入ったその王妃の間は、何やら重い空気に包まれていた。
そしてレイラは奥のベットの方からなんとも形容し難い黒いモノを感じている。
「母上、ヴェルナーです。お加減はいかがでしょうか?」
そう声をかけながら奥へと向かうヴェルナーの後ろに続いてアルフォンスとレイラもベッド近くにまで進む。
そしてベッドの横付近まで来て、世話をしていた女官達が王子に場所を空ける。初めて見た王妃は美しいが随分とやつれて眠っていた。そして胸の辺りに置いた彼女の右手の小指にはオパールのような虹色の大きな石の指輪が嵌っていた。
……アレ、か……。
レイラはその指輪をジッと見つめた。気のせいかその指輪から黒いモノが出た様な気がした。
「母上? ヴェルナーです。……眠っておられるのか?」
ヴェルナーが後ろの女官に尋ねた。
「……はい。最近は眠っておられる時間がだんだんと増えていらっしゃったのですが、本日は一度も目を覚まされておりません」
女官が恐る恐るといだた様子で答えると、ヴェルナーは目を見開いて驚く。
「なんと……!? それではお食事も召し上がれないではないか……! ますます母上が弱られてしまう……!」
その悲痛なヴェルナーの声に皆が心を痛めた。
……とても、お母様思いの方でいらっしゃるのね。それに、こうして弱った姿を見ると自分の母の事を思い出してしまうわ……。
レイラも自分の病死した母親と重ねてしまい、胸を痛めた。そして、自分に出来る事はしてみようと決意し改めて王妃を見る。
禍々しい何かが例の指輪から出ている。アレが原因である事は間違いないだろう。でも、何? 王妃の全身から流れてくる重い空気は……。
王妃があの指輪の『呪い』にかかっているのは確実だ。しかし、何か引っかかる。
「今、王妃様のお身体に身に付けておられるものは、あの指輪以外で何かありませんか? 衣服以外で何か……」
レイラはそう女官達に尋ねてみた。女官達はチラリとヴェルナー王子を見て彼が頷くとおずおずと答え始めた。
「王妃殿下は、例の指輪以外にはいつも身に付けられていた魔除けの腕輪くらいかと」
「あの『魔除け』か。私も付けているが、強力な『呪い』の前には役に立たないという訳か……」
ヴェルナーは悔しげにそう漏らして自分の付けている『魔除け』の腕輪を見た。
「ヴェルナー殿下。……それを見せていただいていいですか?」
レイラはそう言ってヴェルナーの腕をそっと掴んでジッとそれを見た。いきなり腕を掴まれ至近距離でレイラを見たヴェルナーは少し驚いた。
美しい銀の髪に薄紫の澄んだ瞳。さすがアルフォンスが見初めるだけはある美少女だ。
まつ毛が長く、真剣な表情でヴェルナーの腕をその華奢な腕で掴んで見ている。
……勿論今まで王子である自分にこんな行動をとる女性はいなかった。何やらヴェルナーは必要以上にドキドキとしてしまった。
「殿下。コレは一人一人付けている貴石は違うのでしょうか?」
不意にレイラが視線をあげた。彼女の顔をジッと見ていたヴェルナーと至近距離でバチッと目が合う。
「……ッ、あぁ。この王宮に仕える『祓い師』によってそれぞれに合う貴石を選び『魔除け』を作ってもらっている。……何か不審な点でも?」
ヴェルナーは自身の動揺を悟られない様に平静を装う。
「……殿下。殿下のこの『魔除け』は正常に機能しております。おそらく王妃様のお近くに行っても『呪い』に呑まれる事はないでしょう。そしておそらくそれは他の王族の方々もそうかと思います」
レイラの表情は真剣なままだったので、良かったこの動揺を気付かれなかったとヴェルナーは少し安堵した。
「それは良かった。……しかし何故母上の『魔除け』は上手く機能しなかったのか……?」
レイラはヴェルナーのその問いには答えず、女官達に尋ねた。
「……王妃様付きの女官の方々は、ご体調に変わりはありませんか? そして体調を崩され休まれている方もいらっしゃるのではありませんか?」
女官達は再びヴェルナーを見てから答えた。
「……はい。最近王妃様付きの女官は次々と体調を壊し……。私は本来は陛下付きなのですがこちらに配属され2日、既に何やら身体が重く……」
「私もでございます」
「実は、私も……」
女官達のその告白にヴェルナーも驚く。
「なんと……。周りにも悪影響があるというのか。いったいどうすれば……」
「殿下。とりあえず一般の『祓い師』が販売する『魔除け』などを女官の方々に配布する事をオススメします。あ、よければ私が持ってきた『魔除け』を販売してもいいですよ」
レイラはちゃっかり営業も忘れなかった。
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