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三、八月十一日(月)陸前高田③
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レインボー・サライに戻った。
少し時間が早かったので、夕方までひと寝入り。起きたら、また買い出しだ。
……声がする。冨山さんが近所のオバさんらしき人と表で話している。オバさんが帰った後、冨山さんがやって来た。
「よかったら、どうぞ」
湯がいたトウモロコシだ。
「貰ったんだけど、一人じゃ食べ切れなくてね」
有り難くいただいた。夕食メニューに追加だ。
娘を起こし、買い物に。またまた距離800メートルの往復である。
夕暮れの空が綺麗だ。盛り土の向こうの山が、オレンジ色の雲に包まれている。手前の灰色の雲の上には、まだ染まり切る前の青い空。電信柱から伸びる六本の電線が、オレンジ色の雲と青い空に黒い筋を引く。夕空を見るのは久しぶり。不思議だけれど、こんなに綺麗な空はここだけにしかないような気がした。
「お父! 踏まんとってよ!」
コンビニからの帰り道、娘の声に思わず下を見た。道いっぱいに、小さなカタツムリが這い出しているのだ。踏まないよう、注意深く道の脇へ迂回する。
雨上がり家を担いでカタツムリ
往くみち暮れみち遠いみち
今夜は花火大会があると「陸前高田 未来商店街」のホームページにあった。同時に、冨山さんのフェイスブックには「100万人の線香花火大会に参加」と。
大きな花火は豪快でみんな盛り上がること請け合いだ。でもなあ、である。月命日、どうせなら心静かに偲びたい。そこでコンビニの買い物に線香花火を追加していたのだが、勢いよく燃える普通の家庭用の花火しか無い。派手なものや音の出るものでは興ざめだ。仕方がない。冨山さんの線香花火を側で見物させて貰おう。
娘は僕の意見に大賛成。多分冨山さん、自前の庭での参加だろうと当たりを付けた。陸前高田花火大会は午後七時スタート。線香花火大会は七時三十分に全国いっせいに始めるというイベントだ。
遠くで「どおん!」と花火の音。白ワインを飲みながら二十五分間待つことしばし。頃は良しと表に出た。冨山さん、思った通り車寄せの脇で、一人花火大会やっている。
「見せて貰うてかまんですか?」
近づきながら声を掛ける。
「どうぞどうぞ」と、僕たちにも一本ずつ線香花火を渡してくれた。
「太いローソクですね」と、娘はその炎で火を点ける。
「線香花火たった一袋だけだものねえ、貰ったの。どうせくれるんだったら線香花火、そのローソクの太さ分くらい欲しかったなあ」
それでも供養の線香花火、させて貰えるだけで充分充分。
背にする山の向こうから「どおん! どおうん!」と響く音。夜空には雲間にスーパー・ムーンの満ちた月。揺らぐローソクの炎の側で散る松葉、柳の線香花火。いいじゃないですか。スマホで線香花火のオレンジ色の光をパチリ、パチリ。娘に教えられた滅多にお目に掛かれないスーパー・ムーンにもスマホをかざす。が、雲に隠れた。スマホをかざしたまま、シャッター・チャンスを待つ。
僕の様子を見ていた冨山さん、ぽつりと言った。
「大切なものは、胸の内に刻んでおくんです」
「ああ。その通りですね」
恥ずかしくなって、僕はスマホをポケットに仕舞った。
カメラ嫌いだった僕はどこに行ったのだろう。撮るのも撮られるのも嫌いだった僕は。普段の生活でも旅でも、頭の中に風景を焼き付けていたのに。今回の旅の最中にハマってしまったフェイスブック。フェイスブックは写真入りが伝わりやすい。でも魅力的な情報伝達最新簡易機能付き文明の利器は、手軽な便利さの代償に何かしら大切なものをすり減らすのかも知れない。
「コーヒーいかがですか?」と、冨山さん。
「大好きながです。いただきます」
「美味しいコーヒー、淹れてあげますよ」
スタスタと事務所へ向かう冨山さん。あんな颯爽とした白髪ナイス・ジェントルマンになりたいものだ、と思う。おまんは修行が足らん。精進ぜよ、精進!
しばらく雲から出たり隠れたりする満月を仰ぎ見ていると、カップを三つ乗せたお盆を抱えた冨山さんが戻って来た。
「お待たせ」
美味しいコーヒーを飲みながらのスーパー・ムーン観月の宴。「レインボー・サライのお楽しみ」はこれだったのだ。最高のお楽しみではないか。
「実は、冨山さんの映っていた新聞の写真。あれが忘れられんかったがです」
二〇一一年四月三日の高知新聞に、「夢の店 レコード1枚に」という見出しで冨山さんの写真(三月二十日、陸前高田市=河北新報提供)が掲載されていた。店の跡地で見つけたレコードを手に、厳しい顔で彼方を見詰める姿。後ろにはガレキや壁のない建物。何かしらグッと来た。僕に出来ることはないだろうか。レコードやプレイヤーを送ることを考えた。しかし、店もないのに送られて来ても困るだろう。いつでも送れるように準備だけはした。他に僕の出来たことは義援金を送るだけ。いつか店を再開したなら、訪ねてみよう。そう思ったまま三年半が過ぎてしまった。
今年、友人の画家と作った絵本の原画展を東京と高知で開いた。旧知の神奈川の音楽家田中賢・多眞美さん夫妻が会場に訪ねて来てくれ十年ぶりの再会を果たしたのだが、その時何かの弾みで冨山さんの写真のことを話した。
「待って、待って。中尊寺経由で被災地に蓄音機送った人、いたじゃない?」と、多眞美さん。
「ああ、国分寺の……」と、賢さん。
話が急接近し出した。
「マスターは今、ジャズ喫茶じゃなくて『虹のなんとか』いうログハウスの宿泊施設やってるって言ってなかった?」
「そうそう」
「その蓄音機送った人、私たちの知り合いかもよ」
確かめてみる、ということになった。
後日、「やっぱりそうだった」という連絡。蓄音機を送った野口さんという方とも直接電話で話を聞くことが出来た。それで夏休みを利用しての東北行となったのだ。事が進む時はとんとん進む。
「あんな顔、ボクは普段しないんだけどね」
「プロのカメラマンは一瞬を逃しませんき」
「レコードがたまたまガレキの間に残っててね。それ拾ったんだけど、『これ、どうするよ。使い道もないのに』。で、ポイって捨てちゃった」
「捨てちゃった?」
「新聞の連中、驚いて『いいんですか?』って。いいに決まってる」
何ともあっさり、未練のカケラも無い。
「思い切りがえいがですねえ」
「大船渡の最初の店が焼けた時、ボクは放火だと思ってるけど、全て失ったと思ったよ。その時は『真空状態』。昇華したような感じだったね。何にも無くなった。だから何でも出来る、みたいな感覚。それからだよ、出来るだけ何も持たないようにして来たのは」
人は生きて自分の人生を作る。けれどもそれは、人生が人を作ることでもある。
「こっちに移って三ヵ月で、今度は被災。『ケ・セラ・セラ』。何とかなるさ、だよ」
「ジャズ喫茶じゃのうてバンガローのホテルにしたがは、何か理由があるがです?」
「喫茶店はすぐには出来ない。ホテル稼業はお手のものだし、ひょんな思いつきでね」
「ひょんな?」
「全てキット。少人数で組み立て可能。しかも安上がり」
「なぁるほど」
「『カラフルにしたい』って言ったら、『せっかくの木目を活かせ』って。『何言ってる。この辺り、木目ばかりじゃないか』。で、色塗った。宿泊の女性客には大好評。あはは」
何とも屈託がない。
「ジャズはいつごろから?」
「高校の時に、兄貴に勧められてね。オスカー・ピーターソンの『ウェストサイド・ストーリー』を聞いたら、『電気ショック』!」
「映画もよかったですろう」
「何度も見たねえ。それ以来、ジャズにズブズブと」
「じゃ、ジャズ喫茶の方は?」
「申請中。十一月に通ったら、三月四日に補助金が出る。再開したいねえ、ここに『h. イマジン Ⅳ』を」
「喫茶店出来たら、また必ず来ます。コーヒー飲みに。ジャズ聞きに」
「はい、どうぞ。お待ちしてます」
夢は捨てない、どんな境遇でも。にこにこ笑う、苦しければ苦しいほど。
ナイス・ジェントルマンに心を込めて、「ごちそうさま」。そうして、「おやすみなさい」。
なるようになる生き様を照らす月
生きてこそ命つなげてこそ夢
少し時間が早かったので、夕方までひと寝入り。起きたら、また買い出しだ。
……声がする。冨山さんが近所のオバさんらしき人と表で話している。オバさんが帰った後、冨山さんがやって来た。
「よかったら、どうぞ」
湯がいたトウモロコシだ。
「貰ったんだけど、一人じゃ食べ切れなくてね」
有り難くいただいた。夕食メニューに追加だ。
娘を起こし、買い物に。またまた距離800メートルの往復である。
夕暮れの空が綺麗だ。盛り土の向こうの山が、オレンジ色の雲に包まれている。手前の灰色の雲の上には、まだ染まり切る前の青い空。電信柱から伸びる六本の電線が、オレンジ色の雲と青い空に黒い筋を引く。夕空を見るのは久しぶり。不思議だけれど、こんなに綺麗な空はここだけにしかないような気がした。
「お父! 踏まんとってよ!」
コンビニからの帰り道、娘の声に思わず下を見た。道いっぱいに、小さなカタツムリが這い出しているのだ。踏まないよう、注意深く道の脇へ迂回する。
雨上がり家を担いでカタツムリ
往くみち暮れみち遠いみち
今夜は花火大会があると「陸前高田 未来商店街」のホームページにあった。同時に、冨山さんのフェイスブックには「100万人の線香花火大会に参加」と。
大きな花火は豪快でみんな盛り上がること請け合いだ。でもなあ、である。月命日、どうせなら心静かに偲びたい。そこでコンビニの買い物に線香花火を追加していたのだが、勢いよく燃える普通の家庭用の花火しか無い。派手なものや音の出るものでは興ざめだ。仕方がない。冨山さんの線香花火を側で見物させて貰おう。
娘は僕の意見に大賛成。多分冨山さん、自前の庭での参加だろうと当たりを付けた。陸前高田花火大会は午後七時スタート。線香花火大会は七時三十分に全国いっせいに始めるというイベントだ。
遠くで「どおん!」と花火の音。白ワインを飲みながら二十五分間待つことしばし。頃は良しと表に出た。冨山さん、思った通り車寄せの脇で、一人花火大会やっている。
「見せて貰うてかまんですか?」
近づきながら声を掛ける。
「どうぞどうぞ」と、僕たちにも一本ずつ線香花火を渡してくれた。
「太いローソクですね」と、娘はその炎で火を点ける。
「線香花火たった一袋だけだものねえ、貰ったの。どうせくれるんだったら線香花火、そのローソクの太さ分くらい欲しかったなあ」
それでも供養の線香花火、させて貰えるだけで充分充分。
背にする山の向こうから「どおん! どおうん!」と響く音。夜空には雲間にスーパー・ムーンの満ちた月。揺らぐローソクの炎の側で散る松葉、柳の線香花火。いいじゃないですか。スマホで線香花火のオレンジ色の光をパチリ、パチリ。娘に教えられた滅多にお目に掛かれないスーパー・ムーンにもスマホをかざす。が、雲に隠れた。スマホをかざしたまま、シャッター・チャンスを待つ。
僕の様子を見ていた冨山さん、ぽつりと言った。
「大切なものは、胸の内に刻んでおくんです」
「ああ。その通りですね」
恥ずかしくなって、僕はスマホをポケットに仕舞った。
カメラ嫌いだった僕はどこに行ったのだろう。撮るのも撮られるのも嫌いだった僕は。普段の生活でも旅でも、頭の中に風景を焼き付けていたのに。今回の旅の最中にハマってしまったフェイスブック。フェイスブックは写真入りが伝わりやすい。でも魅力的な情報伝達最新簡易機能付き文明の利器は、手軽な便利さの代償に何かしら大切なものをすり減らすのかも知れない。
「コーヒーいかがですか?」と、冨山さん。
「大好きながです。いただきます」
「美味しいコーヒー、淹れてあげますよ」
スタスタと事務所へ向かう冨山さん。あんな颯爽とした白髪ナイス・ジェントルマンになりたいものだ、と思う。おまんは修行が足らん。精進ぜよ、精進!
しばらく雲から出たり隠れたりする満月を仰ぎ見ていると、カップを三つ乗せたお盆を抱えた冨山さんが戻って来た。
「お待たせ」
美味しいコーヒーを飲みながらのスーパー・ムーン観月の宴。「レインボー・サライのお楽しみ」はこれだったのだ。最高のお楽しみではないか。
「実は、冨山さんの映っていた新聞の写真。あれが忘れられんかったがです」
二〇一一年四月三日の高知新聞に、「夢の店 レコード1枚に」という見出しで冨山さんの写真(三月二十日、陸前高田市=河北新報提供)が掲載されていた。店の跡地で見つけたレコードを手に、厳しい顔で彼方を見詰める姿。後ろにはガレキや壁のない建物。何かしらグッと来た。僕に出来ることはないだろうか。レコードやプレイヤーを送ることを考えた。しかし、店もないのに送られて来ても困るだろう。いつでも送れるように準備だけはした。他に僕の出来たことは義援金を送るだけ。いつか店を再開したなら、訪ねてみよう。そう思ったまま三年半が過ぎてしまった。
今年、友人の画家と作った絵本の原画展を東京と高知で開いた。旧知の神奈川の音楽家田中賢・多眞美さん夫妻が会場に訪ねて来てくれ十年ぶりの再会を果たしたのだが、その時何かの弾みで冨山さんの写真のことを話した。
「待って、待って。中尊寺経由で被災地に蓄音機送った人、いたじゃない?」と、多眞美さん。
「ああ、国分寺の……」と、賢さん。
話が急接近し出した。
「マスターは今、ジャズ喫茶じゃなくて『虹のなんとか』いうログハウスの宿泊施設やってるって言ってなかった?」
「そうそう」
「その蓄音機送った人、私たちの知り合いかもよ」
確かめてみる、ということになった。
後日、「やっぱりそうだった」という連絡。蓄音機を送った野口さんという方とも直接電話で話を聞くことが出来た。それで夏休みを利用しての東北行となったのだ。事が進む時はとんとん進む。
「あんな顔、ボクは普段しないんだけどね」
「プロのカメラマンは一瞬を逃しませんき」
「レコードがたまたまガレキの間に残っててね。それ拾ったんだけど、『これ、どうするよ。使い道もないのに』。で、ポイって捨てちゃった」
「捨てちゃった?」
「新聞の連中、驚いて『いいんですか?』って。いいに決まってる」
何ともあっさり、未練のカケラも無い。
「思い切りがえいがですねえ」
「大船渡の最初の店が焼けた時、ボクは放火だと思ってるけど、全て失ったと思ったよ。その時は『真空状態』。昇華したような感じだったね。何にも無くなった。だから何でも出来る、みたいな感覚。それからだよ、出来るだけ何も持たないようにして来たのは」
人は生きて自分の人生を作る。けれどもそれは、人生が人を作ることでもある。
「こっちに移って三ヵ月で、今度は被災。『ケ・セラ・セラ』。何とかなるさ、だよ」
「ジャズ喫茶じゃのうてバンガローのホテルにしたがは、何か理由があるがです?」
「喫茶店はすぐには出来ない。ホテル稼業はお手のものだし、ひょんな思いつきでね」
「ひょんな?」
「全てキット。少人数で組み立て可能。しかも安上がり」
「なぁるほど」
「『カラフルにしたい』って言ったら、『せっかくの木目を活かせ』って。『何言ってる。この辺り、木目ばかりじゃないか』。で、色塗った。宿泊の女性客には大好評。あはは」
何とも屈託がない。
「ジャズはいつごろから?」
「高校の時に、兄貴に勧められてね。オスカー・ピーターソンの『ウェストサイド・ストーリー』を聞いたら、『電気ショック』!」
「映画もよかったですろう」
「何度も見たねえ。それ以来、ジャズにズブズブと」
「じゃ、ジャズ喫茶の方は?」
「申請中。十一月に通ったら、三月四日に補助金が出る。再開したいねえ、ここに『h. イマジン Ⅳ』を」
「喫茶店出来たら、また必ず来ます。コーヒー飲みに。ジャズ聞きに」
「はい、どうぞ。お待ちしてます」
夢は捨てない、どんな境遇でも。にこにこ笑う、苦しければ苦しいほど。
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