保元らぷそでぃ

戸浦 隆

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第二章(一)佐藤義清出家のこと①

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 鷲の本白を
 皇太后の篦に矧ぎて
 宮の御前を押し開き
 太う射させんとぞ思う
    「梁塵秘抄 四〇五」
 
*鷲(わし)は鳥の王者、その羽は矢羽として最高のものとされる
*「本白(もとじろ)」(羽根の元が白いもの)
*「篦(の)に矧(は)ぐ」(矢の竹の部分に羽根を付けること)
*「御前(おまえ)」(御門の意)


   中納言の語る(一)

 佐藤義清(のりきよ)殿が左兵衛尉(さひょうえのじょう)に任じられ、北面の武士として鳥羽上皇様にお仕えしたのは十八の時でございました。
 北面の武士は院の警護がその役目ですから武芸に秀(ひい)でていることはもちろんのこと、詩歌管弦にも堪能でなければなりません。また立ち居振る舞いが優美で眉目秀麗(びもくしゅうれい)であること、出自が相応の家柄であることなど、厳しい条件が付されております。ですから北面の武士に取り立てられるということは、本人ばかりでなく家族一族にとっても大層名誉あることであったのです。
 北面の武士の中でも特に際立っておりましたのは、義清殿と平清盛殿でした。
 清盛殿は義清殿と同年で、何ごとにつけそつが無く、上手に立ち回る器用さをお持ちでした。けれどもそれが却って鼻につき、武士というよりは老獪(ろうかい)な政治家のような印象がぬぐえません。
 それに比べ義清殿はまったく嫌味が無く、わたくしたち女房がはっとするほど凛々(りり)しい若武者でした。特に詩歌には優れた才能をお持ちでしたから、機会があればわたくしたちは義清殿と歌を詠み交わしておりました。
 わたくしなどは歌の才がとぼしく、当意即妙に歌を詠む義清殿にはただただ感心するばかり。でも、堀河の局はさすがに一流の歌人です。勢いに走り過ぎる歌には言葉の大切さを、言葉にこだわり過ぎる歌には心との隔たりを、それとなくほのめかし義清殿に歌を返すのでした。
 堀河の局の妹、兵衛の局は才気煥発で勝ち気な性格でしたから、「気が利き過ぎている」だの「まだまだ人の心の機微に疎(うと)い」だのと評しながら、生真面目な義清殿をからかったり挑発するような歌を送っておりました。義清殿がむきになって「返し」をいたします。すると、「打てば響くようなその反応の有り様が面白いの」と言っては愉しんでいるのでした。

伏見過ぎぬ
  岡の屋になほとどまらじ
    日野まで行きて駒試みむ

 北面の武士となって間もない頃の、義清殿の作です。馬駆けに夢中になり、汗をほとばしらせながら嬉々として疾駆する。その様が眼に浮かぶようではありませんか。若い勢いがそのまま溢れ出ています。当時の義清殿の希望に満ちた溌剌とした若武者ぶりが遺憾なく発揮されていて、わたくしの好きな歌の一つです。
 蹴鞠(けまり)も右に出る者の無い腕前をお持ちでした。鞠道(きくどう)の名人藤原成通(なりみち)様のご指導を受けたとのことでしたが、お血筋なのでしょう。母方の祖父が源清経様であってみれば、それも頷けようというもの。清経様は蹴鞠の名手であるばかりでなく、今様にも造詣の深いお方でございました。何でも美濃の国(現在の愛知県南部)の「青墓(おおはか)の宿(しゅく)」で聞いた目井という遊女(うからめ)の声に魅せられ、目井とその養女乙前を京に招いて一緒にに暮らすほどの数奇者(すきもの)であったとか。義清殿は父親を早くに亡くしておいででしたから、こと芸ごとに関しては祖父清経様のご薫陶を受けられていたことは想像に難くありません。
 また、家柄も大層ご立派でございました。
 清経様は奥州藤原氏三代秀衡(ひでひら)様の曽祖父。義清殿の父方を九代さかのぼれば、平将門を討ち果たした「俵藤太」の異名を持つ藤原秀郷(ひでさと)様なのです。「佐藤」と名乗るようになったのも、代々「左兵衛尉」の官位をいただく「藤原氏」というところからだそうで、武門の誉れ高い重代の勇士を輩出した名家と言えましょう。
 佐藤家は紀伊の国(現在の和歌山県)那賀郡田中荘の領主で、藤原摂関家の荘園を知行しておりました。摂関家ばかりでなく、紀伊国を治める徳大寺家、その後任となった平家とも繋がりがございます。義清殿が北面の武士に取り立てられた背景には、その豊かな財力と縁故があったものと思われます。けれども、そういうことを抜きにしても、義清殿の魅力はやはり他の追随を許さず、異彩を放っておりました。
 仕事ぶりは謹厳で、内裏の庭に詰めている時は清涼殿(天皇の居住する建物)を仰ぎつつお護り申し上げ、宿直(とのい・夜間泊まり込み警備すること)のお許しのない夜は紫宸殿(天皇が公務を行う建物)の周りを巡り警護するのでした。
 そういう義清殿でしたから顕仁(あきひと)天皇(鳥羽上皇の第一皇子、崇徳天皇。後の新院)や上皇様の覚えめでたく、殊(こと)の外ご寵愛を受けておりました。天皇様は歳が一つ下の義清殿とは気が合うようで、歌についてずいぶん熱心にお話しなさることも度々でした。上皇様も春の観桜の宴や歌会、紫宸殿での弓の競射、秋の月見、蹴鞠の会など、四季折々のご宴遊には必ずと言ってよいほど義清殿を召されます。
 いつでしたか、上皇様が改築後の鳥羽離宮安楽寿院に御幸(みゆき)なされた折りのことです。当代の名歌人源経信様、大江匡房(まさふさ)様、藤原基俊様に加え、義清殿にも随行をお命じになられました。新たに作られた十枚の障子絵を題に各人十首ずつ詠んだ歌を献上させよう、というご趣向です。他の歌人たちが苦心する中、義清殿はその日の内に詠み上げ奏上いたしました。上皇様はいたく感心なされたご様子で、翌日義清殿に朝日丸という御剣を下されたのでした。
 女院(にょいん)様も義清殿を召されました。女院様は上皇様のお后(きさき)で、待賢門院璋子(たまこ)様と申されます。ですが、わたくしたち御付きの女房は親しみを込めて、そうお呼びしているのです。義清殿のことはくちさがない女房どもからお耳に届いておりました。また、徳大寺家の出であられる女院様にとって義清殿は家人(けにん)に当たります。一面識も無かったとはいえ、心安くお思いになられていたのかも知れません。
「義清ですね」
 御簾(みす)内から、女院様が声をお掛けになりました。
「は、はい」
 義清殿は戸惑っておいででした。直接お言葉を賜る、とは思ってもいなかったのでしょう。本来なら御付きの女房が取り次ぎ、お言葉を申し伝えます。けれど、女院様は慣わしに縛られることがお嫌いです。相手が誰であろうと、言いたい時には屈託無く話し掛けます。天衣無縫というか、大らかというか。まったく物ごとにこだわることがありません。そのご気性は女院様生来のものであり、またお育ちによるものなのでしょう。
「女房どもがそなたのことを、それは喧(かまびす)しく話すものですから、一度会ってみたいと思っていました」
「光栄に存じます」
「歌が好きなのですね。この度の十首、手馴れた者には無い新鮮味が溢れていて秀逸に思いました」
「もったいないお言葉。まだまだ修業が足りぬと恥じ入るばかりです」
「謙遜することはありません。良いものは良い。歌の良し悪しは管弦と同じで、心に響くかどうかなのではありませんか、義清」
「畏れ入ります」
「顕仁もそなたの名を、よく口にします。『義清には天賦(てんぷ)の才がある。何より心が柔らかい。言葉に振り回されずに歌が生まれて来るのだから、いずれ当代随一の歌人ななるだろう』と、楽しそうに申しておりましたよ」
 女院様のお言葉に義清殿は返事もままならず、耳まで真っ赤に染めて平伏してしまいました。その姿に、女院様は可愛い子をあやすような笑みを浮かべておいででした。
「義清、顔を上げなさい。そなたに褒美をあげましょう。中納言、あれを」
「はい」
 わたくしは隅に控えていた御端者(おんはしたもの・召使い)の「乙女の前」に御品を持って来るように申し付けました。十五枚重ねの御衣(おんきぬ)を捧げ持ち、乙女の前がしずしずとわたくしの傍らに参ります。
「義清殿。女院様よりのお計らいです。有り難くお受けなされませ」
 わたくしが御品を差し出した時の義清殿の嬉しそうな顔といったらありません。この世の至福を一身に授かったかのように光り輝いておりました。義清殿は顔を紅潮させながら受け取ると、驚いたことにひょいと御衣を肩に掛けたのです。女院様やわたくしたち女房の眼の前で。そうして、くるりと回ると一礼し、そのまま退出してゆくのです。喜びを素直に表に現すその姿は本当に無邪気で、義清殿の気持ちが波立つように伝わって来るのでした。
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