救急車、来たねぇ

戸浦 隆

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一、小学生①

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 小学校の校庭の片隅に、鉄棒が三つ並んでいる。
 ボクは一番左端の、高い鉄棒の前に立った。鉄棒はボクの首の高さで、両手で掴むとヒヤリと痛い。
 右足、続けて左足を振り上げる。けれど、途中で落ちるんだ。鉄棒の高さの空気の層に弾き返されるみたいに。
 り方が弱いのかな? 腕の引きつけが甘いのかな?
 順手を逆手さかてに変えてみる。けれど、やっぱり「逆上がり」は出来なかった。
 それからボクは、隣の砂場に行った。そこにはボクの背たけより、ずっと高い鉄棒がある。
 ボクは飛びつき、右ひざの裏を掛けた。振り子みたいに左足をまっすぐ下に振ると、くるりと体は鉄棒の上だ。両手をつっぱって左脚を前に抜き、鉄棒の上に腰掛けた。
 校舎の裏のところどころには、山桜がうす桃色にかすんで見える。校庭に並ぶ桜は満開で、だからかえってしいんとさびしい。動いているのは、教員室の先生の影だけだ。
 なぜ「逆上がり」が出来ないんだろう。「足掛け上がり」はこんなに上手く出来るのに。

 ほんとはボクは、高いところが苦手なんだ。急所がぞんぞんして来るから。
 もう降りようと思った時、目の前に男の子の顔がぬっと現れた。
「救急車、来たねぇ」
 そう言うと、男の子の顔はすっと消えた。
(何? 今の……)
「救急車、来たねぇ」
 また男の子の顔がボクの真正面に現れ、下に降りてゆく。
 砂場を見下ろすと、緑色の四角いトランポリンの台が置いてある。下を見てしまったから、また急所がぞんぞんした。
「日が暮れるぞぉ! 早く帰れぇ!」
 教員室の窓から、先生が大声で言った。
 ボクは声のする教員室の方を見上げた。
 その途端、体がぐらっと前のめりになった。両手に力を入れてこらえる。
 するとまた目の前に、男の子の顔が飛び出した。
「救急車、来たねぇ」
 顔はすぐに、すっと消えた。
 こらえ切れずに体のバランスがくずれる。
「あっ!」
 ボクの体は落下し、顔から砂に突っ込んだ。口も鼻も砂だらけで、急に力が抜けてゆく。
「大丈夫か!」
 いつの間にか先生が側にいた。先生が口や鼻に指を突っ込み、砂をかき出す。
 ボクは口の中の砂をペッペッと吐き出そうとした。けれどつばが出なくて、吐き出せない。
「トランポリン……」
「トランポリン?」
「砂場に……」
「そんなもの、どこにもないぞ」
「あの男の子は……」
「いいから、黙ってろ!」
 先生に言われなくても、それ以上ボクは口がきけなかった。
 先生がボクを背に負い、走り出す。
 でも、確かにトランポリンがあったんだ。そうして、トランポリンで跳ねてた男の子がボクに言ったんだ。「救急車、来たねぇ」って。
 先生の背の上で、ボクの体は揺すられる。そのたびに、ボクの首がガクガク揺れた。
 校庭の桜ののざわめきが聞こえる。舞う花びらがボクに降り掛かる……。
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