緑の塔とレオナ

岬野葉々

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 館に跳んだ瞬間、ヴィーネの目の前には、樹にもたれ両腕を組んだシリウスがいた。

「やあ、お帰り。案外早かったな。もう、用事とやらは終わったのか?」

 悠然としたシリウスに呑まれぬよう、ヴィーネはそっと深呼吸した。

「君の眼鏡を返そうと、此処で待っていた。だが、何処かで代品を手に入れたようだな。――一応、返しておく」

 差し出された眼鏡を、ヴィーネは素直に受け取った。

「さて、――出立の準備は全て整った。後は、君だけだ。着の身着のまま、そのままで出発してもらってもこちらは構わない。合意が取れた今となっては、時間がとにかく惜しいからな。足りないものは途中で手に入れるし、私達は旅慣れている」

 自信に満ちたシリウスに、ヴィーネは軽く頭を下げた。

「よろしくお願いします。――出来れば、このまま出発したいのですが、……伯父様に伝えておかなければ」

 有言実行のもと、驚く程早く旅の用意を手配してくれたシリウスに、ヴィーネは感謝した。
 緑の路を使って移動できない以上、旅慣れた彼らと共に緑の塔を目指せるのを心強く思う。

「ああ、それも手配済だ。問題ない。……私と共に行くことは、しっかりと伝えておく。その上で後に問題が起これば、その責任は全て私が持とう」

「ありがとうございます。――では、行きます」

 踵を返し、シリウスと共に館の外へ向かうヴィーネの心に、ルシアーナと学び舎の三人の友の顔が浮かぶ――

(わたしがこんな風にいなくなったら、……きっと、心配するだろうな。ごめんね。帰ったら、謝るから――)

 心の中で詫びながらも、毅然として前を見据えるヴィーネの顔を、シリウスは横目で窺う。

(成程、よく化けている――なまじ森で本来の姿を見てしまったから、情報が一つでも欠ければ今日この時に出立するのは不可能だったろう。運が良かったな。……しかし、旅中は穏便に過ぎるだろうが、あの美貌を隠すのは惜しいな)

 早くもヴィーネの青い瞳を見つめ、見つめられたい想いに囚われるシリウスだった……。

 館の外では、騎士達が出発の用意を整え、整然と並び主を待っていた。

「君は、馬に乗れるか?」

 頷いたヴィーネに、シリウスは栗毛の馬を指さす。

「あれが君の馬だ。――ガイ! ヴィーネの世話を頼む」

 シリウスの命に、黒ずくめの青年ガイが進み出た――が、しかし、その時、横から赤毛の少女が飛び出してきて、ヴィーネに抱きつく。

「――え? シャール? 何故ここに?!」

 在り得ない展開に、ヴィーネは狼狽える。
 すると、今度は背後から、声がした。

「僕達を置いていくなんて、冷たいな」

「そうだ! しかも一言もなしだなんて……絶対に、許さない!」

「キール? ディン! どうして……?!」

 それっきり言葉を失ったヴィーネの前に、導師が現れた。

「導師様……」
 
「ヴィーネ、わしとあやつらもこの旅の道連れじゃ。老いぼれたとはいえ、乗馬は得意じゃ。身軽なあやつらもまた、騎士達に遅れは取るまい。さ、出発じゃ」

 静かに成り行きを見守っていたシリウスが、その言葉に口を出す。

「老師、お言葉ですが、これから向かう地は、御老体や子供が行くような場所ではありません。速やかにお引き取り願います」

「何だと?! 俺は子供じゃないっ! もうすぐ十五だ!」

 思わず叫んだディンに、シリウスはちらりと視線を寄越した後、また老師に向き直り、冷ややかに問う。

「――まだ未成年者を連れだしたのですか、老師? ご両親の許可は?」

「無論、ある。わしは、な。じゃが、その方こそ、ヴィーネのことは何とする? ……どうせ、書置き一つでこっそりと旅立とうとしておったのでは? ――あれほどルルス中に公爵来訪の噂をばらまいておいて、翌日にこれではな。見送りの一人も見当たらん。在り得ぬことじゃ。――さあさあ、このようなところで騒いでおったら、誰かに気付かれるぞ。時間が惜しいのじゃ、さっさと出発せぬか!」

 図星を指されたらしいシリウスは、押し黙った。

(確かに、ここで押し問答している場合ではないな。一刻も早く出発した方が、面倒は少なくて済む――まあ、良いか。ルルスから少し離れたところで追い返そう。どうせ、我々にはついて来られまい)

 決断を下したシリウスは、ひらりと愛馬に飛び乗った。

「では、御勝手に――ガイ! ヴィーネの面倒は任せたぞ。全員、出発する!」

 号令と共に、駆けだすシリウス。
 ヴィーネも後を追い、軽やかに栗毛の馬に飛び乗った後、気遣わし気に友人達を見た。

「シャール、キール、ディン! 来てくれてありがとう。……でも、一緒には行けない、来ては、駄目。後で必ず、説明するから。……どうかお願い、今は戻って」

 嘆願の言葉を残し、駆け去って行くヴィーネとそれにぴたりと寄り添うガイ。
 騎士達も、すぐにその後を追う。

 そして、当然のように導師と少年少女らも……。

「――帰れと言われて、素直に帰るわけないだろう?」

「当然よっ! 帰るときは、ヴィーネも一緒!」

「ずっと一緒にいられるこんな機会、逃すかよっ!」

 あっという間に騎士達に追いつき、追い越す見事な乗馬術――軽口を交わす余裕が、彼らにはまだあった。

 そうして、シリウスは先程の見通しの甘さを悔やむことになるのであった……。
 
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