君の瞳に映るのは希望か絶望か

撫でたココ

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あの日の約束

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 僕には今、母親がいない。幼い時に事故で死んでしまった。病気がちであんまり、具合がいいことのない母親だった。父はそのことをいつも気に病んでいたことを小さいながらにして感じていた。

 あの時の事故はきっと病気がちのせいもあったのだろう。親子3人でお出かけしようと電車に乗ろうとしていた時だった。少し混んでいたホームで母の身体が歩いていた人に軽く触れた。すると母は立てかけてあったただの棒のように真っ直ぐに倒れていった。別にどつかれて吹き飛ばされたわけではない。重さが一瞬にして無くなったかのように、静かに落ちていったのだ。

 そして電車に轢かれた。

 だから僕は母のことはあまり多くは知らない。でも、母がいつも僕に言い聞かせるようにしていっていた口癖がある。人の心は数直線じゃ表せないんだよ。母はなんどもそういっていた。その時の僕は数直線が聞き取れなくて、何を言っているのか全然分からなかった。でも中学に上がった時にきっとそう言っていたんだろうと気がついた。人の心は数直線じゃ表せない。母はこの言葉をどういう気持ちで言っていたのだろう。それがずっと気になって離れなかった。

 僕は母親が死んでしまってから、父と2人で暮らしていた。父はよく病院に出入りするようになり、僕もよく付き添った。もともと母がよく病院にかかる人だったので、病院に行くこと自体はあまり珍しいことではなかった。でも父と一緒に行くと、注射を打たれたり、いろんな検査をしたりすることが多かった。気づけば父親が白衣を着るようになった。そういう関係の仕事らしいのは知っていたが、詳しいことは知らなかった。

 そして、ある時、父は僕に向かって言ったのだ。

「あらゆる人を助けられるようになりなさい。それが私の願いだ。だから、人を見捨てないでほしい。もうあんな悲しみはごめんなんだ。約束できる?」

「うん」

「よし、いい子だ。」

 僕は今でもこの約束を覚えている。でも、ずっと人を恐れて人に近づこうとしなかった。近づかなければ、見捨てる見捨てないの選択をせずに済むから。人の死を知ってからは人に近づくのが怖くなってしまっていた。

 なぜなら、人が死ぬ確率が見えてしまうから。

 人の瞳の中に数字が見えるようになった。その数字がその人がその日死ぬ確率だ。いつ見えるようになったかは覚えてない。きっとあの病院通いの時なんだろうけど、意味がわかったのが、もっとあとだったから。そしてその数字はほとんど0以外が見えないことが多い。きっと確率が低すぎて、0以外の数が現れる位が遠いのだろう。だから瞳には映らない。でも、赤ちゃんとか、老人とかはやっぱり、他の人より確率は高くなる。でも、よっぽどのことがない限り死なないだろう、くらいの感じだった。

 だから、僕はあの数字を見て驚いたのだ。

 そして、父親の約束通り、助けなければと思った。でもそれは、叶わなかった。
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