上 下
16 / 17

第十四話 ~始業式とバイトと~

しおりを挟む
 三人は冬休みの間、埼玉を離れ新潟へ赴き、二泊三日ほどスキーをして過ごしたが、その後は特に三人集まってやることはなかった。
 きよみとたけるの二人でいろいろと遊んだりしていたが、十数日しかない冬休みの短期間でしたことはそれだけであった。
 そして冬休みも終わりを迎え、時は三学期の始業式となった。正月は二人とも寒さで自宅から動けない堕落した日々を送っていたので二人が会うのは新潟でのスキーをした時以来である。
 その日、朝食は久しぶりにきよみが作ることになっていたので、たけるが目を覚ますときにはすでにみそ汁の香りが寝室まで漂ってきていた。

「あ、おはようございます! ……え? あっ、今日の朝食はですね──」

 眠い目をこすりながら出てきたたけるを認めたきよみは挨拶すると献立を紹介してくれた。
 今日の朝食は白米にみそ汁、そしておせち料理の一つである伊達巻を作ってくれていた。
 彼女曰く、『正月会えなかったから、おせちを一緒に食べたくて』とのこと。
 そんな彼女の健気な笑顔を見ると、たけるは思わず笑みを漏らしてしまう。
 完成したご飯を目にしたたけるは思わずよだれが口からこぼれそうになってしまう。
 きよみと二人、朝食を食べるたける。味については特筆する事が出来ないくらいの美味で、思わず頬が溶けてしまいそうになってしまう。
 ふときよみの方を見たら彼女も同じように頬が溶けそうになっていた。そんな彼女の笑顔がただただとても可愛かった。
 たけるの視線に気付いたきよみは次第に頬を紅潮させていく。

「はっ恥ずかしいから見ないで……」

 手で顔を隠した彼女を見てたけるはただただ笑う。
 "──ああ。こんな日々が永遠に続けばいいな"
 たけるはふとそう思った。幸せな日々が永劫に続くんだと、彼は疑って止むことはなかった。
 それはきよみも同じであった。幸せが壊れることなど無いのだ、とそう確信していた。
 互いに親を亡くしていたという近しい境遇に惹かれあったとも言える二人はここからも幸せな日々を生み出すのだと信じていた──。

       ☆☆☆ ★★★ ☆☆☆

 その後二人は学校へ行き無事に始業式を迎えた。
 久しい親友との再会、放課後ティータイム。“友情は永遠だ”とはこのことだろう。
 楽しい時間を過ごしたきよみとゆなは、帰路に付く。
 家が近くなるころ、待っていたのだろうか、たけるの姿が見えた。

「おかえり」

 たけるは優しくそう告げる。たけるには事前にゆなと遊んでくることは伝えていたが、まさか待っているとは思っていなかったきよみは目を丸くしていた。
 そんなきよみの姿を見てゆなは腹を抱えて爆笑していた。

「何なの二人ともー笑わせないでよねー」

 そう言いながら、ゆなは二人と別れる。二人に背を向けた彼女の表情はどこかさみしそうな表情だった。
 そんなことはつい知らず、きよみはゆなに何か言うでもなく、ただ手を振る。
 それを察したのか、ゆなはぴたりと立ち止まり、振り返る。きよみの手振りに気付いた彼女は大きく手を振り返す。
 しばらく振り返したのちにゆなは自宅の方へ歩みを再び進め始めた。

「さあ、帰ろっか」
「うん!」

 二人は示し合わせると、帰路に付いた。きよみはそこで遊んできた先で何をしてきたのかをたけるに説明する。

       ☆☆☆ ★★★ ☆☆☆

 『昼前に終わった学校でたけると別れ、昼食とおやつを食し、他愛もない話題で笑いあった』
 きよみはたけるへそう説明をした。話の節々で相槌を打つたける。
 話し終わるころ、二人は自宅のすぐそばまで帰ってきていた。
 新学期早々の今日、二人はアルバイトの予定が入っていた。シフトは夕方四時半スタートで、今は四時少し前である。
 自宅からアルバイト先であるミセドまでは、徒歩で十五分の距離で、着替えてすぐ出発すればちょうどいいくらいだ。
 二人で示し合わせて、すぐに制服から私服へと着替えをし、たけるの玄関先で合流し、ミセドへと向かい始める。
 今日は新学期始まって初めてのアルバイトの日なので二人とも緊張──する様子はなく、いつも通りの雰囲気で歩みを進める。
 最近の仕事はきよみとたけるそれぞれレジとイートインコーナーを担当しており、大体時給も若干上がって来ていた。
 今回は、大体五時間ほどの勤務で午後九時半には退勤する流れとなっている。

       ☆☆☆ ★★★ ☆☆☆

 バイト先であるミセドに到着した五時間ほどの間、前述の通りの仕事をこなす二人。
 テキパキとした二人の姿に他のスタッフは尊敬の目を向けていた。店長を除いて。
 相変わらず頑張る二人の姿を店長は心配そうに見つめる。結局昨年九月末に話をしたあとも変わらず最低限のシフト休み以外の休みを取る様子もなく、ついに年を越してしまった。
 二人は体調を崩してはいないだろうか、二人の一挙一動に目を凝らし、見続ける。

「──長! 店長!」

 彼女は二人に集中するあまり、副店長が呼んでいることに気が付かなかった。

「あぁ。ごめんなさい、どうしたの?」
「ちょっと厨房の換気扇の調子が悪くて、少し見てもらっても良いですか?」
「なるほどね、分かったわ。ありがとう」

 副店長に促されるままに、彼女は厨房へと入り、換気扇の動作を確認する。
 どうやら副店長の言うように換気扇の調子が悪いようだ。吸気性が悪くなっているようで、吸い込む音がこもってしまっている。
 これは換気扇の業者に依頼して対処してもらうほかないだろう。これはフィルターの問題だ。
 手早く業者への依頼を済ませると彼女は再び二人の様子を窺うべく先ほどの位置に戻る。
 二人は相変わらずテキパキとした手つきで作業を進めている。
 見る限りは体調・疲れなどの問題は見受けられない。むしろどこからそのやる気と体力は来ているのだろうか、彼女はその原動力について深く興味を感じ始めていた。
 その中で、一枚の書類に目を通して深くため息をくことにもなる。
 紙には『該当店舗所属嘱託しょくたく社員の処遇について』というタイトルが付いており、該当店舗に二人の働いている店舗も含まれており、名指しで二人の名前が記されていた。
 この通知が来るという事は、大体が問題行動等で本社招集されることや功績に基づいて本社昇格の決定をするため、一旦本社へ呼び出されるかの二択しかない。
 ついにこの時が来たか、と店長は顔をしかめる他なかった。
 今の本社は腐っている、一般にブラックと呼ばれる労働者を使い殺す環境に店長──辛味つらみ千歳ちとせは頭を抱えていた。
 また、自分の懸念していた優秀人材の昇格は、傍から見れば当然のことに思えるが、使い殺すような環境では真逆の意味を指すともいえる。
 二人には、絶対この話を受けないでもらいたい。二人の未来を今のミセスドーナツなんかに潰させてたまるか。
 尊敬するの掲げた理念を潰した今の経営陣に千歳は激しく憎悪の念を抱えていた。
 今では彼女も経営陣から蹴落とされてしまったが、いつかはまた──。

       ☆☆☆ ★★★ ☆☆☆

 時刻は午後九時半を回ってアルバイトが終わり、タイムカードを押したきよみとたける。そこへ店長がやってきて少し話したいと言ってきた。
 なんだろう、また休めと催促されるんだろうか、と思いながらも店長についていく二人。
 しかし、今日の店長は雰囲気が何か違う感じがした。
 空気がかなり重いと感じた二人は、店長が普通とは違う話をするつもりだとふと察してしまった。
 二人が座ると店長は立ち上がり頭を下げた。

「二人とも、すまない!」
「「え?」」

 突然の謝罪に二人は目を丸くした。一体何が起きているのかさっぱり分からなかったからである。
 頭を上げた店長は一枚の紙を二人に差し出す。そこには『~処遇について』のタイトルが付いた書類があった。
 処遇と聞くとクビにされるというイメージがある二人。つまり、店長は自分がクビにされてしまっていなくなることを謝っているのだろうか。
 続く店長の言葉と指さす箇所に二人は目を疑った。そこにはきよみとたけるの二人の名前が記されていたのだ。
 驚くほかないだろう。ふと自分たちが何か悪いことをしたのかと思ったからである。
 店長は一言『これは昇格の案内だ』と付け足す。
 二人は疑問を抱いた、ではなぜ店長は自分たちに謝罪したのだろうか、と。そして店長は続けた。

「強要は出来ないが、出来ればここに残ってほしいんだ。きっと本社は君たちを社員として登用するつもりだろう」

 そこできよみはようやく店長の言いたいことが理解できた。『わがまま』を通させてほしいから予め謝罪したのだろう、と。
 一方たけるはというとずっと理解不能という神妙な表情を浮かべたまま固まっていた。一体自分に何が起きているのかさっぱり分からないといった表情であった。

「……とりあえず、話は分かりました。この話を辞退すれば宜しいのですね、それであれば一切問題ありません」

 きよみの返答に店長はぱあぁと表情を明るくした。そして、続けられたきよみの言葉に店長は心を奪われることとなった。

「今のところ、私たちはまだ高校一年です。学生生活はまだこれからなんです。そんな若輩者わかものを社員登用ですっけ……? なんて、本社の人は一体何を考えてるんでしょうね」

       ☆☆☆ ★★★ ☆☆☆

 店長との話し合いが終わり、ミセドを後にした二人。たけるは未だに状況を読めていない様子。
 そんな彼の背中をきよみは叩く。

「ほらっ、ずっと悩んでてもダメダメ! 私たちはここからまだ道は長いんだから、自分のやりたいことをじっくり考えながら前をしっかり見て行かないと!」

 きよみの言葉にたけるは空返事をする。もう完全に混乱してしまっている様子だった。
 今学期を乗り越えたら次は二年次だ。進級に向けて自分たちは一層の努力をしなければならないだろう。
 たけるはどう思っているのだろうか。今の彼はまだそこまでの強い意思を持つことは難しいだろうなと思いながらきよみは二人で帰路に付いた。

 ──もっと頑張らないと
しおりを挟む

処理中です...