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4 荒野その4

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 メタルギアジャイアントとアースジャイアントが土人形の突撃を止める。が、押される。その間に俺はウッドルフに無理矢理背中に乗せられ、全力でこの場を離れ始める。
 あ、ジャイアント2人が吹っ飛ばされた。次は他のジャイアント3人がとびかかるが、土人形は暴れながら飛翔を始める。
 お、ゴールドラゴンが土人形の足にしがみつき、その後すぐ蹴飛ばされてふきとんだ。見てわかるくらい力の差が歴然としている。
 美少女三人も属性攻撃を浴びせているが、それが効いてるかどうか、ここからではわからない。
 今、俺のレベルは41。土人形とのレベル差はきっと十。これまでもその程度のレベル差のモンスターとは戦ってきたが、今回の敵は、とんでもなく強く見える。
 勝てるかどうか、怪しい。あっ、今ジャイアント全員が振り落とされた。土人形がダイヤモンドワイバーンに噛みつき捕まえる。あがいていたダイヤモンドワイバーンは、およそ十秒後、光になって消えた。
 これ、やばくない?
 見てる感じ、とても勝てるような雰囲気ではないんだけど。
 皆が空中にいる土人形に向かって属性攻撃を浴びせる。けど土人形はそのほとんどを華麗に回避し、逆に地上へ突撃して猛威をふるう。
 これ、たぶんダメな感じだ。
 どう見ても、皆と敵との力量差がありすぎる。
「ウッドルフ、ここで止まってくれ」
「ワンッ」
 でも、だからといってこのまま皆がやられるところを見ていられる程、俺はなんとも思ってないわけじゃない。
「ヒロードラゴン、召喚」
 遅くなったが、増援。
「チャンスカードを二枚使って、キンカとキリを呼び出す!」
 そして更に、増援!
「ガアオオーン!」
「マスター、ご命令を」
 ヒロードラゴンが吠え、美少女二人が俺を見る。
「皆、あのモンスターを倒して、仲間を救ってくれ!」
「ガアオオーン!」
「イエスマスター」
「ワン!」
 すぐにヒロードラゴンも、キンカも、キリも、そしてウッドルフも全速力で、土人形へ向かっていく。
 更に、次だ。
「とっ君。召喚リストの確認をしたい!」
「イエスマスター」
 すぐ俺の目の前に、召喚リストが現れる。よし、皆無事だな。これ以上の仲間消滅はなんとしても避けたい。
「チャンスカードを二枚使って、ゴールドラゴンとフレイムピラージャイアントをパワーアップ!」
 これで、ここからでは見えないが、ゴールドラゴンとフレイムピラージャイアントがパワーアップしたはずだ。
 けど、使えるチャンスカードは八枚まで。九枚目は同時に、最後のターゲットでもあるから、それが無くなれば俺は敗北条件を満たし、その時点ですぐ全てのクリーチャーが消えてしまうはずだ。
 だからあとは、俺はただ見ているだけ。
 見ているだけしか、できないのかっ。
「皆、勝ってくれ。お願いだ!」
 これは、半分は俺のせいだ。
 俺が、ちゃんと危険を回避できなかったから、今皆が戦っているんだ。
 俺は、モンスターを倒してもらうために、クリーチャーを召喚した。だから、この戦いは、間違いではない。けど。
 昨日は目の前でメタルギアジャイアントがやられて、ヒロードラゴンもやられて、更に今日はダイヤモンドワイバーンまでやられるのを見て。
 これ以上、俺の前で、俺のせいで誰かがいなくなるのは、嫌だ!
「頼む、皆、無事に戻ってきてくれ!」
 必死ににらみつける。遠くでクリーチャー達と戦っている土人形を。
 それくらいしかできないけど、それしかできないから、俺はそれをやった。
 そうして、時がすぎるのを待った。

「レベルが上がりました」
 とっ君からのお知らせを聞いて、俺は戦いが勝って終わったことを知った。
 しばらくして、スイホ一人が飛んで俺の元まで来る。
 つまり、帰って来たのは、スイホだけだった。
 少しだけ安堵はするが、俺は思わず、両拳を握りしめ、うつむく。
「ごめん、皆」
「マスター、なんとかあのモンスターを倒すことができましたー!」
 スイホが俺の目の前で着地する。
「皆がやられたのは、俺の責任だ」
「ノーマスター。マスターは最善の行動をとり、そして私達は全力を尽くしました。その結果モンスターを倒せたのですから、この勝負は私達の勝ちですわ」
 スイホの言葉がやけに明るいのが気に障って、俺は思わずスイホを睨む。
「俺が判断を間違えなければ、皆無事だったんだぞ。俺は今、凄く後悔してるんだ!」
「ノーマスター。今回、暴走したのは私達クリーチャーです。それに、お言葉ですがマスター。私達は、全員後悔なんてしてませんよ」
 なんでスイホは、あんなモンスターと戦った後でも、平然としていられるんだっ。
 俺は、昨日も今日も、すぐ目の前までモンスターに迫られて、手も足も出なかったんだぞっ。皆が戦っている間、何もできなかったというのにっ。
「皆、幸せに消えました。あなたのために戦ったから、あなたへの思いと共に消えたんです。だから、皆、幸せでした」
「スイホ」
 思わずその顔を見る。すると、スイホはニコリと笑った。
「そして、こうしてまたあなたと会い、言葉を交わせることが、私の最高の幸せです。ですからマスター、できればマスターも笑って、皆の勝利を喜んでください。マスターに喜んでもらえることが、私達クリーチャーの幸せなのですわ」
 俺はその言葉を受け止め、笑おうとして、失敗して、かわりにスイホを抱きしめた。
「おかえり、スイホ」
「ただいま、マスター」
 少なくとも、今は。彼女だけここにいることに感謝しよう。

 やがてスイホから離れると、言った。
「スイホ。ひとまず今は、皆やられたし、ターゲットも残り一枚だから、一度特殊能力を終了させて、リセットしようと思う」
「はい。私もその案に賛成です」
 気を落ち着かせて、念じる。
「スイホを残して、一度特殊能力を終了させる」
「マスターからの特殊能力リセット要請をうけました。これよりスイホのみを残して、特殊能力を一度終了させます」
「頼む、とっ君」
「イエスマスター。只今、マスターの特殊能力を終了させました。またのご利用をお待ちしております」
 よし。これであと一時間したら、皆を再召喚できる。けど。
「ねえ、スイホ。皆は、また俺と会いたいかなあ」
 俺は、皆を見捨てて、盾にして逃げたんだ。そんな俺を、皆は許してくれるだろうか?
「イエスマスター。全員がマスターのためを思って尽くします。そこに他の何かしらの感情が入る余地はありません。あ、ですけど、マスターが私のみと一緒にいたいとおっしゃってくれるのでしたら、それはとてもうれしいです!」
「そうか。まあどっちみち、俺一人で生活するのは無理だから、結局はまた皆を頼って再召喚することになるんだろうけどさ。なんか、なさけねえ」
「大丈夫ですマスター。マスターがどんな方でも、私は絶対見捨てませんよ?」
 一瞬その言葉によりかかろうと思ったけど、それをしたら自分はダメ人間になるのではないだろうか。と思ったのでやめた。
「とにかく、あと一時間。スイホ、守ってくれ。ひとまず今は、ここから動かない方がいいか?」
「どうでしょう。今後のマスターのご予定はどうしますか。移動なら、私がおんぶかだっこをしてさしあげれば、マスターも高速で移動できますよ」
「それは遠慮しておこうかな」
 女の子におんぶにだっこされるって、かっこわるすぎる。だからダメ、絶対。
「それじゃあ、しばらく家まで歩こうか。一時間も歩いたら、結構移動してるよね」
 また召喚できるようになった後、皆に歩け。とは言いづらい。だから、少しでも家の近くに行っておきたい。
「イエスマスター。それでは私は、お供いたしますわ。家がある方角はあちらです。行きましょう」
 こうして、俺はスイホと一緒に、しばらく歩くことにした。

 少し歩くと、俺は虫を踏んだ。
 砂に埋もれていてわからなかったのだ。虫を踏んでいる足が、ものすごく振動する。
「ギチギチギチッ」
「いてっ」
「マスター、危ない。水の槍!」
 スイホが俺の足をきれいに避けつつ、虫を倒した。俺はその後でやっと、足を動かすことができた。
「ありがとう、スイホ。助かったよ」
「いえ、むしろこの事態は危険察知が遅れた私の責任です。マスター、どうか私をおしおきして殴り、蹴り、踏みつけ、踏みにじってください」
「そんなこと頼まれたってしないよ。けど、そうだった。この荒野にはところどころに虫がいるんだった。しかもどこに潜んでいるかわからない。イルフィンなら見つけられるんだろうけど」
「わ、私はイルカよりも役に立ちますよっ。そうだ、マスター、これからは私がマスターの前を歩きます。そうすればマスターが虫を踏む前に、私が虫を踏みつけます。そうやって対処しましょう!」
「うーん。虫を踏んでもダメージはあまりなかったし、それが無難か。じゃあ、お願い。スイホ」
「イエスマスター。私、がんばります!」
 こうして俺達は歩き続ける。そして俺は、考えた。
 特殊能力が復活したら、まず最初に誰を召喚しよう?
 移動するならウッドルフだ。けど、その前にまず、女の子達を召喚するべきではないか?
 俺のせいで消滅してしまったのは皆同じだが、何より気にすべきなのは人型クリーチャーだとも思う。だから、召喚するのは彼女達からにした方が良いのではないか?
 そう考えて、でも結局自分だけでは決められなかったから、結局スイホに相談した。
「ねえ、スイホ。まず先に誰を召喚したらいいか迷ってるんだけど、スイホは誰がいいと思う?」
「そうですね。では、移動に役立つウッドルフでよろしいのではないでしょうか。お腹が空いているのなら果物を出せるキリでしょうけど」
「やっぱり、女の子よりもウッドルフを召喚する方が良いのかな?」
「イエスマスター。今は移動中です。女の子を召喚してもさせることがありません。護衛は既に私がいますし。そう、私が護衛をしているのですから他の者は不要ですし!」
 なぜそこまで自信ありげに言えるんだ、スイホ。俺達さっきまで全滅の危機だったんだぞ。
「でも、さっきのことがあるから、気にするべきは移動とかよりも、女の子のことというか、体のことというか、気持ちのことだと思うんだけど。いや、気持ちというよりは、俺の気持ちというか」
「それこそ無用な心配りですわ。第一、皆が消滅したのは単に力が及ばなかったからです。負けたことを悔やむことはあっても、誰もそれで気落ちしたり、マスターのことを何か思うようなことはございません。私達はあなたのために尽くすことを喜びとする道具。そういう扱いで良いのです」
「そんなこと、俺は認められない」
 スイホは簡単に気にするなと言ってくれるけど、それじゃあ俺は納得できないんだ。
「皆は俺のために戦ってくれた。そんな皆を、道具みたいに思うなんてことはできない。俺だって、皆の力になりたい。皆が俺に対してそう思ってくれるみたいに」
「マスター」
 スイホは俺を見る。
「でしたら、マスター。マスターが私達のことを想ってくださるのなら、これからもどんどん私達を使ってください。マスターの力になることが、私達の幸せなのですから」
「スイホ」
 俺は思う。スイホは、良い子すぎる。いや、俺にとって都合が良すぎる。スイホの気持ちと、俺の気持ちが向いている方向は、きっと違う。
 神様。何もこんなに良い子を俺に授けなくても、良かったんですよ。
 そう思うと、自然と心も決まった。
「それじゃあ俺も、スイホ達のために力を尽くす」
「え?」
「スイホ達のために生きて、少しでもスイホ達の期待に応える。それが俺の、スイホ達を従える者としての在り方だと思う」
「マスター」
 スイホは驚くと、すぐに期待する顔になって、言った。
「あの、マスター。そのお言葉に、二言はありませんか?」
「ああ、ない」
「では、もしよろしければ私にも、マスターへの要望があります。あの、可能ならば、私をマスターの恋人にしてくださいませんか?」
「いや、それは断る!」
「ど、どうして!」
「だって神様からもらった力にふしだらなことしたら、ばちがあたりそうじゃないか!」
「そ、そんなことありません、では、私だけでなく、キリやキンカ、ドキ、ヒイコも恋人にすればどうでしょう。なんだったらイルフィンもつけます!」
「ますますダメだよ。よろしくないよ。そんなことしたらもう絶対神様に頭が上がらないよ。神様って夢の中に現れるんだよ。完全放置はできないよ!」
 これもスイホのおかげというべきか。
 スイホと話していると、いつの間にかうじうじ悩んでいたことも頭の中からふっとんで、しばらくの間二人で、偽りない気持ちを言い合った。
 そして俺が、絶対スイホ達には手を出さないようにしよう。と固く誓っていると、言いたいことを言い終えたスイホが気落ちしたので、俺は頭をなでて励ましてから再び歩き出した。
 頭をなでただけでご機嫌になったスイホは、本当俺に都合良すぎる存在だと思う。

 3 冒険終了。

 しばらく歩いていると、一時間が経過し、俺はクリーチャーの再召喚が可能になった。
 結局俺は、すぐにウッドルフを召喚し、背中に乗せて家まで移動してもらう。
 荒野の真ん中で女の子達を呼んでも、ただ無駄に歩かせるだけ。そう思ったので、今は移動を終えようと心を割り切ったのである。
 スイホもウッドルフの横を爆走し、時折虫を踏んでも、そのまま走り去る。やっぱりクリーチャーは凄いなあ。移動が快適だよ。
 そういえば、俺のレベルは今、45か。レベルが上がったせいか、前よりウッドルフの移動速度が上昇している気がする。やっぱり、レベル上げはするべきなんだな。皆が身を賭して土人形を倒した意味があったと思いたい。
 それから少しウッドルフが走っただけで、無事家に帰ることができた。日はまだ明るいけど、今日はもうずっと家にいよう。
「とうちゃーく、只今帰還しましたマスター!」
「ワオーン!」
 スイホとウッドルフが急停止する。俺はウッドルフの背からおりて、そこでふと思う。
「うん。ただいま。ところで、ウッドルフ。ウッドルフもボス土人形にやられたんだよね。その時のこと、憶えてる?」
「ワン!」
「マスター、ウッドルフは、もちろん憶えてますって言っていますわ!」
 スイホが元気よくそう言った。ウッドルフもうんうんとうなずく。
 そうか。憶えてるのか。
 俺はウッドルフの頭をなでた。
「ごめんね。そしてありがとう。命を顧みず戦ってくれて。お前のおかげで、スイホだけでも俺の前に戻ってきてくれたよ」
「ワン!」
「そうです。俺のおかげです。もっと褒めてって言ってますわ。って、調子にのるなこの駄犬があー!」
 スイホがウッドルフを叩く。
「ワン!」
「こら、スイホ。乱暴はやめろ!」
「ひうっ。わ、私だって頑張ったんですよ。ウッドルフより活躍しました。だってウッドルフ一瞬でやられてたし。だから、私のこともちゃんと褒めてくださーい!」
「わかったよ。スイホ、よくやってくれた」
 俺は仕方なく二人を同時になでる。
「えへへへー」
「クウーン」
 二人共、俺への好感度がマックスだなあ。やっぱり俺の特殊能力、都合良すぎる。
「オーケーマスター。それでは、神様にクリーチャーの反抗期モードの導入を申請しますか?」
 贅沢な悩みをもっていたら、それをとっ君がくみとってくれた。
「いや、とっ君。それはそれであったら大変そうだ。絶対いらない」
「イエスマスター」
 危ない危ない。今でも俺がふがいないのに、更にややこしいことになるところだった。
 さて、それじゃあ。そろそろ、二人目。いや、三人目のクリーチャーを召喚しようか。もう、移動中に再召喚に必要な待ち時間は経過しているからな。
「それじゃあ、キリ、召喚」
 俺は二人をなでるのをやめる。すると、目の前に一枚のカードが現れ、それがキリに変わる。
「お呼びでしょうか、マスター」
「うん。それで、まず先に確認だけど、キリもモンスターと戦ったこと、憶えてるよね?」
「イエスマスター。ご期待に沿えず戦闘中に消滅してしまい、真に申し訳ありません」
「いや、それはいいんだ。ていうか、それは俺のせいだ。でも、それはもうなんとかなったから、力を尽くしてくれて、ありがとうキリ」
「マスター。もう、新たな敗北は積み重ねません。私は今度こそ、マスターのお役に立ってみせます」
「ああ。俺も前以上に、戦いには慎重になる。絶対お前達を大切にするからね」
「もったいないお言葉、ありがとうございます」
「それじゃあキリ。今言うのもなんだけど、ご飯を食べたい。果物を適当にいくつか出してくれる?」
「イエスマスター。すぐにお出ししますね」
「マスター、お水もありますよ!」
「うん。ありがとうスイホ」
 ひとまず水を飲む。そして考えを改める。
「キリ。やっぱりご飯は、皆を召喚した後で、そろって食べようか」
「イエスマスター。それではもっと果物を出しておきますね」
 そう言ってキリは、どんどん果物を生み出していった。
 三分後。
 無事、キンカ、ドキ、ヒイコも召喚する。
 そして皆でそろって食事。他のドラゴンやジャイアント達は、呼び出しても退屈させるだけなような気がしたので、今はまだ召喚しない。
 こうして食べていると、肉や白飯が無いのが寂しい。でもそれ以上に、今以上に強くなりたいという思いが強い。
 あの土人形に、皆がやられて悔しかったんだ。負けたくなかったら、強くなるしかない。弱いままではいられない。
 でも、冷静に考えると、あの修行の場が一番安定してレベル上げできそうなんだよな。モンスターといっても修行の場で生まれて、戦うだけの存在だから、倒すことに抵抗はないし。
「あの修行の場は、しばらくするとモンスターがレベル1にリセットされるんだっけ?」
 皆が食べた果物の残りの皮等を、ヒイコが集めるのを見ながら、俺が言う。
「はい。リセットのタイミングはわかりませんでしたが、情報に間違いがなければそうなります」
 キリが言う。
「ということは、また挑めるってことだな。あんなことがあった後だけど、俺はあの場所がレベルを上げるのに適した場所だと思っている。だから、また明日にでも行きたい。皆はどう思う?」
「私は、マスターの意見に賛成ですわ!」
 スイホが言う。
「私も、それが良いと思います。あの結果のままこのまま終わりというのも釈然としませんし」
 キリが言う。
「マスターに賛成」
 ドキが言う。
「使えるものは、なんでも使う方が良いだろう」
 キンカが言う。
「私もだ。ファイア」
 ヒイコがそう言って集めた生ごみを炎で燃やす。
「ワン!」
 ウッドルフもやる気のようだ。
 俺はうなずいた。
「そうか。それじゃあ、また行こう。じゃあ今日は、後はどうしようか」
 まだ日暮れまで時間がある。それまでに何をするべきか。
「私は、マスターのお家をもっと改善したいと思います」
 キリが言う。
「私も、マスターの剣と鎧の制作を続けよう」
 キンカが言う。
「うん。ありがとう、キリ、キンカ」
「私は、えーっと、えーっと、ずーっとマスターと一緒にいますわ!」
 スイホが元気に言う。うん、つまり何も決まってないね。
「マスターの命令を、待つ」
「私も、できればマスターから何か命令がほしいな」
 ドキとヒイコがそう言う。
「そうか。わかった。それじゃあ」
「マスター、エッチな命令でもいいですわ!」
 スイホはなぜ突然笑顔でそんなことを言えるのだろう?
「そんなことはしないよ。それじゃあ、皆。今日は残りの時間ずっと、戦闘訓練をしていよう。皆が戦っているのを見て、俺も戦えるようになりたいなって思ったんだ。だから、皆に稽古をつけてほしい」
「そんな。マスター、戦闘なら私達に任せてくれ」
「ワン!」
 ヒイコが言う。ウッドルフも同意見のようだ。
「けど、常に私達がマスターの護衛をしていられないということも事実。マスターに戦う術を身につけてもらうのは、悪いことじゃない」
 ドキが言う。
「そうね。それではマスター。不肖ながらこの私が、マスターに戦いを教えます!」
「待った。先に私が教える」
「何を言っているんだ。私が一番に決まっているだろう」
「ワンワン!」
 皆が俺をおいて睨み合う。
「あー。とにかく、じゃんけんで決めよう」
 俺はそう提案した。

 前足でじゃんけんができないウッドルフは、グーなら右を向く。チョキなら上を向く。パーなら左を向く。というルールを採用した。
 その結果。まずウッドルフが俺の相手となってくれることになった。他の皆は、少し離れて訓練のなりゆきを見守ってくれる。
 俺とウッドルフが、向き合う。
「マスター。練習用の、武器」
「ああ。ありがとう、ドキ」
 ドキから木刀を渡される。そういえば、キンカが剣を作ってくれるまでは木刀でも振ってろって言われてたな。これはそのやつか。よし、早速やろう。
「それじゃあウッドルフ。訓練よろしく頼む」
「ワン!」
「ひとまず、ケガをしない程度にやろう。寸止めとか」
「あ、そのことですがマスター。もう私は今のレベルで治癒水を生み出すことができるので、ちょっとの傷くらいすぐ治せますわ。それに、マスターは常に9枚のターゲットに守られているはずなので、どうぞ思う存分戦ってください!」
 スイホにそう言われる。治癒水って何?
 いや、ここは魔法あり、モンスター有りのハードモードワールド。回復アイテムがあったって驚くことではないか。
「わかった。スイホ、もしもの時は頼む。それじゃあウッドルフ、遠慮なしでいいぞ!」
「ワン!」
 ウッドルフは一鳴きした直後、急加速して俺に突進した。
 うわっ、ちょっと速すぎる!
「うわあ!」
 どしーん!
 なんとウッドルフは、難なく前足で俺を押し倒した。おかげで俺は地面とウッドルフに挟まれ、動けなくなる。
「ま、マスター!」
 見守ってくれている美少女たちが、思わずといった感じで叫んだ。
「ハッハッ。ペロペロ」
 ウッドルフが舌で俺をなめてくる。
 あー、これ。もう完全に俺の負けだな。
「ウッドルフ、マスターから離れろ!」
 きつい口調でヒイコが言う。するとウッドルフは名残惜しそうに俺から離れた。
 俺は立ち上がる。
「くっ。今のは訓練じゃなかったら完全に食われてたな。正に完全敗北だ」
「マスター、お怪我はありませんか!」
 スイホが慌てて近寄って来る。
「ああ、なんともないよ。ウッドルフが手加減してくれたからね。だから、そんなに慌てなくてもいいよ」
「いいえ、マスターのこと、とても心配」
 ドキがそう言う。と言われてもなあ。
「マスター、ウッドルフとの訓練は、まだ早いかもしれません。これからは私と訓練しましょう」
 ヒイコがそんなことを言ってくる。
「ずるい、ヒイコ。私が二番目」
「そうよヒイコ。次は私がマスターにだきつきますわ!」
「いいや、私だ!」
「私」
「あの、ちょっと待って、三人とも」
「なんでしょうか、マスター!」
 三人の勢いが凄い。というかさあ。
「今、次に俺にだきつくのは誰か、決めてない?」
「イエスマスター」
 三人とも首肯が同時だった。ハモられてしまった。
「いや、普通にそういうことが目的じゃないから。じゃあ、木刀はもう一本あるよね。人型の三人とは、木刀同士で戦おう。美少女にとびつかれても、訓練にはならないよ。避けようとするのもなんか違う気がするし」
「えー」
 三人から同時に言われる。またしてもハモられてしまった。
「ていうか、俺の戦闘訓練なんだよ、皆真面目にやってよ!」
「ですがマスター、私もマスターにだきつきたいです」
「私も」
「ああ。ウッドルフだけずるい。しかも、あんなに顔をペロペロと。くうっ、うらやましい」
 どうやら三人とも、俺の訓練に真面目につきあう気はないみたいだ。悲しい。
「だったら、だきつく、のはやりすぎだとして、後で感謝の頭なでなでとかしてあげるから、とにかく今そういうことはなしにして」
「頭なでなで」
「マスターからのご褒美」
「むう、それなら良いか」
 提案したのは俺だが、三人は変なところに妥協点を見出してしまった。
「イエスマスター。ですが、後で絶対やってくださいね!」
 三人に念を押される。またハモられる。
「わ、わかった」
 俺は、うなずくしかなかった。
「ワオーン」
 ウッドルフはそんな俺達を見て、呆れたように一鳴きした。
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