友達の辞め方、募集します。

浅川未羽

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〈2〉いつもの私、取り戻します。

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大学1年の夏休み初日。

その日は10時に待ち合わせをして、新作の洋画を観に、映画館へ行く予定だった。

しかし、10時になっても彼は待ち合わせ場所に来なかった。
メッセージを送っても返信は無く、電話をかけても留守番電話に繋がるばかりだった。
事件や事故に巻き込まれたのではないか、と心配になったが、ひとまず私は彼の家に向かうことにした。

彼の家は、待ち合わせ場所から徒歩7分ほどで着く。
「外観はひどいもんだけど、その分家賃が安くて助かる、十分満足だよ」と彼は話していた。
そのアパートの2階、201号室、そこが彼の部屋だ。

インターホンを鳴らしてみる。
中からは物音ひとつ聞こえない。
もう一度、インターホンを鳴らす。
やはり、何の反応もない。

「もしかして行き違いになったかな……」

待ち合わせ場所に戻ろうと振り返った瞬間
気付けば私は
小さい悲鳴を上げながら
後ろに飛び退いていた。


彼が、私の真後ろに立っていた。


気配など全く感じなかった。


そこで初めて、私は彼に『恐怖』という感情を抱いた。
しかし、背後に立っていたことに対してだけではない。
今、私を見る彼の目は、異常なまでに冷たい。
まるで、自分の最愛の人を殺した犯人に向けるような、鋭く、突き刺さるような視線。

私は思わず目をそらす。
数秒の沈黙の後、彼が口を開いた。

「部屋、入ってないよね?」

予想もしなかった質問に戸惑い、私はすぐに返答できなかった。
すると彼は私の方へと迫った。
そして「痛っ!」と声が出てしまうくらい、私の二の腕を強く掴み、ドアへと押し付けた。

「入ったの?」

今までに聞いたことがないほど威圧感のある、重く低い声で問われる。

今、私の目の前にいるこの人は、私の知っている温厚で明るい、いつもの『彼』ではなかった。

あまりの恐怖に声も出ず、私は必死に首を横に振った。

すると彼は、私の腕から手を離し

「そっか。それならいいんだ。鍵閉め忘れちゃってさ。散らかってるから見られたくないんだよね」

と微笑んだ。

いつもの『彼』である。

こっちが本当の彼

……いや

どちらが本当の彼なのか
分からない。

ただ

いつもの彼の笑顔を見ても
ほっとできない私がいた。

いつもの私は

彼と、どんなふうに接していたんだろう?


その後の会話は覚えていない。
気付いたら私は、自宅の玄関に座り込んでいた。

スマホのバイブ音が聞こえる。
鞄から取り出し、画面を見ると

『映画面白かったね!また行こう!』

という彼からのメッセージが表示されていた。

『そうだね』と返信したあと

私は、玄関でひとり

静かに泣いた。
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