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十七、鎌倉御成~雪ノ下
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門脇の潜り戸を抜け、亮二は小庭の飛び石伝いに玄関口まで来た。その途端、家の中で電話が鳴った。亮二は慌てて鍵を取り出し、鍵穴に差し込もうとする。だが、焦ると何事も思うように運ばないものだ。鍵は穴の周辺で闇雲にさ迷い、やっと穴に潜り込んだ。が、右にも左にも回ろうとしない。もう一度抜いて挿し直し、ようやく扉は開いた。鍵を回す時にコツがあるのだ。しばらくやっていなかったから忘れていた。心持ち扉を持ち上げ機嫌を取りながら鍵を回さないと言うことを聞いてくれない。まるで親父みたいだとぶつぶつ言いながら、それでも急いで靴を脱ぎ家に上がった。慌てていたから、靴の片方は脱いだ拍子に玄関口の端まで飛んでしまっている。気にはなったが、とにかく電話に跳びついた。
受話器から、骨太のダミ声が叫んだ。
「坊(ぼん)だろ? 千恵ちゃん、大丈夫かい?」
源爺だ。
「ええ。打ちどころが良かったみたいで。大したことはありません。足をくじいて腰を少し打っただけです。念のため精密検査をするから、二、三日は入院しないといけないかな」
「階段から落ちたんだって? 泡食ったウチの八重が病院にすっ飛んでったんだが、ウンともスンとも言って来やしない。会わなかったかい?」
「僕が病院に行った時には、八重おばさん、おふくろとキャッキャッて笑ってました」
「こっちの心配棚に上げて喋繰(しゃべく)ってるって? どうせそんなことだと思ってた」
「おふくろ、言ってましたよ。辛気くさい病室にいたら、却って病人になる。八重さんが来てくれて良かったって」
「そうかい。まあ、大したことで無くって良かった」
「大丈夫です。笑う元気があるんですから」
「人とお喋りして一緒にケタケタ笑うしか能の無いヤツだからな、あいつぁ。周りに迷惑掛けなきゃいいんだが」
母の心配もしてくれているのだろうが、八重の方が気に懸かっているような源爺の口振りに、亮二は口元がほころんだ。
「迷惑どころか。八重おばさんは周りを明るくしてくれますからね。他の患者さんも早く病気が治るんじゃないですか?」
「坊ぐらいだ、そんなふうに言ってくれるのは」
「そんなことありませんよ。八重おばさん、人気者なんです。源爺は八重おばさんのこと、過小評価し過ぎてますよ」
「オレにとっちゃあ、あいつが人様に人気があるかどうかなんて、どうでもいいんだ。側に居てきっちりオレの仕事を支えてくれてりゃ、それでな」
「はは。源爺は八重おばさんがいないと、からっきしですね」
「男ってのは、そんなもんだ。偉そうなこと言ってても結局は女が居ないと横のものを縦にも出来ない、しょうもない生きモンだ。坊も早いとこいい女を見つけな。おっと、もう見つけてっか。ははは」
そう言って、電話は切れた。
受話器を置いて玄関に戻り、靴を直した。すると今度は、ジーンズのポケットの携帯電話が亮二を呼んだ。
瑞希だった。
電話の向こうから柔らかく、だが心配がそのまま言葉に滲む声が響いた。
「お母さん、どう?」
「うん、大丈夫。しばらくは病院にいなくちゃいけないみたいだけどね」
「お見舞いに行きたいんだけど」
「それほどの大怪我じゃないよ。それに瑞希のことは何も話してないから、突然美女が現れたら血圧が上がって入院が長引くかもな」
「あら。私のこと美人って思ってくれてるの?」
「まあ、ね」
「ありがと。何かお礼をしなくっちゃ」
「お礼は怖いからいい」
「もおう。蹴飛ばしちゃうぞ」
「東京から鎌倉まで届くくらい脚が長かったっけ」
「今、鎌倉駅に来てるの。駅から届くくらいには私の脚、長いよ。方角はどっち?」
驚いた。瑞希が鎌倉まで来ているとは思ってもいなかった。亮二はすぐに迎えに行くと返事をして、電話を切った。八重から連絡があり、亮二は取るものも取り敢えず鎌倉の病院に駆け着けたのだが、瑞希はじっとしていられなかったのだろう、二時間後には亮二を追って来たことになる。
二十分ほどで駅に着いたが、瑞希の姿は見えなかった。探しに動くと、却って会えないかも知れない。仕方なく駅の西口に繋がる地下道の下り口に佇んで携帯電話を取り出した。
四、五回の電子音が瑞希の声に変わった。
「はい」
「どこに居るんだよ」
「ごめんなさい。じっと待つの苦手だから、ぶらぶら歩いてるの」
「どこを?」
「どこかな、ここ」
「そう言われたって、こっちには解らない。近くに何が見える?」
「えーと。あ、亮ちゃん」
「え?」
ぽんと亮二の肩が叩かれた。
「会えたね」
亮二は振り向いた。明るい瑞希の笑顔があった。
「待たせたら悪いと思って急いで来たのに、こっちが待たされるんだからなあ」
「悪い、悪い」
瑞希はぺろっと舌を出した。
「江ノ電乗り場に出て御成通りっていう商店街を覗き見してたの。小町通りと違って、人通りが少ないのね。お陰でゆっくり冷やかすことが出来たわ」
屈託の無い瑞希の返事に、亮二は苦笑するしかなかった。
「何しに鎌倉に来たんだか」
「もちろん亮ちゃんのお母さんのことが心配だったのよ。でも、会わせてくれそうな口振りじゃなかったし、予定変更」
「せっかく来たんだ。『鎌倉らんぶりんぐ』に付き合うか」
「『らんぶりんぐ』って?」
「荷馬車がガタガタ音を立てて走ったり、雷雲や空腹でゴロゴロ音が鳴ったり、人がブウブウ不平を言ったり、あれこれ噂をするということ。アメリカの俗語では『路上の喧嘩』、イギリスの俗語では『真相を探す』とか『正体をみつける』という意味もある。綴り字が『ru』じゃなくて『ra』だと、『ぶらぶら歩く』とか『うねりくねった』とかいう意味」
「じゃあ、『何だかんだ言いながら鎌倉を歩き回って、美味しいもの食べて、歴史の真相に迫る』ってことね」
「まあ、そんなとこかな」
「早速だけど、気になることがあるの」
「何?」
「御成って地名」
「じゃあ、御成町から『らんぶりんぐ』しようか」
二人は地下道の坂を下った。
鎌倉駅の東口と西口を結ぶ地下道は横須賀線の線路下を潜っている。長さ百五十メートル、幅五メートル、高さは三メートル近くある歩行者専用の通路だ。タイル貼りの壁は地下道ギャラリーとなっていて、市民の活動や催しを報せる展示物が掲示してある。
「これ、楽しい絵だなって、さっき思いながら通ったのよ」
地下道の真ん中辺りに大きなタイル絵が嵌(は)め込まれていて、様々の人物がいかにも楽しそうにカラフルに描かれている。
「『フクちゃん』って知ってる?」
「ううん、知らない」
「新聞の四コマ漫画の主人公の名前なんだけど、『サザエさん』のもっと前だから知らなくて当たり前か。その作者の横山隆一さんが描いた『鎌倉カーニバル』という絵。横山さんは高知県出身の漫画家で、鎌倉には昭和十年頃に移り住んで来たんだ。ずいぶん自由な発想の人だったらしいよ」
「そうね。この絵を見てるだけで、何だかうきうきして来るもの」
「横山さんの家は駅の西口から真っ直ぐ行った市役所前にあってね。散歩の時、花の種を手に持って家を出たんだって」
「ふうん。で、どうするの。その花の種」
「歩きながら、あちこちの家の庭に撒(ま)くんだって。芽が出るかどうかは種任せ。花の咲く時期になって、撒かれた家の人が不思議がる。あれっ? こんな花の種、植えたっけって」
「まるで『花咲か爺さん』ね」
「種撒いて、人の喜ぶ顔を想像するのが楽しかったんだろうな」
「素敵なお爺さん」
地下道を抜けると、JRの鎌倉駅と江ノ島電鉄鎌倉駅の並ぶ西口広場に出る。駅を出た人々の大半は西口広場から今二人が通った地下道を潜り、鎌倉のメインストリートに足を向ける。広場には人力車が数台並んでいて、若い車夫が観光客に盛んに声を掛けていた。
亮二と瑞希は駅前から市役所の方へ歩いた。スクランブル交差点で信号待ちをしている間、亮二が指を示して説明した。
「左の角地が市役所。右手に『紀ノ国屋』って見えるだろ」
「本屋さん?」
「じゃなくてスーパーマーケット。昔はテニスコートだったんだ。今の天皇が皇太子の時代には美智子妃とプレーしたこともある」
「へええ。由緒正しいテニスコートがスーパーに」
「『紀ノ国屋』も由緒正しいスーパーだよ。日本初のスーパーマーケットだからね。鎌倉出店する時は周囲の景観を損なわないように配慮した設計をしてるし、高級な食品しか扱わなかった」
信号が変わって車が止まり、人の群れが縦横に交差点を渡り始めた。二人も市庁舎の角に向かって交差点を斜めに渡った。
「駅の西は昭和の時代、東は鎌倉の時代って区分されてるのかしら」
「鎌倉人は歴史を重んじるからね。大切なものは後世に残すのが今生きてる人の務めだろ、西東に関わらず」
瑞希は納得した。各界の多くの人が鎌倉に移り住み、市井の多くの人が鎌倉に惹かれてやって来るのも、地元の人々の鎌倉を愛する気持ちがあるからなのだろう。自然を愛し、町を育てて来た先人たちの思いを引き継ごうという心は、鎌倉でなくても日本国中の誰しもが持たねばならないと思う。
「でもね」
市庁舎の植え込みに沿って南に下りながら、亮二が言った。
「鎌倉で事業や商売に成功してる人の多くは鎌倉人じゃない。鎌倉人は人が良過ぎるんだ。人の世話はよくするんだけど自分の世話は後回し、みたいなとこがある」
瑞希は、くすっと笑った。
「人の世話も自分の世話も出来ない鎌倉人もいるみたい」
「僕のこと? 大きなお世話だ」
「お世話したげるわよ、心配しなくても」
「心配はしてないよ。でも、まあ、お世話は有り難いと言っておく」
石造りのベンチが二つ三つ置いてある。腰を下ろすところは木の板材が嵌め込まれていて、坐り心地を損なわないようにしていた。そんなところにも鎌倉の人の配慮が感じられる。坐ってジュースを飲んでいる母子もいれば、心地よく寝転がっている人もいた。
市庁舎の敷地に続く小学校の大きな冠木門(かぶきもん)の前で、亮二は立ち止まった。冠木というのは門柱の上部を貫く横木のことで、門には屋根が無い。高さが三メートルはゆうにある。閉じられた門の左脇の大きな門札に「鎌倉市立御成小学校」の文字が彫られている。
「ここが僕の出身校」
「ずいぶん立派な学校ね」
「ここは明治天皇の第八皇女と第九皇女のために造られた御用邸だったんだ。御用邸は箱根、葉山にあって三番目になる。関東大震災で倒壊した後、昭和初期に鎌倉に払い下げられた」
「それがこの小学校? 皇族が御成りになるところだから『御成』の名が付いたの? すっごく由緒があるじゃない」
「もともとこの一帯は、北条義時・泰時・時頼三代に仕えていた御家人諏訪盛重の邸があったところ。森や池や神社があって、それをそっくり御用邸の敷地内に取り込んだ。戦前は紀元節に町内の児童生徒たちが招かれたというから、鎌倉の人たちは皇族にずいぶん親近感を持ってたらしい」
「やっぱり他の町とは違う雰囲気があるもの、鎌倉は」
瑞希は亮二が羨ましくなって来た。上質の空気の中で育った子供時代は何ものにも代え難い。環境が人を育てるとはよく言われるが、亮二を見ているとそれを実感する。
「校章も皇室の紋『五七の桐』なんだ。だけど『五七の桐』は皇室以外が用いることは憚(はばか)られる。で、真ん中の七つ花のうちの二つを『御成』の文字で隠してあった」
「何だか亮ちゃんが尊いお方のように見えて来た」
「茶化すなよ。僕は通ってただけで、皇族だったわけじゃない」
「それはそうだけど。話を聞いてるうちに見る眼が違って来るってよくあるじゃない」
「印象は、いろんなところから意識に刷り込まれるからね」
「あ。陶子さんも同じようなこと言ってた。頼朝は意識の刷り込みをやったんだって」
「そうか。じゃあ、もう一つ意識を刷り込もうかな。この門札の字ね、俳人の高浜虚子の字なんだ。それを鎌倉彫の名人が彫った。今は二代目の門札だけど、それも虚子の孫の書いた字を名人の二代目さんが彫ってる。どう? 今度は芸術の匂いがして来ただろ」
「芸術的で高尚な亮ちゃん? うーん」
瑞希がまじまじと亮二を見る。
「やっぱり亮ちゃんは亮ちゃん。お尻を叩かないと走らない、女にだらしない『鎌倉殿』。さっきのは私の錯覚」
「甘くなかったか」
「そうよ。人生甘く見ると、後で泣きを見るんだから」
二人は歩き始めた。小学校の敷地が尽きるところに押しボタン式の信号機がある。亮二がボタンを押し、信号の変わるのを待った。
「亮ちゃんの家はこの近くなの?」
「中学校まではね」
「どの辺?」
「小学校の脇のこの道を少し登ると市立中央図書館があるんだ。その近く。図書館を通り過ぎて、坂を真っ直ぐ上った突き当たりが御成中学校」
「じゃあ、今は?」
「鶴岡八幡宮近くの雪ノ下。親父が気に入った家を見つけて、高校に進学する前に移った」
「高校は?」
「何だい。おたく、どこかの身辺調査所の人?」
「あはは、ごめんなさい。亮ちゃんのこと、あんまり知らないから。せっかく鎌倉に来たんだし、亮ちゃんのこといろいろ訊きたくて。訊いて何か都合の悪いことなんかある?」
瑞希の頭の隅を、尾藤香澄美の姿がよぎった。
「ないよ、そんなもの」
ない、とぶっきら棒に言いながら、亮二の表情は何となく固くなった。
信号が青に変わった。道路を渡った角に石碑が立っている。
「これは?」
「問注所の跡」
字が彫ってあるが、所々かすれて見えない。亮二が掻い摘まんで説明した。
問注所は鎌倉幕府の裁判所に当たる。最初は大蔵幕府に置かれていた。人が集まり騒ぐので、二代将軍頼家が正治元年(一一九九年)にこの地に移した。この碑は大正六年(一九一七年)、鎌倉青年会によって建てられたものだという。
「大蔵って?」
「頼朝が鎌倉入りした時に御所を建てた場所が大蔵郷。幕府が置かれてたんだ。大蔵幕府にあった問注所をここに移したことで、頼家は立場を悪くする」
「なぜ?」
「頼朝が行った政治は変えてはならないという『不易の法』を破ったんだ。頼朝と共に幕府の体制を築き上げて来た御家人たちは快く思わなかっただろうな。頼家としては御家人たちによかれと思ってしたんだろうけれど。両者の確執が頼家の悲劇を生んだとも言えるんじゃないかな」
「ふうん。頼家は自分で自分の首を絞めてたのか」
「大蔵御所跡は雪ノ下にある。家から近いし碑も建ってるから、後で案内するよ」
「やっぱり鎌倉は歴史の町ね。至る所に史跡があって」
「この小道を抜けて御成通りに出よう」
細い路地を辿ると、別の路地と交差した。その角を曲がると御成通りに出た。小間物屋、陶器やガラス食器の店、アクセサリー店、うなぎ屋、洋品店、お茶屋、カフェなど庶民が立ち寄り易い店が並んでいる。お香や鎌倉彫の小物を置いている店では、着物姿の若く清々(すがすが)しい女性店主が観光客の年配の女性に丁寧に商品の説明をしていた。
「おや、先ほどのお嬢さん。いいもの見つかった?」
カジュアルな服やバッグを軒先にぶら提げている店の前だ。白髪の髪を後ろに束ね、ジーンズにカラフルなチェックのシャツ、モス・グリーンのカーデガンを引っ掛けたヤンキー風の爺さんが声を掛けた。
瑞希は足を止めて微笑んだ。
「ええ。一番いいもの見つけたわ」
言いながら瑞希が右手で亮二の腕を取り、左手の人差し指で亮二を指差した。
「ほお。なかなかいいもの見つけたね。ワシがもう二十も若かったら代わってやれるんだがな。右手が寂しくなったら、いつでも声掛けてよ。ワシの店、覚えただろう?」
「ありがとう。その時はお願いね」
バイバイと手を振って、瑞希は歩き出した。
「ビックリだな。誰とでも知り合いになるんだから」
「誰とでも、じゃないわよ。気に入った人だけ。そこんとこ、ちゃあんと知っててね。誰とでもは、あのお爺さんの方よ」
目配せした瑞希の視線の先で、ヤンキー爺さんが今度は買い物帰りの近所のオバさんに気軽に声を掛けている。
「いいもの見つけた?」
「このところ野菜が高くって。でも大根、いいのあったわよ」
「大根か。いい大根なら『ふろふき』だな。大根の代わりは出来んが、旦那の代わりに食べることは出来るよ」
「ウチのは大食いだから、代わって貰えると助かるわあ」
オバさんは「後でお裾分け持って来てあげる」と言って、店の前を離れて行った。
垣間見える心安い街の情緒を楽しみながら、瑞希が言った。
「亮ちゃん、高校は?」
「さっきの続きかい?」
「身辺調査員としては、一応ね」
「ケンカマ」
「ケンカマ?」
「ああ。県立鎌倉高校。縮めて『ケンカマ』。地元では、みんなそう呼んでる」
「なるほどね」
「鎌倉市内から公立高校を目指すと『ケンカマ』になるかな、やっぱり。私立校もあるし、横浜や藤沢の超エリート高校に行く連中もいるけど」
「どこにあるの、『ケンカマ』は」
「江ノ電に乗って行ってみる?」
「うん、行く」
御成通りを抜けると駅前に出る。江ノ電に乗るのは久し振りだ。平日だが観光客は多い。席に坐るのもやっとだった。
電車は鎌倉駅を出ると二分ほどで最初の駅に着く。瑞希は車内のアナウンスの言葉を口の中で繰り返した。
「和田塚………」
「ほら、和田義盛って覚えてるだろ」
「ええ。やっぱりそうなのね。『梶原君総すかん同盟』の」
「義盛は相模三浦党の一族で、畠山・比企氏が滅ぼされた後、北条氏を除けば三浦義村と並ぶ頼朝以来の旧臣だった。和田塚は北条義時に討たれた和田義盛とその一族を弔うために造られたんだ。駅から歩いてすぐの所に二十基ほどの五輪塔が建ってる」
「和田義盛も北条氏に?」
「うん。三浦義村と組んで義時を討とうとしたんだ。ところが、義村が義時に寝返って通報した。で、義時は先手を打って和田一族を奇襲。実朝に対する謀反人という汚名を着せてね」
「多分、三浦義村も滅ぼされたんでしょ、北条氏に」
「三十数年後だけどね。義時の子時頼の代に」
「ほらね。有力御家人はすっかり居なくなり、北条氏は万々歳」
動き出した電車は由比ガ浜を過ぎ、長谷駅に停まる。観光客の大半がここで降りた。見所がたくさんあるからだ。北に高徳院の鎌倉大仏、長谷寺の長谷観音、甘縄神明社、光則寺、御霊神社、鎌倉文士の著書や原稿・愛用品などを展示する鎌倉文学館が点在している。南に北条泰時が建立した成就院があり、ここから眺める由比ガ浜の向こうには三浦半島が望める。
長谷駅を出た江ノ電は唯一のトンネルを通った。次に極楽寺、稲村ガ崎と駅が続く。稲村ガ崎を出ると、家と家の間を縫って走っていた電車の窓から急に相模の海が広々と開けた。車内が一気に明るい光に解放され、乗客は一斉に海に眼をやる。七里ガ浜駅を過ぎて、電車が止まった。駅ではない。行き違いのための停車だと、アナウンスが告げた。
「江ノ電は単線だし、十二分おきに出てるからね」
亮二が続けた。
「どこかで行き違いをしないといけない。鎌倉駅からだと、長谷駅とここ。朝電に遅れて乗った時なんか焦ったよ。眼の前が駅なのに着かないんだから」
「焦っても、どうしようもないんでしょ。観念して、ぼけーっと海を眺めてたらいいのに」
「せっかちなんだ、僕は」
「先生に怒られるのが嫌だっただけじゃない?」
「核心をつくなあ」
「もう大体解っちゃったからね、亮ちゃんのこと」
「へええ。どんなふうに?」
「よく言えば、繊細で周りに気を配る人」
「悪く言えば?」
「ええ格好しいの臆病モン」
「ボロかすだな」
「あら、こんなこと無いわよ。『ええ格好しい』であるためには気を張ってなくちゃならないでしょ。自分を律しないと出来ないもの。でも、度が過ぎると鼻に付く」
「ふうん。じゃあ、『臆病モン』は?」
「無闇やたらに羽目外ししない。つまり、思慮深いってこと。でも、度が過ぎると人生の楽しみを知らずに済んでしまう」
「ものは言いようだな」
「まあ、程度によって良さや悪さが出て、その人の色を決めるのよ、きっと」
前から上りの電車が近付き、通り過ぎて行った。再び動き出した電車は、あっという間に鎌倉高校前の駅に滑り込む。
降りたのは亮二と瑞希の二人だけだった。
瑞希は亮二の後について駅を出た。十四、五メートルほど鎌倉寄りに戻ると、亮二は左に折れた。北に向かってかなり急勾配の坂が伸びている。右手にも坂道がある。そっちは団地に続くんだ、と亮二は言った。二人は北の坂を登った。幅六メートルほどの舗装道路を挟んで、両脇に高い塀の住宅が並ぶ。息が上がるほどの急な坂道だ。しばらく行くと、坂の頂点に達した。左は外壁が淡いピンク色の大きな病院で、門柱に「聖テレシア病院」とある。
「こっちだよ」
亮二が病院の向かいを指差した。さらに急勾配の坂が校門を割って上に伸びている。春休みだからだろう、門の鉄柵は閉じられていた。
「中に入るかい?」
「関係者以外は立ち入り禁止、て書いてるわよ」
「僕らは関係者だろ」
「でも、いい」
「遠慮してる?」
「遠慮じゃないよ。私の我がままで、ここまで連れて来て貰ったけど。もう充分」
「そうか?」
校門から中に入れば、亮二の青春時代にずかずか入り込むような気がする。自分がそうであったように、亮二もまた眩しく瞬く喜びや鈍く引き摺る苦い思いを抱えて高校生活を送った筈だ。碓井圭介や尾藤香澄美たちとの思い出、他人には言いたくない持て余す思春期の淀み………。そういった個々人固有の領域に入り込むのは、何だか気が引けた。亮二はあまり過去のことに触れたがらない。自分が望まなければここまで連れて来ることもなかっただろう。出会ってからの亮二を、今のそのままの亮二を受け止めるだけでいい。瑞希は、そう思ったのだった。
下る坂に向けた足を、二人は途中で止めた。どこかの女子大生だろうか、一人がデジカメを構えている。被写体のもう一人は道路を走る車の途切れを捉え、小走りに道の真ん中に立った。坂に建つ瀟洒(しょうしゃ)な住宅をバックに、シャッターが押される。二枚、三枚と撮っていると、車のクラクションが鳴った。慌てて歩道に駆け戻る女の子の脇を、車が立て続けに通った。
海から風が吹き上げて来る。体が持ち上げられそうなほど強い風だ。坂道を駆け下り勢いよく地を蹴れば、体は空中にふわりと浮き上がり、キラキラと輝く相模の青い海の上まで飛んで行けそうだ。
学校の帰りにこの坂道を下る時、亮二は何度もそう思ったことを思い出した。瑞希にそのことを話そうと振り返った。
瑞希は、亮二を真っ直ぐに見ていた。坂道と両脇の住宅に切り取られた四角い相模の海を背景に、高校生の亮二が立っている。一瞬フラッシュバックした亮二の姿が、瑞希の網膜のフィルムに焼き付いた。
「本当だわ。このジュース、美味しい!」
ガラス越しに二の鳥居を見下ろしながら、瑞希が言った。
亮二が連れて来たのは若宮大路のスーパーマーケットだった。喫茶店に行く前に買い物でもするのかな、と瑞希は思った。店の中ほどにあるエスカレーターで二階の生鮮品売り場に上がる。亮二はエレベーターの右手の果物を置いてある棚へ向かった。お母さんに何かフルーツを買うのだろうという瑞希の想像は、見事に外れた。棚の脇を抜けると、そこが喫茶室になっていたのだ。
手前にボックス席が六つ、奥に全面ガラス張りの長いカウンター席だけの、こじんまりとした喫茶室だ。カウンター席は椅子が全て若宮大路を向いている。カウンターには観光客らしい中年の女性が一人、紅茶とケーキを前に坐っていた。一つ席を空けて地元の人らしい、こちらは中年をかなり越した男性がタバコをくゆらせながらコーヒーを飲んでいる。亮二と瑞希は男性と席を一つ隔て、一番奥の席に並んで坐った。
「ここはね、正真正銘の生ジュースを出してくれるんだ。水も濃縮還元ジュースも加えない、果物をそのまま搾っただけの、百パーセント生ジュース」
亮二と瑞希はグレープフルーツのジュースを頼んだ。厨房が丸見えなので、瑞希は首を伸ばした。店長らしい痩せた人の手元を追う。グレープフルーツを半分に切り、果汁を搾っている。グラスに氷を入れ、搾った果汁を注ぐとお盆に載せた。本当に果汁以外は入れなかった。運んで来たウェイターの若者が、「もしお使いなら」とシロップを添えて眼の前に置く。ひと口ストローで啜って、瑞希は眼を丸くしたのだった。
ガラス窓から下を覗くと、相変わらず若宮大路は車と人で溢れている。二の鳥居の向こうには、カトリック雪ノ下教会を挟んで鶴岡八幡宮側に浅羽屋という立派なビルのうなぎ専門店、右手に鎌倉警察署が見える。警察署の角にお巡りさんが一人立ち、往来に眼を配っていた。その前を空の人力車が走って通る。法被(はっぴ)姿で引いている車夫は女の子だった。思わず瑞希は眼で追った。
通りの喧騒はガラスに遮られ、ほとんど聞こえない。店の奥、瑞希の隣に置かれた自動ピアノが奏でる軽快なジャズが店の空間を満たしていた。
ジュースを飲み干した頃、小さな男の子と女の子を連れた若い夫婦が入って来た。亮二たちの背後のボックス席に着く。これがいい、あれがいいと注文の品を選ぶ声は元気いっぱいだ。子供たちのお目当ては、どうやらスウィーツらしい。ウェイターは店長に家族の注文を告げると、自動ピアノの曲を変えた。ディズニーの曲目をアレンジしたジャズだ。ウェイターの心配りの優しさが、「星に願いを」のメロディーに乗って店内に流れる。
「いい店ね」
「だろ。気取りが無くて」
「美味しいジュースの後は、どこを『らんぶりんぐ』?」
「頼朝の墓」
「いよいよ大御所の登場ね」
二人は立ち上がり、店を出た。
若宮大路を上る。一の鳥居の前で右手に折れ、横大路を歩く。道路の幅が狭く歩道が無いので、車と接触しそうだ。
東に伸びる横大路の突き当たりの宝戒寺からは、北へ金沢街道が続く。ここからは車道の両脇に歩道が設置されていて、心持ち気分を楽に歩くことが出来る。二人は道路の左側の歩道を歩いた。
「八幡宮の東隣のこの一帯に政所が置かれてたんだ。あそこに信号があるだろ。あの北にあったのが小御所」
「小御所って?」
「将軍の住居の一つで、子供たちが住んでた所。今は横浜国大の付属鎌倉小中学校の敷地になってる」
「大蔵御所は?」
「その東隣」
信号を過ぎ、金沢街道に沿って四つ目の角を左に折れた。五、六メートル入っただけで通りの喧騒が薄れ、閑静な佇まいの一画が広がっている。いくつかの小路が交差する四つ辻の一つに大蔵幕府跡の碑が建っていた。
「ここが大蔵幕府のあった中心」
「どのくらいの広さだったの?」
「こっちがね………」
そう言いながら、亮二が東を向いた。
「清泉小学校。その西の端の通りまで、そうだな、百五十メートルはあるかな。そうして………」
今度は反対の方角へ体を回れ右した。
「横浜国大小中学校までが百三十メートルくらい。それから………」
今歩いて来た道を振り返った。
「金沢街道までが百メートル」
くるりと反転して北を向いた。
「清泉小学校の北の端までが百三十メートル。目測だから荒っぽい数値だけどね。この碑を中心にして東西南北それぞれに広げた大きさ」
瑞希は声が出なかった。大蔵御所に小御所を加えると、鶴岡八幡宮をそっくり丸呑みするほどの広さだ。改めて頼朝の力の大きさを実感した。
亮二は歩き出した。瑞希も亮二の足に自分の足を揃えた。
「この辺りが雪ノ下?」
「ここもそう」
「ここもって?」
「八幡宮の南、一の鳥居から二の鳥居の中ほどまでが雪ノ下一丁目。八幡宮の西隣一帯が雪ノ下二丁目。八幡宮の東、つまり大蔵御所のあったこの辺りが三丁目で、金沢街道の南が四丁目」
「じゃあ、八幡宮の周囲ぐるりが雪ノ下なの。でも、雪ノ下って綺麗な名前ね」
「もともとは八幡宮の裏手の谷を指していたんだ。建久二年だったかな、頼朝が八幡宮の別当坊で雪見をした。その時、御家人に命じて山辺の雪を北谷に運ばせたんだ。『氷室(ひむろ)を構えて、夏の炎暑を消すべし』と言ってね」
「それが雪ノ下の地名の由来?」
「そう。『吾妻鏡』には三代将軍実朝の時に『雪ノ下』という文字が初めて出て来る」
歩道に埋め込まれている笹竜胆(ささりんどう)の源氏の紋を焼き付けたタイルを辿りながら、瑞希は亮二の説明に頷いた。路地の角に右手にある蕎麦屋の案内が掲げられている。繁華街ではなく、静かな住宅地の中にぽつんと蕎麦屋があるのも鎌倉らしい。道沿いに植えられた桜は、もう少し暖かくなれば蕾がほころぶ。桜の花を眺めながら亮二と歩くのも楽しいだろうな、と瑞希は思った。
道の突き当たりに白い旗が何本も立ち並んでいる。「白旗神社」の文字が黒く染められた旗は地元の保存会の人たちが作ったもので、石段脇に保存協力の浄財を求める札が立てられてあった。石段の手前の掲示板には、小学生の手になる「法華堂跡」の解説が貼られている。稚拙な大きな文字が、「一生懸命書きました。読んで下さい」と言っているようだ。頼朝が持仏を祀り、その死後に廟所(びょうしょ)とされたのが法華堂で、明治の廃仏毀釈(きしゃく)で白旗神社となったとある。
亮二が石段を登り、瑞希も後に続いた。登り詰めた正面に笠石を五つ重ねた、高さが二メートルほどの墓が建っている。
「これが頼朝の墓?」
亮二は、黙って頷いた。
瑞希は唖然とした。平家を追討し、鎌倉幕府を作った源氏の棟梁を祀るにしてはあまりにも質素な墓だ。広大な幕府の敷地の説明を聞いた後だけに、その落差が胸を突いた。墓が立派だったらいい、というのではない。人が自分の人生で為したことと死後祀られた墓とは別物だ。生きていてこその華であり、死ねば人々の記憶の中で薄らいでゆく。それは自然のことだ。ただ、頼朝が歴史に名を刻んだ人物だけに、生と死の明暗が残された遺跡にくっきりと現れる。それが見る者に印象を強く与えてしまうのだ。
瑞希は亮二と並んで手を合わせた後、「ねえ」と亮二に問い掛けた。
「気になるもの、また見つけちゃった」
「何?」
「この紋、源氏のじゃないわよね」
線香立てに、丸に十字の紋が描かれている。
「この紋所は薩摩の島津家。よく気が付いたね」
「なぜ島津家の紋なの?」
「江戸時代に薩摩藩主の島津重豪(しげひで)が先祖のために頼朝の墓所を修理した。それがこの墓」
「先祖って。頼朝と血の繋がりがあるの?」
「薩摩島津家を興した島津忠久とその弟が頼朝の御落胤(ごらくいん)だった、という説がある。『尊卑分脈』という系図なんだけど、これはかなり怪しい本。書かれたのも室町期だし信憑性は薄い。頼朝が守護・地頭を置いた建久四年に、忠久は薩摩・大隅・日向の守護になってる。その時、忠久は三十四歳だよ」
「頼朝は?」
「四十六歳」
「頼朝が十二歳の時の子供?」
「頼朝が伊豆に流されて来た頃だ」
「あり得ない。母親は誰なの?」
「丹後内侍とされてる。だけど、この人は頼朝の乳母比企尼の長女で、頼朝の伊豆時代からの側近安達盛長の妻なんだ。だから忠久の母親になる可能性は無い。………ん?」
「どうしたの?」
「ちょっと待って………」
「また鼻がむずむずして来たんでしょ」
「ハッ、クシュン!」
「あはっ。やっぱり、お宝サインだ」
「何だろ………。ま、調べてみてから話すよ」
人間関係は複雑だ。それぞれの人の思いが絡み合い響き合って、思いもよらない事態が引き起こされる。それは昔も今も変わらない。こんな筈ではなかったのに、と思うことはいくらでもある。また、こんな出会いがあるなんて、と喜びに浸ることもある。それが人の営みというものだろう。人と人との繋がりは、良きにつけ悪しきにつけ、不思議だと言わざるを得ない。自分が鎌倉を歩き頼朝の墓の前に立っているのも、亮二と知り合ったからだ。陶子がいなければ亮二と会うことも無かった。引っ越しをしなければ陶子との出会いも無かったのだ。別の大学を選んでいれば、別の所で別の人と出会う。さかのぼれば選択肢は無数にあった。その中の一つを選ぶのは必然であり、出会うべくして出会った人たちだ。それぞれの時代、それぞれの場所で、一人一人がかけがえの無い人々と必然の連鎖に結ばれて生きていた。相容れない人と憎み合い、苦しみ、恨み、諍(いさか)うこともあっただろう。でも、不幸であってはならない。救われない悲しみが繰り返されてはならない。鎌倉の地にも多くの血と涙が流された。その痛みを分かち想いを偲びながら、鎌倉人は先人たちとともに今の世に生きている………。
そんなことを考えながら、瑞希は亮二と一緒に頼朝の墓を後にした。
「頼朝の死の真相の方は?」
「お手上げ。前にも言ったと思うけど、いろんな説のほとんどは室町や江戸時代に書かれたものでね。信じるに足る資料が無い」
「諦めが早いのね」
「仕方ないだろ。駒不足じゃ走るにも走れないんだから」
「お尻叩くの、足りないかな」
「おいおい、止めてくれよ」
「冗談よ。うふふ」
「冗談に聞こえないところが怖い」
「怖いの見るのも楽しいんじゃない?
「ったく。ああ言えばこう言う。これじゃあ源爺のボヤキとおんなじだ」
「源爺がどうかしたの?」
「いや、こっちの話。ところで、この少し上に大江広元と島津忠久の墓があるんだけど、行ってみる?」
「ううん。行ってみない」
「何だ、ここまで来て。諦めが早いのはそっちじゃないか」
「私は、いいの」
「勝手だなあ」
「ウサギは勝手なの。知らなかった? それより、亮ちゃんの家に招待してくれる? 何だかほっとしたいの」
「いいよ。少し歩くけど、疲れてない?」
「足は大丈夫。でも気持ちがちょっと、ね」
「じゃあ、美味しい紅茶とドイツケーキで気持ちを休めよう」
「へえ。気が利くのね。さすがは『鎌倉殿』」
「頼朝の墓にお参りするとね、何だかいつも気が滅入るんだ。『鎌倉殿』としてはだな、名誉挽回したいじゃないか」
「うふ。お陰でケーキ食べられる。嬉しっ!」
「金沢街道に出た角にパン屋がある。そこのドイツケーキが美味しいんだ。買って行こ」
二人はどちらとも無く手を触れ合い、指を絡めた。亮二の手が温かい。瑞希は桜の樹を見上げた。枝々の葉隠れに、春の気配が漂っている。
受話器から、骨太のダミ声が叫んだ。
「坊(ぼん)だろ? 千恵ちゃん、大丈夫かい?」
源爺だ。
「ええ。打ちどころが良かったみたいで。大したことはありません。足をくじいて腰を少し打っただけです。念のため精密検査をするから、二、三日は入院しないといけないかな」
「階段から落ちたんだって? 泡食ったウチの八重が病院にすっ飛んでったんだが、ウンともスンとも言って来やしない。会わなかったかい?」
「僕が病院に行った時には、八重おばさん、おふくろとキャッキャッて笑ってました」
「こっちの心配棚に上げて喋繰(しゃべく)ってるって? どうせそんなことだと思ってた」
「おふくろ、言ってましたよ。辛気くさい病室にいたら、却って病人になる。八重さんが来てくれて良かったって」
「そうかい。まあ、大したことで無くって良かった」
「大丈夫です。笑う元気があるんですから」
「人とお喋りして一緒にケタケタ笑うしか能の無いヤツだからな、あいつぁ。周りに迷惑掛けなきゃいいんだが」
母の心配もしてくれているのだろうが、八重の方が気に懸かっているような源爺の口振りに、亮二は口元がほころんだ。
「迷惑どころか。八重おばさんは周りを明るくしてくれますからね。他の患者さんも早く病気が治るんじゃないですか?」
「坊ぐらいだ、そんなふうに言ってくれるのは」
「そんなことありませんよ。八重おばさん、人気者なんです。源爺は八重おばさんのこと、過小評価し過ぎてますよ」
「オレにとっちゃあ、あいつが人様に人気があるかどうかなんて、どうでもいいんだ。側に居てきっちりオレの仕事を支えてくれてりゃ、それでな」
「はは。源爺は八重おばさんがいないと、からっきしですね」
「男ってのは、そんなもんだ。偉そうなこと言ってても結局は女が居ないと横のものを縦にも出来ない、しょうもない生きモンだ。坊も早いとこいい女を見つけな。おっと、もう見つけてっか。ははは」
そう言って、電話は切れた。
受話器を置いて玄関に戻り、靴を直した。すると今度は、ジーンズのポケットの携帯電話が亮二を呼んだ。
瑞希だった。
電話の向こうから柔らかく、だが心配がそのまま言葉に滲む声が響いた。
「お母さん、どう?」
「うん、大丈夫。しばらくは病院にいなくちゃいけないみたいだけどね」
「お見舞いに行きたいんだけど」
「それほどの大怪我じゃないよ。それに瑞希のことは何も話してないから、突然美女が現れたら血圧が上がって入院が長引くかもな」
「あら。私のこと美人って思ってくれてるの?」
「まあ、ね」
「ありがと。何かお礼をしなくっちゃ」
「お礼は怖いからいい」
「もおう。蹴飛ばしちゃうぞ」
「東京から鎌倉まで届くくらい脚が長かったっけ」
「今、鎌倉駅に来てるの。駅から届くくらいには私の脚、長いよ。方角はどっち?」
驚いた。瑞希が鎌倉まで来ているとは思ってもいなかった。亮二はすぐに迎えに行くと返事をして、電話を切った。八重から連絡があり、亮二は取るものも取り敢えず鎌倉の病院に駆け着けたのだが、瑞希はじっとしていられなかったのだろう、二時間後には亮二を追って来たことになる。
二十分ほどで駅に着いたが、瑞希の姿は見えなかった。探しに動くと、却って会えないかも知れない。仕方なく駅の西口に繋がる地下道の下り口に佇んで携帯電話を取り出した。
四、五回の電子音が瑞希の声に変わった。
「はい」
「どこに居るんだよ」
「ごめんなさい。じっと待つの苦手だから、ぶらぶら歩いてるの」
「どこを?」
「どこかな、ここ」
「そう言われたって、こっちには解らない。近くに何が見える?」
「えーと。あ、亮ちゃん」
「え?」
ぽんと亮二の肩が叩かれた。
「会えたね」
亮二は振り向いた。明るい瑞希の笑顔があった。
「待たせたら悪いと思って急いで来たのに、こっちが待たされるんだからなあ」
「悪い、悪い」
瑞希はぺろっと舌を出した。
「江ノ電乗り場に出て御成通りっていう商店街を覗き見してたの。小町通りと違って、人通りが少ないのね。お陰でゆっくり冷やかすことが出来たわ」
屈託の無い瑞希の返事に、亮二は苦笑するしかなかった。
「何しに鎌倉に来たんだか」
「もちろん亮ちゃんのお母さんのことが心配だったのよ。でも、会わせてくれそうな口振りじゃなかったし、予定変更」
「せっかく来たんだ。『鎌倉らんぶりんぐ』に付き合うか」
「『らんぶりんぐ』って?」
「荷馬車がガタガタ音を立てて走ったり、雷雲や空腹でゴロゴロ音が鳴ったり、人がブウブウ不平を言ったり、あれこれ噂をするということ。アメリカの俗語では『路上の喧嘩』、イギリスの俗語では『真相を探す』とか『正体をみつける』という意味もある。綴り字が『ru』じゃなくて『ra』だと、『ぶらぶら歩く』とか『うねりくねった』とかいう意味」
「じゃあ、『何だかんだ言いながら鎌倉を歩き回って、美味しいもの食べて、歴史の真相に迫る』ってことね」
「まあ、そんなとこかな」
「早速だけど、気になることがあるの」
「何?」
「御成って地名」
「じゃあ、御成町から『らんぶりんぐ』しようか」
二人は地下道の坂を下った。
鎌倉駅の東口と西口を結ぶ地下道は横須賀線の線路下を潜っている。長さ百五十メートル、幅五メートル、高さは三メートル近くある歩行者専用の通路だ。タイル貼りの壁は地下道ギャラリーとなっていて、市民の活動や催しを報せる展示物が掲示してある。
「これ、楽しい絵だなって、さっき思いながら通ったのよ」
地下道の真ん中辺りに大きなタイル絵が嵌(は)め込まれていて、様々の人物がいかにも楽しそうにカラフルに描かれている。
「『フクちゃん』って知ってる?」
「ううん、知らない」
「新聞の四コマ漫画の主人公の名前なんだけど、『サザエさん』のもっと前だから知らなくて当たり前か。その作者の横山隆一さんが描いた『鎌倉カーニバル』という絵。横山さんは高知県出身の漫画家で、鎌倉には昭和十年頃に移り住んで来たんだ。ずいぶん自由な発想の人だったらしいよ」
「そうね。この絵を見てるだけで、何だかうきうきして来るもの」
「横山さんの家は駅の西口から真っ直ぐ行った市役所前にあってね。散歩の時、花の種を手に持って家を出たんだって」
「ふうん。で、どうするの。その花の種」
「歩きながら、あちこちの家の庭に撒(ま)くんだって。芽が出るかどうかは種任せ。花の咲く時期になって、撒かれた家の人が不思議がる。あれっ? こんな花の種、植えたっけって」
「まるで『花咲か爺さん』ね」
「種撒いて、人の喜ぶ顔を想像するのが楽しかったんだろうな」
「素敵なお爺さん」
地下道を抜けると、JRの鎌倉駅と江ノ島電鉄鎌倉駅の並ぶ西口広場に出る。駅を出た人々の大半は西口広場から今二人が通った地下道を潜り、鎌倉のメインストリートに足を向ける。広場には人力車が数台並んでいて、若い車夫が観光客に盛んに声を掛けていた。
亮二と瑞希は駅前から市役所の方へ歩いた。スクランブル交差点で信号待ちをしている間、亮二が指を示して説明した。
「左の角地が市役所。右手に『紀ノ国屋』って見えるだろ」
「本屋さん?」
「じゃなくてスーパーマーケット。昔はテニスコートだったんだ。今の天皇が皇太子の時代には美智子妃とプレーしたこともある」
「へええ。由緒正しいテニスコートがスーパーに」
「『紀ノ国屋』も由緒正しいスーパーだよ。日本初のスーパーマーケットだからね。鎌倉出店する時は周囲の景観を損なわないように配慮した設計をしてるし、高級な食品しか扱わなかった」
信号が変わって車が止まり、人の群れが縦横に交差点を渡り始めた。二人も市庁舎の角に向かって交差点を斜めに渡った。
「駅の西は昭和の時代、東は鎌倉の時代って区分されてるのかしら」
「鎌倉人は歴史を重んじるからね。大切なものは後世に残すのが今生きてる人の務めだろ、西東に関わらず」
瑞希は納得した。各界の多くの人が鎌倉に移り住み、市井の多くの人が鎌倉に惹かれてやって来るのも、地元の人々の鎌倉を愛する気持ちがあるからなのだろう。自然を愛し、町を育てて来た先人たちの思いを引き継ごうという心は、鎌倉でなくても日本国中の誰しもが持たねばならないと思う。
「でもね」
市庁舎の植え込みに沿って南に下りながら、亮二が言った。
「鎌倉で事業や商売に成功してる人の多くは鎌倉人じゃない。鎌倉人は人が良過ぎるんだ。人の世話はよくするんだけど自分の世話は後回し、みたいなとこがある」
瑞希は、くすっと笑った。
「人の世話も自分の世話も出来ない鎌倉人もいるみたい」
「僕のこと? 大きなお世話だ」
「お世話したげるわよ、心配しなくても」
「心配はしてないよ。でも、まあ、お世話は有り難いと言っておく」
石造りのベンチが二つ三つ置いてある。腰を下ろすところは木の板材が嵌め込まれていて、坐り心地を損なわないようにしていた。そんなところにも鎌倉の人の配慮が感じられる。坐ってジュースを飲んでいる母子もいれば、心地よく寝転がっている人もいた。
市庁舎の敷地に続く小学校の大きな冠木門(かぶきもん)の前で、亮二は立ち止まった。冠木というのは門柱の上部を貫く横木のことで、門には屋根が無い。高さが三メートルはゆうにある。閉じられた門の左脇の大きな門札に「鎌倉市立御成小学校」の文字が彫られている。
「ここが僕の出身校」
「ずいぶん立派な学校ね」
「ここは明治天皇の第八皇女と第九皇女のために造られた御用邸だったんだ。御用邸は箱根、葉山にあって三番目になる。関東大震災で倒壊した後、昭和初期に鎌倉に払い下げられた」
「それがこの小学校? 皇族が御成りになるところだから『御成』の名が付いたの? すっごく由緒があるじゃない」
「もともとこの一帯は、北条義時・泰時・時頼三代に仕えていた御家人諏訪盛重の邸があったところ。森や池や神社があって、それをそっくり御用邸の敷地内に取り込んだ。戦前は紀元節に町内の児童生徒たちが招かれたというから、鎌倉の人たちは皇族にずいぶん親近感を持ってたらしい」
「やっぱり他の町とは違う雰囲気があるもの、鎌倉は」
瑞希は亮二が羨ましくなって来た。上質の空気の中で育った子供時代は何ものにも代え難い。環境が人を育てるとはよく言われるが、亮二を見ているとそれを実感する。
「校章も皇室の紋『五七の桐』なんだ。だけど『五七の桐』は皇室以外が用いることは憚(はばか)られる。で、真ん中の七つ花のうちの二つを『御成』の文字で隠してあった」
「何だか亮ちゃんが尊いお方のように見えて来た」
「茶化すなよ。僕は通ってただけで、皇族だったわけじゃない」
「それはそうだけど。話を聞いてるうちに見る眼が違って来るってよくあるじゃない」
「印象は、いろんなところから意識に刷り込まれるからね」
「あ。陶子さんも同じようなこと言ってた。頼朝は意識の刷り込みをやったんだって」
「そうか。じゃあ、もう一つ意識を刷り込もうかな。この門札の字ね、俳人の高浜虚子の字なんだ。それを鎌倉彫の名人が彫った。今は二代目の門札だけど、それも虚子の孫の書いた字を名人の二代目さんが彫ってる。どう? 今度は芸術の匂いがして来ただろ」
「芸術的で高尚な亮ちゃん? うーん」
瑞希がまじまじと亮二を見る。
「やっぱり亮ちゃんは亮ちゃん。お尻を叩かないと走らない、女にだらしない『鎌倉殿』。さっきのは私の錯覚」
「甘くなかったか」
「そうよ。人生甘く見ると、後で泣きを見るんだから」
二人は歩き始めた。小学校の敷地が尽きるところに押しボタン式の信号機がある。亮二がボタンを押し、信号の変わるのを待った。
「亮ちゃんの家はこの近くなの?」
「中学校まではね」
「どの辺?」
「小学校の脇のこの道を少し登ると市立中央図書館があるんだ。その近く。図書館を通り過ぎて、坂を真っ直ぐ上った突き当たりが御成中学校」
「じゃあ、今は?」
「鶴岡八幡宮近くの雪ノ下。親父が気に入った家を見つけて、高校に進学する前に移った」
「高校は?」
「何だい。おたく、どこかの身辺調査所の人?」
「あはは、ごめんなさい。亮ちゃんのこと、あんまり知らないから。せっかく鎌倉に来たんだし、亮ちゃんのこといろいろ訊きたくて。訊いて何か都合の悪いことなんかある?」
瑞希の頭の隅を、尾藤香澄美の姿がよぎった。
「ないよ、そんなもの」
ない、とぶっきら棒に言いながら、亮二の表情は何となく固くなった。
信号が青に変わった。道路を渡った角に石碑が立っている。
「これは?」
「問注所の跡」
字が彫ってあるが、所々かすれて見えない。亮二が掻い摘まんで説明した。
問注所は鎌倉幕府の裁判所に当たる。最初は大蔵幕府に置かれていた。人が集まり騒ぐので、二代将軍頼家が正治元年(一一九九年)にこの地に移した。この碑は大正六年(一九一七年)、鎌倉青年会によって建てられたものだという。
「大蔵って?」
「頼朝が鎌倉入りした時に御所を建てた場所が大蔵郷。幕府が置かれてたんだ。大蔵幕府にあった問注所をここに移したことで、頼家は立場を悪くする」
「なぜ?」
「頼朝が行った政治は変えてはならないという『不易の法』を破ったんだ。頼朝と共に幕府の体制を築き上げて来た御家人たちは快く思わなかっただろうな。頼家としては御家人たちによかれと思ってしたんだろうけれど。両者の確執が頼家の悲劇を生んだとも言えるんじゃないかな」
「ふうん。頼家は自分で自分の首を絞めてたのか」
「大蔵御所跡は雪ノ下にある。家から近いし碑も建ってるから、後で案内するよ」
「やっぱり鎌倉は歴史の町ね。至る所に史跡があって」
「この小道を抜けて御成通りに出よう」
細い路地を辿ると、別の路地と交差した。その角を曲がると御成通りに出た。小間物屋、陶器やガラス食器の店、アクセサリー店、うなぎ屋、洋品店、お茶屋、カフェなど庶民が立ち寄り易い店が並んでいる。お香や鎌倉彫の小物を置いている店では、着物姿の若く清々(すがすが)しい女性店主が観光客の年配の女性に丁寧に商品の説明をしていた。
「おや、先ほどのお嬢さん。いいもの見つかった?」
カジュアルな服やバッグを軒先にぶら提げている店の前だ。白髪の髪を後ろに束ね、ジーンズにカラフルなチェックのシャツ、モス・グリーンのカーデガンを引っ掛けたヤンキー風の爺さんが声を掛けた。
瑞希は足を止めて微笑んだ。
「ええ。一番いいもの見つけたわ」
言いながら瑞希が右手で亮二の腕を取り、左手の人差し指で亮二を指差した。
「ほお。なかなかいいもの見つけたね。ワシがもう二十も若かったら代わってやれるんだがな。右手が寂しくなったら、いつでも声掛けてよ。ワシの店、覚えただろう?」
「ありがとう。その時はお願いね」
バイバイと手を振って、瑞希は歩き出した。
「ビックリだな。誰とでも知り合いになるんだから」
「誰とでも、じゃないわよ。気に入った人だけ。そこんとこ、ちゃあんと知っててね。誰とでもは、あのお爺さんの方よ」
目配せした瑞希の視線の先で、ヤンキー爺さんが今度は買い物帰りの近所のオバさんに気軽に声を掛けている。
「いいもの見つけた?」
「このところ野菜が高くって。でも大根、いいのあったわよ」
「大根か。いい大根なら『ふろふき』だな。大根の代わりは出来んが、旦那の代わりに食べることは出来るよ」
「ウチのは大食いだから、代わって貰えると助かるわあ」
オバさんは「後でお裾分け持って来てあげる」と言って、店の前を離れて行った。
垣間見える心安い街の情緒を楽しみながら、瑞希が言った。
「亮ちゃん、高校は?」
「さっきの続きかい?」
「身辺調査員としては、一応ね」
「ケンカマ」
「ケンカマ?」
「ああ。県立鎌倉高校。縮めて『ケンカマ』。地元では、みんなそう呼んでる」
「なるほどね」
「鎌倉市内から公立高校を目指すと『ケンカマ』になるかな、やっぱり。私立校もあるし、横浜や藤沢の超エリート高校に行く連中もいるけど」
「どこにあるの、『ケンカマ』は」
「江ノ電に乗って行ってみる?」
「うん、行く」
御成通りを抜けると駅前に出る。江ノ電に乗るのは久し振りだ。平日だが観光客は多い。席に坐るのもやっとだった。
電車は鎌倉駅を出ると二分ほどで最初の駅に着く。瑞希は車内のアナウンスの言葉を口の中で繰り返した。
「和田塚………」
「ほら、和田義盛って覚えてるだろ」
「ええ。やっぱりそうなのね。『梶原君総すかん同盟』の」
「義盛は相模三浦党の一族で、畠山・比企氏が滅ぼされた後、北条氏を除けば三浦義村と並ぶ頼朝以来の旧臣だった。和田塚は北条義時に討たれた和田義盛とその一族を弔うために造られたんだ。駅から歩いてすぐの所に二十基ほどの五輪塔が建ってる」
「和田義盛も北条氏に?」
「うん。三浦義村と組んで義時を討とうとしたんだ。ところが、義村が義時に寝返って通報した。で、義時は先手を打って和田一族を奇襲。実朝に対する謀反人という汚名を着せてね」
「多分、三浦義村も滅ぼされたんでしょ、北条氏に」
「三十数年後だけどね。義時の子時頼の代に」
「ほらね。有力御家人はすっかり居なくなり、北条氏は万々歳」
動き出した電車は由比ガ浜を過ぎ、長谷駅に停まる。観光客の大半がここで降りた。見所がたくさんあるからだ。北に高徳院の鎌倉大仏、長谷寺の長谷観音、甘縄神明社、光則寺、御霊神社、鎌倉文士の著書や原稿・愛用品などを展示する鎌倉文学館が点在している。南に北条泰時が建立した成就院があり、ここから眺める由比ガ浜の向こうには三浦半島が望める。
長谷駅を出た江ノ電は唯一のトンネルを通った。次に極楽寺、稲村ガ崎と駅が続く。稲村ガ崎を出ると、家と家の間を縫って走っていた電車の窓から急に相模の海が広々と開けた。車内が一気に明るい光に解放され、乗客は一斉に海に眼をやる。七里ガ浜駅を過ぎて、電車が止まった。駅ではない。行き違いのための停車だと、アナウンスが告げた。
「江ノ電は単線だし、十二分おきに出てるからね」
亮二が続けた。
「どこかで行き違いをしないといけない。鎌倉駅からだと、長谷駅とここ。朝電に遅れて乗った時なんか焦ったよ。眼の前が駅なのに着かないんだから」
「焦っても、どうしようもないんでしょ。観念して、ぼけーっと海を眺めてたらいいのに」
「せっかちなんだ、僕は」
「先生に怒られるのが嫌だっただけじゃない?」
「核心をつくなあ」
「もう大体解っちゃったからね、亮ちゃんのこと」
「へええ。どんなふうに?」
「よく言えば、繊細で周りに気を配る人」
「悪く言えば?」
「ええ格好しいの臆病モン」
「ボロかすだな」
「あら、こんなこと無いわよ。『ええ格好しい』であるためには気を張ってなくちゃならないでしょ。自分を律しないと出来ないもの。でも、度が過ぎると鼻に付く」
「ふうん。じゃあ、『臆病モン』は?」
「無闇やたらに羽目外ししない。つまり、思慮深いってこと。でも、度が過ぎると人生の楽しみを知らずに済んでしまう」
「ものは言いようだな」
「まあ、程度によって良さや悪さが出て、その人の色を決めるのよ、きっと」
前から上りの電車が近付き、通り過ぎて行った。再び動き出した電車は、あっという間に鎌倉高校前の駅に滑り込む。
降りたのは亮二と瑞希の二人だけだった。
瑞希は亮二の後について駅を出た。十四、五メートルほど鎌倉寄りに戻ると、亮二は左に折れた。北に向かってかなり急勾配の坂が伸びている。右手にも坂道がある。そっちは団地に続くんだ、と亮二は言った。二人は北の坂を登った。幅六メートルほどの舗装道路を挟んで、両脇に高い塀の住宅が並ぶ。息が上がるほどの急な坂道だ。しばらく行くと、坂の頂点に達した。左は外壁が淡いピンク色の大きな病院で、門柱に「聖テレシア病院」とある。
「こっちだよ」
亮二が病院の向かいを指差した。さらに急勾配の坂が校門を割って上に伸びている。春休みだからだろう、門の鉄柵は閉じられていた。
「中に入るかい?」
「関係者以外は立ち入り禁止、て書いてるわよ」
「僕らは関係者だろ」
「でも、いい」
「遠慮してる?」
「遠慮じゃないよ。私の我がままで、ここまで連れて来て貰ったけど。もう充分」
「そうか?」
校門から中に入れば、亮二の青春時代にずかずか入り込むような気がする。自分がそうであったように、亮二もまた眩しく瞬く喜びや鈍く引き摺る苦い思いを抱えて高校生活を送った筈だ。碓井圭介や尾藤香澄美たちとの思い出、他人には言いたくない持て余す思春期の淀み………。そういった個々人固有の領域に入り込むのは、何だか気が引けた。亮二はあまり過去のことに触れたがらない。自分が望まなければここまで連れて来ることもなかっただろう。出会ってからの亮二を、今のそのままの亮二を受け止めるだけでいい。瑞希は、そう思ったのだった。
下る坂に向けた足を、二人は途中で止めた。どこかの女子大生だろうか、一人がデジカメを構えている。被写体のもう一人は道路を走る車の途切れを捉え、小走りに道の真ん中に立った。坂に建つ瀟洒(しょうしゃ)な住宅をバックに、シャッターが押される。二枚、三枚と撮っていると、車のクラクションが鳴った。慌てて歩道に駆け戻る女の子の脇を、車が立て続けに通った。
海から風が吹き上げて来る。体が持ち上げられそうなほど強い風だ。坂道を駆け下り勢いよく地を蹴れば、体は空中にふわりと浮き上がり、キラキラと輝く相模の青い海の上まで飛んで行けそうだ。
学校の帰りにこの坂道を下る時、亮二は何度もそう思ったことを思い出した。瑞希にそのことを話そうと振り返った。
瑞希は、亮二を真っ直ぐに見ていた。坂道と両脇の住宅に切り取られた四角い相模の海を背景に、高校生の亮二が立っている。一瞬フラッシュバックした亮二の姿が、瑞希の網膜のフィルムに焼き付いた。
「本当だわ。このジュース、美味しい!」
ガラス越しに二の鳥居を見下ろしながら、瑞希が言った。
亮二が連れて来たのは若宮大路のスーパーマーケットだった。喫茶店に行く前に買い物でもするのかな、と瑞希は思った。店の中ほどにあるエスカレーターで二階の生鮮品売り場に上がる。亮二はエレベーターの右手の果物を置いてある棚へ向かった。お母さんに何かフルーツを買うのだろうという瑞希の想像は、見事に外れた。棚の脇を抜けると、そこが喫茶室になっていたのだ。
手前にボックス席が六つ、奥に全面ガラス張りの長いカウンター席だけの、こじんまりとした喫茶室だ。カウンター席は椅子が全て若宮大路を向いている。カウンターには観光客らしい中年の女性が一人、紅茶とケーキを前に坐っていた。一つ席を空けて地元の人らしい、こちらは中年をかなり越した男性がタバコをくゆらせながらコーヒーを飲んでいる。亮二と瑞希は男性と席を一つ隔て、一番奥の席に並んで坐った。
「ここはね、正真正銘の生ジュースを出してくれるんだ。水も濃縮還元ジュースも加えない、果物をそのまま搾っただけの、百パーセント生ジュース」
亮二と瑞希はグレープフルーツのジュースを頼んだ。厨房が丸見えなので、瑞希は首を伸ばした。店長らしい痩せた人の手元を追う。グレープフルーツを半分に切り、果汁を搾っている。グラスに氷を入れ、搾った果汁を注ぐとお盆に載せた。本当に果汁以外は入れなかった。運んで来たウェイターの若者が、「もしお使いなら」とシロップを添えて眼の前に置く。ひと口ストローで啜って、瑞希は眼を丸くしたのだった。
ガラス窓から下を覗くと、相変わらず若宮大路は車と人で溢れている。二の鳥居の向こうには、カトリック雪ノ下教会を挟んで鶴岡八幡宮側に浅羽屋という立派なビルのうなぎ専門店、右手に鎌倉警察署が見える。警察署の角にお巡りさんが一人立ち、往来に眼を配っていた。その前を空の人力車が走って通る。法被(はっぴ)姿で引いている車夫は女の子だった。思わず瑞希は眼で追った。
通りの喧騒はガラスに遮られ、ほとんど聞こえない。店の奥、瑞希の隣に置かれた自動ピアノが奏でる軽快なジャズが店の空間を満たしていた。
ジュースを飲み干した頃、小さな男の子と女の子を連れた若い夫婦が入って来た。亮二たちの背後のボックス席に着く。これがいい、あれがいいと注文の品を選ぶ声は元気いっぱいだ。子供たちのお目当ては、どうやらスウィーツらしい。ウェイターは店長に家族の注文を告げると、自動ピアノの曲を変えた。ディズニーの曲目をアレンジしたジャズだ。ウェイターの心配りの優しさが、「星に願いを」のメロディーに乗って店内に流れる。
「いい店ね」
「だろ。気取りが無くて」
「美味しいジュースの後は、どこを『らんぶりんぐ』?」
「頼朝の墓」
「いよいよ大御所の登場ね」
二人は立ち上がり、店を出た。
若宮大路を上る。一の鳥居の前で右手に折れ、横大路を歩く。道路の幅が狭く歩道が無いので、車と接触しそうだ。
東に伸びる横大路の突き当たりの宝戒寺からは、北へ金沢街道が続く。ここからは車道の両脇に歩道が設置されていて、心持ち気分を楽に歩くことが出来る。二人は道路の左側の歩道を歩いた。
「八幡宮の東隣のこの一帯に政所が置かれてたんだ。あそこに信号があるだろ。あの北にあったのが小御所」
「小御所って?」
「将軍の住居の一つで、子供たちが住んでた所。今は横浜国大の付属鎌倉小中学校の敷地になってる」
「大蔵御所は?」
「その東隣」
信号を過ぎ、金沢街道に沿って四つ目の角を左に折れた。五、六メートル入っただけで通りの喧騒が薄れ、閑静な佇まいの一画が広がっている。いくつかの小路が交差する四つ辻の一つに大蔵幕府跡の碑が建っていた。
「ここが大蔵幕府のあった中心」
「どのくらいの広さだったの?」
「こっちがね………」
そう言いながら、亮二が東を向いた。
「清泉小学校。その西の端の通りまで、そうだな、百五十メートルはあるかな。そうして………」
今度は反対の方角へ体を回れ右した。
「横浜国大小中学校までが百三十メートルくらい。それから………」
今歩いて来た道を振り返った。
「金沢街道までが百メートル」
くるりと反転して北を向いた。
「清泉小学校の北の端までが百三十メートル。目測だから荒っぽい数値だけどね。この碑を中心にして東西南北それぞれに広げた大きさ」
瑞希は声が出なかった。大蔵御所に小御所を加えると、鶴岡八幡宮をそっくり丸呑みするほどの広さだ。改めて頼朝の力の大きさを実感した。
亮二は歩き出した。瑞希も亮二の足に自分の足を揃えた。
「この辺りが雪ノ下?」
「ここもそう」
「ここもって?」
「八幡宮の南、一の鳥居から二の鳥居の中ほどまでが雪ノ下一丁目。八幡宮の西隣一帯が雪ノ下二丁目。八幡宮の東、つまり大蔵御所のあったこの辺りが三丁目で、金沢街道の南が四丁目」
「じゃあ、八幡宮の周囲ぐるりが雪ノ下なの。でも、雪ノ下って綺麗な名前ね」
「もともとは八幡宮の裏手の谷を指していたんだ。建久二年だったかな、頼朝が八幡宮の別当坊で雪見をした。その時、御家人に命じて山辺の雪を北谷に運ばせたんだ。『氷室(ひむろ)を構えて、夏の炎暑を消すべし』と言ってね」
「それが雪ノ下の地名の由来?」
「そう。『吾妻鏡』には三代将軍実朝の時に『雪ノ下』という文字が初めて出て来る」
歩道に埋め込まれている笹竜胆(ささりんどう)の源氏の紋を焼き付けたタイルを辿りながら、瑞希は亮二の説明に頷いた。路地の角に右手にある蕎麦屋の案内が掲げられている。繁華街ではなく、静かな住宅地の中にぽつんと蕎麦屋があるのも鎌倉らしい。道沿いに植えられた桜は、もう少し暖かくなれば蕾がほころぶ。桜の花を眺めながら亮二と歩くのも楽しいだろうな、と瑞希は思った。
道の突き当たりに白い旗が何本も立ち並んでいる。「白旗神社」の文字が黒く染められた旗は地元の保存会の人たちが作ったもので、石段脇に保存協力の浄財を求める札が立てられてあった。石段の手前の掲示板には、小学生の手になる「法華堂跡」の解説が貼られている。稚拙な大きな文字が、「一生懸命書きました。読んで下さい」と言っているようだ。頼朝が持仏を祀り、その死後に廟所(びょうしょ)とされたのが法華堂で、明治の廃仏毀釈(きしゃく)で白旗神社となったとある。
亮二が石段を登り、瑞希も後に続いた。登り詰めた正面に笠石を五つ重ねた、高さが二メートルほどの墓が建っている。
「これが頼朝の墓?」
亮二は、黙って頷いた。
瑞希は唖然とした。平家を追討し、鎌倉幕府を作った源氏の棟梁を祀るにしてはあまりにも質素な墓だ。広大な幕府の敷地の説明を聞いた後だけに、その落差が胸を突いた。墓が立派だったらいい、というのではない。人が自分の人生で為したことと死後祀られた墓とは別物だ。生きていてこその華であり、死ねば人々の記憶の中で薄らいでゆく。それは自然のことだ。ただ、頼朝が歴史に名を刻んだ人物だけに、生と死の明暗が残された遺跡にくっきりと現れる。それが見る者に印象を強く与えてしまうのだ。
瑞希は亮二と並んで手を合わせた後、「ねえ」と亮二に問い掛けた。
「気になるもの、また見つけちゃった」
「何?」
「この紋、源氏のじゃないわよね」
線香立てに、丸に十字の紋が描かれている。
「この紋所は薩摩の島津家。よく気が付いたね」
「なぜ島津家の紋なの?」
「江戸時代に薩摩藩主の島津重豪(しげひで)が先祖のために頼朝の墓所を修理した。それがこの墓」
「先祖って。頼朝と血の繋がりがあるの?」
「薩摩島津家を興した島津忠久とその弟が頼朝の御落胤(ごらくいん)だった、という説がある。『尊卑分脈』という系図なんだけど、これはかなり怪しい本。書かれたのも室町期だし信憑性は薄い。頼朝が守護・地頭を置いた建久四年に、忠久は薩摩・大隅・日向の守護になってる。その時、忠久は三十四歳だよ」
「頼朝は?」
「四十六歳」
「頼朝が十二歳の時の子供?」
「頼朝が伊豆に流されて来た頃だ」
「あり得ない。母親は誰なの?」
「丹後内侍とされてる。だけど、この人は頼朝の乳母比企尼の長女で、頼朝の伊豆時代からの側近安達盛長の妻なんだ。だから忠久の母親になる可能性は無い。………ん?」
「どうしたの?」
「ちょっと待って………」
「また鼻がむずむずして来たんでしょ」
「ハッ、クシュン!」
「あはっ。やっぱり、お宝サインだ」
「何だろ………。ま、調べてみてから話すよ」
人間関係は複雑だ。それぞれの人の思いが絡み合い響き合って、思いもよらない事態が引き起こされる。それは昔も今も変わらない。こんな筈ではなかったのに、と思うことはいくらでもある。また、こんな出会いがあるなんて、と喜びに浸ることもある。それが人の営みというものだろう。人と人との繋がりは、良きにつけ悪しきにつけ、不思議だと言わざるを得ない。自分が鎌倉を歩き頼朝の墓の前に立っているのも、亮二と知り合ったからだ。陶子がいなければ亮二と会うことも無かった。引っ越しをしなければ陶子との出会いも無かったのだ。別の大学を選んでいれば、別の所で別の人と出会う。さかのぼれば選択肢は無数にあった。その中の一つを選ぶのは必然であり、出会うべくして出会った人たちだ。それぞれの時代、それぞれの場所で、一人一人がかけがえの無い人々と必然の連鎖に結ばれて生きていた。相容れない人と憎み合い、苦しみ、恨み、諍(いさか)うこともあっただろう。でも、不幸であってはならない。救われない悲しみが繰り返されてはならない。鎌倉の地にも多くの血と涙が流された。その痛みを分かち想いを偲びながら、鎌倉人は先人たちとともに今の世に生きている………。
そんなことを考えながら、瑞希は亮二と一緒に頼朝の墓を後にした。
「頼朝の死の真相の方は?」
「お手上げ。前にも言ったと思うけど、いろんな説のほとんどは室町や江戸時代に書かれたものでね。信じるに足る資料が無い」
「諦めが早いのね」
「仕方ないだろ。駒不足じゃ走るにも走れないんだから」
「お尻叩くの、足りないかな」
「おいおい、止めてくれよ」
「冗談よ。うふふ」
「冗談に聞こえないところが怖い」
「怖いの見るのも楽しいんじゃない?
「ったく。ああ言えばこう言う。これじゃあ源爺のボヤキとおんなじだ」
「源爺がどうかしたの?」
「いや、こっちの話。ところで、この少し上に大江広元と島津忠久の墓があるんだけど、行ってみる?」
「ううん。行ってみない」
「何だ、ここまで来て。諦めが早いのはそっちじゃないか」
「私は、いいの」
「勝手だなあ」
「ウサギは勝手なの。知らなかった? それより、亮ちゃんの家に招待してくれる? 何だかほっとしたいの」
「いいよ。少し歩くけど、疲れてない?」
「足は大丈夫。でも気持ちがちょっと、ね」
「じゃあ、美味しい紅茶とドイツケーキで気持ちを休めよう」
「へえ。気が利くのね。さすがは『鎌倉殿』」
「頼朝の墓にお参りするとね、何だかいつも気が滅入るんだ。『鎌倉殿』としてはだな、名誉挽回したいじゃないか」
「うふ。お陰でケーキ食べられる。嬉しっ!」
「金沢街道に出た角にパン屋がある。そこのドイツケーキが美味しいんだ。買って行こ」
二人はどちらとも無く手を触れ合い、指を絡めた。亮二の手が温かい。瑞希は桜の樹を見上げた。枝々の葉隠れに、春の気配が漂っている。
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