良心市

戸浦 隆

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四、ルロイのいたずら

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 夫が市場から戻って来た。それで、夫にこの話をした。
 犯人探しをしたことは叱られた。けれど男の子が働きに来るようになったことは、とてもほめてくれた。
「でも、やっぱり不思議ねえ」
「ルロイのしわざじゃないか?」
 ルロイというのは、ルロイ・ド・ココナのこと。この町が出来るずっと前から、この土地に住んでいる小さい人だ。背はきっかり16センチ、こげ茶のセーターに赤いズボンと緑の上着を着ている。でも、その姿を見たものはいない。いや、いるにはいる。でも、おとなになると見たことを忘れてしまう。
 ルロイは、とっても気むずかし屋だ。そして、とってもいたずら好きだ。
 たとえば、雪道で足をすべらせ転んだおばあさんがいた。それを見て笑った子どもたち。木の枝に積もっていた雪を、頭の上からどっさり落とされた。
 たとえば、磨いていた窓ガラスを割ってしまったお店の女の子がいた。それをこっぴどく叱ったお店のあるじ。店に入ろうとしてつまずき、入口のガラス戸に頭から突っ込んだ。
 こんな時、この辺りの人たちは決まって言う。「またルロイがいたずらしてる」って。

「でも、どうしてなのかしら。1ゼラを10ゼラに変えたり、10ゼラを1ゼラに戻したり」
「あいつは『ひねくれもの』だからな」
「いっそ変えたままだったら、面倒なことにならなかったのに」
「ひょっとしたら、オレたちに考えさせたかったのかも知れないな」
「何を?」
「良心ってやつを、さ」
「どういうこと?」
「野菜棚の野菜は、どれも10ゼラにしてる」
「わたしたちの本業は市場へ仕入れることだから、もうけなくてもいいもの」
「そうだな。だから、お客さんも喜んで買ってくれる。それはお客さんとオレたちとの約束みたいなもんだ」
 夫は、お茶をひと口すすった。
 目の前の畑では、水をやった野菜の葉がきらきらと緑の色を輝かせている。
「だけど数とお金が合わないと、嫌な気分になっただろう?」
「そうなの。何だかごまかされたみたいで」
「約束にしばられてたんだよ、オレたち。約束は守らなきゃならない。だけど『守らなきゃ』が過ぎると、きゅうくつになる。
 良心はお金では計れない。お客さんに良心があれば、それでいいんじゃないかな。安いし野菜がおいしいからって、20ゼラ入れてくれる人があるかも知れない」

「そうね。持ち合わせのないお客さんは、次の日に払ってもいいものね」
 わたしもお茶をひと口すする。
 テラスにそよぐ風が心地いい。
「わたしたちにも、良心ってものがないといけないわね。貼り紙しようとか、犯人探しするなんて。ああ、何てわたしはバカなんだろう」
「そうでもないさ」 
 夫が、笑いながら言った。
「結局『ルロイのいたずら』にひっかかって、お前はいいことをしたんだから」
 テラスから見る畑は、二人の宝ものだ。その宝ものを作る楽しみを、今度は三人で味わうことになる。わたしたちはお茶を飲みながら、明日来る男の子のことを話し合った。
 その時、テラスの屋根の上で、誰かが笑っているような気がした。
「カッカッカッ」
 緑の上着を来た小さな人が坐っていたのかも知れない。もちろん姿は見えないし、笑い声も聞こえるはずはないのだけれど……。

       ── 了 ──
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