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最終章王立才華魔法学園 願いと絆と後悔と
閑話クロッカス3
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☆☆☆
嫁と子供を失ったクロッカスが先ず初めに取り掛かったことは貴族に憤りを覚える人間を集めることだった。
貴族の目に留まらず、同士を集める。その作業はクロッカスが思っていたよりもずっと困難で中々上手くは行かなかった。
それでもめげずに水面下で同士を集めていった。
傭兵上がりの男や貴族の下に息子を向かわせた主婦、親を亡くし、憂鬱な気持ちで毎日を過ごしていた男。
多いとは言えない数。それでも裏切りを働く人間のいない結束力のある集団が生まれつつあった。
同時にクロッカスは焦ってもいた。
十五年の歳月を経ても、王国を打倒するどころか、近くにある貴族の領地一つ制圧できない貧弱な軍。
最早只の小規模デモ隊だ。
まともに戦力になるのは傭兵上がりただ一人、これでは魔道具を幾ら作っても意味がない。多勢の前で押しつぶされるのが関の山。
ゴーレムなどで人数差を誤魔化す案もあったが、ゴーレムを一体製造するのにもそれ相応のコストが掛かる。
今の革命軍にそれだけの資産はない。
色々と案はあっても金銭面の問題で、頓挫する。
援助が必要だった。後ろ盾が必要だった。同時に貴族にバレる訳にもいかなかった。
二つの両立は果てしなく難しい。金は貴族に集中するこの国では特に。
諦めるしかないのか?
今まで自分の復讐心のままに突き進んできたクロッカスに、クロッカスの心に弱気な気持ちが湧いて来る。
結局自分は何も為せずに死んでいくのか…、諦観に近い気持ち、その気持ちを救ったのは一人の令嬢。貴族だった。
名をエピフィルム・カリカルパ。
公爵家の出でありながら、クロッカスたちのために支援をすると言ってきた。
当然クロッカスとて初めは信じてはいなかった。
エピフィルムとて憎い貴族のうちの一人、利用するだけ利用していずれは寝首を掻いてやろうと心の中で決意していた。
その考えが変わったのに、特別な出来事は無かった。
話すうちに、接するうちに彼女の持つ復讐心、自分すらも含めて全てを滅ぼす、滅ぼしたいと考える破滅願望。伝わってきたのだ。
共感したのだ。故に彼女を信じて彼女の駒になると決めた。彼女となら、復讐を完遂できると信じていたのだ。
結局は上手く行かなかったのだが。
彼女と手を組んで初めての大仕事、アイリス・コリアンダーの抹殺。
勝算は十分あった。我儘令嬢と名高いアイリスを殺し、反逆の狼煙にする。いい計画だと思った。
年端もいかない少女を殺すことに躊躇いはあれど、長期的な計画を遂行するうえで、復讐を完遂するうえで必要なことだと割り切った。
割り切り実行に移すだけだと思っていた。
アイリス・コリアンダーはエピフィルム・カリカルパを上回り、あの場を見事に鎮圧して見せた。
クロッカスも死に場所を失い、今はコリアンダー領にある食堂で接客を任されている。殺されないどころか慈悲を掛けれられて、今ものうのうと生きている。
何のために生きているのか、分からないまま生きている。
今日もまた、業務を終えてテーブルを拭いている。
こんなことをしても空っぽな心が満たされることは無いというのに。
「おい、新入り。飯食っていくか?」
「えっ」
無心でテーブルを拭いていたクロッカスに店長が話しかけてくる。
断ろうかとも思ったが、どうせ、断ったところで待っている相手もいない。今日も今日とて、適当な店に入って夕飯を済ませるだけだ。
「それじゃあ、お言葉に甘えます。
でもいいんですか?もう閉店の時間じゃないですか?」
「ああ、まぁ、いいんだよ。
どうせ、俺もこの後夕飯食うんだしな」
厨房に戻っていくと店長は余り物で色々と料理を作っていく。
どことなく、以前働いていた店の店長に似ているように感じた。見た目の話ではなく、雰囲気が似ている、気がする。
何も伝えずに別れた店長。彼は今頃何をしているのだろうか?今も店を続けているのだろうか?
別れてから十数年、今になって漸く彼のことを思い浮かべる自分に、少しだけ笑ってしまう。自分のことを気に掛けてくれていたことを知っていたのに。
只、それも最早どうでもいい話でもある。娘がいなくなってから、あの町に帰ることもなくなった。特段店長に会いたいとも思わない。
墓に関しては気がかりではあったが、何故だか、あの場所に行きたいとは思えなかった。
墓のことを考えると胸が苦しく締め付けられるのだ。
「お前、家族を亡くしたんだって?」
料理を更に運びながら、店長が話を振ってきた。表情は良く見えない。
「ええ、まぁ…どこでそれを?」
「コリアンダー公爵にお前を頼まれたとき、大まかな事情は聞かされたんだよ。それで一応お前に気を配っていたら、何時も心ここに非ずって感じで仕事をこなしてるじゃねぇか。ま、仕事はしっかりこなしていたし、それでもいいのかもしれねぇけどよ。
お前、やりたいこととかねぇの?」
「やりたいこと?」
ふっと笑いが零れる。
今更やりたいことなどある訳がない。妻も子供ももういない。彼女たちとやりたいことはいっぱいあった。
大きい花畑を見せてやりたかったし、遠出して、温泉にも行きたかった。
あの子に、サフランに魔法才華学園を見せてやりたかった。
サフランが連れてきた彼氏にガツンと一言「娘はやらん」と言ってやり、結婚式の時には涙を流す。
孫を愛でて、娘にうざがられ、義理の息子に呆れた笑みを浮かべられる。
やりたいことはいっぱいあった。
あったといのに、叶わないのだ。
「…特にないですよ」
「…そうか。…正直に言って俺にはお前の気持ちは分からん。
独り身で、嫁や子供がいたこともない。
店で客商売している時が一番楽しくて生きがいになっている。
だから、お前みたいにやりたいこともなく生きている奴の気持ちが分からん。」
「はぁ。そうですか」
「まぁ、ただ気に食わねぇ貴族がいるってのは分かる。
コリアンダーの所の嬢ちゃんが特にそのタイプだったからな。でも変わった。
つっても、お前からすればどうでもいい話だったか?」
クロッカスは渡された水の入ったコップを握りしめて、頷く。
本当は貴族がどうとか、興味もなかった。サフランのいない今、そんなことを気にしても仕方がなかった。本当は、全てを滅茶苦茶にして自分も死にたかっただけだ。死ぬ理由が欲しかっただけなのだ。傍迷惑で結構。
それでも、クロッカスは楽になりたかった。
自分で自分の首を掻ききることは出来なかった。なぜなら――、
「でもよぉ、お前今も生きてるじゃねぇか。死ねない理由があったんじゃねぇのか?」
そう、クロッカスは死ねない。
娘のサフランが生きたいと願いながらも死んでいったのに、何故クロッカスが自らの命を絶てるというのか。クロッカスは生きなければならない。生きなければならないとサフランを失った時の後悔が、あの時の自分が訴えてくるのだ。
同時にクロッカスの心は楽になりたいと願ってもいた。誰も守るものがいなくなった世界。
クロッカスの止まり木はとうに失われている。
理由が、理由が必要だったのだ。
ただそれだけだったのだ。
本当は…。
「きっとおめえは俺が、お前の家族はお前が死ぬことも、自分たちのために他人に迷惑をかけることも望んでねぇ。
前向いて生きろって、言っても全く響かねぇんだろうな」
当然だ。店主には彼女たちのことは一ミリたりとて分からないだろう。
会ったこともないのだ。それに彼女たちの声なんて聞こえてこない。
クロッカスにだって今彼女たちが何を考えているのか、何処にいるのかも分からないのだ。
罵倒されるのなら直接罵倒されたいとすら思っているのに。
「ただよぉ。お前は生き残っちまった。死ねない理由も出来ちまった。
例え、お前の大切なものが全部零れ落ちて、生まれてきた理由も、生きている理由もなくなったとしても、お前は今を生きてるんだ」
「何が、言いたいんですか?」
「嫁さんと娘さんが死んで、お前だけが生き残った。
多分そこに理由何てない。
死んでもいいと思ってる奴が生きて、死にたくないと思う奴が死ぬなんてよくある話だ。
世界ってのはそういうもんだ。
ただ、それでも、死ねないと思っているのなら、生きる理由を探すしかないんじゃないか?
別に娘さんの分まで生きろなんて言わない。でもよ、お前自身が嫌だと思ってるんだろ?こんな所で終われないって思ってるんだろ?
だから、今も生きてるんだろ?
死にたいと思いながらも必死に生きる理由を探したんだろ?
なら、もう一回探さないとなんじゃないのか?」
「…俺の、テロ活動を後押ししてくれてるんですか?」
「さてな、俺にはお前の気持ちは分からん。
付き合いも短いしな。
ただ、お前の中の娘さんと嫁さんは今なんて言ってるんだ?」
「…分かる訳ないじゃないですか。」
クロッカスは席を立つ。
店長と話していても意味なんてない。自分の気持ちなんてこの人には分かりようもない。
無駄だ。話すだけ無駄なのだ。
まともに料理にも手を付けずにクロッカスは出入り口の扉を開ける。
店長は引き留めようと声を発する。
「ちょ、ちょっと待てよ!何処に行くんだ!」
「あなたと、話していても不毛だと感じたので、もう帰ります」
「…そうか、すまんな。付き合わせて」
「それと、少し休暇を頂きます。家族の墓の手入れをしたので」
後ろから物音がする。誰かが立ち上がったような物音が。
「分かった!有休をつけておく!」
まだ、勤めて間もないのに有給とは、お節介な店長だ、とクロッカスは思った。
生きるのは辛い。
早く、楽に、楽になりたい。
願わくば家族の下に行きたい。
その思いは今も変わらない。店長の言葉に心が揺れるようなことはなかった。ただ、家族の墓がリィラとサフランの花が薄汚れていくのは耐えられなかっただけだ。
死後、彼女たちが眠る墓を守りたいと思っただけだ。
別に、店長のお陰などでは無い。元々クロッカスの心にあった感情《もの》だ。
クロッカスは短い、けれど今までの人生で最も大切な旅に出る。
リラとサフランの種を買い、住んでいた町に戻る。
随分と長いこと町を離れていた。この墓にも全然顔を見せなかった。
汚れていることを覚悟していた。
それなのに――、
「綺麗なままだ」
「クロッカス?」
後ろを振り向けば、前働いていた店の店長と薬を分けた子供の母親がいる。
二人の薬指には指輪が嵌められていた。クロッカスからすればどうでもいいことだが。
ただ、一つ、クロッカスからしても無視できないことがあった。
「墓の手入れを、してくれたのか?」
「ああ…ああ!そうだよ!いつかお前が帰ってくるときに嫁さんとサフランちゃんの墓が汚れていたら嫌だろうと思って、ずっと、ずっと…。
待っていた。待っていたんだ!クロッカス。
お帰り」
別段感極まるようなことは無かった。
それでもまぁ、不快に思うほどの出来事でもなかった。墓の手入れをしてくれたことには素直に感謝の念を抱いた。
彼らの存在が自分の生きる理由になるか、と言われればそんなことはない。
それでも、それでも
「ああ、ただいま」
クロッカスの優しさが、考えが、完全に無駄だったかと言われれば、そんなことはない、という話だ。
☆☆☆
魂が存在し、世界を巡るのなら――、
「さ、サフラン!どうしたんだいその怪我!」
「んっと、公園で遊んでたら、独り占めしようとちょっかい掛けてくる子がいたからぶっ飛ばした!」
「だ、駄目じゃないか!直ぐに暴力に頼っちゃ!リィラからも何か言ってくれ」
「サフラン。拳を振るっていいのは誰かを守るときだけだ」
「分かった!じゃあ、パパを守るときだけ暴力に訴えるね」
「い、いや、パパは娘に守られるほど弱くない、よ?」
「「え?」」
惹かれ合い、また出会う。そんな結末もあるのかもしれない。
嫁と子供を失ったクロッカスが先ず初めに取り掛かったことは貴族に憤りを覚える人間を集めることだった。
貴族の目に留まらず、同士を集める。その作業はクロッカスが思っていたよりもずっと困難で中々上手くは行かなかった。
それでもめげずに水面下で同士を集めていった。
傭兵上がりの男や貴族の下に息子を向かわせた主婦、親を亡くし、憂鬱な気持ちで毎日を過ごしていた男。
多いとは言えない数。それでも裏切りを働く人間のいない結束力のある集団が生まれつつあった。
同時にクロッカスは焦ってもいた。
十五年の歳月を経ても、王国を打倒するどころか、近くにある貴族の領地一つ制圧できない貧弱な軍。
最早只の小規模デモ隊だ。
まともに戦力になるのは傭兵上がりただ一人、これでは魔道具を幾ら作っても意味がない。多勢の前で押しつぶされるのが関の山。
ゴーレムなどで人数差を誤魔化す案もあったが、ゴーレムを一体製造するのにもそれ相応のコストが掛かる。
今の革命軍にそれだけの資産はない。
色々と案はあっても金銭面の問題で、頓挫する。
援助が必要だった。後ろ盾が必要だった。同時に貴族にバレる訳にもいかなかった。
二つの両立は果てしなく難しい。金は貴族に集中するこの国では特に。
諦めるしかないのか?
今まで自分の復讐心のままに突き進んできたクロッカスに、クロッカスの心に弱気な気持ちが湧いて来る。
結局自分は何も為せずに死んでいくのか…、諦観に近い気持ち、その気持ちを救ったのは一人の令嬢。貴族だった。
名をエピフィルム・カリカルパ。
公爵家の出でありながら、クロッカスたちのために支援をすると言ってきた。
当然クロッカスとて初めは信じてはいなかった。
エピフィルムとて憎い貴族のうちの一人、利用するだけ利用していずれは寝首を掻いてやろうと心の中で決意していた。
その考えが変わったのに、特別な出来事は無かった。
話すうちに、接するうちに彼女の持つ復讐心、自分すらも含めて全てを滅ぼす、滅ぼしたいと考える破滅願望。伝わってきたのだ。
共感したのだ。故に彼女を信じて彼女の駒になると決めた。彼女となら、復讐を完遂できると信じていたのだ。
結局は上手く行かなかったのだが。
彼女と手を組んで初めての大仕事、アイリス・コリアンダーの抹殺。
勝算は十分あった。我儘令嬢と名高いアイリスを殺し、反逆の狼煙にする。いい計画だと思った。
年端もいかない少女を殺すことに躊躇いはあれど、長期的な計画を遂行するうえで、復讐を完遂するうえで必要なことだと割り切った。
割り切り実行に移すだけだと思っていた。
アイリス・コリアンダーはエピフィルム・カリカルパを上回り、あの場を見事に鎮圧して見せた。
クロッカスも死に場所を失い、今はコリアンダー領にある食堂で接客を任されている。殺されないどころか慈悲を掛けれられて、今ものうのうと生きている。
何のために生きているのか、分からないまま生きている。
今日もまた、業務を終えてテーブルを拭いている。
こんなことをしても空っぽな心が満たされることは無いというのに。
「おい、新入り。飯食っていくか?」
「えっ」
無心でテーブルを拭いていたクロッカスに店長が話しかけてくる。
断ろうかとも思ったが、どうせ、断ったところで待っている相手もいない。今日も今日とて、適当な店に入って夕飯を済ませるだけだ。
「それじゃあ、お言葉に甘えます。
でもいいんですか?もう閉店の時間じゃないですか?」
「ああ、まぁ、いいんだよ。
どうせ、俺もこの後夕飯食うんだしな」
厨房に戻っていくと店長は余り物で色々と料理を作っていく。
どことなく、以前働いていた店の店長に似ているように感じた。見た目の話ではなく、雰囲気が似ている、気がする。
何も伝えずに別れた店長。彼は今頃何をしているのだろうか?今も店を続けているのだろうか?
別れてから十数年、今になって漸く彼のことを思い浮かべる自分に、少しだけ笑ってしまう。自分のことを気に掛けてくれていたことを知っていたのに。
只、それも最早どうでもいい話でもある。娘がいなくなってから、あの町に帰ることもなくなった。特段店長に会いたいとも思わない。
墓に関しては気がかりではあったが、何故だか、あの場所に行きたいとは思えなかった。
墓のことを考えると胸が苦しく締め付けられるのだ。
「お前、家族を亡くしたんだって?」
料理を更に運びながら、店長が話を振ってきた。表情は良く見えない。
「ええ、まぁ…どこでそれを?」
「コリアンダー公爵にお前を頼まれたとき、大まかな事情は聞かされたんだよ。それで一応お前に気を配っていたら、何時も心ここに非ずって感じで仕事をこなしてるじゃねぇか。ま、仕事はしっかりこなしていたし、それでもいいのかもしれねぇけどよ。
お前、やりたいこととかねぇの?」
「やりたいこと?」
ふっと笑いが零れる。
今更やりたいことなどある訳がない。妻も子供ももういない。彼女たちとやりたいことはいっぱいあった。
大きい花畑を見せてやりたかったし、遠出して、温泉にも行きたかった。
あの子に、サフランに魔法才華学園を見せてやりたかった。
サフランが連れてきた彼氏にガツンと一言「娘はやらん」と言ってやり、結婚式の時には涙を流す。
孫を愛でて、娘にうざがられ、義理の息子に呆れた笑みを浮かべられる。
やりたいことはいっぱいあった。
あったといのに、叶わないのだ。
「…特にないですよ」
「…そうか。…正直に言って俺にはお前の気持ちは分からん。
独り身で、嫁や子供がいたこともない。
店で客商売している時が一番楽しくて生きがいになっている。
だから、お前みたいにやりたいこともなく生きている奴の気持ちが分からん。」
「はぁ。そうですか」
「まぁ、ただ気に食わねぇ貴族がいるってのは分かる。
コリアンダーの所の嬢ちゃんが特にそのタイプだったからな。でも変わった。
つっても、お前からすればどうでもいい話だったか?」
クロッカスは渡された水の入ったコップを握りしめて、頷く。
本当は貴族がどうとか、興味もなかった。サフランのいない今、そんなことを気にしても仕方がなかった。本当は、全てを滅茶苦茶にして自分も死にたかっただけだ。死ぬ理由が欲しかっただけなのだ。傍迷惑で結構。
それでも、クロッカスは楽になりたかった。
自分で自分の首を掻ききることは出来なかった。なぜなら――、
「でもよぉ、お前今も生きてるじゃねぇか。死ねない理由があったんじゃねぇのか?」
そう、クロッカスは死ねない。
娘のサフランが生きたいと願いながらも死んでいったのに、何故クロッカスが自らの命を絶てるというのか。クロッカスは生きなければならない。生きなければならないとサフランを失った時の後悔が、あの時の自分が訴えてくるのだ。
同時にクロッカスの心は楽になりたいと願ってもいた。誰も守るものがいなくなった世界。
クロッカスの止まり木はとうに失われている。
理由が、理由が必要だったのだ。
ただそれだけだったのだ。
本当は…。
「きっとおめえは俺が、お前の家族はお前が死ぬことも、自分たちのために他人に迷惑をかけることも望んでねぇ。
前向いて生きろって、言っても全く響かねぇんだろうな」
当然だ。店主には彼女たちのことは一ミリたりとて分からないだろう。
会ったこともないのだ。それに彼女たちの声なんて聞こえてこない。
クロッカスにだって今彼女たちが何を考えているのか、何処にいるのかも分からないのだ。
罵倒されるのなら直接罵倒されたいとすら思っているのに。
「ただよぉ。お前は生き残っちまった。死ねない理由も出来ちまった。
例え、お前の大切なものが全部零れ落ちて、生まれてきた理由も、生きている理由もなくなったとしても、お前は今を生きてるんだ」
「何が、言いたいんですか?」
「嫁さんと娘さんが死んで、お前だけが生き残った。
多分そこに理由何てない。
死んでもいいと思ってる奴が生きて、死にたくないと思う奴が死ぬなんてよくある話だ。
世界ってのはそういうもんだ。
ただ、それでも、死ねないと思っているのなら、生きる理由を探すしかないんじゃないか?
別に娘さんの分まで生きろなんて言わない。でもよ、お前自身が嫌だと思ってるんだろ?こんな所で終われないって思ってるんだろ?
だから、今も生きてるんだろ?
死にたいと思いながらも必死に生きる理由を探したんだろ?
なら、もう一回探さないとなんじゃないのか?」
「…俺の、テロ活動を後押ししてくれてるんですか?」
「さてな、俺にはお前の気持ちは分からん。
付き合いも短いしな。
ただ、お前の中の娘さんと嫁さんは今なんて言ってるんだ?」
「…分かる訳ないじゃないですか。」
クロッカスは席を立つ。
店長と話していても意味なんてない。自分の気持ちなんてこの人には分かりようもない。
無駄だ。話すだけ無駄なのだ。
まともに料理にも手を付けずにクロッカスは出入り口の扉を開ける。
店長は引き留めようと声を発する。
「ちょ、ちょっと待てよ!何処に行くんだ!」
「あなたと、話していても不毛だと感じたので、もう帰ります」
「…そうか、すまんな。付き合わせて」
「それと、少し休暇を頂きます。家族の墓の手入れをしたので」
後ろから物音がする。誰かが立ち上がったような物音が。
「分かった!有休をつけておく!」
まだ、勤めて間もないのに有給とは、お節介な店長だ、とクロッカスは思った。
生きるのは辛い。
早く、楽に、楽になりたい。
願わくば家族の下に行きたい。
その思いは今も変わらない。店長の言葉に心が揺れるようなことはなかった。ただ、家族の墓がリィラとサフランの花が薄汚れていくのは耐えられなかっただけだ。
死後、彼女たちが眠る墓を守りたいと思っただけだ。
別に、店長のお陰などでは無い。元々クロッカスの心にあった感情《もの》だ。
クロッカスは短い、けれど今までの人生で最も大切な旅に出る。
リラとサフランの種を買い、住んでいた町に戻る。
随分と長いこと町を離れていた。この墓にも全然顔を見せなかった。
汚れていることを覚悟していた。
それなのに――、
「綺麗なままだ」
「クロッカス?」
後ろを振り向けば、前働いていた店の店長と薬を分けた子供の母親がいる。
二人の薬指には指輪が嵌められていた。クロッカスからすればどうでもいいことだが。
ただ、一つ、クロッカスからしても無視できないことがあった。
「墓の手入れを、してくれたのか?」
「ああ…ああ!そうだよ!いつかお前が帰ってくるときに嫁さんとサフランちゃんの墓が汚れていたら嫌だろうと思って、ずっと、ずっと…。
待っていた。待っていたんだ!クロッカス。
お帰り」
別段感極まるようなことは無かった。
それでもまぁ、不快に思うほどの出来事でもなかった。墓の手入れをしてくれたことには素直に感謝の念を抱いた。
彼らの存在が自分の生きる理由になるか、と言われればそんなことはない。
それでも、それでも
「ああ、ただいま」
クロッカスの優しさが、考えが、完全に無駄だったかと言われれば、そんなことはない、という話だ。
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魂が存在し、世界を巡るのなら――、
「さ、サフラン!どうしたんだいその怪我!」
「んっと、公園で遊んでたら、独り占めしようとちょっかい掛けてくる子がいたからぶっ飛ばした!」
「だ、駄目じゃないか!直ぐに暴力に頼っちゃ!リィラからも何か言ってくれ」
「サフラン。拳を振るっていいのは誰かを守るときだけだ」
「分かった!じゃあ、パパを守るときだけ暴力に訴えるね」
「い、いや、パパは娘に守られるほど弱くない、よ?」
「「え?」」
惹かれ合い、また出会う。そんな結末もあるのかもしれない。
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