救急車、来たねぇ

戸浦 隆

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二、小学生②

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 授業が終わると、掃除が始まる。
 机やイスを教室の後ろに下げ、長ボウキでく。その後、ゾウキンで木の床をくんだ。
 冬はバケツの水でゾウキンを洗うと、手がかじかんで痛い。だから長ボウキは人気がある。けれど五本しかないから奪い合いだ。結局、長ボウキは力の強い男子のものになってしまう。ほかの子はみんなゾウキン組だ。順番に、替わりばんこにすればいいのにな。
 長ボウキ組は床を掃くと、黒板の側でたむろするんだ。先生が見回りに来ると、掃くフリをする。
 楽して何がいいんだろう? 後ろめたい気持ちにならないのかな?
 ボクは奪い合いは嫌いだ。いつもゾウキン組だけれど、それでいいと思ってる。
 長ボウキ組の一人が、ボクを廊下に呼び出した。
「お前、カッコつけんな」
「つけてなんかない」
「女子にモテたいんか」
「こんなことない」
「ウソつけ!」

 いきなりその子が突進して来た。ボクはその子に組みつく。二人は倒れ、上になったり下になったり取っ組み合った。
「先生が来た!」
 誰かの声で、二人はほかの生徒たちに引き離された。
「お前、あいつが好きなんやろ」
 取っ組み合った子が、ボクをにらみながら言った。
「あいつ?」
「ヤマガタ、好きなんやろ」
 ヤマガタは転校生の女の子で、勉強がよく出来た。走るのも速くて、運動会ではリレーのアンカーを任されるくらいだ。だから、みんなの目を引く子だった。
「なんだい、あんな黒んぼう」
 ボクは言い返した。
 ちょうどその時、ヤマガタがボクの後ろから前に通り過ぎた。
(あっ!)
 しまった、と思った。
(聞かれた!)
 ヤマガタは、ボクが初めて好きになった女の子なんだ。同じ図書委員だし帰り道も同じだし、時々話をしてるうちに。
 取っ組み合った男子もヤマガタが好きだったんだ、と気がついた。

「何やってる。掃除は済んだんか?」
 先生の声で、みんな教室に入った。机をきちんと並べ席に着く。
「ヤマガタ」
「はい」
 教壇に立った先生に呼ばれ、ヤマガタが立ち上がる。
「きょうでヤマガタは転校だ。さみしくなるが、ヤマガタならどこの学校でも充分やっていける。みんな、ヤマガタを温かく送り出してやれ」
 みんなが拍手した。
 ボクは拍手しながら、別のことにばかり気を取られてた。
(ヤマガタに謝らないと……)
「起立!」
 級長の掛け声で、みんなが立ち上がる。
「礼!」
「先生、さようなら! みなさん、さようなら!」
 先生が教室を出る。みんなもカバンをかかえ、教室を出て行く。ボクを見てクスクス笑いながら。
 ボクは何のことだか分からない。

 ヤマガタが、黒板の隅で立ち止まった。黒板を見つめ、それからボクをちょっと振り返り出て行った。
(謝らないと……)
 ボクはヤマガタを追い掛けた。
 黒板に何か書いてある。ボクは思わず足を止めた。
 すると突然、男の子の顔が目の前に現れた。
「救急車、来たねぇ」
 そして、すっと消えた。
(何? 今の……)
 足元を見ると、小さな緑色のトランポリンがある。小さな男の子がボクの目の高さまでぴょんと跳ね上がった。
「救急車、来たねぇ」
 ボクが目をパチクリする間に、男の子も緑のトランポリンも消えていた。
 黒板の隅に書かれているものが目に留まる。相合い傘だ。傘の下には、ヤマガタとボクの名前が書いてある。顔と頭が熱くなった。
 ボクは黒板消しで、傘と名前を消した。うすく残る跡がすっかり見えなくなるまで、懸命に消した。ごめんよ、ごめんよ……と、胸の内で繰り返しながら。
 謝る機会を失ったまま、ヤマガタは転校して行った。
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