愛する彼女・愛した彼女

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消える始まり

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愛した彼女はもういない
もう人を愛することはないと思っていた
こんな惨めな自分を愛してくれる人なんて


「えいと!早く起きないと仕事遅れちゃうよ!」
目覚まし時計が鳴る度に彼女の声を思い出す

3年前、彼女は僕の前から消えた
僕の心に記憶を残して


11月13日
良く晴れた昼、11月とは思えないほど暑い日だった
「あ、それ、そっちにお願いします」
作業員の人に荷物の置き場所を伝える
2LDK、家賃6万5千円
都心から少し離れた場所
交通の便は然程悪くない
「みのり、ガスの開栓って何時だっけ?」
「15時~16時の間って言ってたよ」

5年前、僕は彼女と共に新しい生活をスタートさせた


彼女の名前は「かけがえ みのり」
28歳、僕の1つ下
グルメ雑誌の編集者
毎月掲載する飲食店を廻り、取材や編集をしている
多忙な毎日だが、みのりはとても楽しそうだ

僕が言うと偉そうだが、顔はまぁまぁ、中の上と言ったところ
両親はみのりが5歳の時に離婚、母親の元で育ったがその母親もみのりが20歳の時に他界
みのりは独りだった
だがそんな事を感じさせない
いつも明るく、満面の笑みで周囲の人を幸せにする
笑った時に見える八重歯が好きだ
僕にとってみのりは最高の彼女だった


僕の名前は「ふくだ えいと」
みのりの1つ年上の29歳
コーヒーショップでホールスタッフとして働いている
将来は自分でコーヒーショップをしたいと日々勉強している
最近では少しだけマシンを使わせてもらえるようになった
僕の父親は早くに他界、まだ29歳だった
父もコーヒーが大好きで、よく家族で朝から喫茶店に行きモーニングを食べた
父が他界してからは祖母と母が僕を育ててくれた、どこの家族にも負けない程の愛情を注いでくれた
「将来、喫茶店でもできたらいいね」そう母が言った言葉が僕の夢になった

僕の顔は至って普通、だが濃い
よく沖縄人と間違われる
接客業なので笑顔を絶やさないようにしているが、感情が顔に出やすいため時々先輩や店長から注意を受ける
「えいとは周りの人に影響を与える力を持っているんだから、頑張って」優しい先輩がいつもそう言って慰めてくれる
自分の店を持つまでまだ時間はかかるが必ず実現させたい


うちの店に雑誌の編集者が取材に来た、その担当がみのりだった
店内とお店の人気商品であるカフェラテを撮影し、掲載する記事の内容を店長と打ち合わせする
僕は終始笑顔を絶やさない彼女に心惹かれていた
それからみのりは何度か店にやってきて記事の確認をしていた
店長が不在で戻ってくるのを待っている時にみのりと話す機会があった
そこで意気投合し、連絡先を交換
みのりのおすすめのお店で食事をする機会が増え、僕とみのりは互いに惹かれ合い、付き合いはじめた

「私が30歳になったら結婚して、それから2人で小さなコーヒーショップをしよう。それまではお互い今の仕事頑張らないとね。えいとも早くバリスタになれるよう頑張ってね」
彼女が言った言葉で、家族の夢だったものが家族と彼女の夢に変わった

彼女を愛している、必ず幸せにする
自分にそう誓った時でもあった


同棲生活が始まってからも、みのりの仕事は忙しい
だがいつも笑顔を絶やさず僕の帰りを待っていてくれた
みのりが作るご飯は美味しかった
さすが色んな飲食店を取材し見てきただけのことはある

大きな喧嘩はなかった
あるとしても小さな事ばかり、目玉焼きは醤油かソースかとか、どっちのドラマが見たいとかその程度だった
互いに笑顔が絶えず、毎日が幸せだった
こんな日がずっと続けばいいのに・・・僕はそう思っていた


それから2年が経った


みのりは僕の前から姿を消した


仕事が終わりみのりにメールをしたが返事がなかった
疲れて寝ちゃったかな・・・しょうがないか、最近また忙しそうだし、みのりの好きなアイスでも買って帰ろう
家の近くのコンビニでアイスを買い、家に帰った
鍵が開いてる・・ドアを開けると部屋は真っ暗だった
リビングの電気を付け、ふとテーブルを見た
そこにはみのりが使っている鍵が置いてあった
引っ越した時にお揃いで買ったキーホルダーもそのまま付いていた
その横には「えいと、ごめんね、ありがとう」そう書かれたメモ紙だけが置かれていた
目の前が真っ暗になる

みのりがいない

しばらく動けなかった

30分は経っただろうか、徐ろに携帯を取り出しみのりに電話を掛けた
電波が入っていない
理由も何も分からぬまま、僕は家を出てみのりを探した
彼女が行きそうな場所を思い付く限り
彼女の姿はどこにもなかった

気が付くと僕は家に帰っていた
帰り道の記憶が全くない


なぜ

なぜみのりは出て行ったんだ

どれだけ考えても思い当たる節がない

何が彼女をそうさせたのか

部屋をよく見ると、彼女の荷物もなくなっていた

2人で撮った写真以外全て


僕は自分を責めた

僕がいけなかったんだ

きっとみのりに無理をさせていた

彼女の笑顔に甘えていたんだ

彼女に対する想い・後悔が入り混じる



君といた時間

君といた部屋

君といた思い出

君の忘れ物を手に取り

涙が溢れ出した

僕の犯した罪の許しを空に請い

君を想い出す



目覚めの悪い朝
寝たのかさえ覚えていない
起き上がると同時にため息が漏れる
この部屋にはもう彼女はいない
微かに残る彼女の香り
残っているのは1枚の写真と記憶だけ
それ以外は彼女を感じられる物は何一つ残っていなかった

それから毎日彼女を探した
彼女の職場にも問い合わせた
突然辞めてしまったと言われた
ちょうど彼女が家を出た日だった
例え見つかったとしても彼女は戻ってこないだろう
みのりは無事なのだろうか
毎日が苦しかった



それから3年が経った


未だ彼女は見つかっていない
携帯は繋がらないまま
でもきっとどこかで生きている
そう信じていた
信じたかった

僕はまだコーヒーショップで働いていた
みのりとの約束を果たせていない自分が腹立たしかった
だけどみのりがいない店なんてしたくなかったし、もししたとしても彼女に対する罪悪感が芽生えそうで怖かった
僕は彼女と夢を同時に失ってしまった
僕の顔から笑顔は消えていた

最近よくクレームを受けるようになった
オーダーミス・店員の顔が暗いなど
「これ以上、店には迷惑を掛けられない」
働いている意味さえ見失っていた僕は、店を辞めようと思っていた

絶望に満ちていた時、1人の女性と知り合った

たまに店で見かけていた

いつも1人で来てラテを飲んでいた
彼女はいつもどこか寂しげな表情をしている
その日も彼女は1人でラテを飲みに来た
僕がコーヒーを持って行くと初めて声を掛けられた

「あの、いつも美味しく頂いてます、ありがとうございます」
「いえ、とんでもありません、こちらこそいつもありがとうございます」

笑顔が消えた僕は、愛想笑いしかできなかった

「ラテがお好きなんですね、よくコーヒーを飲みに行かれるんですか?」
「はい、あ、でも週に1~2回程度ですよ、でもここのラテが一番好きです」
「ありがとうございます、ゆっくりされていって下さいね」

会釈をした後立ち去ろうとした時、再度声を掛けられた

「あの、この仕事は好きですか?」

はい、と即答できなかった

彼女から全て見透かされている気がして、激しく動揺した

「ええ、好きですよ・・」

なんとか答えた僕の顔は明らかに強張っていた

「何かあったんですか?私で良ければ聞きますよ」

この人なら話してもいいかも。なぜかそう思えた

店の人には別れたとしか言ってなかった
余計な心配を掛けたくなかったから

「僕、もうすぐあがるんで、その後で良ければお願いします」
「分かりました、じゃあこれ飲んだら先に出て近くで待ってますね」

彼女はコーヒーを飲み干し店を出た

仕事が終わり、彼女の元へ向かった
すぐ近くにあるコンビニで彼女は待っていた
「お待たせしました、どこか入りますか?」
じゃあ、と言って彼女がよく行くというカフェに入った

僕はマキアート、彼女はまたラテを注文した
初めて入った店だったが、雰囲気もいいしマキアートのエスプレッソとミルクのバランスが絶妙だ
彼女のラテも美味しそうだった
「なんかすみません、初めてお話したのにいきなり僕の話なんか聞いてもらって」
「いえ、全然、たまにお見掛けしてましたけど、なんか寂しそうな顔が気になってたんで」
「あ・・・やっぱりそう見えてましたか。だめですね、僕」
「そんなことないですよ、何かよっぽどな事があったんだろうなぁとは思ってましたけど。よかったら聞かせて下さい」

優しい口調で僕に話しかけた

僕は全てを彼女に話した

彼女は真剣な眼差しで僕の話しを聞いてくれた

約1時間、一方的に話しをしてしまった

彼女は飽きることなく、最後まで聞いた

話したおかげで僅かながら僕の中で詰まっていた何かが取れた気がした

「あ、すみません、僕ばっかり話しちゃって」

「いえ、話しを聞くと言ったのは私の方ですから。それにしても、大変でしたね。辛かったでしょ」

「ええ、まぁ、しばらく何も手がつかなかったです。何が原因なのかさっぱり分からなくて」

「そうですよね・・・でも絶対に言えない何かがあったのは確かだと思うんです。そんな話もした事ないですか?」

「それが全くなんです。それらしい事があるなら話もしたと思うんですけど」

「んー、あの・・・良ければなんですけど、彼女さんの写真とかあれば見せていただけますか?」

「あー、はい。これですけど・・」

僕は携帯で撮った写真を彼女に見せた

「・・・とても明るい方というのが見て分かりますね。この顔、とても幸せそう。羨ましい・・・あ、ごめんなさい、不謹慎な事・・ありがとうございます」

いえ。そう言って僕は携帯を受け取った

「よかったら私も協力させて下さい。1人より2人いたほうがいいでしょ?」

「え?いいんですか?気持ちはありがたいですけど・・・さすがに悪いです」

「気にしないで下さい。お話を聞いた私にも責任あります。それに毎日探せるわけではないので、私も仕事があるので。お互い時間の合う時だけということでどうでしょう?」

「それなら・・・ありがとうございます」

彼女に深々と頭を下げた

連絡先を交換してその日は別れた

話してみるもんだ
ずっと1人で抱え込んでいた事
誰かに話すことでこんなに気が楽になるとは思ってなかった
もともとお店に来てるお客さんと言っても話すのも今日が初めてだったのに
あの人には何でも話してしまう、そんな空気を持っていた
全てを受け入れてくれる
そう思える人だった


彼女の名前は「なかお さえ」
30歳、僕の4つ下だった
年下なのに僕より大人の印象を受けた
雑貨店で働いている
どうりでお洒落だと思った
主に接客とレジを担当しているらしい
休みは週休二日制
休日は大体どこかのカフェにコーヒーを飲みに行くとの事
うちの店がそのうちの1つだという
彼女の両親も3年半前に離婚している
それから母と2人で暮らしていたが、2年前に彼女は上京
父親とは連絡を取っていない
というより取れないと話をしていた


それから彼女とは頻繁に連絡を取り合った
みのりの事以外のやり取りもあった
僕はプライベートの事は少し遠慮していたが、きちんとコミュニケーションもとっておかないと彼女に失礼かなと思い、なるべく話すようにした
一緒に食事をしながら、みのりに関する情報をできるだけ集めた
さえと会う度に、お互いの距離が近くなっているような気がした
それは、さえも感じていたはずだ
だけどこれはあくまでみのりを自分たちで探すため
それ以上の事はないし、あってはならないと思っていた・・・


みのりの出身は知っていた。福岡県のとある田舎
みのりがいなくなって直ぐに行こうと思ったが、離婚してから転々とし、ただの出身だからと本人が言っていた為行かなかった
さえとの会話でも出身の話は出ていた
彼女にも同じ話しをしていたので、初めは居所を探す候補に入れてなかったが、もしかしたら「原点」である場所にいるかもしれないという予想で僕達は行ってみる事にした
しかもさえはその場所に行ったことがあるらしい
なんでも前の仕事の出張で一度だけあると
なんとなく覚えている程度と彼女は言ったが、行ったことがない僕にとっては助かる話だ
早速お互いの勤務表を確認し、2週間後に行く事になった

「ねぇ、えいとくん、もしいなかったらどうする?」
「いなかったら、またふりだしだね。でも諦めたくない。折角ここまでやってるし、もう一度会いたい。会って確かめたいんだ、何であの時その道を選んだのか」

もう2人の間に敬語はなかった

「見つかるといいね、えいとくんが愛した人」
「うん、さえちゃん、いつもありがとね」

食事をしていた店を出て、さえを駅まで送った
駅に送る途中、さえが僕に言ってきた
「えいとくん。あのね、もしみのりさんに会えても会えなくても、私は・・・ごめん、なんでもない、忘れて」
僕はさえが何を言いたかったのか分からなかった
そのまま沈黙が続き、彼女を見送り別れた


この時の僕らはまだ知らなかった
互いが自分たちの心を傷付けている事に
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