元勇者、悪役令嬢になる

白米サイコー

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第一章勇者再誕

第4話アイリス・コリアンダーを殺す毒

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☆☆☆

 俺は使用人の少女を下がらせると深々と溜息を吐いた。

 これから先、誰かと親しくなることは出来るだろうか?

 ……いや、きっと無理なんだろう。
 それこそ、両親以外の誰かに好かれることはなく人生を終えそうだ。

 両親は無条件で俺のことを愛してくれているが、そのほかの人間はこの強烈な性格の前に距離を置くか、正義感を持って突っかかってくるか、どちらかだろう。
 なんせ、俺が逆の立場でも、俺のようなわがままで嫌な貴族からは距離を取ると思う。

「(はぁ、これからどうすれば良いんだ)ふぅ、鬱陶しい使用人がいなくなると気分が良くなりますわね」

 たとえ、一人であっても思っていることとは違う言葉が出力される厄介な口。
 この厄介な口を黙らせるように食事を口に突っ込む。
 こんなことをしても、何にもならないと分かっていながらも、やってしまったのは俺の小さな抵抗だった。
 それ以上の意味なんて無い行為だった。

 しかし、

「(いや、美味しいな!)ふん、まぁまぁですわね」

 あまりの美味しさに俺は内心で目を大きく開く。
 何故内心であるかと言うと、俺の体の方はこんなに美味しいものを食べているにもかかわらずつまらなそうにジト目で食事を口に運んでいるからだ。

 まぁ、確かに普段から美味しいものを食べているお嬢様からすればこの料理もたいしたものでは無いのかもしれない。
 後は、一応貴族としての習慣としてテーブルマナーをたたき込まれているのもあるだろう。

 にしても、『ふん、まぁまぁですわね』は良くないと思う。

 ……料理をしてくれた人もきっと手間暇かけて作ってくれているんだから……。

 一言『ありがとう』と言うだけで良いのに、それだけで伝わる気持ちというのもあるというのに、なんで俺はそれが出来なかったんだろう。
 貴族に生まれたものとしては簡単ではないし、当たり前では無かったのかもしれない。
 ただ、勇気を持って言えればきっともっと楽しい日常が過ごせたんじゃ無いかと俺はアイリス・コリアンダーに伝えたかった。

「(今更、言っても意味の無いことか……。)くだらないですわね」

 俺は俺の顔が移る黄金色のスープを掬い口へと運ぶ。
 その姿は非常に様になっており、一種の芸術のような、ある意味で洗練された動きには華があった。

 夢でも見ているみたいだと思った。

 アイリス・コリアンダ―として生きていたという記憶はあるし、自覚もある。
 ただ、やはり自分は勇者であるという意識の方が強く気持ちの整理が追いつかない。

 そもそも……どうして、今頃になって勇者の頃の記憶が蘇ったのだろう?
 アイリス・コリアンダーとして生を受けて、かれこれもう10年だ。
 生まれたばかりの頃であれば自我が希薄であり、何かの拍子で勇者であった頃の記憶が蘇ってもおかしくはと思うのだが、10歳にもなって目覚めるというのはあまり聞かない。

 そう一応、勇者として旅をしていた頃には前世の記憶を保持して生まれてくる子どもの話はちょくちょく聞いたことがあったのだ。
 ただ、その殆どは生まれてから2~3歳頃に記憶が戻り、大体第二次成長期を迎える頃には完全に前世の記憶が無くなっているというのが常だった。


 俺のように第二次成長期を迎えてから記憶が戻ったという話は聞いたことが無かった。
 何か、記憶が戻るような大きな事件が起こったのだろうか?
 俺はアイリス・コリアンダーとしての記憶を遡る。

 ここ最近は高熱にうなされていた、よな。
 ただ、医者の診断では只の風邪だったそうだ。
 おかしな事は特にない。
 そもそも、仮に俺のことを殺そうとする暗殺者がいたとしても勇者である俺は毒や魔法への耐性が高く、毒殺も精神干渉魔法と肉体干渉魔法を併用した疑似呪術でも殺すことは難しい。

 ならば、逆にここ最近の高熱は記憶が戻る際に脳に負荷がかかったという可能性はないだろか?

 いや、それなら、結局それ以前に記憶が戻る何らかの事件、原因が無いとおかしい、か……。

 振り出しに戻った。
 俺は思わず首を傾げてしまう。

 別に今までだってアイリス・コリアンダーおれが熱や病気に罹ることはあったわけだし、理由無く風邪を引くこともあるだろう。今回は特に酷い病状だったため、記憶が戻った、とか?
 いや、ただ、それにしては特に命に別状は無かったんだよな……。
 今までの人生で一番重い症状ではあったけど。

 う~む、やはり違和感がある、気がする。ただ、元々俺は考えるのがそんなに得意なわけじゃ無いし、これと言った答えが思いつかない。
 ここは諦めるべきか?そこまで困らないだろうし、そもそも、俺に魔法を教えてくれた賢者様にも『お前は深く考えた所で良い案なんて出てこないんだから我武者羅に頑張れ。
 お前がどんな状況に陥っても大丈夫なように俺のオリジナル魔法を3つ、3つも!お前のミジンコくらい小さい脳味噌にぶち込んだんだからな!!』って言われたしな。

 それに、よく考えれば、わがまま貴族として誰かを傷つける前に思い出せたんだから良いことづくめじゃ無いか!

 何だか、ホッとしたせいか凄くお腹が空いてきた。
 俺はバクバクと、食事を食べる。
 いや、実際は非常に綺麗な食べ方なんだけど、速度だけがちょっとおかしいという感じだ。
 そう、まるで時間加速魔法を使っているような不自然な早さという表現が適切かもしれない。

 只、病み上がりに凄い早さでいっぱい食べたせいか、少し気持ちが悪くなってしまった。

 具体的には腹の中のものが迫り上がってくるような不快感や激しい動悸と息切れ、体の痙攣、極めつけは口から出てきた血反吐。
 体の不調という不調が出てきている気さえする
 ……やはり、病み上がりの時はゆっくり食べるべきだろうか?
 いや、それにしても

「(……少し、症状が酷くないか?)そんな筈が、はぁ、はぁ、無いでしょう!?」

 そうだ。よく考えれば、いくら何でもこれはおかしい。

 となると第一候補は、毒になるのだが……。
 ヒュドラの死毒もバジリスクの石化毒も英雄殺しの大蠍の猛毒ですら効かなかった俺を殺しえる毒を用意出来る暗殺者が屋敷に潜んでいる、のか?
 それとも、蠱毒などの呪毒を作るくらい俺を恨んでいる者がいる、とか?
 いや、それなら魂闘術独特の気配がするんだよな……。

 俺は不可解な、それこそダンジョンで地図を無くしてしまった時のようなどうやっても切り抜けられないような状況に、密室殺人くらい難しい謎に首を傾げてしまう。

 何か見落としでもあるのだろうか?
 俺は改めて自分の現状を振り返る。頑張って考える。

 えっと、目が覚めたらお嬢様で、しかも使用人からは怖がられている。
 更に食事には毒が盛られていて今倒れている、んだと思う、と。

 ふむ……つまり、どういうことだ?

 俺……こういう絡めてみたいなのほんとに苦手なんだよな……。
 どうしよう、解ける気がしない。
 諦めて毒だけさっさと治癒しようかな?

 俺が甘えた考えを抱きかけたその時、昔にアイリス・コリアンダーとして言われた言葉を思い出した。
『アイリスは本当に賢いなぁ♡帝王学や経済学、外交術をを教えたら領主にだってなれちゃううじゃないかぁ?』
『もう!貴方ったら、アイリスは女の子でしょう?それに私たちには長男のハイドランジアがいるじゃない』
『はっはっは、そうだな!いやぁ、うちは安泰だなぁ』

 そう、確かに前世の俺はあまり頭が良い方では無かった。それこそ、父親や義勇軍、魔法の師匠にはお前は馬鹿だから深く物事を考えるなといわれた。

 だが、今の俺はどうだろうか?
 少なくとも両親には賢いと良く褒められていたし、家庭教師の先生にも問題が解ければ『アイリス様はとても賢い方です』と褒められていた。
 馬鹿な筈がないのである!!


 ならばこの謎も解けて!………………………………あれ、今の俺は賢い?

 ……あ、そうか。

 今の俺が賢いのと同じように、前の俺の体は数多の戦場を駆け抜けてきた勇者だった。蝶よ花よと育てられた貴族令嬢とは違う。
 まぁ、つまり当然だがに毒への耐性なんてあるわけが無かった。

 毒への耐性があるのが当たり前になりすぎてその考えに行き着かなかった。

 ただ、なるほど、やはり今の俺は天才か……。

 原因は理解できたが、問題は解決していないため、俺の体は現在も悲鳴を上げている。

 勿論、おれ自身はこの程度の苦痛まったく問題ないのだが、体が言うことをきいてくれないのだ。
 毒に蝕まれた体は重力に抗えず、目の前にあったテーブルを倒しながら勢い良く倒れる。
 その際テーブルに載っていた食事は絨毯だけで無く、俺の着ていたドレスにもかかった。
 空色のドレスに色とりどりの花が咲く、そして百花繚乱といってもいい程の花たちの中でも一際目を引くは、赤色の花。
 口から零れる綺麗なインクで描かれた一輪の花。

 但し、そのインクはこの屋敷においては混沌を生む曇天のような灰色だった。

 雲は雨を生み、雷を起こす。その例に漏れず、波乱の音は、この屋敷においての雷鳴は扉の向こうから聞こえてきた。

 コンコン

「お嬢様?どうかされましたか?」

 扉の向こうから、女性の使用人の声が聞こえてくる。しかし、残念ながら、俺は現在声を出すことも出来ない。
 舌が痙攣していて上手く話せないのだ。
 いつまで経っても返事のない俺を不審に思ったのか、もしくは部屋の中で何かが起こっていると確信したのか、自室の扉が恐る恐るというように開いていく。

「お、お嬢様?どうか、されましたか」

 開いたドアの隙間からゆっくりと顔を出す使用人。
 その顔にはこれから一体何が起きるのかという、未知への不安、いや、最悪の未来を想定している者だけがする諦観混じりの覚悟が見て取れた。
 彼女は初め俺がいつも寝るベッドに視線を向けた後、テーブルの…倒れたテーブルの方へと視線を移した。
 そして、倒れている俺と目が合うと、一拍、動きを止め次いで

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 屋敷全体に響く大きな悲鳴を上げた。
 いくら覚悟が出来ていても実際に目の前にすれば、人は動揺せずには居られないということなんだろう。
 若しくは想像を更に上回るほどの事態だったのだろうか?

 彼女の悲鳴はそれこそ、雨の前の雷鳴のように、もしくは混沌の始まりを告げる天使のラッパのように事態を急速に動かしていくことになった。

 というのも彼女の悲鳴を聞きつけ、近くにいた使用人達が一斉に集まってきたのだ。
 そして、その使用人達が俺をベッドに移動させると今度はお父様やお母様、それと薬師を引きずってくる。
 更に、お父様とお母様は今度、執事長を呼びつけ、医者を呼ぶように言いつける。

 お祭りの時の市場のように騒がしくなる屋敷。隣ではお父様とお母様が俺の手を握り声をかけ続けてくれている。
 遠くからは使用人達の声や、ドタドタという足音が聞こえてくる。誰もが歩き方や声量を気にする余裕も無くなり、大声で情報が伝達されているのだ。
 そこにはいつもの屋敷の洗練された静けさはなかった。
 いかに使用人達が音を立てずに気をつけて作業をしていたかが分かる。

 正に平穏を吹き飛ばす嵐のような空間。

 ただ、そんな中でも皆が俺を助けようと尽力してくれている。
 俺ことアイリス・コリアンダーを助けようと必死に動いていくれている。
 迷惑をかけてしまっているというのは分かってはいるが、それでも嬉しいという気持ちを隠せない。
 わがまま令嬢である自分を助けようとしてくれる人がこれだけいることに驚きが隠せない。
 プラスの感情が綯い交ぜになる。

 ありがとう、と言えないことが心苦しかった。
 今まで散々わがままを言ってきただろうに俺を助けようと必死になってくれていることに胸の奥がキュッと引き絞られるような気持ちになる。

 顔もだんだんと赤くなり、何だかぼぉっとしてくる。

 流石にここで死ぬわけにはいかないな。
 端から死ぬつもりなんて毛頭無かったとはいえ、俺はその想いをより強固なものにする。

 そして、気合いを入れて魔法を使う。
 賢者様から授けられた3つの魔法だ。

 1つは〈神秘付与〉物理法則、一般常識ではあり得ない奇跡を対象に付与する魔法、但しどのような奇跡が付与されるかは魔法使用者にも分からない。
 2つ〈整形〉対象の形や指向性などを定める魔法。
 3つ〈増殖〉指定した対象の数を倍々に増やすことが出来る魔法。
 俺はこの3つの魔法。その内2つ〈神秘付与〉〈整形〉を連結させて使う。

 あっ連結させて使うとは複数魔法を使用する際に片方の魔法をベースにして、もう片方の魔法の効果を上乗せさる高等技術、だそうだ。

 俺はこの技術を使って本来はどのような奇跡が宿るかは分からない〈神秘付与〉の奇跡の指向性を〈整形〉の魔法で決定づける。
 宿す奇跡は今俺が侵されている毒への完全耐性、新たな免疫の獲得。
 そして、新たな耐性を獲得した免疫細胞を〈増殖〉でもって倍々に増やしていく。

 これで、体内にある毒への問題は完全になくなった、
 後は今まで毒が蝕んでいた体の不調を〈整形〉で整え、失った細胞を〈増殖〉で補填していく。

 うん、問題ないな。俺は体を起こし、調子を確かめる。
 倦怠感も特にないし、動作に異常も無い。
 流石に勇者の頃と比べると動きが悪いが、それは元々の肉体スペックによるものだしな。

「大丈夫なのか!アイリス!!」

 先ほどまで手を握り、語りかけ続けてくれたお父様が急に元気に動き出した俺に驚きながらも尋ねてきた。

「アイリス、アイリス良かった……本当に良かった……もう……大丈夫なのよね?」

 お父様の隣で声をかけ続けてくれたお母様が泣き崩れてしまう。
 私は泣き崩れてしまったお母様を抱きしめると、お父様に向き直る。

「(ああ、大丈夫だ)ええ、大丈夫です。お父様、それでは私は用事があるので少し外出します。屋敷のものにも私が快復したこと伝えておいてください」

 俺はそれだけ言うと、ドレスの汚れてしまった部分を破り捨て、〈整形〉を使い、ドレスをスリーピーススーツへと仕立て直す。

 空色のジャケット、ベスト、スラックスというカジュアルなスーツだ。
 更に、余った生地で一枚のリボンを作る。
 俺はリボンを使い髪を後ろで束ねると、靴を履き肉体を〈強化〉して窓から外に出る。

「どこに行くんだ!アイリス」
「待って、アイリス!アイリス!!」

 後ろからお父様とお母様の声が聞こえてくるが、今回ばかりは引き留められる訳にはいかなかった。
 というのも、俺はずっと暗殺者を見つけるために意識を屋敷全体に向けていたのだが、その中で、一人屋敷から抜け出した使用人がいた。

 その使用人とは俺に食事を届けてくれた少女。
 彼女だけがこの屋敷をどさくさに紛れて抜け出していたのだ。

 ただ、俺が見た限りあの子は暗殺者ではない、と思う。
 というのも、彼女の歩き方や動作一つ一つに暗殺者特有の癖のようなものが無かったのだ。
 勿論、暗殺者は皆、そういった癖を隠しながら行動するが…………俺を欺ける程の実力者にしては屋敷からの脱出の仕方や移動の仕方が杜撰すぎる気がする。
 それに、今もまだ俺の気配探知に捕捉され続けているのが、何よりの証拠じゃないだろうか?






 もし……もし、俺に恨みがあるなら、せめて何か償いをしたい。
 脅されているのなら、助けてあげたい。
 俺は屋根と屋根の間を飛び移りながら、彼女の元へと急ぐのだった。
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