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第一部 翠河の国の姫、押しが強すぎる
第九話 星降る湖畔で
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その年も暑さが厳しい時期に、翠瑶姫は湖畔の避暑地を訪れた。
「私は、働き過ぎなのですって」
王の跡継ぎとして、日々、政治に関わる仕事をしている姫は、常にお忙しい。
周りの誰もお諫めすることができず、父王に強制的に休暇を申し付けられるのが恒例だった。
王都より馬車で三日ほどの距離だが、高地の大きな湖の畔に建てられた館で、休養には最適だった。
格式張らない、幾分襟元の寛いだドレスを身に纏い、緩く髪を結った姫君は、常と違った魅力があった。
朝靄の中、湖畔の小道を歩くと、世界に二人だけ取り残されたような錯覚に陥った。
心細さはなく、二人きりであると、そんな不遜な妄想が頭を過った。
昼は湖に小舟で漕ぎ出し、釣りを楽しんだ。
夜には露台に出て星を眺め、遠い異国に思いを馳せた。
姫君と過ごす夏は輝かしく、何物にも代え難いものだった。
王都から早馬が届いた。
近年関係の険悪な隣国からの使者が、翠瑤姫を指名していると。
悪い予感がした。そしてそれをすぐに思い知らされることになった。
***
昨日見た夢は、何か不穏な気がした。どんな夢かは忘れてしまった。
けれど、夢の内容を思い出している暇はなかった。今日は林間学校だ。湖畔の自然の家で野外活動。オリエンテーリングと飯盒炊爨とキャンプファイア。俺は虫が得意じゃない。森の中とか、恐怖体験でしかない。憂鬱だ。
「郁朗氏、風呂の時間でござる。智哉氏が楽しそうゆえ、留意めされよ」
誠の忠告の意味が分からないが、一番憂鬱な時間が来た。
男同士とはいえ、無防備な裸を見られるのは恥ずかしい。こういうのはさっさと済ますに限る。服を脱ぎ、腰にタオルを巻いて共同浴場に入った。
誠も一緒だが、眼鏡を外しているので見えていないらしいのが助かった。
「湯船はタオルを入れるの禁止だよ、郁朗」
肩を叩かれて、振り返ると智哉がいた。ダンス部だけあって、首から肩、胸筋まで引き締まった無駄がない身体をしている。腹筋が割れてないか? それに結構、腰が細い。……しまった。あんまりにも堂々としているから、つい見てしまった。
「分かってるよ」
なんでか恥ずかしくなって、慌てて顔を背ける。
「郁朗って、結構色白なんだな」
「見るなよ」
「あ、ごめん」
気まずい。非常に気まずい。先に見てたのは俺の方だろ。
洗い場に向かっていく智哉の背中を見送って、一人、後ろめたい気分になっていた。最悪だ。
宿泊は、男子は大部屋で布団を並べて雑魚寝だった。
最近、クラスメイトが何か気を利かせ始めていて、自然と俺は智哉の隣に寝ることになっていた。そういうんじゃないってのに。
風呂場での気まずさを引きずっていた俺は、みんながまだ騒いでいる中、さっさと毛布を被って寝たフリを決め込んだ。何度か踏まれたが、気づかないフリをした。
「郁朗、もう寝たの? ……おやすみ」
誰かが毛布の上から頭のあたりに触れた。誰なのかは、考えないようにした。
早く寝過ぎたのが仇になった。
夜中に尿意で目が覚めた。しばらく我慢したが、朝までは保たなそうなので、思い切って起き上がった。
「どこ行くの?」
隣で寝ていた智哉が、気付いて寝ぼけた声を上げた。
「トイレ」
「じゃあ、俺も行く」
なんだこのシチュエーション。深夜に連れションとか、ムードが無さすぎる。
真夜中の廊下はしんと静かで、何か出そうな気がして、少し怖かった。
トイレでは、智哉が俺の隣に来るので、一つ離れて用を足した。露骨すぎただろうか。
部屋に戻る道すがら、俺たちは無言だった。
何か俺から言わなければと思ったが、巧い言葉が見つからない。
「星、綺麗だな」
ポツリと呟いた智哉につられて窓の外を見ると、満天の星空だった。
今見ているのと違う星空が、視界に重なった。
「前にも、こうして二人で星を見たことがあったような」
「思い出した……?」
聞き返した智哉の声は期待に満ちていた。
差し出された手に、自分の手を伸ばそうとした、その時。
「こら、何してる!」
見回りの教師の声に遮られた。
「トイレです!」
「終わったら、さっさと戻れ!」
追い立てられて、雑魚寝部屋へ駆け戻る。
気まずさは去っていて、自然に笑いあっていた。
「これは、ちょっと予想外」
「寝る場所がないな」
二人の布団の両隣のクラスメイトが、盛大に手足を伸ばして寝場所を侵食しており、一人分しかスペースが開いていなかった。
「でも、ここで寝るしかないだろう?」
「あんまりくっつくなよ?」
二人、背中を向けあって、狭い布団に入って寝直した。
翌朝、頭から毛布を被せられた衝撃で目を覚ました。
「郁朗氏、智哉氏、早くそのBでLな時空から戻ってくるでござる」
誠の囁き声で状況を把握した。何故か、俺の腕の下に智哉がいる。ちょうど抱きかかえているようにも見えるかもしれない。
慌てて飛び起き、離れた。智哉はまだ寝ているのか、ピクリとも動かない。
「あれー、智哉まだ寝てんのか? ……顔、赤い?」
他のクラスメイトが智哉を起こしにかかってくれたので、これ幸いと俺は逃げ出した。
「私は、働き過ぎなのですって」
王の跡継ぎとして、日々、政治に関わる仕事をしている姫は、常にお忙しい。
周りの誰もお諫めすることができず、父王に強制的に休暇を申し付けられるのが恒例だった。
王都より馬車で三日ほどの距離だが、高地の大きな湖の畔に建てられた館で、休養には最適だった。
格式張らない、幾分襟元の寛いだドレスを身に纏い、緩く髪を結った姫君は、常と違った魅力があった。
朝靄の中、湖畔の小道を歩くと、世界に二人だけ取り残されたような錯覚に陥った。
心細さはなく、二人きりであると、そんな不遜な妄想が頭を過った。
昼は湖に小舟で漕ぎ出し、釣りを楽しんだ。
夜には露台に出て星を眺め、遠い異国に思いを馳せた。
姫君と過ごす夏は輝かしく、何物にも代え難いものだった。
王都から早馬が届いた。
近年関係の険悪な隣国からの使者が、翠瑤姫を指名していると。
悪い予感がした。そしてそれをすぐに思い知らされることになった。
***
昨日見た夢は、何か不穏な気がした。どんな夢かは忘れてしまった。
けれど、夢の内容を思い出している暇はなかった。今日は林間学校だ。湖畔の自然の家で野外活動。オリエンテーリングと飯盒炊爨とキャンプファイア。俺は虫が得意じゃない。森の中とか、恐怖体験でしかない。憂鬱だ。
「郁朗氏、風呂の時間でござる。智哉氏が楽しそうゆえ、留意めされよ」
誠の忠告の意味が分からないが、一番憂鬱な時間が来た。
男同士とはいえ、無防備な裸を見られるのは恥ずかしい。こういうのはさっさと済ますに限る。服を脱ぎ、腰にタオルを巻いて共同浴場に入った。
誠も一緒だが、眼鏡を外しているので見えていないらしいのが助かった。
「湯船はタオルを入れるの禁止だよ、郁朗」
肩を叩かれて、振り返ると智哉がいた。ダンス部だけあって、首から肩、胸筋まで引き締まった無駄がない身体をしている。腹筋が割れてないか? それに結構、腰が細い。……しまった。あんまりにも堂々としているから、つい見てしまった。
「分かってるよ」
なんでか恥ずかしくなって、慌てて顔を背ける。
「郁朗って、結構色白なんだな」
「見るなよ」
「あ、ごめん」
気まずい。非常に気まずい。先に見てたのは俺の方だろ。
洗い場に向かっていく智哉の背中を見送って、一人、後ろめたい気分になっていた。最悪だ。
宿泊は、男子は大部屋で布団を並べて雑魚寝だった。
最近、クラスメイトが何か気を利かせ始めていて、自然と俺は智哉の隣に寝ることになっていた。そういうんじゃないってのに。
風呂場での気まずさを引きずっていた俺は、みんながまだ騒いでいる中、さっさと毛布を被って寝たフリを決め込んだ。何度か踏まれたが、気づかないフリをした。
「郁朗、もう寝たの? ……おやすみ」
誰かが毛布の上から頭のあたりに触れた。誰なのかは、考えないようにした。
早く寝過ぎたのが仇になった。
夜中に尿意で目が覚めた。しばらく我慢したが、朝までは保たなそうなので、思い切って起き上がった。
「どこ行くの?」
隣で寝ていた智哉が、気付いて寝ぼけた声を上げた。
「トイレ」
「じゃあ、俺も行く」
なんだこのシチュエーション。深夜に連れションとか、ムードが無さすぎる。
真夜中の廊下はしんと静かで、何か出そうな気がして、少し怖かった。
トイレでは、智哉が俺の隣に来るので、一つ離れて用を足した。露骨すぎただろうか。
部屋に戻る道すがら、俺たちは無言だった。
何か俺から言わなければと思ったが、巧い言葉が見つからない。
「星、綺麗だな」
ポツリと呟いた智哉につられて窓の外を見ると、満天の星空だった。
今見ているのと違う星空が、視界に重なった。
「前にも、こうして二人で星を見たことがあったような」
「思い出した……?」
聞き返した智哉の声は期待に満ちていた。
差し出された手に、自分の手を伸ばそうとした、その時。
「こら、何してる!」
見回りの教師の声に遮られた。
「トイレです!」
「終わったら、さっさと戻れ!」
追い立てられて、雑魚寝部屋へ駆け戻る。
気まずさは去っていて、自然に笑いあっていた。
「これは、ちょっと予想外」
「寝る場所がないな」
二人の布団の両隣のクラスメイトが、盛大に手足を伸ばして寝場所を侵食しており、一人分しかスペースが開いていなかった。
「でも、ここで寝るしかないだろう?」
「あんまりくっつくなよ?」
二人、背中を向けあって、狭い布団に入って寝直した。
翌朝、頭から毛布を被せられた衝撃で目を覚ました。
「郁朗氏、智哉氏、早くそのBでLな時空から戻ってくるでござる」
誠の囁き声で状況を把握した。何故か、俺の腕の下に智哉がいる。ちょうど抱きかかえているようにも見えるかもしれない。
慌てて飛び起き、離れた。智哉はまだ寝ているのか、ピクリとも動かない。
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