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終章
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冬来(く)とも
柞の紅葉(もみじ)な散りそよ
散りそよな散りそ
色変えで見む
「梁塵秘抄 四五四」
*柞(ははそ・コナラやクヌギなどの総称)
*「な~そ」(動作の禁止「~するな」「~してくれるな」)
*「色変えで見む」(そのままの色を見ていたい)
慶応四年(一八六七年)八月二十五日、勅使として大納言源通富が讃岐に下向した。
翌二十六日、勅使一行は阿野郡坂出村の港に着くと白峰御陵へ向かった。白峰山のふもと高屋の阿気の「血の宮」、青梅村の「煙の宮」を通り過ぎる。急峻な山道を辿り、ようやく白峰陵の前に立った。
通富は恭(うやうや)しく礼拝し、明治天皇の宣命(せんみょう)を読み上げた。
「天皇(ますらみこと)が詔(みことのり)と桂巻(かけま)くも畏(かしこ)き讃岐の阿野の郡(こおり)白峰の山陵(みささぎ)に鎮座(しずまり)ます崇徳天皇の御大前(みまえ)に恐(かしこ)み恐みも申し給わく申さく」
通富の足元から風が舞い上がる。
八月だというのに足元からの風は脛(すね)から腿(もも)、背中へと寒気を這い上がらせる。
通富は宣命を読む唇の震えを堪えた。
「去(すぎ)し保元の年頃忌々(いまいま)しき御事より起こりて其の終(つい)には海路遥けき此の国にさえ行幸(いでまし)て御鬱憤の中に崩御(かむあが)らせ賜えるは何(いか)なる禍神(まがつかみ)の禍事にや有けむ最(いと)も畏く悲しき事の極みと常に歎き思食(おもお)す………」
この度遣わした迎え人と共に皇居に近い飛鳥井町の新宮に還り、天皇朝廷を日夜護り給うよう願い上げる言葉を続ける。だが震えが全身に及び、指から力が抜けてゆく。意識が遠のきそうになり、宣命の文字がかすむ。気が逸(はや)り、読み急ぎそうになる。
「………此頃皇軍に射向い奉る陸奥出羽の賊徒をば速やかに鎮(しずめ)定めて天下(あまがした)安穏(おだやか)に護助(まもりたすけ)賜えと恐み恐み申賜わくと申す
慶応四年八月十八日」
やっと読み終えた時、通富の体が崩れ落ちた。副使三条左少将が辛うじて支え事無きを得たが、通富はしばらく口を開くことが出来なかった。
戊辰戦争の最中である。朝廷は討伐軍を北上させ、まさに奥羽諸藩と戦闘の火蓋を切ろうとしていた。もし崇徳上皇の霊が奥羽諸藩に味方しては、大変なことになる。朝廷は崇徳上皇の霊を都に還御することでなだめ、皇軍に仇(あだ)なさぬよう願っているのである。この日八月二十六日は、崇徳上皇の命日であった。
翌二十七日、勅使一行は遺影を神輿に奉じ、遺愛の笙(しょう)を副(そ)え、日没後に下山した。京都に還ったのは九月五日のことで、高松藩主松平頼聡が伏見に奉迎し神輿に従った。
新院があれほど望んでいた都に戻ったのは、実に死後七百年後のことである。
── 完 ──
柞の紅葉(もみじ)な散りそよ
散りそよな散りそ
色変えで見む
「梁塵秘抄 四五四」
*柞(ははそ・コナラやクヌギなどの総称)
*「な~そ」(動作の禁止「~するな」「~してくれるな」)
*「色変えで見む」(そのままの色を見ていたい)
慶応四年(一八六七年)八月二十五日、勅使として大納言源通富が讃岐に下向した。
翌二十六日、勅使一行は阿野郡坂出村の港に着くと白峰御陵へ向かった。白峰山のふもと高屋の阿気の「血の宮」、青梅村の「煙の宮」を通り過ぎる。急峻な山道を辿り、ようやく白峰陵の前に立った。
通富は恭(うやうや)しく礼拝し、明治天皇の宣命(せんみょう)を読み上げた。
「天皇(ますらみこと)が詔(みことのり)と桂巻(かけま)くも畏(かしこ)き讃岐の阿野の郡(こおり)白峰の山陵(みささぎ)に鎮座(しずまり)ます崇徳天皇の御大前(みまえ)に恐(かしこ)み恐みも申し給わく申さく」
通富の足元から風が舞い上がる。
八月だというのに足元からの風は脛(すね)から腿(もも)、背中へと寒気を這い上がらせる。
通富は宣命を読む唇の震えを堪えた。
「去(すぎ)し保元の年頃忌々(いまいま)しき御事より起こりて其の終(つい)には海路遥けき此の国にさえ行幸(いでまし)て御鬱憤の中に崩御(かむあが)らせ賜えるは何(いか)なる禍神(まがつかみ)の禍事にや有けむ最(いと)も畏く悲しき事の極みと常に歎き思食(おもお)す………」
この度遣わした迎え人と共に皇居に近い飛鳥井町の新宮に還り、天皇朝廷を日夜護り給うよう願い上げる言葉を続ける。だが震えが全身に及び、指から力が抜けてゆく。意識が遠のきそうになり、宣命の文字がかすむ。気が逸(はや)り、読み急ぎそうになる。
「………此頃皇軍に射向い奉る陸奥出羽の賊徒をば速やかに鎮(しずめ)定めて天下(あまがした)安穏(おだやか)に護助(まもりたすけ)賜えと恐み恐み申賜わくと申す
慶応四年八月十八日」
やっと読み終えた時、通富の体が崩れ落ちた。副使三条左少将が辛うじて支え事無きを得たが、通富はしばらく口を開くことが出来なかった。
戊辰戦争の最中である。朝廷は討伐軍を北上させ、まさに奥羽諸藩と戦闘の火蓋を切ろうとしていた。もし崇徳上皇の霊が奥羽諸藩に味方しては、大変なことになる。朝廷は崇徳上皇の霊を都に還御することでなだめ、皇軍に仇(あだ)なさぬよう願っているのである。この日八月二十六日は、崇徳上皇の命日であった。
翌二十七日、勅使一行は遺影を神輿に奉じ、遺愛の笙(しょう)を副(そ)え、日没後に下山した。京都に還ったのは九月五日のことで、高松藩主松平頼聡が伏見に奉迎し神輿に従った。
新院があれほど望んでいた都に戻ったのは、実に死後七百年後のことである。
── 完 ──
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