1 / 4
ノア様との出会い
しおりを挟む
「ノア。今日からこの人形がお前に仕える。」
「ミカエルと申します。よろしくお願い致します。」
そう言って、怯えたような目でこちらを見る美しい紫の瞳で、私は前世を思い出した。
ここは、乙女ゲーム「白薔薇姫」の世界。現実世界から突如異世界に召喚された主人公:ヒロインが、イケメンの攻略対象達と仲を深め、魔王を倒し、その中の誰かと恋に落ちる。友情エンドも勿論あったが、それをするには全キャラの好感度を一定のラインに保ち、上げないことが条件だったので、滅多に成功する人はいなかった。
そして今目の前にいる、この美しい少年は、攻略対象の中でも熱狂的な人気を誇るノア・アダムス。通称「闇堕ちヤンデレ貴公子」。濡羽色の髪、紫水晶の瞳は蠱惑的なまでに美しいが、このアダムス家、そして世界では歓迎されないものらしかった。
「後は任せたぞ。」
「はい。任務を遂行します。」
ぞんざいに言うと、私を連れて来たノア様の父親は、実の息子に見向きもせず、部屋を出て行った。夜なのに灯りも付いていない真っ暗な部屋は、公爵家にしては余りにも狭すぎる。あちこちに散らばったゴミや、ボロボロのおもちゃ。まるで、中にいる人物を閉じ込める為の箱のようだった。
彼は部屋の隅で縮こまり、薄汚れたウサギの人形を抱きしめていた。明らかに怯えている。
「ノア様」
なるべく優しい声を出したつもりだけれど、びくっと彼の肩が震えた。怖い、逃げたい。そんな感情が、嫌でも伝わって来た。この暗い部屋、見知らぬ若い男(人形だが)と二人きりなんて、この歳の子供には恐怖でしかないだろう。
「私は、ミカエルです。貴方様専用の絡繰人形。」
そう言って、私は彼に目線を合わせるように膝をついた。彼はまだ震えていたが、ゆっくりと目を合わせてくれた。
「私は貴方様の為ならば、何でも致します。決して、貴方様を傷付けることはありません。」
「…なんでも?」
小さな口から、初めて声を聞いた。子供っぽい、あどけない声だ。
「ええ、何でも。まずは、部屋の灯りを付けても?」
「あっ…」
彼が私を止めるように手を伸ばして来た。が、私が魔法で火を灯すほうが早かった。ぼうっと柔らかな、とろけるような炎が蝋燭に宿る。部屋が、蝋燭を中心に少しだけ明るくなった。
「…すごい」
蝋燭の火を、惚けたように見つめる。その反応に、少しの違和感を感じる。
「貴方様は、魔法をご存じですか?」
「…しってる。何もおそわってないけど」
あのクソ親父。教育すらまともに受けさせてないのか。仮にも公爵家の次男だぞ。
「このへや、マッチが無いから、ミカエルもこまると思った」
も、だもんな。これも公爵家の仕業だろう。主に父親。ていうか、
「初めて名前を呼んでくださいましたね」
「っ…だめだった?」
「いいえ、いいえ。もっと呼んでください。私は貴方の人形なのですから。」
私が言うと、彼の体から安心したように力が抜けた。それに、何だか眠たそうに見える。部屋の時計を確認する。深夜十二時。そりゃ眠たいはずだ。健全な五歳児が起きてていい時間じゃない。
「ノア様、とお呼びしてよろしいでしょうか」
「…うん。いいよ」
「ではノア様、そろそろご就寝の時間にございます。」
そっと手を差し伸べると、彼は一瞬躊躇ってから、小さな手を私の冷たい手に乗せた。彼の手を引いて、粗末なベッドまで案内する。魔法で軽くベッドメイクしてから、彼を横たわらせた。
「ノア様、おやすみなさい。どうかいい夢が見られますように。」
「…おやすみなさい」
目を瞑ると、彼はすぐに眠りについた。やっぱり、疲れていたのだろう。自分を虐げている父親と顔を合わせ、知らない人形が自分の部屋を歩いていたのだから。
「あ」
手を、握ったままだ。私の手は人形だから、とても冷たいだろう。ノア様の体を冷やしてはいけない。そっと私が手を離そうとすると、小さな手に、ぎゅっと握り込まれた。
「…失礼します」
私は彼のベッドの脇に座ると、彼の寝顔を眺めた。幼いながらも、その美貌は健在。切れ長の吊り目、今は見えないけれど紫水晶の綺麗な瞳、筋の通った鼻筋、形の良い唇。将来は絶世の美青年だろう。色白で、頼りなげだが、これから成長していくのだから大丈夫だろう。
「…さて、」
整理しよう。私は、乙女ゲーム「白薔薇姫」の世界に転生した。前世はゲーム好きな女子高生。この世界の、ノア様の行く末を知っている。ノア様は将来、家族に愛されなかったことから孤独を深めて、闇堕ち系ヤンデレになる。そしてヒロインと出会い、恋に落ちる。
だが。もしヒロインと結ばれなければ、ヒロインを殺し、永遠に自分だけのものにしようとする。それを阻止する他の攻略対象に殺害され、その存在は忘れ去られる。
「…それは駄目」
シンプルに推しだ。推しが尊い。推しの幸せが一番。推しの幸せの為ならこの命すら捨てることを厭わない。はぁ~~好きだ。彼は世界の宝。絶対に不幸にはさせない。
「守りますからね…」
握った手に力を込めて、私も仮睡眠に入った。
「ミカエルと申します。よろしくお願い致します。」
そう言って、怯えたような目でこちらを見る美しい紫の瞳で、私は前世を思い出した。
ここは、乙女ゲーム「白薔薇姫」の世界。現実世界から突如異世界に召喚された主人公:ヒロインが、イケメンの攻略対象達と仲を深め、魔王を倒し、その中の誰かと恋に落ちる。友情エンドも勿論あったが、それをするには全キャラの好感度を一定のラインに保ち、上げないことが条件だったので、滅多に成功する人はいなかった。
そして今目の前にいる、この美しい少年は、攻略対象の中でも熱狂的な人気を誇るノア・アダムス。通称「闇堕ちヤンデレ貴公子」。濡羽色の髪、紫水晶の瞳は蠱惑的なまでに美しいが、このアダムス家、そして世界では歓迎されないものらしかった。
「後は任せたぞ。」
「はい。任務を遂行します。」
ぞんざいに言うと、私を連れて来たノア様の父親は、実の息子に見向きもせず、部屋を出て行った。夜なのに灯りも付いていない真っ暗な部屋は、公爵家にしては余りにも狭すぎる。あちこちに散らばったゴミや、ボロボロのおもちゃ。まるで、中にいる人物を閉じ込める為の箱のようだった。
彼は部屋の隅で縮こまり、薄汚れたウサギの人形を抱きしめていた。明らかに怯えている。
「ノア様」
なるべく優しい声を出したつもりだけれど、びくっと彼の肩が震えた。怖い、逃げたい。そんな感情が、嫌でも伝わって来た。この暗い部屋、見知らぬ若い男(人形だが)と二人きりなんて、この歳の子供には恐怖でしかないだろう。
「私は、ミカエルです。貴方様専用の絡繰人形。」
そう言って、私は彼に目線を合わせるように膝をついた。彼はまだ震えていたが、ゆっくりと目を合わせてくれた。
「私は貴方様の為ならば、何でも致します。決して、貴方様を傷付けることはありません。」
「…なんでも?」
小さな口から、初めて声を聞いた。子供っぽい、あどけない声だ。
「ええ、何でも。まずは、部屋の灯りを付けても?」
「あっ…」
彼が私を止めるように手を伸ばして来た。が、私が魔法で火を灯すほうが早かった。ぼうっと柔らかな、とろけるような炎が蝋燭に宿る。部屋が、蝋燭を中心に少しだけ明るくなった。
「…すごい」
蝋燭の火を、惚けたように見つめる。その反応に、少しの違和感を感じる。
「貴方様は、魔法をご存じですか?」
「…しってる。何もおそわってないけど」
あのクソ親父。教育すらまともに受けさせてないのか。仮にも公爵家の次男だぞ。
「このへや、マッチが無いから、ミカエルもこまると思った」
も、だもんな。これも公爵家の仕業だろう。主に父親。ていうか、
「初めて名前を呼んでくださいましたね」
「っ…だめだった?」
「いいえ、いいえ。もっと呼んでください。私は貴方の人形なのですから。」
私が言うと、彼の体から安心したように力が抜けた。それに、何だか眠たそうに見える。部屋の時計を確認する。深夜十二時。そりゃ眠たいはずだ。健全な五歳児が起きてていい時間じゃない。
「ノア様、とお呼びしてよろしいでしょうか」
「…うん。いいよ」
「ではノア様、そろそろご就寝の時間にございます。」
そっと手を差し伸べると、彼は一瞬躊躇ってから、小さな手を私の冷たい手に乗せた。彼の手を引いて、粗末なベッドまで案内する。魔法で軽くベッドメイクしてから、彼を横たわらせた。
「ノア様、おやすみなさい。どうかいい夢が見られますように。」
「…おやすみなさい」
目を瞑ると、彼はすぐに眠りについた。やっぱり、疲れていたのだろう。自分を虐げている父親と顔を合わせ、知らない人形が自分の部屋を歩いていたのだから。
「あ」
手を、握ったままだ。私の手は人形だから、とても冷たいだろう。ノア様の体を冷やしてはいけない。そっと私が手を離そうとすると、小さな手に、ぎゅっと握り込まれた。
「…失礼します」
私は彼のベッドの脇に座ると、彼の寝顔を眺めた。幼いながらも、その美貌は健在。切れ長の吊り目、今は見えないけれど紫水晶の綺麗な瞳、筋の通った鼻筋、形の良い唇。将来は絶世の美青年だろう。色白で、頼りなげだが、これから成長していくのだから大丈夫だろう。
「…さて、」
整理しよう。私は、乙女ゲーム「白薔薇姫」の世界に転生した。前世はゲーム好きな女子高生。この世界の、ノア様の行く末を知っている。ノア様は将来、家族に愛されなかったことから孤独を深めて、闇堕ち系ヤンデレになる。そしてヒロインと出会い、恋に落ちる。
だが。もしヒロインと結ばれなければ、ヒロインを殺し、永遠に自分だけのものにしようとする。それを阻止する他の攻略対象に殺害され、その存在は忘れ去られる。
「…それは駄目」
シンプルに推しだ。推しが尊い。推しの幸せが一番。推しの幸せの為ならこの命すら捨てることを厭わない。はぁ~~好きだ。彼は世界の宝。絶対に不幸にはさせない。
「守りますからね…」
握った手に力を込めて、私も仮睡眠に入った。
10
あなたにおすすめの小説
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
お兄ちゃんができた!!
くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。
お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。
「悠くんはえらい子だね。」
「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」
「ふふ、かわいいね。」
律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡
「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」
ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
俺にだけ厳しい幼馴染とストーカー事件を調査した結果、結果、とんでもない事実が判明した
あと
BL
「また物が置かれてる!」
最近ポストやバイト先に物が贈られるなどストーカー行為に悩まされている主人公。物理的被害はないため、警察は動かないだろうから、自分にだけ厳しいチャラ男幼馴染を味方につけ、自分たちだけで調査することに。なんとかストーカーを捕まえるが、違和感は残り、物語は意外な方向に…?
⚠️ヤンデレ、ストーカー要素が含まれています。
攻めが重度のヤンデレです。自衛してください。
ちょっと怖い場面が含まれています。
ミステリー要素があります。
一応ハピエンです。
主人公:七瀬明
幼馴染:月城颯
ストーカー:不明
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
内容も時々サイレント修正するかもです。
定期的にタグ整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
モブなのに執着系ヤンデレ美形の友達にいつの間にか、なってしまっていた
マルン円
BL
執着系ヤンデレ美形×鈍感平凡主人公。全4話のサクッと読めるBL短編です(タイトルを変えました)。
主人公は妹がしていた乙女ゲームの世界に転生し、今はロニーとして地味な高校生活を送っている。内気なロニーが気軽に学校で話せる友達は同級生のエドだけで、ロニーとエドはいっしょにいることが多かった。
しかし、ロニーはある日、髪をばっさり切ってイメチェンしたエドを見て、エドがヒロインに執着しまくるメインキャラの一人だったことを思い出す。
平凡な生活を送りたいロニーは、これからヒロインのことを好きになるであろうエドとは距離を置こうと決意する。
タイトルを変えました。
前のタイトルは、「モブなのに、いつのまにかヒロインに執着しまくるキャラの友達になってしまっていた」です。
急に変えてしまい、すみません。
なぜ処刑予定の悪役子息の俺が溺愛されている?
詩河とんぼ
BL
前世では過労死し、バース性があるBLゲームに転生した俺は、なる方が珍しいバットエンド以外は全て処刑されるというの世界の悪役子息・カイラントになっていた。処刑されるのはもちろん嫌だし、知識を付けてそれなりのところで働くか婿入りできたらいいな……と思っていたのだが、攻略対象者で王太子のアルスタから猛アプローチを受ける。……どうしてこうなった?
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる